魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第十二章

『最大の敵は認知バイアス』

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 計画は順調に進んでいるかに見えた。
堤防が完成して砦周囲の水はけが良くなり、それらそのものが防護壁になる。暫くすればドルニエ騎士団と共に精鋭が戻ってくるとあって、一同の戦意は高まっていた。このまま北岸の調査だけではなく、中央へ向かう道を切り拓こうではないかと一部貴族が暴走し掛けた時に起きた。問題が発覚したのは、『北岸の調査に先駆けて中央の一部を近くにある高台から確認しよう』、そんな計画が諸侯の決議で押し切られた頃の話である。

敵の大攻勢で計画は破綻し、我々の目論見は甘かったのだと悟らされることになる。

「ゴルビー伯に含む処は無いのだがな。しかし、結果的に伯と騎士団で功績を独り占めしておるのは確かではないかな。これでは我らが壮挙に参加した買いがあるまい」
「我らにも活躍の場を設けてはくれんかね。少しばかり確認してくるだけだ」
「その通りだよ。なに、間もなく騎士団も戻って来るではないか」
 犠牲を出さないために、確実に守る戦術を採る。
その上で相手に消耗を誘い、行き詰まっている魔族の生活を更に加速させて窮地に追い込む……という作戦は効果的だが地味過ぎた。諸侯はその優位性を理解しつつも、進まぬ戦いに焦れている。もし、これが本国で戦勝の報告を聞くだけならばまだしも、現地にいるのだ。自分も動きたくて遠征に参加しているのだから、行動したくなるのも当然であろう。

だが、相手は精鋭ばかり。ぶつかったら死ぬのを理解していないのだろうか?

「自分としては賛意を示しかねます。いえ、危険だと主張せざるを得ません」
「魔族が強いというのは聞いた。だが彼奴等は一人毎が貴重なのであろう?」
「我らの配下にも強い騎士は居る。多くの兵と共に打倒せば済む話よ」
「左様左様。それにだ、何も判っていない場所を攻めるのではない。誰も居ないと判って居る高台を占拠して、向こうを見下ろすだけの事よ。可能であれば砦を作りたいとは思うがのう」
 士気を挙げようと下手に全容を説明しているのもマズかった。
相手は強いが数が少なく、二十名に満たない精鋭だけが突出してきている。それぞれが騎士隊長くらいであり、あるいは突撃役のエースと同じくらいの豪傑だと説明して置いた。奴らが魔王軍の最終戦力であり、恐ろしいのもその全てが精鋭であること。逆に言えば数人討ち取るだけで、今後はもう十分に戦えなくなると伝えていたのだ。消耗戦はそいつらと戦わずに相手を披露させる為であり、奴らが居ない場所で勝つためだと説明していたのだが……。

諸侯はどうやら、『襲われても集中攻撃で危険だと思わせれば済むのでは?』と楽観論に居たってしまったようなのだ。

「どうであろう。伯が軍師であり我らを心配しておるのは重々承知している。ここは総司令官殿に裁可を仰いではどうであろう」
「良い考えだ。それに心配せずとも、ゴーレムと共に戦うとも。なあ?」
「うむ。司令官殿が駄目だと言うならば諦めようぞ」
(こいつら……政治的な取引で先に意見を固めやがったな……)
 要するに馬鹿どもは結論ありきで話を進めているわけだ。
ヨセフ伯に話を通し、彼は俺が決定的なダメ出しをしなかったら許可するくらいの認可をしているに違いない。その返事を聞いて馬鹿どもは俺が否定し難い話を並べて一連の流れを作ったわけだ。うだうだと茶番をやった後で、俺が大きな否定材料を並べないうちに改めてヨセフ伯に話を降る。そしてヨセフ伯は俺がダメ出しをしなければという認可を出しているので、改めて頷くという流れである。

そして、数値の上での比較論を交えないならば、決して間違った戦略を行っているわけがないのが決定的だった。

「ドルニエ騎士団からの報告を受け、新しい戦略を練るのにも時間が必要であろう。その間までという限定で、彼ら自身が責任を持つのであれば良いのではないか? そもそも全く犠牲の出ない戦など存在せんのだ」
「総司令官殿は以上の仰せだ。ゴルビー伯、いかがかな?」
「そこまで申されるなら。しかし、反対したことは覚えていてください」
 当然のようにヨセフ伯は頷き、諸侯は勝ち誇ったような顔をしている。
古くからの貴族は自分たちの見方だぞとでも言わんばかりだが、馬鹿どもは理解していない。おそらくだがヨセフ伯は仮に彼らが成功しても失敗しても構わないのだろう。自分の手勢が傷付くわけでもないし、西部貴族も多いが決して完全な手下と言う訳でもない。成功すれば彼らの顔を立ててやったという形になるし、失敗すれば相対的に西部で一強になるだけのことでしかないのだ。

そして何より犠牲の出ない戦いなどなく、これ以上はゴネたとしても、臆病過ぎると言われたら返す言葉はない。

「そう心配するな。必ずしも魔族の部隊が来るわけではないし、多少は傷つくのも良い薬になるだろうよ。それにだ、万が一来たとして、奴らの犠牲だけで三名ほども討ち取ってくれたら万々歳ではないか」
「だと良いのですけどね、ラブロル男爵」
 取り巻き男爵の言葉が向こうの陣営の態度を如実に表している。
本来はここまで被害がない状態ではなく、損害はそれなりに出てその何割かが死傷する流れであったのだろう。総員が一万にメインで戦うのが三千くらいとして、千人が傷付き百人くらいが死ぬくらいは覚悟していたのだと思われる。それを考えたら現時点での死者は二桁行くかどうかなので、むしろ想定より少ないという理論は判るのだ。

ただ、彼らは完全に忘れている。人間は数値ではないし、魔族という奴は勝てない時は全く勝てない相手なのだ。魔族の強さが百として、一しかない一般人が百人居れば勝てるのかという話である。

(問題は敵部隊に色んなタイプの魔族が居るって事なんだよなあ)
(そりゃ軽装の奴とかただタフな奴なら大丈夫だろうさ。どこかで倒せる)
(だが鱗なり再生力が強い、ゲームみたいな強さの奴が居たらどうだ?)
(自分より強い奴以外には絶対に倒されないタイプの奴が居たら話がまるで変わって来ちまう。そして敵は思考硬直した脳筋じゃあない。かりに専属の指揮官で無かったとしても、魔導師がその能力に目を付けてない筈は無いからだ。絶対に勝てないやつは戦闘に立ち、最後まで殿軍に残り続けられたら被害が出るばかりだ)
 極論だが、矢玉を百発撃ち込めば大抵の奴は死ぬ。
別に魔族に限らず、強い加護を持つ剣聖や勇者だって死んでしまう。だが、矢避けの呪文を唱えらえる賢者には全く通じないし、防御や治癒に適性の高い聖女には部下込みで通じ難い。しかもゲームみたいに縦一列で並んで出て来るなんてことはなく、それなりのフォーメーションを組んで戦うだろう。タンク役とかメインアタッカーとかいう概念はなくとも、魔族ごとの特性を活かして戦う事は考えられた。そういう『全く通じない敵』が壁になり、こちらのゴーレムのように戦われたら面倒では済まない。

もちろん考え過ぎの面はあるし、戦争には被害が付き物なのは理解している。だが、釈然としないのも確かであった。

「仕方ないですね。ここは彼らのフォローに後詰を用意して、そのうえで救援部隊を編成する方向で行きましょう。彼らの言い分ではないですが、ドルニエ騎士団が戻って来れば、本陣が多少手薄になっても問題はないですし」
「それしかないであろうな。ゴーレムを立てにどれだけ保てるかだろうよ」
「数はともかく強さの面で問題だぞ。雑兵を派遣しても意味があるまい」
 戦闘用ゴーレムを馬鹿どもに付け、作業用ゴーレムを後ろの部隊に付ける。
後ろの部隊は砦からの通路を守る役目を与えて置き、馬鹿どもが撤退して来るならばそれまでの時間稼ぎを行う為の部隊である。同時にこちらの方に乗り込んでくる場合は、外壁と外門を守りながら時間稼ぎをして、戻って来る諸侯の軍勢と挟み撃ちするための役である。相手の本命より先に動かしていてもその位置ならば問題はなく、敵が回り込んで本陣を後ろからつく場合は救援用に編成した部隊で対応するという流れであった。

そんな感じで対処をしておいたのだが、それでは用意も覚悟も足りなかったということなのだろう。
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