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第十一章
『思わぬ休日』
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諸島群での作業は続くが俺がするべきことはない。
いつもならば列車に乗って移動するところだが、島ではどうしようもない。海洋船は本土と往復して物資を運んでいるし、オロシア級三胴艦も来るようになったので、その時は荷物やら宿泊施設の準備やらで大変なことになっているからだ。それも勝手にやらせておくと揉めるので、仮にも責任者である俺が残っていないと駄目な状況だった。
もしこの隙にゴルビー地方を王家に接収されたら、親族も重役級の部下も居ないので何も手が出せずに島流しだが、流石に陛下との仲は悪くないのでそれだけは安心だった。
「まさかこんな方法で砂漠の緑化を解決する方法が進むとは思っても無かったな」
「石化ですか? ああ、砂の塊を石化するのですね」
一応使えるが成功率が安定しない石化呪文を暇な時に練習していた。
ゴーレムもルサールカと『浮』で輸送しているので、特にこちらでは呪文を使う事がない。マジックアイテムを作る為の触媒が無いので、本格的な作業が出来ないのも痛い。こんなことならジブリールの為に作った魔法陣付き馬車みたいなのを用意すれば良いかと思ったが、最初の出陣時は邪魔なので持ち込まなかっただろう。
兵士を数人か騎士一人(と食料)を追加できるスペースを余分な荷物で埋められなかっただろう。
「今までは煉瓦を賦役で作らせてたんだよ。水が過度に蒸発して水蒸気にならない様にと言う、水の三様に対策しているわけだが……。風上や太陽に向かって壁を用意したら、過剰な魔力で大地が乱れないような状態になるとでも言えば判るかな?」
「そういう事ならなんとなく分かります。砂ならタダですからねえ」
島の調査を終えた魔術師のフィールドワーク・チームたちと他愛ない話。
そんな事をしながら、この事に気が付いて居ればもっと早く砂漠の緑化が進んでいたかもしれないという考えが頭をよぎる。だが実際にそこまで余裕があったかというと、ゴーレムの研究に費やした時間や、あちこちに出かける時間を訓練に当てる必要があっただろう。そうなったら今まで成し遂げた事の中で、ナニカが成功していない可能性もあり得た。
それに程ほどのレベルのゴーレム作成を使って、あまり大きくない板型ゴーレムを作り、成功するかしないか分からない石化の呪文を唱える訳だ。成功したとしても成果に割りに見合わないだろう。
「まあどのみち、解呪されたら砂に戻るから壁はともかく屋敷には使えないしな。今は臨時の壁材が作れるくらいで我慢しとくか」
「呪文を唱えて魔術の腕前を挙げるオマケみたいなものかと」
ちなみに一緒に唱えているこいつはスライム対策をしていた魔術師だ。
手持ちの触媒でマジックアイテムを増やした後、唱えまくって魔術の精度が上がりかけていたので暇だから一緒に唱えている。俺の火が7で土が6、6だと石化がギリギリ成功くらいなので、まだ若いこいつは土専門で7から8手前くらいなんだろう。土系統の呪文は5前後に良いのが集まってて、7からは不遇なんだよな。その意味では俺もこいつもあえてランクを上げてなかったというところだ。ここまであがると効率悪いから他の系統の呪文も増やしたいしな。
その意味で一足飛びに水の6まで上げたセシリアは才能があると言っても良い。ランクに対する補正のある加護ではなく、魔力が増えているだけだから他の呪文系統にも応用が効くからな。
「伯爵! 沖からイル・カナンの旗を掲げた船が見えたそうです」
「来たか! 今から出迎えるが、お前たちは適当に作業を続けていてくれて構わない。島の調査や警戒活動自体は無駄にならないからな」
「「はい」」
兵士の報告に俺は建設中の城館へと移動する。
貴族連中の宿舎部分は先に完成させたので、一応の応接室に成るからだ。もっともそのまま俺の寝床になるくらいには司令官といえど手狭なワンルーム生活である(それでもテント暮らしの兵士よりマシだが)。とりあえず礼服に着替えてイル・カナンの施設と相対するとしよう。
文句を言って来るのは判るが……さて、何処までこっちの事を掴んでいるだろうか?
「ゴルビー伯爵! 話が違うではないか。一刻も早く占領地域から撤兵していただきたい。これは条約に反しますぞ! オロシャ国はこの様な不正義を平然と行う三等国家なのですかな!?」
「はて? この諸島群は魔族の島に属しておりますよ。条約の範囲外です」
以前に出逢った副使がやって来るのはオロシャでもないのに変な話だ。
おそらく俺と旧知であり、オロシャ国に対して強く出れないから急遽派遣されてきたのだろう。ついでに言うと俺を経由して『オロシャ国が領地を切り取らない』と約定を取り付けた筈なので、『お前が取り付けた条約だろう。何とかして来い』とでも言われたのかもしれない。しかし、こいつ具体的な場所を一切口にせず、この場所に関してだとしてもその根拠を一言も示さず、こちらを非難しやがったぞ。実に口が巧いと言わざるを終えない。
何が面倒かと言うと、個々には他の貴族たちも居るのだ。反論しないと俺が文句を言われるし、何らかの密約をしていると思わせられたら俺の立場が怪うくなるような言い方だな。
「それに我が国の貴族たちに『魔族を討つのは人類の崇高な使命』と述べられ盛んに手紙を送られたのはそちらでしょう? 魔族の島を攻めるために、連中を追い出してこの島を得たことに文句をつけるのはどうかと思いますね。イル・カナンだけではなく、旧イラ・カナンに属する島々はもっと西であり、そちらを経由して良いなら我々はもっと楽が出来ていました」
「……正当な出兵であると? ではどうして事前通告が無かったのでしょう」
「事前通告が必要ですか? 領海を通りもしないのに」
「当然です!」
奴らが関与した物的証拠は存在する。何しろ魔族討伐には何の問題も無い。
だから手紙構成で表向きは名誉をくすぐり、裏では領地が増やせるかもしれないと野心をくすぐっているのだ。実際に手紙を送っているのは貴族たちであり、イラ・カナン政府自体は何の関与もしていないので止める必要もその権利も無かった。だから彼も咄嗟に反論できないが、逆に自分たちが促したことを肯定しても居ない。その上でこちらに不備があると突いてくるわけだ。それも言葉の上では何の瑕疵もなく、態度だけが無礼であるという演技付きで。
こういうのを平然とその場で考えられる当たりイル・カナン貴族は口が回るし、激昂して顔をゆがめている当たりオロシャ貴族はかなり不得意である。もし俺が言いくるめられそうだったら、平然と机を叩きかねなかった。
「本当に必要ですか? こちらが『イル・カナン政府の要請に対する報酬として、旧イラ・カナンの土地を切り取らない』と条約を結んだのは魔族討伐の為ですよ? 魔族討伐以外に理由はないですし、現に旧イラ・カナン北部州でも魔族を退治しながら、東へ東へと移動しているではありませんか」
「それとこれとは話が違います! ここは海で向こうは陸でしょう!」
「動員継続はご存じですし、そちらの港を経由するのも却下された筈では?」
「うっ……。そ、それは、その時点で諦めると……思って居たからで……」
魔族を退治するための戦力供出を継続してるのに、撤兵するのか?
常識で考えたらあり得ない。普通ならば他の方面への転出を考慮する筈だ。海と陸とでは違うと言っているが、もしこちらが海洋国なら当然その件も確認したはずだ。海に弱いどころか最近まで港も海洋船もなかったオロシャ国に関するチェックが甘くなるのは仕方がないことかもしれない。その上で、こちらの大型船がアゼル国やバイザス国に現れたからな……。その状態で魔族の島を攻めるとは言わないが、旧イラ・カナンどころか自国の港を制圧できる船の乗り入れを許可する筈は無かった。
この辺りは当たり前の話といえば当たり前なので、副使もしどろもどろになるしかないのだろう。何しろそっちを確認するのは彼の役目でもないしな。
「ではもう一つお尋ねします。旧イラ・カナンの南部でどこぞの軍が行動しているのはご存じですかな? あちらにはオロシャの兵は上陸させていないのでしょうな?」
「他所の国の軍ならば知りませんし、オロシャでも方面軍が違えば同様ですね。その上で仮に人類の国家から援軍要請があれば派兵も検討しますが、その場合でも旧イラ・カナンの土地は切り取りませんよ。そちらにおられるイラ・カナン系の王族の方の要請であっても、現地で抵抗され頑強に抵抗する貴族から要請されたとしても、我々があの土地を切り取る名分が無いのは同じですからね」
どうやら現状の全ては知らないが、何かを感ついては居るようだ。
まあ、当たり前の話なのだがラファエロ・ゴメスらこちらに就いた旧イラ・カナンの人間たちも一枚岩ではないし、『オロシャの援助を取り付けたが、そちらはもっと出さないのか?』と交渉を持ちかけるのは当然あり得る状況だからだ。それが複数の貴族や騎士と成れば全てを制御できる筈もないし、厳重に管理したとしても『匂わせ』くらいはやっているだろう。そういった情報さえあればアタリを付けて尋ねることで、こちらを牽制してくるくらいの事は出来るのだろう。
とりあえず釘を刺されたことにしてこの副使の顔を立てつつ、まだ『上陸作戦はしていない』が要請があれば送る準備はあるとは伝えた。その上で『土地を切り取らない』と再度確認しているので、彼もイル・カナン政府に申し開きが出来る筈だ。
「ゴルビー伯のお話は伺いました。では他の方々はいかに?」
「ふうむ。頼まれたら兵を送るのは判るが、報酬無しには避けたいものよ」
「封建契約からすると旧イラ・カナン王家が倒れれば、貴族が独立して自領を守るのは当然。その際に我らに土地を譲って援軍を頼んだのであれば、堂々と受け取るべきではないのか?」
副使は俺が切り崩せないと悟るとこの場に居る貴族に声を掛けた。
尋問を行う場所ではないので、その場にいる貴族に話を振るのはまあ問題はない。非礼ではあるが『この場だけの話としてどうですか?』と発言する権利を譲るのはアリだからだ。それをやるなら俺に許可を採るべきだが、仮に許可されなくても個別に会いに行っただろう。なので止めにくい状態で平然と話をする当たり、やはり口だけは巧みである。
その上で自国の貴族が抱く不満を焚き付け、ともすれば『旧イラ・カナンの土地を是が非でも切り取れ!』という話になりかねないのに自爆を気にせずにやるのは凄いと思う。
「魔族を討ち人類に平穏を齎したという名誉を喧伝出来て、しかも我が国に魔物が流れて来る可能性がなくなるのです。それだけでも利益でしょうし、失ったモノは交易を通して取り戻すのが健全な付き合い方でしょう。それに……こう言っては何ですが、この諸島群だけではなく魔族の島もあります。旧イラ・カナンの面倒まで見たらオロシャは破産しますよ。ようやく戦後が終わった所なのですから」
「ああ、そういえばあちらも魔物に襲われて幾つも町が滅びたとか」
「残っているのは北部を中心とした一部だけでしたなあ。ううむ」
こちらのスタンスは変えない。頼まれたら援軍を送って魔族を倒すだけだ。
それがイル・カナン政府であろうと、旧イラ・カナン貴族の誰かであろうと変わりはしない。目の前の男を通して約束した『旧イラ・カナンの土地は切り取らない』という約束はあくまでイル・カナン政府からの要請に限っての事だが、それdもえ同じスタンスで居る法が判り易いし、こいつが知らずとも諸外国の貴族を招いているのだ。オロシャ国への信頼度が大きく変わるからな。
それはそれとして、大金を投じても領地が得られるとは限らない、出費に見合った報奨金は絶対に手に入らない。その事を何度も口にしたこともあり目の前の貴族たちも『イル・カナン国と戦争してでも土地を奪え!』とは口にしなかったのだ。
「皆様方のお話は良く分りました。ではせめて今の話を我が国に直接説明していただけませんかな? 悲しいかな信用というものがゴルビー伯と私では天と地でありまして。勇者軍を運営しておられた伯ならば我が陛下も他の貴族たちも、その場で納得していただけましょう。もちろん国賓として大歓迎いたしますぞ」
「失礼ながらお断り申しあげる。私が魔族の策士なら、両国を争わせる絶好の機会になりますからね。実に残念です」
こいつシレっと俺を人質にしようとしやがったな。
迂闊に頷いて案内したら、かつてのキエール伯の様に幽閉されるに違いあるまい。その場合は『ゴルビーを割譲する』みたいな無理筋の命令やら遺書も多発させて混乱を齎し、それこそ俺が反乱を考えていると思えるような偽の証拠もでっちあげるだろう。病気になったと称して幽閉する主そういう理由で陰から暗躍する貴族が居るのもよくある事だからな。
なので俺はやんわりと断ることにした。下手な断り方をすると『我が国はそのような卑劣な事をしない!』とこいつが約束をしておいて、別の者が実行して顔を出さなかったり、目の前にいる貴族を焚き付けたりするだろうからな。
「音に聞こえたゴルビー伯ともあろう方が魔族ごときを恐れると?」
「魔族ではなく、効率の良さを恐れます。切り札として……そうですね。イル・カナンでも見かけられた、島の様に巨大な魚の魔などを使い捨てるには丁度良いでしょう? イル・カナンの船ならば魔将とて退けるでしょうが、使い捨てなら流石に分が悪い。島の様な魚の魔には何隻もの船が沈められ、水棲種族たちも戦いを避けていたと聞きましたしね」
ここでこう煽るのは当然なので過去礼で切り返しておく。
なんというか『我が国の精鋭を舐めるな!』という軍人は多いが、実際に駄目だった例を出されたらどうしようもないからな。『今の船は当時の船よりも格が高く、最強の兵が乗っている!』と主張した所で、『使い捨ての特攻を敷開けた場合』など計算できるはずもない。これを言葉の上で否定するのは簡単だが、この場に居る貴族たちも流石に鼻白むだろう。よってこの話は此処までと言える。
という訳で俺は思わぬ外交と、思わぬ休日を過ごしたのであった。
諸島群での作業は続くが俺がするべきことはない。
いつもならば列車に乗って移動するところだが、島ではどうしようもない。海洋船は本土と往復して物資を運んでいるし、オロシア級三胴艦も来るようになったので、その時は荷物やら宿泊施設の準備やらで大変なことになっているからだ。それも勝手にやらせておくと揉めるので、仮にも責任者である俺が残っていないと駄目な状況だった。
もしこの隙にゴルビー地方を王家に接収されたら、親族も重役級の部下も居ないので何も手が出せずに島流しだが、流石に陛下との仲は悪くないのでそれだけは安心だった。
「まさかこんな方法で砂漠の緑化を解決する方法が進むとは思っても無かったな」
「石化ですか? ああ、砂の塊を石化するのですね」
一応使えるが成功率が安定しない石化呪文を暇な時に練習していた。
ゴーレムもルサールカと『浮』で輸送しているので、特にこちらでは呪文を使う事がない。マジックアイテムを作る為の触媒が無いので、本格的な作業が出来ないのも痛い。こんなことならジブリールの為に作った魔法陣付き馬車みたいなのを用意すれば良いかと思ったが、最初の出陣時は邪魔なので持ち込まなかっただろう。
兵士を数人か騎士一人(と食料)を追加できるスペースを余分な荷物で埋められなかっただろう。
「今までは煉瓦を賦役で作らせてたんだよ。水が過度に蒸発して水蒸気にならない様にと言う、水の三様に対策しているわけだが……。風上や太陽に向かって壁を用意したら、過剰な魔力で大地が乱れないような状態になるとでも言えば判るかな?」
「そういう事ならなんとなく分かります。砂ならタダですからねえ」
島の調査を終えた魔術師のフィールドワーク・チームたちと他愛ない話。
そんな事をしながら、この事に気が付いて居ればもっと早く砂漠の緑化が進んでいたかもしれないという考えが頭をよぎる。だが実際にそこまで余裕があったかというと、ゴーレムの研究に費やした時間や、あちこちに出かける時間を訓練に当てる必要があっただろう。そうなったら今まで成し遂げた事の中で、ナニカが成功していない可能性もあり得た。
それに程ほどのレベルのゴーレム作成を使って、あまり大きくない板型ゴーレムを作り、成功するかしないか分からない石化の呪文を唱える訳だ。成功したとしても成果に割りに見合わないだろう。
「まあどのみち、解呪されたら砂に戻るから壁はともかく屋敷には使えないしな。今は臨時の壁材が作れるくらいで我慢しとくか」
「呪文を唱えて魔術の腕前を挙げるオマケみたいなものかと」
ちなみに一緒に唱えているこいつはスライム対策をしていた魔術師だ。
手持ちの触媒でマジックアイテムを増やした後、唱えまくって魔術の精度が上がりかけていたので暇だから一緒に唱えている。俺の火が7で土が6、6だと石化がギリギリ成功くらいなので、まだ若いこいつは土専門で7から8手前くらいなんだろう。土系統の呪文は5前後に良いのが集まってて、7からは不遇なんだよな。その意味では俺もこいつもあえてランクを上げてなかったというところだ。ここまであがると効率悪いから他の系統の呪文も増やしたいしな。
その意味で一足飛びに水の6まで上げたセシリアは才能があると言っても良い。ランクに対する補正のある加護ではなく、魔力が増えているだけだから他の呪文系統にも応用が効くからな。
「伯爵! 沖からイル・カナンの旗を掲げた船が見えたそうです」
「来たか! 今から出迎えるが、お前たちは適当に作業を続けていてくれて構わない。島の調査や警戒活動自体は無駄にならないからな」
「「はい」」
兵士の報告に俺は建設中の城館へと移動する。
貴族連中の宿舎部分は先に完成させたので、一応の応接室に成るからだ。もっともそのまま俺の寝床になるくらいには司令官といえど手狭なワンルーム生活である(それでもテント暮らしの兵士よりマシだが)。とりあえず礼服に着替えてイル・カナンの施設と相対するとしよう。
文句を言って来るのは判るが……さて、何処までこっちの事を掴んでいるだろうか?
「ゴルビー伯爵! 話が違うではないか。一刻も早く占領地域から撤兵していただきたい。これは条約に反しますぞ! オロシャ国はこの様な不正義を平然と行う三等国家なのですかな!?」
「はて? この諸島群は魔族の島に属しておりますよ。条約の範囲外です」
以前に出逢った副使がやって来るのはオロシャでもないのに変な話だ。
おそらく俺と旧知であり、オロシャ国に対して強く出れないから急遽派遣されてきたのだろう。ついでに言うと俺を経由して『オロシャ国が領地を切り取らない』と約定を取り付けた筈なので、『お前が取り付けた条約だろう。何とかして来い』とでも言われたのかもしれない。しかし、こいつ具体的な場所を一切口にせず、この場所に関してだとしてもその根拠を一言も示さず、こちらを非難しやがったぞ。実に口が巧いと言わざるを終えない。
何が面倒かと言うと、個々には他の貴族たちも居るのだ。反論しないと俺が文句を言われるし、何らかの密約をしていると思わせられたら俺の立場が怪うくなるような言い方だな。
「それに我が国の貴族たちに『魔族を討つのは人類の崇高な使命』と述べられ盛んに手紙を送られたのはそちらでしょう? 魔族の島を攻めるために、連中を追い出してこの島を得たことに文句をつけるのはどうかと思いますね。イル・カナンだけではなく、旧イラ・カナンに属する島々はもっと西であり、そちらを経由して良いなら我々はもっと楽が出来ていました」
「……正当な出兵であると? ではどうして事前通告が無かったのでしょう」
「事前通告が必要ですか? 領海を通りもしないのに」
「当然です!」
奴らが関与した物的証拠は存在する。何しろ魔族討伐には何の問題も無い。
だから手紙構成で表向きは名誉をくすぐり、裏では領地が増やせるかもしれないと野心をくすぐっているのだ。実際に手紙を送っているのは貴族たちであり、イラ・カナン政府自体は何の関与もしていないので止める必要もその権利も無かった。だから彼も咄嗟に反論できないが、逆に自分たちが促したことを肯定しても居ない。その上でこちらに不備があると突いてくるわけだ。それも言葉の上では何の瑕疵もなく、態度だけが無礼であるという演技付きで。
こういうのを平然とその場で考えられる当たりイル・カナン貴族は口が回るし、激昂して顔をゆがめている当たりオロシャ貴族はかなり不得意である。もし俺が言いくるめられそうだったら、平然と机を叩きかねなかった。
「本当に必要ですか? こちらが『イル・カナン政府の要請に対する報酬として、旧イラ・カナンの土地を切り取らない』と条約を結んだのは魔族討伐の為ですよ? 魔族討伐以外に理由はないですし、現に旧イラ・カナン北部州でも魔族を退治しながら、東へ東へと移動しているではありませんか」
「それとこれとは話が違います! ここは海で向こうは陸でしょう!」
「動員継続はご存じですし、そちらの港を経由するのも却下された筈では?」
「うっ……。そ、それは、その時点で諦めると……思って居たからで……」
魔族を退治するための戦力供出を継続してるのに、撤兵するのか?
常識で考えたらあり得ない。普通ならば他の方面への転出を考慮する筈だ。海と陸とでは違うと言っているが、もしこちらが海洋国なら当然その件も確認したはずだ。海に弱いどころか最近まで港も海洋船もなかったオロシャ国に関するチェックが甘くなるのは仕方がないことかもしれない。その上で、こちらの大型船がアゼル国やバイザス国に現れたからな……。その状態で魔族の島を攻めるとは言わないが、旧イラ・カナンどころか自国の港を制圧できる船の乗り入れを許可する筈は無かった。
この辺りは当たり前の話といえば当たり前なので、副使もしどろもどろになるしかないのだろう。何しろそっちを確認するのは彼の役目でもないしな。
「ではもう一つお尋ねします。旧イラ・カナンの南部でどこぞの軍が行動しているのはご存じですかな? あちらにはオロシャの兵は上陸させていないのでしょうな?」
「他所の国の軍ならば知りませんし、オロシャでも方面軍が違えば同様ですね。その上で仮に人類の国家から援軍要請があれば派兵も検討しますが、その場合でも旧イラ・カナンの土地は切り取りませんよ。そちらにおられるイラ・カナン系の王族の方の要請であっても、現地で抵抗され頑強に抵抗する貴族から要請されたとしても、我々があの土地を切り取る名分が無いのは同じですからね」
どうやら現状の全ては知らないが、何かを感ついては居るようだ。
まあ、当たり前の話なのだがラファエロ・ゴメスらこちらに就いた旧イラ・カナンの人間たちも一枚岩ではないし、『オロシャの援助を取り付けたが、そちらはもっと出さないのか?』と交渉を持ちかけるのは当然あり得る状況だからだ。それが複数の貴族や騎士と成れば全てを制御できる筈もないし、厳重に管理したとしても『匂わせ』くらいはやっているだろう。そういった情報さえあればアタリを付けて尋ねることで、こちらを牽制してくるくらいの事は出来るのだろう。
とりあえず釘を刺されたことにしてこの副使の顔を立てつつ、まだ『上陸作戦はしていない』が要請があれば送る準備はあるとは伝えた。その上で『土地を切り取らない』と再度確認しているので、彼もイル・カナン政府に申し開きが出来る筈だ。
「ゴルビー伯のお話は伺いました。では他の方々はいかに?」
「ふうむ。頼まれたら兵を送るのは判るが、報酬無しには避けたいものよ」
「封建契約からすると旧イラ・カナン王家が倒れれば、貴族が独立して自領を守るのは当然。その際に我らに土地を譲って援軍を頼んだのであれば、堂々と受け取るべきではないのか?」
副使は俺が切り崩せないと悟るとこの場に居る貴族に声を掛けた。
尋問を行う場所ではないので、その場にいる貴族に話を振るのはまあ問題はない。非礼ではあるが『この場だけの話としてどうですか?』と発言する権利を譲るのはアリだからだ。それをやるなら俺に許可を採るべきだが、仮に許可されなくても個別に会いに行っただろう。なので止めにくい状態で平然と話をする当たり、やはり口だけは巧みである。
その上で自国の貴族が抱く不満を焚き付け、ともすれば『旧イラ・カナンの土地を是が非でも切り取れ!』という話になりかねないのに自爆を気にせずにやるのは凄いと思う。
「魔族を討ち人類に平穏を齎したという名誉を喧伝出来て、しかも我が国に魔物が流れて来る可能性がなくなるのです。それだけでも利益でしょうし、失ったモノは交易を通して取り戻すのが健全な付き合い方でしょう。それに……こう言っては何ですが、この諸島群だけではなく魔族の島もあります。旧イラ・カナンの面倒まで見たらオロシャは破産しますよ。ようやく戦後が終わった所なのですから」
「ああ、そういえばあちらも魔物に襲われて幾つも町が滅びたとか」
「残っているのは北部を中心とした一部だけでしたなあ。ううむ」
こちらのスタンスは変えない。頼まれたら援軍を送って魔族を倒すだけだ。
それがイル・カナン政府であろうと、旧イラ・カナン貴族の誰かであろうと変わりはしない。目の前の男を通して約束した『旧イラ・カナンの土地は切り取らない』という約束はあくまでイル・カナン政府からの要請に限っての事だが、それdもえ同じスタンスで居る法が判り易いし、こいつが知らずとも諸外国の貴族を招いているのだ。オロシャ国への信頼度が大きく変わるからな。
それはそれとして、大金を投じても領地が得られるとは限らない、出費に見合った報奨金は絶対に手に入らない。その事を何度も口にしたこともあり目の前の貴族たちも『イル・カナン国と戦争してでも土地を奪え!』とは口にしなかったのだ。
「皆様方のお話は良く分りました。ではせめて今の話を我が国に直接説明していただけませんかな? 悲しいかな信用というものがゴルビー伯と私では天と地でありまして。勇者軍を運営しておられた伯ならば我が陛下も他の貴族たちも、その場で納得していただけましょう。もちろん国賓として大歓迎いたしますぞ」
「失礼ながらお断り申しあげる。私が魔族の策士なら、両国を争わせる絶好の機会になりますからね。実に残念です」
こいつシレっと俺を人質にしようとしやがったな。
迂闊に頷いて案内したら、かつてのキエール伯の様に幽閉されるに違いあるまい。その場合は『ゴルビーを割譲する』みたいな無理筋の命令やら遺書も多発させて混乱を齎し、それこそ俺が反乱を考えていると思えるような偽の証拠もでっちあげるだろう。病気になったと称して幽閉する主そういう理由で陰から暗躍する貴族が居るのもよくある事だからな。
なので俺はやんわりと断ることにした。下手な断り方をすると『我が国はそのような卑劣な事をしない!』とこいつが約束をしておいて、別の者が実行して顔を出さなかったり、目の前にいる貴族を焚き付けたりするだろうからな。
「音に聞こえたゴルビー伯ともあろう方が魔族ごときを恐れると?」
「魔族ではなく、効率の良さを恐れます。切り札として……そうですね。イル・カナンでも見かけられた、島の様に巨大な魚の魔などを使い捨てるには丁度良いでしょう? イル・カナンの船ならば魔将とて退けるでしょうが、使い捨てなら流石に分が悪い。島の様な魚の魔には何隻もの船が沈められ、水棲種族たちも戦いを避けていたと聞きましたしね」
ここでこう煽るのは当然なので過去礼で切り返しておく。
なんというか『我が国の精鋭を舐めるな!』という軍人は多いが、実際に駄目だった例を出されたらどうしようもないからな。『今の船は当時の船よりも格が高く、最強の兵が乗っている!』と主張した所で、『使い捨ての特攻を敷開けた場合』など計算できるはずもない。これを言葉の上で否定するのは簡単だが、この場に居る貴族たちも流石に鼻白むだろう。よってこの話は此処までと言える。
という訳で俺は思わぬ外交と、思わぬ休日を過ごしたのであった。
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異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
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相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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