魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第十一章

『外交問題は今のうちに処理を』

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 作戦初動で思わぬ問題が出たが、概ね予定通りだった。
かといって予定通りでも上手く行かないこともあるし、この辺は他人に任せている事や、イルカナン政府という『相手』がゲーム盤の向こうに居ることもあるだろう。この日も呼んでも居ないのに向こうから問題がやってくるわけだが、魔族の陰謀ではないだけマシなのだろう。

ちなみに物凄い『どのツラ案件』であり、解決しても解決にはならないのがポイントだ。

「我が国に対する内政干渉は止めていただきたいものですな」
「はて? 外交ならば王都の政府経由にしていただくのが筋では? それに旧イラ・カナン難民に対してやっている事を、イル・カナン政府への関与と言われる理由がありませんね」
 イル・カナン外交官の副使が俺の所にやって来た。
難民への炊き出しとして豆鍋を煮込み始めたのが余程に腹へ据えかねたのだろう。きっと彼らはグルメだから、難民に与えている豆鍋を奪ったくらいでは満足できないに違いあるまい。とりあえずこちらに抗議に来ることは判っているし、お互いに話が進まないことを前提にした牽制球でしかないのがポイントである。

とはいえあまり長居されると、予定外の物を見られて困るからさっさと追い返してしまおう。

「そもそもこちらの部隊を援軍として要請する支援物資はどうなりました? 暴徒の騒乱で奪われたキリという事ではないですか。ああ、失礼。何故か現地ではオロシャの兵が奪った扱いをされており、その噂を何故か否定されないそうですな。もちろんその途中なのでしょうが……ならばこちらもその噂で困らないように、彼らに食料を焚き出そうと思ったのですよ」
「ゲスの勘繰りは止めていただきたい! 我が国は既に対処しております」
 こちらの正式な抗議に対して常套句が返って来た。
何か不都合があったら確認中、こちらで見たと言ったら見間違いだと言い、既に周知されている事に突っ込みを入れたらゲスの勘ぐりだと言って言い逃れる。こちらを激昂させて交渉の席を蹴らせて、『これだから未開の野蛮人は』とこちらに対する扱いを下げたり、『あの時のペナルティです』と称して次の交渉で取り合わなかったりする。

要するに嫌がらせをしたいだけで、何かを為したいわけではないのだ。その上でこちらの様子を探り口実にしているのだろう。

「同じセリフを何度も聞きましたね。私も間違えることがありますし、一度くらいは言われるのも仕方が無いと思います。外交上の常套句なので二度目も態度を見るためにアリでしょう。しかし出会う人間がみんなそう言うのは流石にやり過ぎでは?」
「それは貴国がそういうレベルだからなのではないですかな」
 もちろん相手は海千山千の外交官なので副使でもツラの皮が厚い。
こちらがやり返してもどこ吹く風であり、現地を取らない範囲で馬鹿にしてくる。悪い単語を使うことなく、想像の範囲内で投げ返してくるのだ。ここで怒ったら俺どころかオロシャ国がそれまでの国だと認めたことになるわけだな。この手のやり口は十ん然たる暴力に弱いわけだが、ヨセフ伯はともかく俺がやる訳にはいかない。

とりあえず話が進まないと馬鹿らしいので次の球を投げよう。

「それと先日、こちらの物資を事前通告なしに勝手に臨検した挙句、中にあった食料を回収して身内で配布。抗議に対して戻すどころか、粗悪品を申し訳程度に送りつけるというのはいかがと思いますが? 先に言って置きますが、この件は先方の騎士隊長共や唆した貴族も認められて謝罪しておられます。現時点では含む処はあれど『この場限りの抗議』として改めて懸念を申し上げる」
「それに関しては現地の粗相でしかありません。抗議の方向が違うでしょう」
 今度は先日のアンドリオ副団長が持ち帰った件だ。
既に終わった件でしかもイル・カナン政府は無関係。それなのに牽制球としても片腹痛いとでも言わんばかりだ。話自体はその通りなのだが、残念なことに前提路なる抗議……この後に続く抗議説明の種類が違う。抗議した内容に対して抗議するはずがない、だから先方は牽制球だと思って居る訳だが、それが違うんだな。

要するに、これから行うのは累積して積み重ねられた不信に対する抗議である。

「勘違いされているようですが、その件は終わった事ですし、管轄も確かに違うのでしょう。しかし、先ほどの難民の話に加えて解決しようと言う試みが見られない。こちらにお戻りいただいたキーエル伯の手紙が改竄された件にしても、意図的に変更する取りたら此処しかないという部分でありながら、勘違いや忘却と仰せられたそうですな。キーエル家と言えばカナン河への乗り入れの為の現地改修も断られ、そのカナン河付近での掃討戦も半ばで切り上げろと勧告が来ている。魔物を片付けて欲しいという要請は、本当なのかという懸念が累積してしまったことに対する抗議です」
「……長い演説ですな。三行にまとめていただけますか?」
 この件は外交官、いやイル・カナン政府にとっても耳に痛い話だろう。
オロシャを利用してやれば良い、だから暫く我慢していろと貴族たちを説得した筈なのだ。それなのに手続きをサボタージュしているどころか、率先して邪魔しているとあっては頭を抱えるしかない。だが、それでも涼しい顔をして居られるのは、この続きを『よくある流れ』で想像しているからだ。『撤兵しても良いのですぞ』とこちらがブラフを掛け、先方が『残念ですな。お約束していた報酬について検討していたのですが』と返すまでがお約束である。

どう考えても空手形でしかないし、そこから先は軍部同士が占領地を奪い合う話になる。それを考えたら先に動いているイル・カナンの方が有利という訳だ。

「では遠慮なく。既に撤兵の可能性をチラ付かせる段階を過ぎました」
「貴国との友情や魔物を狩るという人類の使命にて国庫の赤字は看過します」
「犯罪者予備軍扱いされてまで、他国の為に血を流したい者など居りません」
 という訳で最後通牒を叩きつけることにした。
宣戦布告ではなく、援軍打ち切りというのが少しだけマイルドな話だろう。ありがとうイル・カナン政府、さようならイル・カナン政府。これ以上は付き合い切れないので、こちらは一抜けしますよとの宣言である。正式ではないが、後日に陛下から向こうの王様に親書が届けられるだろう。

何を言って居るか判らない? そうか、それは結構。

「は? そのようなこと、一介の貴族に可能な筈が……」
「陛下の御裁可は降りております。貴卿が王都ではなく統括本部である此処を紹介されたのは、その検討段階を過ぎた為なのです。暴動を侵略を企むオロシャの仕業としたのはやり過ぎましたな、これを看過しては諸外国に野心を認めた形になります」
 鳩が豆鉄砲を喰らった様な表情をしているが、まあそうだろう。
オロシャはイラ・カナンの土地を切り取りに来ているのに、損切りして手ぶらで帰るなどありえまい。だが、少し考えたら判る事なのだが……切り取り自由の土地は空手形、ないがいとわず有形無形の嫌がらせの数々。しかも強引に土地を切り取れば、後日に民族を挙げて奪い返しに来るとあっては占領するだけ損である。その時に諸外国を巻き込むのであれば、危険だけが多くなってしまう。

それでも野心家が多かった場合……それも戦力が余って居たらお試しに実行した可能性はあっただろう。

「馬鹿な……それでは諸侯が納得されないでしょう。レオニス陛下だって」
「陛下はジュガス家、バルガス家、我がゴルビーが等しく並んだ情勢に満足されておいでです。そして我々も、名声と平和を勘案して剣を収められる段階です。少なくともカナン河から国境までは魔物を殲滅しました。イル・カナン中からこちらへ追い出したとしても何とかなりますよ。我々は十年の間に文明一等の国を目指せば良いのですから」
 外交官ではこれ以上の応答は無理だろう。そもそも権限を越えている。
そして俺が十年後と言った事で理解したはずだ。オロシャは農業圏構想や新街道を繋ぐ列車などで繁栄が待っているのだ。十年後にオロシャは発展しているが……イル・カナンはどうだろうか? 国境線だって閉鎖できるし、十年後に今の戦いをやり直したって困らないだろう。

ただ、外交官も副大使ではある。子供の使いではない。

「何を……何を用意すれば思い直していただけますか?」
「もはや、その段階を過ぎたと申しました。この段階からならまだ思い留まれはしますが、今まで通りになると判って進む者は居ません。せめて書面での褒賞の確約と、カナン河を北進してイル・カナン王都に至るまでの魔物を駆逐する権利は必要です。もちろん……それ以上を求められるならば、その件に関しても書面で必要でしょうね」
 ここまで来たら徹底的に突き放す方が良い。
自国の安全と発展以外に興味はなく、持久策で十分に発展できるから無理に戦う必要が無いのだと言い切ってしまえば良い。勿論ヨセフ伯はそうではないのだが、別の目標を用意しているし、イル・カナン政府から見れば新参者の俺もまた拡大主義者であった筈なのだから、俺は苛立って撤兵に同意したように、ヨセフ伯もそうだと思えるような土台を用意した。『そちらの思惑は理解しているぞ』と投げ、一応はここで引ける理由を作ったので、後はイル・カナン政府がどう出るかだ。

どちらにせよ直接に魔族の島を攻める用意はしたので、損はない。
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