魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第十一章

『渡海に先駆けて』

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 完全に別勢力である水棲種族と深い話をする前に、調査隊と話しておく。
仮に友好度が今以上に上がったとしても、備えておくというのは重要だ。外交とはそんなものだし、背中を見せて『これだけ無防備なのに攻めて来るんですか!?』とか『全面的に信頼してるのに騙すんですか!?』などとノーガード戦法で行くのはナンセンスだ。疑っているわけではないが、向こうにだって優先度があるからな。

もっと仲の良い連中とか、それこそ同族の窮地には自分達の都合を優先するだろう。

「アゼル国とバイザス国の辺りまで出て、話を聞いて戻って来ました」
「話を聞かせてくれ。その様子だと、既定路線の範疇なんだろうけどな」
 ホーセンスたちが赴いたのは都市国家に毛の生えたような場所だ。
オロシャの東に存在し、イル・カナン国の北の方にある。ゴルビーの南にある連峰を越えた場所にあり、彼らが争っていた時代には、何度となく出征論が出てまとめて併合しようという話があったそうだ。当時はオロシャも開拓地ばかりで、とうていそんな国力はなかったから断念し、魔族の被害が出た頃に属国として相互援助関係に入ったという経緯がある。

ちなみにもう少し南にまた別の都市国家があり、そちらはイル・カナンが属国にしていた。

「そうなんですけど……イル・カナンまで南下しなくて良かったんですか?」
「今はそれで構わないさ。どうせ連中も二国で確認するし、危機感を持ってたら情報共有を申し出るだろうしな」
 情報の入手が芳しくなかったのだろう。イル・カナン行きを申し出る。
だが、あれから話が変ってしまった。ホーセンスが新しい調査を申し出たのは、地殻変動で地盤が上がったり下がったりする可能性である。ゴルビー辺りはどちらになっても別にかまわないのだが、新領地から南一帯は微妙な高さなので地盤が上がるのはともかく、下がるのは困るのだそうだ。もしかしたらホーセンスの故郷はその辺なのかもしれない。

ともあれ、援軍を出すことに成っている以上は、新領地経由で南下できるという実績造りの方が重要になる。

「ひとまず繰り返してその辺までは往復できるようになっていてくれ。大型船を建造しても浅瀬で座礁とか笑えん。イル・カナンに赴くのは、船を接収したり臨検と称して勝手に構造を調べられないと保証が得られてからだな。その内に向こうの方で、こちらを警戒して、その次は援軍として求めるようになってくる筈だ」
「はあ。それで良いのでしたら、報告の方に移りますね」
 仮にも大国が海紛いの事をするわけがないとホーセンスは考えたようだ。
だが、少し考えてみて欲しい。彼らを殲滅してしまえば目撃者は存在しない。奪って使うのは何処かでバレるかもしれないが、研究してコピーすることは可能だろう。それこそ大々的に大型船を作られたら、そのことを理由に抗議しても無駄なのだ。『そんなものは我が国で実用化されている。遅れている後進国の、しかも辺境に住まう田舎者風情がゲスの勘繰りをするな!』で済んでしまうからな。

向こうに行くのはおそらく、三胴船だけではなくオロシャ船籍の大型船が竣工し、力尽くで抗議も可能になった後だろう。そこまでで行けば危険の方が大きくなるので、海軍が何かを言っても『援軍として呼んでいるのだから止めろ』と親オロシャの貴族が忠告できるはずである(それでもスパイを送る可能性はあるが)。

「二国がオロシャ側なのは、より南にあるバイザス国の周囲に浅瀬があるからだそうです。昔はそこに浅瀬どころか、島があったそうですよ。その頃には例の鳥人間も見受けられたそうです」
「やはり地盤沈下が起きていたのか。後は急な反動がない事を祈るのみだ」
「また起きる可能性というのはあるんでしょうか? その、本当に?」
「造山活動というのは本来ゆっくりだからな。急に沈む方がありえん」
 何百年も掛け丘が消えるのは良くある話だが、記憶にある程度でしかない。
そんな急な地盤沈下が起き、しかも火山が周辺に無いというのだからおかしいと言うしかない。仮に神様の力で陸地を下げ、魔族の脅威を退けたのであれば……その反動で元に戻る可能性は少なからずあるのだ。もちろん地面を下げた効果が永続で、新しく力を使わない限り戻らないというなら、神様だって無理に元には戻さないだろうけどな。

問題なのは、その反動が上に成るか下になるか判らないということだ。場合によっては更に地盤が沈み、アゼル国とバイザス国などの土地が以前のバルガス河周辺のような、沼沢地になってしまうこともありえるだろう。もちろんそうなった時に、オロシャやイル・カナンが攻めて行かないとも限らない。

「今後の調査はさっきも言ったように往復することで、大型船が移動できる航路を確実にすること。同じ行程に飽きたら、三回に一回程度は北回りで調査して構わないぞ。あちら側へ鳥人間なり、エルフの古老でも居てくれれば情報が手に入るしな。もひ必要なら遊牧民の案内も頼んでおこう」
「判りました。みんなにはそう伝えます」
 北側は遊牧民の領域なので領有するのは無理だ。
オルバはこちらが海に行けることを知っているし、仮に沿岸の島にまったく興味が無かったとしても、部族の交渉役としては未来を踏まえて何か要求してくるはずだ。複数島があったらその内の一つをこちらに寄こすだとか、現実的な所で塩田を彼らに用意することを求めて来るだろう。

そうならない未来もあるかもしれないが、少なくともこちらから話を持って行く気はない。誰かも言っていたが、こういうのはどちらが提案するかで変わって来るんだろうしな。


「話は何アルカ? 明かりのゴーレムの話違うネ?」
「値上げをする気もないから、そちらの部族や交易する相手が有益と判断してからで良いと思うぞ。話というのは、イル・カナンに頼まれて援軍を出す流れに成っている。無理にあちらを掃除するよりは、同じ魔物を減らすのでも、魔族の島を攻めた方が良いかという話になってるんだ」
 どうやら昨晩に設置した灯台用ゴーレムを気に入ったようだ。
二台で交代して周囲を持続光で照らすだが、宣伝したところでさっそく食いついて来た。ただ、ここで足元を見て値段を上下させてはいけない。彼らが呪文の使い手や交易品で足元を見ていない様に、こちらも見るべきではないのだ。やったが最後、おそらく連中は『そういう相手』だと思って向こうも値を吊り上げて来る。

基本的に根切に応じないしこちらの物も値切らない彼らだが、条件次第で変わって来る物があった。

「こちらとしては魔物がイル・カナン経由でやって来なければよい話だしな。連中が渡って来るのをシャットアウトすれば、後はイル・カナンだけで自国を救える筈だからな」
「確かにそう主張しているネ。だからこちらも手助けしてないヨ」
 水棲種族は陸地に興味がないので、イル・カナンが頼んでも無駄だ。
水際防御をしてもらえば余程簡単な筈だが、一回ごとに幾ら、長期なら幾らという護衛料を取るだろう。お前たちも魔物は大変だろうと言っても、水棲種族は幾らでも逃げられるし、海域にもあまりこだわらないから話が通じないのである。それこそ長く付き合って交易が盛んに成れば、ソレを守るために手助けしてくれることもあるだろう。だが、自分たちで何とかなると強がってしまえば、『じゃあ好きにしてください』と放置されるに決まっている。

もちろん、イル・カナンが素直に応じれないのにも理由がある。こういうと何だが、亜人種だから信用しない以前に、イル・カナンは海に面した国だから長期雇用するしかないのである。

「そちらが陸地に興味が無いのは知っている」
「子育ての水堀りや洞穴が順調な場合、ゴーレムを貸し出すのはどうだ?」
「期間は魔族の島へ攻撃を掛けている間。短過ぎたり長過ぎる時は応談だ」
「当たり前だがこれはそちらが通り掛かったり、長期滞在している時に近くで戦闘があったらの話で、指定日の護衛料金は別途に払うよ。もし水際での戦闘に援軍が出せるというなら、それはそれでオロシャ国からも十分な代価を払う」
 イル・カナンとは逆に、オロシャ国は短期間だけ海を渡るのだ。
ならばその数か月の間、防衛協定を結んでしまえば良い。それこそ揚陸作戦時や、輸送艦隊が物資を陸揚げるする時の数日だけならば安いもんだ。戦争物で上陸作戦と言えば地獄と代名詞が付くくらいだからな。第二次大戦物のゲームで、ファンタジーMODがあったら水陸両用生物の部隊は必須だろう。ロボット物ならば水泳部の開発とかだな。その必要がなくなるだけで実にありがたい。

俺の申し出に鯖巡視は容易く飛びついてこない。利益があるというのと、種族の決定は違うからだ。そして彼は決して愚かではない。

「ゴルビー伯爵向こうに調査出せるネ? ゴーレムあれば我々要らないヨ?」
「そうなんだが急ぎの話になるかもしれないからな。この件ばかりに俺は関わって居れないし、じゃあ俺が用意できるからと言ってゴーレムを無数に作るのも効率が悪い。あんたらだって翻訳呪文が使えて、同時に陸上でも強い加護の持ち主を四方八方に派遣し様とか思わないだろ? 水棲種族に頭を下げ、金を払えば済むならそっちを選ぶよ」
 三胴船がイル・カナンの手前まで移動した事実がある。
ということは、時間を掛ければ魔族の島近隣を調査し、ルサールカに乗りながら水中呼吸なり感覚共有の呪文を使えば安全に渡る事が出来るかもしれない。だが、それは俺を始めとした一部の術者が必須になってしまう。あるいはルサールカを量産し、特定の呪文用のマジックアイテムを無数に生産せねばならないのだ。それを考えたら金とメンツで済ませる方が楽ではないか。少なくとも彼らは、この時点で『無知で渡航経験の無い人間属』よりもマシな料金を算定し、時間を金で買うくらいの妥当な額にしてくれるだろう。

俺の返答を聞いた鯖巡視は、再び沈思してから答えを出した。

「そう伝えておくネ、おそらく通る筈アル。できれば、ゴーレムの使い道を『毒を垂れ流す島』や『空飛ぶ虫の棲む島』の対処に充てて良ければありがたいネ。それで長老たち頷くヨ」
「……判った。その場合はこちらも騎士や術者を派遣しよう。鉱山や特殊な植物の可能性があるからな。もちろん有益な存在だった場合は、毒を垂れ流さない工事をするし、そちらにも利益の一部を支払うよ。他に何か使い道を思いついた時は、事前に伝えてくれれば配慮する」
 鯖巡視は抜け目なく、こちらの指定した以外の使い道を提示した。
こちらが指定した使い位置だけをするとしていて、勝手に使う可能性もゼロではない。だが、互いに交流圏が広がって周囲の目が増えれば、どこかで見つかる可能性があるからこそ、鯖巡視は無茶をしないのだろう。火山島か何かだとは思うが、本当に鉱山なり植物が存在する可能性がある。その時はこちらが接収して、沿岸工事をする事を条件にしてしまえば良いだろう。

こうして思ったよりも早く、水棲種族との交渉が終わった。それというのも巡回部隊の隊長に過ぎない筈の鯖巡視が、外交畑の龍学才殿とあまり差のない見解を持っている為だろう。やはり彼ら水棲種族を侮らない方が良いと噛みしめるのだった(島魚の剣は互いに利益を求めて終わった話の筈)。
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