魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第十一章

『互いの思惑を読む巴戦』

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 オロシャはそれなりに広いので、有力諸侯だけなら結構居る。
西部は森の海だし、山野と荒野しかない領地は沢山あるからだ。穀倉地帯だの有望な鉱山を抱える、本当の意味での有力者は数えるしかいないが、それでも領地の広さは動員戦力の広さであり今回の議論に参加していた。

何が言いたいかというと、陛下が鶴の一声で決定した事で大多数が主戦派になってしまったのである。

「やられたのう。うちの縁者も随分と声が荒いわい」
「領土を切り取れるとは限らぬし、儲かる地はヨセフが抑えるであろうにな」
「相手の出方を見誤りました。ですが当初に申し出た援助の件は継続します。制御に従う者への飴としてお使いください」
 コンスタン・ティン伯と老バルガスに頭を下げておく。
彼ら海千山千の老貴族の力を借りたことは間違っていないと思っているし、多数派工作そのものは維持するべきだからだ。配下貴族も暴走して延々と戦い続ける事は厳に戒めなければならないだろう。そのためには申し出た取引は、例え配下を制御できなくとも続けるべきである。

もしかしたらそれを見越して好きにさせた可能性もあるが、可能性ごときで文句を言い立てる訳にも、ケチな所を見せるわけにもいかない。

「反省は良い。して、これからどう出るかね?」
「まず現状の分析ですが……不毛の大地でも海さえあれば塩田が作れることを俺が見せてしまいましたしね。ヨセフ伯は魔術師エリー・ティンにゴーレムを作らせて大々的に真似させるでしょう。それで最低限の費用を回収し、配下貴族には半値以下で卸してやると宥めるかと思われます。要するに、島への上陸と言う名の名誉と、辺境伯という爵位確保までは続けるでしょう」
 国内で最も名声と権威のある貴族と成る事がヨセフ伯の目的だろうか?
例え魔族の島が不毛の大地であっても、上陸して土地を数年維持してしまえば現状を大幅に上回るのだ。そこに費やす費用と兵士たちの命は膨大な物に成る筈だが、ヨセフ伯は気にもしていないのだろう。塩を売れば費用も回収できるし、売りまくれば相場が下がって俺の収入も大幅に減る。相対的に対向者が落ち、自分が上がるのだから、リスクは別にしてやらぬわけはないというところか。

懸念は現時点でどれほどの被害が出るか、どれほど金を費やすかが判らないのが問題だった。最悪の話、オロシャが他国に勝っているモノ全てを消費し尽くす事に成ってしまう。

「問題となるのはヨセフ伯の行動を何処まで止めるのかです。こちらの流れを使われてしまったので止め難いのと、ヨセフ伯が本当に実現できるならば人類にとって悪い事ではありません。『オロシャの今後』を考えても計画自体は成功させるとして、こちらも動いて相手の利益を分配させるのか、あるいは積極的に上回って上の立場を狙うのかですね」
「ん? ああ……そういう事かの」
「確かに足を引っ張るのは危険じゃな」
 この話で最大の問題は、邪魔をするとオロシャ国が危険に成る事だ。
ヨセフ伯の軍勢を全滅させるまで戦わせると、流石にこちらも非難される上に西部国境が危険になる。向こうはゴルビのある連峰以上の巨大山脈があるとはいえ、それでも夏場ならば山を越える手段がない訳でもないだろう。少なくとも俺だったら橋の形をしたゴーレムを用意して、峡谷を貫くように兵士たちを渡すことが出来るからな。

だから計画自体は成功させて、ヨセフ伯が犠牲を出した分だけ多少上を行くくらいに留めなければならないのである。

(俺がいろいろと持ち出して、積極的に行くなら方法がないでもない)
(水棲種族を味方につけている事を公表し、確実に渡海させる)
(報酬を払って協力してもらうとしても、その事実があれば信用度が違う)
(後は追加で報酬を払い、上陸作戦やイル・カナン沿岸で援軍を求めれば確実に功績がヨセフ伯と並ぶだろう。二大辺境伯の体制が成立し、ヨセフ伯を抑えることはできる筈だ。だが、それでは今度は俺の……というか、ゴルビーの力が強くなり過ぎる。俺はともかく、子孫の代を陛下たちが信用できるのか? 見た感じ、陛下はヨセフ伯と俺達を争わせる気だったからな。温厚に見せて強かに動くはずだ)
 前に出た『辺境伯か、アンドラ領か?』の話はもう消えたと思って良い。
だが、その話題があった過去が消えたわけではないのだ。何か大きな功績があれば、俺を辺境伯にして何名かの貴族や新貴族をまとめさせていく(というよりも、食えない零細貴族の面倒を見させる)という話が復活するだろう。それがヨセフ伯の対抗馬に成るという状況ならば、むしろ争わせる為に再燃するだろう。だからこそ、ヨセフ伯も『最初の辺境伯』という言い回しをしたのだろう。すでにライバルであると見られているというか、何かにつけて邪魔して来る奴と見られている。彼の反感を気にする必要はもはやあるまい。

だが、今の状況でソレをして別の問題がないのかという事にもなる。
俺が辺境伯になるかもしれないという話を皆が知って居たならば良い。だが、何も知らない諸侯にとっては、『兵の戦死や金の浪費を理由に、ゴルビー伯がライバルたちを抑えようとした』と捉えられてもおかしくはないのだ。それこそキーエル家やバルガス家の若者たちにとっては、功績を挙げる為には多少の出血は覚悟するべきだという者も多いだろう。少なくとも俺が突然、積極的に動いて辺境伯になったら反感を覚えても仕方があるまい。

「受け手に回ると良い様に利用されるので、表向きには積極的に支援しましょう。冒険者ギルドを参考に、どのような魔物が見受けられたか、どれほどの数であったか。そう言って情報を集め、友軍を支援したことに対する内部褒賞を占領や討伐よりも高く定めます。魔物は恐ろしいが、対処することで時間を掛けて討伐すると説明するのです」
「……敵を倒す事よりも、味方の背中を守った事を褒めると?」
「悪くないのではないか? 最終的に魔物が減れば良い。土地は難しいでな」
「奪うのは簡単じゃが、損切りはまず出来まいのう。若さとも言えるかの」
 やはりコンスタン・ティン伯や老バルガスは理解が早い。
良く知らない土地に突撃して、そこで土地を奪えるなどと考えるのは本当に危険なのだ。前世でも甘い目論みをして占領している間はともかく、囲まれたり食料を失って次々に全滅した例は良くあるのだ。もちろん何もかも上手く行けば話は別で、一気呵成に奪う事で完勝出来る事もある。それらを加味すれば、ヨセフ伯の進軍フォローをしつつ、敗北した時の尻ぬぐいをするくらいで丁度良いだろう。

ただ、この方針にも問題はある。もし上手く行くならば、勢力を構成している味方に損をさせてしまうからだ。

「言いたいことは判るが兵に対する褒賞をどうする? 土地を奪えなければ元は取れぬし、味方が死ぬのを防ぐのも良い。だが、報酬無しで我ら貴族は動かぬぞ? 会議でも御老方がそう仰せであっただろう?」
「それに関しては手があります。上手くすれば遠征軍の主導権も奪えます」
「ほう? では何故、それを提言せぬのだね?」
「大きなデメリットが存在すると?」
 ここで俺は手札を切る事にした。先ほどの辺境伯の件もある。
身銭を切らずに綺麗ごとを口にしても怪しいだけだし、また良くの有るところも見せて置かないと、いかにも胡散臭いからだ。仮に清徳の貴族と見られたとして、そういうのは物好きであって信用は出来ないしな。

だから俺は手持ち中で、もっとも大きな手札を捨てる覚悟を口にした。

「塩の国家専売を『適当』な褒賞と引き替えに申し出ようと思います。国家への多大な奉仕としてアンドラ辺りか、上納金の大幅軽減をお願いしたいところですね。正直、塩を手放した代わりに『二人目の辺境伯にしてやるから配下貴族の面倒を見ろ』とか言われても困りますよ」
「ゴルビー伯。貴公……それはいよいよの事じゃぞ?」
「だが……良き手ではある。少なくともヨセフは頭を抱えよう」
「王家が出す報奨金にも好きに口は出せるか? アリではあるが……良いのか?」
 俺が口に下提案に諸侯は苦い顔をする。
貴族が手持ちの権益を手放すのは余程の事だ。しかも現時点では俺以外は誰も手にしていない、特権とも言える。しかし、同時にこれは考えようにも寄るのだ。仮に魔族の島に領地を得たら、ヨセフ伯は今までの値段が半値以下になるほどに売りまくるだろう。そうなれば価値は暴落するし、文句を言おうにも民衆は喜ぶので俺は何も言えない。それを考えれば、いま手放して、将来のヨセフ伯を掣肘する方がマシなのは確かであった。

その上でアンドラか辺境伯かという話を織り込んで置き、姫の旧領ともあってもらえることに一定の理解のあるアンドラや、罰ゲームであるとして二人目の辺境伯への昇爵を例に出したのである。
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