魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第十一章

『何のための協調か?』

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 イル・カナン国救援に際して抜本的な体勢を固める事にした。
有力諸侯がみんな血を登らせて、戦争モードに投入したらエライことになるからだ。例え泥沼の戦いでは無かったとしても、費用ばかりで損の方が大きい戦争など願い下げである。こちらの世界に慣れたこともあり、戦争することが必ずしも駄目だと断言する程に正義漢を気取れはしないのだが、それでも限度というものはある。

やはり魔王を倒して世界を救ってくれという神様の依頼を受けた事も影響しているだろう。

「はあ……。一定以上は静観して利益を確定させる流れ……ですか」
「こちらから報酬を強請って行くと泥沼になりそうな気がするんですよ。こちらに戦わせるだけ戦わせて、そのままお引き取りを願うってのが基本路線でしょうしね」
 俺が声を掛けたのはキーエル家の若き伯爵夫妻である。
当主のヴィクトールはまだ若く、基本的にどんなことをしたら良いのかが判っていない。ひとまず損をせず、できれば利益を得たい。そんな流れで納得はしてくれるはずだ。キエール伯爵家自体も東部の貴族でありバルガス河に面している為、イル・カナンとはとりひきもあるのでそれなりに情勢に通じているだろう。

だからこちらの望む流れに引き入れること自体は簡単だ。ただ、彼を補う存在も居るには居るから、油断は禁物である。

「話はお伺いしましたわ。それで当家にどんな利益がありますの? イル・カナンに近いこちらは確かに魔物の被害も多いですが、土地を切り取れる可能性がもっとも高いのですけれど」
「土地まで奪うとギスギスします。商売に影響が出るかと思いますよ」
「……そうは言いますけれどね」
「では、こちらで何か用意しましょうか」
 伯爵夫人であるリュドミラの方は夫を立ててその不足を補っている。
だから損ばかり増える可能性があっても、迂闊に頷けないだろう。まして親族が勝手に暴走する可能性もあり、それらを納得させる物を積み上げるより土地を奪う方向性で放置した方が利益が高いと計算もするだろう。それで成功しても親族だけでは立ち行かないと判っているし、失敗すれば介入するキッカケになると考えていると思われる。

だから俺としては利益を誘導する流れで取引する事とした。

「利益ですか? 旋盤の許可に関しては既に話が付いていると思いますが」
「前に仄めかしていた三胴船だけではなく、もう一つゴーレム技術をお付けしましょう。夜間の間、ずっと明かりが燈り続ける塔。そして主要な荷揚げの場所や、警備したい要所に灯る明かりはいかがでしょう? 事故の確率は劇的に減りますし、二十四時間とは申しませんが、作業時間が増えますよ」
 コンスタン・ティン伯と懇意になりつつ、彼からも木材を手に入る。
その流れの為にキエール家の職人が勝手にやっていた、ゴーレム旋盤を水車で代用する方法。それを広めて良い事にすることで、キエール家の木材事業は良く成る筈だった。だが、それに関しては既に話が付いている。さん銅線の技術を渡しても良いというのも、その時に仄めかしたオマケであった。今回はそれに加えて、灯台を始めライトアップ計画に関して持ち掛ける事にした。

というか、明るくなって現状で最も利益が出るのは水運のキーエル家なんだよな。

「夜間ずっと光っている灯火? 本当ですの?」
「ミラ。もし本当ならみんな助かるんじゃない? 僕は受けても良いと思う」
「ゴルビーで既に実験しておりますよ。空中庭園と名前を付けた私の屋敷を照らし、山の周囲を警戒しております。今回の会議が終わり次第にそちらの使者をご招待しましょう」
 勇者軍の時も感じていたが、貴族になって段々と判ってきたことがある。
交渉する際に相手が勢力だった場合、まとまっている時とバラバラな時があり、後者の場合はそれぞれを口説く必要があるという事だ。今回のキエール家の場合はかなり大きな貴族の連合体となっているが、当主のヴィクトールと夫人のリュドミラ、そして家人の中で有力な者の三パターンがあるわけだ。

河筋に点在する大小貴族の連合体だと思えば、内部分裂しているのも仕方が無いのかもしれない。

「それが本当ならば喜ばしい事なのですけど……いかほどで?」
「つい最近になって小さなゴーレムで可能になった技術でしてね。四つ足ほどではありませんが時間が掛かります。十年後にゴーレム魔術師が増えればまた変わって来るのでしょうけれど。そして、これが一番重要な事なのですが……王城や要塞の防衛に充てるべきだと提案するところなのですよ」
 この場合の『いかほど』とは生産数と値段の問題であろう。
なので正直に答えておくが、金額はそこそこ。しかしオロシャ国の重要拠点に配備を検討している為、暫くは数が用意できない事をプッシュしておく。つまり費用は掛かるがキーエル家の繁栄とキーエル伯の内部発言力を考えれば惜しくはないが、早々配備を期待できないという事だ。逆に言えばその貴重な数を誰に幾つ渡すかは、夫妻の胸先算用になる。

ここで先ほどの伯爵・伯爵夫人・有力な家人の望みを考えれば、夫妻に家人たちを説得出来る材料が与えられるという事になる。ひいては、その交渉を成功させたという実績もだ。

「確かにバルガス河沿岸も同じくらい重要だとは思えますわね。時に、バルガス家にはこの事はお話に?」
「そのつもりですが話の筋としてキーエル家を優先しています。それに最も貧乏籤を引く向こうには別の材料もありますからね。灯火も欲しいでしょうが、それ以上に家人の戦死や多額の出費を避けたい筈です」
 東部に広がるバルガス河は広く、キーエル家とバルガス家が締めている。
やや西側にあって陸に強いバルガス家と、最も東にあって水運に強いキーエル家では懇意にしていてもやや利益が異なるのだ。バルガス家から嫁に来たリュドミラ夫人としては、工研である実家にも利益は欲しいが、同時にキーエル家よりも重視していると思われたら問題になる。だからあちらにはあまり配備しない……いっそ拠点への灯台一つだけくらいにすると言えば丁度良いだろう。

残りの持続光ゴーレムを何処に、幾つ配備するかを決めるだけで夫人の発言力が上がり、夫人が実績を持たせようとするヴィクトール伯も頼もしくなっていくのである。

「確かに我が家と違ってバルガス家は西寄りですからね。それでは領地を得られる可能性は低いのに、陸戦を担当させられる可能性がありますわ。新街道や農業圏構想で利益を最も得たのは、バルガス家と言っても過言ではありませんもの」
「そう言う事です。彼らにはゴーレムを盾として使って良いという事や、陣地を作るのに協力しようかと老バルガスにお話しようかと思います」
 対してバルガス家は夫人が語る様に、現時点で最も利益を得ている。
俺が貢献度を稼いでいる程度なのに対し、バルガス家は農業開拓を大々的に行っているのだ。キーエル家が河川での移動が便利になり、河賊を配下に収めた事で、水運を大幅に上昇させたのとは退避している。河を用水路に留め、新規開拓したの内を潤わせているのだから、豊かになって居ない筈がない。

もっとも、だからこそ主力を構成して戦う事や、食料提供を押し付けられるのは間違いないだろう。

「あの。最後に僕からも一つお尋ねして構いませんか?」
「俺の答えられる事でしたら何なりと。流石に知ってる事だけですがね」
「失礼ですが、ゴルビー伯は今回の援軍派遣で何を求められるのですか? 貴族として家の為に利益を得て、自分の名誉と権威を高めなさいと昔から言われてきました。その……大戦の英雄である伯爵は、何を求められるのかな……と」
 英雄と面と向かって呼ばれるのは気恥ずかしいが、それだけが栄光だ。
その上で成人した以上は誰も頼れない筈のヴィクトール伯が、ビクビクしながらも他人に頼れる相手は限られているのだろう。夫人もその一人の筈だが……まあ今は保護者としての面が強い気がする。老バルガスは高齢だから相談し易いだろうが、他家の人間なので面と向かって弱音を吐くのは躊躇われるだろう。そう考えれば、ここで相談できる相手としては答えるのも悪くはないかもしれない。

まあ夫人の方はその事にもどかしい思いを抱えている筈だが、それでも止めないのは、俺が何かを目的としているなら聞き出すのは悪手ではないからだろう。もし夫妻が二人三脚しているならば、むしろ望ましいまである。

「俺の……私の場合はそこまで大したことは考えてませんよ」
「これまで無かったモノを得ることが出来ましたからね。むしろ……」
「豊かで平和なオロシャ。その一翼を担うゴルビー地方が理想ですね」
「しかし豊かさも平和もちょっとした事で直ぐに失われてしまいます。魔王軍が再結成されたり、あるいは周辺国が手を組んでの大戦争になるとか。そういう未来は避けたいんですよね。少なくともオロシャが、ゴルビーが攻撃の対象にならないような決定権は持ちたいところです。だから現状の保存ではなく、改善を求めている感じでしょうか」
 極論だが、前世では世界大戦が二度もあったし、局地戦は無数にある。
だから自分の所が豊かで平和だったら後は大丈夫と言い切るつもりはない。進んで手を汚す気はないが、座して放置していたら大変な事になる未来もあるだろう。少なくともヨセフ伯の様なマッチョ思考の人間に全権を握らせた羅、軍国主義になっていつ戦争が起きてもおかしくはないだろう。だからゴーレムの開発だとか、貴族としての生活はその為にあると言っても良い。

真面目な話、魔王を倒してくれという神様の依頼を果たしたのだから、後は豊かで平和に生きていたいものである。そのために強引な手段が必要になることもあると知っているだけなのだ(というか、学院で研究盗まれたりしたしな)。

「そんな感じの小さな幸せを求めているわけですが、失望させてしまいましたかね? 国内の他の勢力と手を組むのも、敵対派閥を過度に追い込まないのも、自分の所だけの進歩では追いつかないことがあり得る。ライバルとの競争を乗り越えて、進化していなければならないという自己満足に過ぎません」
「いえ。伯爵の目的が知れて嬉しかったです。僕も頑張ってみますね」
 実際に納得してくれたかどうかは別にして、この場を乗り切る事には成功した。
バルガス家とキーエル家を中心とした東部閥と、俺とコンスタン・ティン伯の北部閥(俺は王党派でもあるけど)が力を合わせれば、援軍を出すという流れは変えられないにしても、流石に強硬論にはならないと思いたくないものである。
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