107 / 167
第十章
『マジックアイテム生産に関する是正』
しおりを挟む その言葉が憐憫などでないことは、ナルキッソスが一番良く知っている。
「ナルキッソス様、見てはいけません。帰りましょう」
控えていたアンキセウスが、あわてて言う。アンキセウスが動揺するのも、珍しいことだった。
ナルキッソスは答えなかった。魅入られたように、なにかに憑りつかれたように、中央で痴態をさらしている義兄の、妖美的なまでに美しく淫らな姿を凝視している。その横顔をはどこか普通ではない。アンキセウスはぞっとしてきた。
(この少年は……、心が、魂が、壊れている……壊れはじめているのだ)
彼が普通ではないことは以前から承知していた。そのことは亡くなった彼の両親やリィウスよりも、深く理解していたアンキセウスである。ナルキッソスは、麗しい容姿とは裏腹に、性格に裏表が激しく、好色で貪欲で性悪、自己中心的。なによりナルキッソスの異常性を物語っているのは、時折彼が垣間見せる言いようのない焦燥と奇妙な恐怖心である。
最初はアンキセウスも気づかなかった。だが、最近、見えてきた。ナルキッソスの異常性の根底にあるのは焦りと恐れだ。
(だが……、なんに対してだろう?)
没落名家の子として味わう貧困への怯えか、将来が見えないことに関する苛立ちか。当たっていそうで、違うようにも思える。
「ふふふふふ……」
震えていたナルキッソスの唇から、笑い声がこぼれてきた。
最初は少女のように大人しい笑い方だったが、やがて堰が切れたように大きな声になり、けたたましくなり、周囲の目を引いた。
だが、そんなことは中央で踊り狂うような奇怪なケンタウロスの見世物にくらべれば些細なもので、すぐに周りの客たちはナルキッソスから目を逸らした。彼らにとってはどうでもいいことなのだ。どのみち、酒や芥子の麻薬に夢中になって笑ったり叫んだりする者も珍しくない、文字通り狂乱の宴のたけなわである。
笑い狂うナルキッソスよりも、観客の目は、舞台のまんなかで咲き誇る巨大な妖花に向かう。それでも、ナルキッソスは身体を揺らし、笑いつづける。
「ナルキッソス様、見てはいけません。帰りましょう」
控えていたアンキセウスが、あわてて言う。アンキセウスが動揺するのも、珍しいことだった。
ナルキッソスは答えなかった。魅入られたように、なにかに憑りつかれたように、中央で痴態をさらしている義兄の、妖美的なまでに美しく淫らな姿を凝視している。その横顔をはどこか普通ではない。アンキセウスはぞっとしてきた。
(この少年は……、心が、魂が、壊れている……壊れはじめているのだ)
彼が普通ではないことは以前から承知していた。そのことは亡くなった彼の両親やリィウスよりも、深く理解していたアンキセウスである。ナルキッソスは、麗しい容姿とは裏腹に、性格に裏表が激しく、好色で貪欲で性悪、自己中心的。なによりナルキッソスの異常性を物語っているのは、時折彼が垣間見せる言いようのない焦燥と奇妙な恐怖心である。
最初はアンキセウスも気づかなかった。だが、最近、見えてきた。ナルキッソスの異常性の根底にあるのは焦りと恐れだ。
(だが……、なんに対してだろう?)
没落名家の子として味わう貧困への怯えか、将来が見えないことに関する苛立ちか。当たっていそうで、違うようにも思える。
「ふふふふふ……」
震えていたナルキッソスの唇から、笑い声がこぼれてきた。
最初は少女のように大人しい笑い方だったが、やがて堰が切れたように大きな声になり、けたたましくなり、周囲の目を引いた。
だが、そんなことは中央で踊り狂うような奇怪なケンタウロスの見世物にくらべれば些細なもので、すぐに周りの客たちはナルキッソスから目を逸らした。彼らにとってはどうでもいいことなのだ。どのみち、酒や芥子の麻薬に夢中になって笑ったり叫んだりする者も珍しくない、文字通り狂乱の宴のたけなわである。
笑い狂うナルキッソスよりも、観客の目は、舞台のまんなかで咲き誇る巨大な妖花に向かう。それでも、ナルキッソスは身体を揺らし、笑いつづける。
10
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。


元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

モブっと異世界転生
月夜の庭
ファンタジー
会社の経理課に所属する地味系OL鳳来寺 桜姫(ほうらいじ さくらこ)は、ゲーム片手に宅飲みしながら、家猫のカメリア(黒猫)と戯れることが生き甲斐だった。
ところが台風の夜に強風に飛ばされたプレハブが窓に直撃してカメリアを庇いながら息を引き取った………筈だった。
目が覚めると小さな籠の中で、おそらく兄弟らしき子猫達と一緒に丸くなって寝ていました。
サクラと名付けられた私は、黒猫の獣人だと知って驚愕する。
死ぬ寸前に遊んでた乙女ゲームじゃね?!
しかもヒロイン(茶虎猫)の義理の妹…………ってモブかよ!
*誤字脱字は発見次第、修正しますので長い目でお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる