魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第十章

『土地と権威に対する問題』

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 遺跡の情報から、かねてから考えていた話に証言が得られた。
だからといってどうこうする程、急な話ではない。というか、そもそも気の長い研究の果てに導き出される答えなので基本的にはあまり生活に変化はないのだ。

それが魔族たちと出逢い易くなる未来で無ければ。

「それで、その地殻変動とやらで大事が起きる可能性はどの位なのだ?」
「二冊の本のページを向かい合わせて場所に載せます。その上で馬車を走らせたら、ページの一部がもう片方に潜り込む可能性は、そりゃあるでしょ。としか答えられない範囲なんですよ。普通の場合は一年で指何本とか拳一つ分でしかないので、即座に起きる事ではないですね」
 何故かレオニード伯がやって来たので話をしておいた。
早々起きる話ではないが、突如として魔族の島と大陸が連結してしまう可能性がなくはないのだ。ならばそういう自体が起きても良い様に、心構えくらいはしておくべきだろう。

ちなみにホーセンスを同席させているが青い顔をしている。
そこまでの大事と思って居なかったか、伯爵相手だと恐ろしくなるのかもしれない。俺もこいつが冒険に行っている間に、伯爵になったわけだが。

「普通なら? 普通でない場合があるのか?」
「何かの反動の後だけは早いんですよ。馬車と本の例で言えば、大きく跳ねた後に深くページが潜り込んだとします。坂道になって道が斜めに成れば、今度は元に戻る反動でページが引き抜かれてしまいますからね。それでも数十年、数百年単位ですが」
 転生前の知識なのでマントルとか大陸プレートとかの詳細は忘れた。
だが、反動で何か起き易くなるくらいなら覚えている。というか、大きな出来事があれば、その反動と言うものはあるものだ。団扇で仰げば風が起きるにしても、シーソーが動けばその落差は限りなく大きいものになる。

なんだ数十年~数百年単位化と思った人は甘い。
以前の変化に大事が起きたならそのくらいの筈なので、もし地面が沈み込んだのが大事の結果なら、そろそろ何かあってもおかしくはないのだ。

「たかが地面が僅かに動くだけとはいえ面倒な事だな。神は居ない者か」
「逆かもしれませんよ。神がおわしたから人が全滅しない様に魔族を隔離した。だが、魔王が倒されたので労力をかけてまで隔離しなくても良いだろう……と。まあ、あくまで学問の話なので、調査隊を派遣して何十年と追い掛けて、その可能性がある……程度だと思いますけどね」
 何が問題かと言って、俺は神様に派遣されているという事だ。
これまでもそう言う事はたびたびあって、駄目だから俺の様な考え方が違う人間が送り込まれた。しかし、真面目に考えてみれば魔族だってこの世界の生き物なのだ。魔神か何かに影響を受けて変化しただけの話で、別次元の悪魔がやってきているわけではない。それに下っ端とかは亜人の集団に過ぎないしな。

だから今から敢えて引き起こす事ではなくとも、神様が荷物を降ろす程度の事(大事の反動)は何時でも起き得る訳だ。

「見当はしよう。直近で何も起きないと思うが、やっておくべきことは?」
「ポーセスの辺りに居る空飛ぶ亜人に話を聞きに調査隊を派遣するとか、こちらにもそういった亜人の生き残りが居ないか探すくらいですかね? あとは会議で侵略なんて馬鹿な事を言い出した時、魔族の方を先に対処すべきだと提案する仕込みをするくらいです」
 可愛そうなくらいに首を振っているホーセンスに視線を送る。
そこまでの大事になるとは思えないが、念のために行っておく作業としては悪くない。高い場所に居る空飛ぶ亜人だが、ホーセンスなら飛行呪文が使えるので問題ないだろう。名前が煮てるから実は向こうの人間で、こっちに調査をしに来たのならありがたいのだが……さすがにそんな事はないらしい。

ともあれこの話は此処まで、レオニード伯の来た用事を片付けてしまおう。

「それで、レオニード伯はこちらに何を?」
「その話か。何処から切り出して良いやら悩むが、まったく面倒は重なるものだな」
 話を切り替えるので、ホーセンスには退室を促して置く。
彼から聞くことは当面何も無いので、こちらに雇われて調査隊を組織するか、それともここで解散して適当に生きてもらうかの二択になるだけだ。それはそれとしてレオニード伯は何かのっ問題が起きて派遣されたようだが……一体何が起きたのだろうか?

なんて呑気に思っているのは俺くらいで、王都では面倒なことになっているらしい。

「離れた所に港を作っている事は聞いたが……そなた、そこへの道を切り拓いたそうだな? しかも山を削って」
「よろしく頼むと言われましてね。山を削らないと価値もない場所ですが」
 コンスタン・ティン伯にお願いされて仕方なく行動した結果だった。
山を削って中継地点と道を連結して、今では観光地として海水浴場を拓こうかという塩梅だ。一応は他の貴族も利用できるように、幾つかコテージを用意しようと思っているのだが……。

どうやらそれがよろしくなかったようだ。

「やり過ぎだ馬鹿者。これまでオロシャには海がなかったことを考えろ。王都ではお前の扱いを決めかねている。正確には、その土地をお前の物にしたままで良いのかという議論だがな」
「もしかして問題でしたかね? まだ道を作っただけですが」
「当たり前だ。しかも、お前は塩で儲けているだろうに」
 なんというか発想の転換をしただけである。
これまでもゴルビーには海があったし、港を作ろうと思えばできた筈なのだ。単に遠浅で大型船が作れないとか、荒野と砂漠しかないから遠くから木材を持ち込むしかないだけの話である。だが、桟橋を延ばして大型船を作るとか、俺がやったように中継地点まで小型船で移動する手も伝えただろう。何処かでそういう風に覚悟を決めれば、これまでも港を作る事は可能だったのだ。コストの問題で誰もやらなかっただけである。

要するに俺がやってるのは年金生活の料理屋が、コスト度外視で学生やら工場労働者に日替わり丼でも食わせて居る様な物に過ぎないのだ。

「少なくとも、このまま行けばオロシャで二つ目の海をお前に独占させることになる。やろうと思えばまだまだ増やせる状態でな。これでは国内の政治バランスが変わっても仕方が無い状態だ。それゆえに王都では二つの方針に絞られ話が進んでいる」
「二つの案ですか? 粛清以外ならありがたいんですがね」
 どうやら一般的に見て面白くない方向性で議論が進んでいるらしい。
俺としては何かの制限が掛かるのは構わないが、粛清だけは勘弁して欲しい所だ。何が嬉しくて鍋で似られる狗にならないために隠居生活として開拓をしているのに、目を付けられて粛清されたいものか。ただ、やり過ぎと言われないように注意はしたつもりだが……。

エリーがゴーレムの件で絡んで来たり、土地が痩せてるから他の件で何とかしようとは思いはしたな。

「粛清? オロシャに現在進行形で利益をもたらしているお前をか? 議論しているのはいっそ辺境伯にして拡大路線を任せるか、それとも港の替地としてアンドラを渡すかの二択だよ。ああ、そうだ。アンドラが釣り合うのは今だけだからな、くれぐれも言っておくが今以上の開発はするなよ」
「ということは海水浴場は駄目ですかね?」
「当たり前だ! 中継拠点とやらで済ませておけ」
 幸いな事に粛清はされないらしい。オロシャを近代化して来た甲斐がある。
その過程がやり過ぎだったという事なのだろうが、ただ、何もしなければ陛下の期待に答えられない。ゴルビーはただの辺境だったろうし、一介の男爵としての財力が精々だったろう。それこそ権力闘争で負けるか陛下がこちらを見限って『塩の専売を国家で行う』と言われたら詰みである。

何も無ければそんな事はなかっただろうが、ヨセフ伯の様なマチズムの権化が居るとどうしようもない。

「元もとゴルビー自体が一つの地方だからな。陛下以外は誰も緑化に成功するなどとは思っても居なかったし、成功したところでその頃には血筋を二つか三つに分けて安定する筈だった。実際にお前は妾たちに気前よく村を作ってやって居たしな。だが、ここにきて港町をもう一つ作られるとバランスがおかしくなる」
「なるほど、そこが分水嶺でしたか。道を作らなければ、いえ駄目ですね」
「有益な港を次々に作れるという時点で駄目だな」
 言われてみるとゴルビー地方は何も無いからこそ貰えたのだ。
荒野と砂漠ばかりで、大戦の英雄を取り込むにはいささか見劣りする場所。だからこそ侮る貴族には都合良く、嫉妬する貴族にも丁度良かった。だが、俺はその範囲を越えて成長させられるから選んだわけだが、やり過ぎてしまった。第二塩田や海洋探索だけならまだしも、中継地やその南にある本格的な港が問題だったわけだ。

とはいえ、粛清されないならば問題はない……筈。

「しかし辺境伯とアンドラの二択ですか。受け入れるのは構いませんが……」
「そう言ってくれるとこちらも肩の荷が下りる。辺境伯の場合は公国と違って、外交権は無いが軍事権や分領権はある。領地を守りながら可能な範囲で派閥込みで広げていけるな。アンドラの場合は見返りこそ少ないものの、労力は要らないし、『ユーリ姫の故郷を取り戻して復興した』という名分を得られるだろう」
 この国は伯爵が基本形なので、公爵と侯爵には制限がある。
公爵は王族である王弟だけだし(極まれに病弱な王兄ということもある)、侯爵に至っては宰相や総騎士団長が置かれるような臨時の時だけだ。そういう場合、辺境伯と呼ばれる格の高い伯爵が、軍事権を持って国境を防衛したり無主の地を確保し、場合によっては手下である寄り子に与えることも出来る訳だ(もちろん子供にも与えられる)。

ちなみにアンドラ領の場合は特にない田舎町だが、今までアレクセイに協力して発展させてきた労力を回収できるし、姫に故郷を取り戻させたというのはそのまま名声になる。おそらく百年もすれば地元では伝説の存在になれるだろう(オロシャのお伽話百選とかにも載るだろう)。

「後はどちらがどちらを選ぶか、どちらが切り出して、素直に従うか渋々という建前を取るか次第だな。素直に受け容れたら忠節が篤いと見なされるが、甘い奴だと舐められ易くなる。先にお前が言い出したことにすればそう言う面倒はないが、何かを計画していたと思われるだろう」
「どちらでも構いませんが素直に受け入れますよ。侮られても構いません」
 こういっては何だが、この件でこれ以上の利益を得るつもりはない。
渋々従うからもっと利益を寄こせ……そんな事を言ったら、何かあった時に『王命不服従』とか言って潰されかねない。本来ならば貴族にそんな事を言う権利はないのだが、俺の事を良く思わない貴族が多ければ、そういう奇策もまかり通ってしまうのだ。

後はどっちを取るかだな。辺境伯なら仮に領地を拡げても文句は言われないし、それこそイラ・カナン復興の件に絡んで行けるだろう。だが、面倒も出費も大いし、敵対者も増えるに違いない。逆に辺境伯を選ばない場合は、領地に関しては自粛しろという事になるだろう。

「そうか! ミハイルならそう言ってくれると思って居たぞ。ならば後はどちらを選ぶかだが……」
「少し考えても良いですかね? 形式的には王国からの要請をありがたく受け入れる形でいければと思います。領地は不要ですが……俺が音頭を取って、援軍やら分配をした方が良い場合もあるでしょう? その時の情勢に合わせますよ。場合によっては辺境伯ではなく、殿下の御一人を推戴して公国宰相でも構いません」
「そうか……。こちらの問題もであるのに、すまんな」
 これ以上の領地は要らないのでアンドラを貰うのが安パイではある。
だが、ヨセフ伯が南進を強硬に主張して実効支配を狙いそうになる可能性もあるだろう。そういう時に俺が辺境伯になって居れば、今の中継地点だけではなく、イラ・カナンやら魔族の島を攻略して、切り取った土地に新貴族を任命することも出来るのだ。辺境伯では外交権は持てないが、第二王子とか第三王子を担げば公国に出来るしな。

ただ、権力闘争での問題を懸念をこちらでも押し付けられる可能性はあるのだ。ゴルビーを取り上げてイラ・カナンを復興する権利とか、魔族の島全部をやるよ! とか言われても困る。だからこそ、考えさせて欲しい。

こうして栄光の五か年計画第二期は、外交問題で頭を抱える時期になったのである。
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