魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第十章

『イラ・カナン出身者』

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 披露宴に先駆けて縁のある者たちがやって来て居た。
当日では面倒なのと、細々とした話が出来ないからだ。キーエル家からは伯爵夫人のリュドミラだけではなく、まだ年若い当主も来たようだ。いわゆる社交界デビューとも言えるが、規模が小さいので練習に丁度良いのかもしれない。

そして目玉はウッラール騎士団のアンドリオ副団長である。

「ラファエロ・ゴメス。君がどうして此処に居る」
「それは私が言いたい言葉だね。実質的に国境を守っている君がこんなところまで。それとも、あの列車とやらはここまでの価値があるのかな」
(旧知だったのか。そういえばイラ・カナン系だと言ってたっけ)
 イル・カナン大使の副官に対してアンドリオ副団長が声をかけた。
その男の反応は百足列車に対する見識を述べているに過ぎない。だが、皮肉でありつつも性能に関して素直に述べている。もし隠して色々調べているのだったら、これはマイナスだろう。単純に外意がない事を示すために、与えられた任務を口に出しているだけかもしれないが。

ともあれ、お客をこんなところに置いておくわけにはいかないので二階へと案内しよう。

「外で長話もなんだしダイニングへ行こう。それとも個室でゆっくり旧交を?」
「いや、そこまでは構わないよ。旧交といっても団の詰め所で何度も顔を合わせているからね。まさかここで出逢うとは思っても見なかっただけさ」
 貴公子然としたアンドリオ副団長だが、先ほどは僅かに険があった。
ラファエロという男が慇懃無礼なのもあるだろうが、それだけなら『そういうタイプ』と認識すれば別に構わないだろう。性格に合わないだけなら深入りする必要は無い間柄の筈だし、もしかしたら血縁・地縁で無視できない間柄なのかもしれない。

以前に言っていたことを考えると、彼もイラ・カナン出身者で故国を蘇らせたい派閥なのかもしれない。

「この黒茶は心を落ち着かせる作用がある。まずはスタンダードな熱い方で行こう。ミルクと砂糖は好きに使ってくれ」
「苦い……なるほど。南国から取り寄せたのか。悪くはない」
 やはりコーヒーは知る人ぞ知るレベルなのだろう。
俺の身の回りの人間が知らなかっただけで、水棲種族が付けた値表ではカカオよりも安かった。それを考えれば程ほどの距離に産地があるのだろう。アンドリオ副団長の言葉からすると、ポーセスやプロシャよりも南の国で見られる樹なのかもしれない。その上で水棲種族の伝手が使えるという事は、海添いにある国家であると思われた。

転生前のコーヒー農園を思い出すが、もし乾燥前の種や苗を買えるなら買って試しても良いし、あるいは金を出して質の高い豆を作らせても良いかもしれない。

「と言う事は次に冷たくする飲み方と、菓子を順に出すのですな。同じ氷菓子は芸がない……と言う事はプティングの様に固めて来るのではないですかな?」
「その通りですが、タネ明かしは勘弁してくれると助かるのですが」
「きっとやり込められた仕返しなのでしょう。実に大人げない男です」
 知らない人間の前で前に出したデザートのネタ晴らしは止めて欲しい。
出して居ない菓子もしらける上に、引き合いに出されると知らない人間まで食った気になるからだ。しかもミルクも砂糖もドボドボ使いやがるので、カフェオレを別の機会に出すことも躊躇われる。エスプレッソマシンでも作って呑ませてやろうかと思わず思ったくらいだ。

そんな風に思っていると、アンドリオ団長が思わぬ毒舌を発揮した。

「アンディ……そんな風に人の言葉を悪し様に捉えるとは。そんな風に育てた覚えはないのだけれどねえ。オロシャでは良い物を食べさせてもらえなかったのかな?」
「勘違いだろう。生憎と育てられた覚えはないからな」
(もしかしてこの二人、義理の兄弟か従弟か何かか?)
 それほど似てはいないが、貴族ではありそうな話である。
アンドリオ副団長に依然聞いた話だと滅びたイラ・カナン系で元の家柄に未練はない様だった。仮にイラ・カナンの名門出身でどちらかが後添えとの間に生まれた息子だとか、あるいは同じ権門の主に可愛がられて手元で祖だれられたとかは普通にあり得る話だ。効かない限りは正解は聞けないだ居るが、聞けば心証を悪くしかねない微妙な問題であった。

それとは別にこの男がオロシャに派遣されている理由は容易く推測できる。例え名門であろうとイラ・カナンは滅亡しているのだ。血がつながっているのだから話を聞き出してこい、援軍を寄こせと上からせっつかれているのではないだろうか? 好意的に考えるならば嫌味を隠そうともしていなかったのは、上司の命令に嫌気がさしていたともとれなくもない。

「それよりもイル・カナンの連中はまだ愚にも付かない受け入れ論争をしているのか? そんな事では大切な何もかもを失ってしまうというのに」
「まさか。そんなのはとっくに終わって、誰が領地を得るかで揉めてるよ」
(もしかしてこの二人、俺に聞かせたいのか? いや……思惑が違うのか?)
 アンドリオ副団長がこちらをチラリと見ながら話を変えた。
おそらく身内の話から共通の話題に変更したかったのだろう。こちらとしてもありがたいので口出す気はないが……ラファエロの話が本当だとするとイル・カナンの連中は馬鹿ばかりなのか? 二人の話が正しいのだとすれば、アンドリオ副団長が掴んで居た段階では『オロシャの援軍を受け容れるかどうか』で議論し、今ではオロシャの力を使って回収した『イラ・カナンの地をどう分配するか?』で罵り合って居ることになる。

どちらにせよ馬鹿馬鹿しい事だが、二人のスタンスが同じではないと思われた。

(アンドリオ副団長の方は若くてムキになっている分、ただの反発だろう)
(だがラファエロの方が見えないな。イル・カナンを好いてないとしても……)
(あの国に反感を抱かせて、オロシャの統治か、イラ・カナンの独立狙い?)
(その辺りだと思いたいんだが、情報が少な過ぎる。対外活動をしてなかったツケもあるが、少し面倒になって来たな。あまり得策じゃないんだが、ここは模様眺めと行くか)
 本来の貴族的な対応だと、何らかの形で自分の意見を見せれば良いのだろう。
だが俺はそんなに器用ではないし、そもそもイル・カナンとイラ・カナンの兄弟国に関して身内で争ったくらいの情報しか知らないのだ。迂闊に口を出して頓珍漢なことになても困るし、今は適当に流してしまっても仕方がないと言えよう。少なくともそれでアンドリオ副団長の機嫌は悪くはならないのだとは伺えた。

その上で『流されるべきではない』という反省点を踏まえると、我関せずという態度を見せておくくらいだろう。

「どうせ揉めるなら魔族の島について揉めて欲しい物ですね。それはそれとして、この豆は複数焙煎を用意しておりましてね。よろしければ飲み比べでも行いますか? 闘茶をするほどの知識はありませんが、どちらが美味しいかは議論できるでしょう」
「「……それもそうですね。いただきましょう」」
 面白い事に俺の言葉への反応は同じだった。
嫌悪感を織り交ぜた硬直状態に飽きたのか、あるいは二人ともコーヒー好きだったのかもしれない。南国から輸入する品であるなら、そうそう手に入らないだろうしな。

そう思っていたのだが、実の所違っていた。それが判るのはもっと後の事だし、そろそろユーリ姫が到着する日時とあって俺には気が付く余裕がなかったからである。
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