魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

文字の大きさ
上 下
84 / 167
第九章

『夜会では必ずしも踊るわけではない』

しおりを挟む

 その日の夜は夜会だが、ことさらに変わったことをするわけではない。
屋内で立食パーティを行い、歓談ではなくダンスと音楽を中心とした催しに代わるだけだ。ただ、食材が少しばかり集中しているのが特徴か。

環状農業構想で採れるようになった生産物が中心で、増えた穀物を使って育てた豚や牛乳に卵などの副産物もそれなりにあった。一応は輸入品の海産物や羊の肉もあるが、言うほどに多いわけではない。

「ほのふれーふって、ほいひぃね」
「クレープな。お姫様モードなんだから食べながら喋るな」
 ニコニコと笑顔でクレープを頬張るユーリ姫。
貴族たちは遠慮して近寄って来ない……というか、政略結婚のためにお義理で姫になった者にワザワザ近寄っては来ない。どちらかといえばワインクーラーとして水に氷を入れたワゴンが一番人気だった。

ちなみに二番人気はヨセフ伯が提供した大量の鉄を使っての鉄板焼きだ。世界が変れど条件が同じならば、思いつく事は同じと言う事だろう。

「チョコレートだけでも美味しいけど、こうやって食べるとこんなに美味しくなるなんて思いもしなかったなあ」
「それが料理ってもんさ。店のオヤジもだからこそ煮込んでるわけだしな」
 以前にチョコレートを献上し、それを加工する方法も伝えていた。
だからこそ、今回は鉄板でクレープを焼いて上にクリームとチョコレートを載せるなんて料理が出て来る。もっとも支持する前はガレットで生地が厚く、当然のように生クリームではなくカスタードクリームだし、さらに蜂蜜を足した甘過ぎるチョコレートソースは良いとしても、やや甘い程度の野菜がフルーツ代わりに載っているのはいただけないが。

ともあれ、このクレープは転生前の知識を使ったとはいえ、立派な料理だった。こんな風に努力を重ねれば、段々と色んなものが改良されていくだろう。

「そうだな。このクレープにはまだ二段階の変身が残ってるんだ。結婚式には嫁さん達だけでも食わせてやるよ。流石に材料が高過ぎて、出席者全員って訳にはいかないが」
「それってエリー先生も? エリー先生も来る?」
「どうだろ。あいつは俺の事嫌ってるからなあ」
「そうかなあ? 素直じゃないだけだと思うよ」
 クレープに生クリームと、美味しいフルーツを入れようと思う。
他にもアイスを入れるのを忘れてはいけない。冷却システムが複数用意できるならば、問題なく冷凍庫と冷蔵庫を使い分けられるのだから。卵と牛乳は増えて来たので、少しばかりの贅沢として嫁さんズにくらいは食わせてやれるだろう。

しかし、小さい子に甘いエリーはどうやら慕われて居るようだ。引っ付かれて質問されまくって、泡喰ってるあいつが目に浮かぶ様だった。

「あ、そうだ。へーかがね、ミハイルがくれたアレをお前が嫁に行ったら貰うぞって言ってたよ。あの箱の方」
「冷蔵庫を? プライベート用に? 何やってんすかね、あの王様は」
 ユーリ姫に箱型の冷却システムを個人的に送っている。
氷室用のもそうだったが、今はこの会場の何処かで使っているだろう。要するに三つ用意したシステムの内、公私で一つずつ画する訳だ。……最後の一つは何処に行ったんだ?

そう思っていると、物凄い顔をしたオッサンがこちらを睨んでいた。

「お前はアレで何をやるつもりだ? いや、何をやれば効率が良い?」
「……単純な意味で言えば、食料を保存する方法が増えるという事です。遠方で採れた食材が保存し易く成る事で、料理の幅も増えますが、軍隊の活動距離も作戦時間の限界も大幅に増えるでしょうね」
 どうやら最後の一つ、冷凍車はヨセフ伯の元に送りつけられたようだ。
そういえばエリーが技術開発で先行し、基礎研究だけは国家に預けることで、スポンサーである彼の方へ利益配分が移動することになっていたらしい。様々な技術や概念の中で、ワザワザ冷凍車を渡したという事は、軍事目的に使えるという事を陛下は吹き込みたかったのだろう。ヨセフ伯はオロシャの国力を高くし、強い国家にすることを目標にしているようだからな。王家の力が強い間は雌伏するし、自分の為になるなら協力を惜しまないに違いない。

なのでどういう風に使えるかを教えたわけだが……。

(いいように利用されていると判断すれば暴発する可能性はある)
(陛下はコントロールできると思っているようだが……大丈夫なのか?)
(あくまで地球の歴史だが、『やれそうだから』で後先考えずにやる奴は居る)
(それでなくとも、こういう我儘な奴が他人を振り回すことはともかく、振り回されるのは好きじゃないと思うんだが。注意しておいた方が良いってか?)
 実はヨセフ伯が陛下の腹心で、対立が偽物というセンも無くはない。
だが、あからさまな内部対立を用意することで、国内の派閥に競わせる策であり、警戒心を持って周囲に監視させる方があり得る気がする。陛下の処世術と言うか、国内を成業すr為の術と言うか……。こういうのも、やはり専制政治と言う程に国王の権力が強くないからだろう。

臣下としてはその思惑に乗り、対立しつつも、ヨセフ伯の野心を押さえつける様な発明でも用意するしかないのかな……と思わなくもなかった。

「材料を保たせる期間が増え、製品が保つ期間が増えれば長持ちするのは判る。だが、どうして軍の行軍限界が増える? 言う程には増えんだろう」
「食料をただ積み上げても邪魔になるからです。物資を貯蔵する為の砦と、効率的な備蓄方法、適切な輸送の三つが揃えば必要な場所に必要なだけの物資が届けられます」
 数日と数日を足しても一週間に満たないというのは確かだ。
ただし、それは物資を今の様にゴロゴロと管理させればの話である。冷凍車の大きさも運べる量も決まっているので、同じサイズの箱に詰めるようにして、途中にある備蓄基地に積み上げてから輸送することになるだろう。今の様に防衛の為の砦と、行軍の為の軍隊ではなく、新しい形の行軍形態ができれば様変わりするのだ。

最初の頃はヨセフ伯も訳が分からないと言いたいようだったが、途中で取り巻きの一部が耳打ちして翻訳することで段々と理解して行ったようだ。

「なるほどな。兵舎の代わりに蔵を並べた砦を駅の様に作るのか」
「はい。等間隔に備蓄砦を設置し、同じ分量に設定した箱詰めにしておけば、書類一つで必要な物が揃います。そう言う場所があれば冷却システムを用意するのに効率が良いですしね。行軍の為に後方に荷車を並べそれを守るよりも、定期的に必要なだけ運んでくる方が、用意し易く守り易いというのもあります」
 いわゆる軍隊用語であるデポである。
いま説明用に思い出したくらいなので、チグハグな所もあるだろう。だが、冷却システムというものが、輸送サイズと言う物に影響を与えるのは間違いがない(呪文は杓子定規なので、効果範囲が決まっている)。旋盤と定型サイズの木材という概念も用意したし、箱専用の会社作って国軍に卸すだけでも管理はかなりし易くなると思うんだよな。

とりあえず半信半疑だろうから、実物の箱と定型サイズの木材でも送りつけるとするかね。箱の中には塩漬けや干物の魚でも用意しておけば良いだろう。

こうして夜会では誰かと踊るような事も無く過ぎて行ったのである。(ユーリ姫は不得意)。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です

カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」 数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。 ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。 「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」 「あ、そういうのいいんで」 「えっ!?」 異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ―― ――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。

処理中です...