魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第八章

『島の如き巨大な魚』

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 国土開発に時間が掛かる為、余裕のあるスケジュールの筈だった。
その時間で冷却用のマジックアイテムを作ったり、水中用ゴーレムの試験でもやって置こうかと言う時である。突如として、大きなスケジュールとヘビィな交渉をねじ込まれることになったのである。

キッカケは既にあり、過去にやったことを俺達が忘れているだけだった。

「それがしは龍学才と申します。しがない学士でしてな」
「水棲種族の賢者の方ですか。今回のご用向きは何の要望でしょうか?」
 やって来たのは龍頭人身の水棲種族だった。
混血が進んだ水棲種族は頭の形で別に貴賤は無いという。だが、竜やドラゴンに対して敬意を抱く者も居る為、往々にして交渉役に成る事が多いという。判り易く言えば、交渉慣れした人材を送りつけて来たという事だ。この御仁は龍の頭に長い髭を蓄えた実に貫禄がありそうな人物で、好々爺に見えたが油断のならない目をしている。

この人物の言う事を額面通りに捉えてはならないという事だろう。

「今回は協力への御礼と、その成果を踏まえてのお願いに参ったのですよ」
「というと、何かがお役に立ちましたか?」
「まさにまさに」
 前回、ホーセンス経由で戦力提供を求められて部分的に承諾した。
ホーセンスたち冒険者を水中へ送る事は承知しなかったが、ゴーレムやらマジックアイテムは好きに使って良いと伝えたのだ。その時に雷撃の呪文が使えるマジックアイテムを用意しても構わないとも提案したので、その線だろうか?

そう思っていたのだが、基本的にはあっているが、別の呪文でありそして発注規模が違った。

「最初は苦戦しておりました。敵はあまりにも巨大ゆえ、借り受けた宝貝人形も銛を撃ちこむ宝貝も『今までよりマシ』でしかありませんでした。最後の希望に空気が毒になるのではと、決死隊が呑み込まれましたが彼奴はどうやら鰓呼吸でも無い様で」
「なるほど。完全生物とは言いませんが、魔将級に匹敵しそうですね」
 島の様な魚はあまりにも装甲厚と耐久力が高いのだろう。
銛を高速で撃ち込んでも大差がないというならば、ストーンゴーレムごときではどうしようもない。おそらく冒険者たちをぶつけたとしてもどうようだったろう。あえていうならば雷撃の呪文が直撃すれば効いたかもしれないという程度だ。その上で、相手が魚だとかていして、文字通り死ぬ気で空気作成のマジックアイテムを、相手の腹の中で起動したのだろう。

結果、そいつは巨大な魚どころかワンランク上の魔物であるという事が判明したに過ぎない。では何が効いたのだろうか? そして何をさせようとしているのだろうか?

「最後にダメもとで使ってみて、意外な成果を発揮したのは水上歩行の宝貝でした。それは見ものだったそうですぞ? 彼奴めが浮かび上がって無意味に暴れておるのは。この時点でも脅威でしたが、安堵したのはむしろ『先ほどの犠牲』を無駄にせずとも済んだこと。空気では死なぬと判って、即座に全力で攻め立てたのです」
「なるほど。水上歩行はゴーレムにも抵抗されないからこそ持たせた物だ」
 ソレはもともと、オマケで持たせておいた代物だった。
水中用ゴーレムは中の空洞に空気を作成して浮かべるつもりだが、穴が空いた時用の保険が必要だった。そこで水上歩行のマジックアイテムを持たせて、使用したらちゃんと浮かぶかの検証を行ったのだ。何しろゴーレムというものは『ゴーレム化する』という魔力を最後に最大級の魔力で行使する為、その発動レベルを元に対抗力が決まってしまうのだ。大抵の場合、儀式詠唱でベスト達成値を出すようにするので前線で適当に解呪できないのである。

そして水上歩行の呪文が効くのは、強化呪文は抵抗する相手に邪魔されないということが分かったのである。普通に考えれば、親愛行動がマイナスに寄与したりはしないしな。

「水上に打ち上げられた彼奴でしたが、それでもその生命力は異様の一言。残念な事に逃げられてしまいましたが、かつてないほどの傷を与える事に成功したのです」
「……そこで次の作戦に向けて、水上歩行のマジックアイテムが欲しいと」
「その通りですな」
 水中では巨大生物に対する負担が少ない。
だからこそ、島のように大きな魚が自在に動き回れて居たし、水棲種族たちが団結しても倒せない上に、イザとなったら逃げ出せば済むと判っていたのだ。だが、水上歩行で水面に固定されては暴れるしか出来ない。しかも無防備な腹がむき出しになるので、海側が危険であるとも言えた。

そう考えれば水棲種族が水上歩行の呪文に希望を見出したのも無理ではあるまい。

「次の作戦で決めようと思います。既に水底では水師・・の表が発表され、近隣の氏族にも兵や水上歩行が使える術者を動員しております。しかし、彼奴が同じ手口を警戒しないとも限りませんし、場合によっては取り付く者が早期に全滅する可能性もあるでしょう。それでは途中で呪文を継続し、倒すまでの間を繋ぐことが出来ませぬ」
「と言う事は水上歩行のアイテムは一つどころじゃない。無数に必要だと」
 おそらく、被害を受けた全ての同族に声をかけたのだろう。
戦力も足らないが、それ以上に水上歩行などというマイナー呪文を覚えて居る術者など限られて居るはずだ。人間でもあまり覚えている者は居ないというのに、水中で動く彼らにとって、思えているのは陸の人間と交渉が日常的な目の前の龍学才であったり、あるいは水先案内人などの観光業に付いている者くらいだろう。

彼らも当初は自分達だけでソレを用意しようとしたと思われる。かつてないチャンスだし、陸の人間に弱みを見せたくない筈だ。それでも声をかけたのは、彼らがそれだけ必死なのか……やはり使い手が少ないのかもしれない。

「もし叶うのであれば、確実に仕掛ける罠の案もいただければ。確か、魔王軍との戦いでは相当に活躍されたとか? その一端をお貸し願えれば幸い」
「良く調べてますね。確かに直に戦うより、そう言う戦術の方が得意です」
 俺は勇者軍を組織したが、後方向きであったからでしかない。
単独で突き進みたくなる勇者たちを押し留め、各国が派遣した戦力を統合して二次戦線を作り上げた。そして魔将より下の連中を逆に足止めし、大将首を取りに行く斬首戦術に近い戦略に何とか整えたのだ。とはいえ、そういった戦略を求められている訳ではあるまい。俺はオレで組織戦で敵部隊を一気に殲滅したことがある。もちろんゴーレムを使ってであるが、いわゆるアシバーストと飛ばれる大規模な足場崩しの罠に敵を引きずり込んで倒したわけだな。

要するに、この龍学才という男は、俺にそう言う感じの罠を用意できないかと言って居る訳だ。

「縁があるので好意的に解釈し、アイテムを用意する事自体は可能です」
「しかし、俺は領主であって暇な身分ではないし、参戦自体は無理だ」
「オロシャの国王陛下に無断で手を課すことはできません」
「あくまで交易の延長として、必要なマジックアイテムを作成して提供する。それが壊れても差し上げたのだから文句は言わないし、もし不要になったから買い戻せと言うならそれなりに応じましょう。ここまで言えばお分かりになると思いますが、既に予定の入った相手を動かすのです。それなりの謝礼はいただくことになるでしょう」
 基本路線としては、他の領主が俺に頼むのと同じ方針になる。
ゴルビー男爵である俺が、既に予定を組んで既定の行動をしているわけだ。具体的には雷撃の呪文のアイテムを1つ2つ作って、その後は飛行の呪文と組み込んだゴーレムを作り、余裕のある限り冷却の呪文を作ることになるだろう。少なくともそれを覆すだけのナニカが無ければ応じるわけにはいかないのだ。時間の都合もマジックアイテム2つ分というところから応相談になる。

仮に水棲種族との関係が限りなく良く成る為だったとしても、他の領主への示しがつかないのだから。

「左様ですなあ……では作成の為に必要な人員の貸し出しと、こちらが有するならば素材の提供に作成費用は最低でもお支払いいたしましょう。もちろん、代価は用意した複数の方法から選んでいただいても構いませんぞ。真珠でも珊瑚でも何処かの通貨でもお好きな物を。もちろん、香辛料や果実の様な、交易品は好きなだけとは参りませぬが」
「少なくとも交渉のスタートラインに立てそうです。安心しました」
 まずは基本ラインを埋めてきたようだ。
術者を追加できるならば、短い間に幾つか作成可能だ。呪文詠唱の強化ルールを見直さないといけないが人数によっては、二つ分の作成時間で三つ四つは作れるだろう。その費用をこちらが望む内容で貰えるならば、最低限の人件費は確保し、売り先を探すことが出来れば報酬も捻り出すことが出来るかもしれない(こればかりは宝石の好み次第だが)。

こういう相手の文化に合わせた事を簡単に提示できるあたり、この龍学才という男は交渉慣れしているのだろう。だが、真に恐ろしいと思うのはここからである。

「スタ-トライン、つまり元の予定の分だけと言う事ですな。ではそれ以上を望むとして……貴国を我らの友として最大限に扱うというお約束を、『あなたが望む時期』に行うというのはいかがかな? 貴国ではなく別の……例えば滅びし友人であるイラ・カナンの貴族でも構いませぬ」
「っ!? それは……俄には返事し難い。判っておられるようだが」
「ええ、ええ。ですから『あなたが望む時期』にですな」
 国交樹立と最恵国待遇をオロシャ国と結んでも良いという。
ただ、この話は大きく過ぎて俺の手には余る。もし、勝手に国交を結んだ場合は、ヨセフ伯どころか陛下やレオニード伯ですら激怒するだろう。仮に俺の身分が男爵から伯爵に昇爵していたとしても同じことだ。一貴族が勝手に国交を結ぶというのは謀反と受け止められてもおかしくはないのだから。それは勝手に援軍を派遣して戦端を開く事よりも、遥かにギルティである。

だが、逆にこちらが望むタイミングで可能だという事は、別の流れを生み出すことが出来る。例えばオロシャがあちらの土地を切り取ったとして、水棲種族が認めてくれるわけだ。少なくともイル・カナン辺りは文句をつけるだけでそれ以上は何もしない可能性が出て来る。さらに言えば、イラ・カナンの貴族の中に王家の血を引く者が複数いたとして、こちらで復興後の後継者を指名可能になるかもしれないのだ。

「判りました。協力体制を採りましょう。ですが、その件は上の反対で不要になる可能もある。その魔物の素材なり、あるなら魔石、それと毒を発していないなら余った肉でもいただきましょうか」
「引き受けてくださるとはありがたい! しかし、余った肉ですかな?」
「乾かして肥料にするんですよ。仮に食料にされる予定なら不要です」
「そう言う事でしたら構いませぬ。もちろん美味で無かったらですがな」
 俺が別荘地周辺の地面を指さして言うと龍学才は納得したようだ。
何しろゴルビー地方は荒野と砂漠しかないので、肥料が大量に必要なのである。だが、今までに調達予定に無かったものだ。頭を下げてお願いしたいほどではない。仮に彼らが不要ならば引き取ろうという程度であった。

こうして協力体制に入った俺は、幾つかの呪文を示し、術者の派遣を頼んでおくのだった。
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