魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第七章

『モデルケースと私営路線』

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 ざっと農業圏を構成すべき領主たちに使者を送った。
彼らの返事待ちの間、俺はレオニード伯の領地であるブレイジンへとやって来た。候補者の中では王都に近い分だけ領地が狭いので、この際、徹底的に改良するつもりだ。

いわばモデルケースの様な物を作りたいと言えば意味が分かるだろうか?

「家臣や農民の代表は伝えてある。話はどんな進め方をするんだ?」
「第一に王都への道を街道並みにすると同時に、及び環状構想の方も街道を作ります。途中で迂回している場所は橋梁を作って橋を渡すことに成りますね。第二に実験用の畑を作る事。第三にそれらの無理を通すために、畑の整理を受けてくれた者に十分に報いる形で手を入れましょう。頑固な土地だと順番が逆になるでしょうけどね」
 土地柄で説得の順番が異なるのは当然だった。
このブレイジンでは忠臣の家系が収める領地と有って、王家への忠節を誇りとしている。だから比較的に話を受け容れてくれ易いのが助かるところだ。偏屈な場所だと話を聞いてくれるかも怪しく、まずはメリットとしてどんな良い事をしてもらえるかが来る。次に自分尾畑で実験する気はないだろうから、実験用の畑を作ってやらねばならないだろう。

その事を説明するとレオニード伯はくすぐったそうな顔をした。

「随分と気を使ってくれるが、そこまでヘソは曲げておらんぞ?」
「寄り子としての義務を果たさなかった事は謝りますが、今回は別件ですよ。誰もが見て『ここまでやってくれるなら協力しよう』とか『協力しない方がむしろ損だ』と思ってくれるほどの内容を目指したいと思うんです。それこそヨセフ伯が嫌がる寄り子を叱り飛ばすくらいにね」
 真面目な話、ブレイジンでは協力があっても微妙だろう。
今はまだ計画通りにやれるだろうが、いあずれ複数の列車を走らせるとなると絶対に土地が足りなくなる。街道は太くしたいし、駐車場ならぬ駐機場は幾らあっても足りなくなるだろう。そうなった時に家を崩して集合住宅にするとか、家臣の屋敷を王都守備に回すとかしたくなるくらい、この列車構想にも誇りを持ってもらわねばならなかった。

王都に近い事もあり、向こうの良さを知っている者も多い住民たちにそこまで言わせるならば、今の内から徹底的にやっておくべきだろう。

「今はまだ作ってもいないので未来の話をするのは噴飯物かと思われますが……。住民が家を移動させても良いとか、近隣領主が倉庫や駐車場を申し出た時は話だけでも聞いてやってください。こちらで何とか考えます」
「……そこまでするのか? まあ聞くだけならば聞いておこう」
 レオニード伯は半信半疑だが仕方あるまい。
新街道で何をやるかは理解していても、自分の領地は既に万全だという思いが強いのだ。工事そのものがまだ始まって居ないし、それを見て増便やら倉庫の増設が必要だと思えないのも無理はないだろう。

ただ、この話は思いもしない方向へと発展する。
構想への参加を呼びかけたバルガス伯爵家はともかく、路線構想に入って居ないキーエル伯爵家までついて来たのだ。

「バルガス家としては問題はない、ぜひ参加させてもらおう。新街道のお陰で色々と助けられているし、もう一つ増えるなら願っても無い。管理する人間が増えることも、我が家に限ってはむしろありがたいくらいだ」
「子だくさんの家系でしたっけ」
 元バルガス伯爵だった老人が代表者としてやって来た。
後継者が早くなくなって跡継ぎ問題でもめているらしい。現在は老人が帰り咲いて混乱を抑えているが、息子たちが多い上に長男程の権威が無いので争う事に成りかねなかったそうだ。そういえばこれまでの話し合いでも、伯爵家からは老人以外は同じくらいの若者が入れ替わり立ち替わり訪れていたような気がする。

面白いのはキーエル伯爵家も似たような状態だという事である。

「キーエル伯爵夫人のリュドミラです。その節はありがとうございますね」
「あの件はお互い様ですので、お気になさらず。ご用件を伺いましょう」
 キーエル伯爵家は当主がまだ若く、年上の夫人が切り盛りしている。
当然ながら他家の生れである彼女の発言権は低く、一族の遠縁から第二夫人を送るべきだとか、誰か古老の中から代行を立てるべきではないかという言う意見も多いそうなのだ。その辺りの事もあり、新街道での話ではキーエル伯爵家でも出てくる人が安定しなかったのである。

なお、今回の話で帯同を許されているというか、何故か聞きつけているのは……バルガス伯爵家の出だからだ。同じ河川の流域を統治する者同士、血の交換はよくある事なのだろう。

「過日の縁もあります、この計画に加えていただけませんか?」
「正直な所、戸惑っています。今回の構想はあくまで勘定での農業圏です。キーエル伯爵家の御領地は明らかに外れているではありませんか」
 真面目な話、この手の要請はよくある事らしい。
話を理解して一口噛みたい者、自分の領地を無料で開拓して欲しいレベルから、最終的には王家への忠誠を支援すためにとりあえず口に出している者までだ。それら全てを相手に出来ないので、基本的には構想の範囲からは外れている者はまずシャットダウン。構想圏の近隣にある領主だなら、持ちかけた領主が参加しない場合の予備候補地などとして聞くことはあったとか。

ただ、キーエル伯爵家の領地はバルガス河の河川添いが主体で、しかも領都は国境側でありかなり離れているのだ。

「主人はまだ若く実績がありませんし、他家から嫁いできた私も同様です。しかし、これらの成果をまとめたとあれば、家人たちから認められると思うのです」
(家系内の権力争いか……。面倒だし断るべきなんだが、どうするかな)
 原則を破る行為なので、ここで認めたら後でグダグダになるだろう。
無関係な貴族からの要請も受けなければならないとか、少なくとも話だけは聞いて欲しいというだけなら全て聞くという前例が出てしまう。だから、この話は此処までにすべきなのだ。

だが、キーエル伯爵家に世話になったのは確かだし、今後の動きを考えれば味方が多いのは当然だろう。少なくとも参加貴族の中で協力してくれるから一票分……バルガス家も含めて二票分握れるのはヨセフ伯への対抗上とても大きい。

「ミハイル。なんとかしてやれんか?」
「この老人からも頼む。何か方法はないものかの」
(話は聞くべきだ。しかし、対外的には断るべきだ。この矛盾をどうするべきかな……。こういう時は流されるべきじゃない、流れをこちらから作るんだ。その為の理由……か)
 キエール伯を味方につける意味は大きく、レオニード伯も賛同の様だ。
だが、無意味に許可を与えてはいけない。今後に面倒なことになるし、旗振り役が変ってヨセフ伯辺りが議長になった時、『議長権限で加えた』とか行って票を水増しされかねないからだ。やるなら私鉄でやってくれ、国鉄に話を持ち込むなと言う羽目になるだろう。

そして、今までに培ってきた経験から、ある種の方向を見出すことにした。

「確認しますが、必要なのが御主人が執務を採り始めた時の発言力。今は数年後に期待を持たせる方向で構いませんか? それなら次善策を用意した上で形式的に断り、数年後に参加を認めることが出来ると思います」
「……一応その通りですが、どんな方法でしょうか?」
「ひとまず私営の列車を出し、港と別の要地を繋ぎます」
 要するに価値の高い私鉄を作り、後に国鉄同様にする事だ。
放っておいても商業の問題で、売り先を確保するためにバルガス河にある河川港を使う事に成る。船の方が大量に運べるし、上流は一応だが王都側、下流はイル・カナン国へと繋がっている。交易と言う意味でも、仮に援軍を出すという話が出た場合でも、この私鉄は無駄にならないだろう。

そしてイル・カナンと繋がっている場所は他にもある。

「例えば離れていますが、同じイル・カナン方向にあるウッラール騎士団領と繋ぐのはどうですか? もう一つの騎士団もそろそろ手が空くはずです。この私営列車を使えば、東部と南部を往復できますし、交易と言う意味でイル・カナンに二つのルートが持てますから」
「ふむ。悪くはなかろ。国防と交易の二つがあれば受け入られよう」
「確か国営と私営が混線する場合、国営を優先するという話だったな」
「ええ。その先例をヨセフ伯が参加する前に先んじて慣例が作れます」
 俺の話にご隠居とレオニード伯が乗って来る。
キーエル伯は味方に付けたいから何らかの突破口を探せと言っていたのだし、俺が作った理由が妥当な物だったので受け入れやすかったからだろう。もしこれで『水上騎士団を作ろう!』とか言い出したら頷かなかっただろうが、交易は農業圏構想にも絡むし、防衛網の整備は国防の問題から優先度が高い案件だからだ。

そして、この件でヨセフ伯に先んじるのはもう一手ある。南部攻略よりも、東部への援軍を出す方がより簡単になるからだ。

「数年後に確実に主人を立てていただけるならば喜んで。見返りとして、イル・カナン方向の産物が何とか手に入らないか確認してみましょう」
「それはありがたいですね。助かります」
 夫人は溜息を吐くと、用意していたであろう話を切り出した。
この国で手に入らない種でも、海沿いの他国なら話は別だからだ。この辺りは河川でつながりの強いキーエル伯ならならではだろう。

なお、この話にはあまり嬉しくない蛇足があった。
オーリブ・稲・サトウキビがイル・カナンで採れるらしいが、そのどれもが乾燥しているオロシャには向かないのだ。改良を重ねて稲とか水辺でサトウキビくらいだろうか? いずれにせよ、ゴルビーには関係のない話であった。俺個人の味覚を満たしてくれることで良しとしよう。
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