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第七章
『快諾されるのは、良い事だけではない』
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●
コンスタン・ティン伯のところで立ち上げた計画。
田舎をつないだ環状型の農業圏構想で、街道でつなぐと同時に、それぞれの産業で競合を避けたり他者に使える物を融通し合うという計画である。これに関しては驚くほどに早い反応があったものの、物凄くレオニード伯に怒られた。思いついたままに提案し、彼に相談し無かったからだろう。
それはそれとしてもっと驚いたのは、陛下に呼び出されたからである。
「間近に御尊顔を拝し光栄であります」
「前にも言ったがそう畏まらずとも良いぞ。時間も無い事だし、さっそく要件に入ろうではないか」
前に通されたよりも狭い、個人的な私室に通された。
まるで生活臭がしない私室……どう考えてもそんな物はないので、密談用に使うための『表向きプライベートルームに成っている』場所だろう。その証拠に二人か三人しか入れず、そして誰かが隣室に控えている気配がある。
ただ、こちらの話を伺う様子はない。
おそらく政治的な話を理解しない……事に成っている護衛か、サプライズでレオニード伯なりユーリ姫が立ち聞きしているのかもしれない。
「そなたの案な。国を挙げて推し進めることに成った。理由は判るか?」
「いえ。国力を高めるために最適であるとか、貴族たちの団結を図るだけではないと推察しますが、その根幹は寡聞にして理解できておりませぬ」
当たり前だが経済圏を作ったとして褒められる以上の事ではない。
新街道を理由に国力を上げつつ、魔物を狩って行くというプランでも特に呼び出されなかったのだ。わざわざ土臭い開拓計画ごとき陛下が俺を呼ぶはずはない。
実はユーリ姫に甘くて呼び出したとかならありえなくもないが、それならばこんな密室で談義するはずがないのだ。
「そなたは表情に出るな。若い上に民の出だと思えば仕方がないのであろうが。まあ良い。時間が有限だというのは本当だ。この後でヨセフにも会わねばならん」
「ゴーレムや探知技術の融通……ではないのですよね?」
「当たり前だ。その程度ならばとうに認めておる。見返り以外はな」
どうやらヨセフ伯とも取引するらしい。
ということは新街道だけではなく経済圏構想に関しても、ヨセフ伯の所の派閥にも協力させるらしい。あるいは百足列車がゴーレムだという事も含めて、技術を渡す事を理由にするのだろうか? 新街道だけではなく東西の融和も図り、国家全体で富国強兵を目指すとか?
ヨセフ伯を警戒しているのは嘘で、実は双方を上手くぶつけて利用している……とかかもしれない。
「そなたの計画が進めば物は安くなるし民も喜ぼうよ。それぞれの領地に金が落ちるなら貴族たちも喜ぶ。我が国の産物購入することになる諸国も、今は不足している物資が手に入る事で喜ぶだろう。将来は知らんが、その時は増産しておるだろうから外にも安くしてやれば良い。建前でも本音でも、基本的にはその通りだ」
「と言う事は計画以外の物でしょうか? ヨセフ伯らの妥協であるとか」
「ははは。そなたは賢いが妙に鈍くなるな。それでは五十点だぞ」
ヨセフ伯に妥協させるというのでは半分と言う事か?
ただ、ここまでの会話である程度判った事がある。やはり陛下は日ごろの聖人君主ぶりは演技であり、腹の中が黒いタヌキの様だ。まあ国王たるものそのくらいの方が良いのだろうが、はぐらかされていると腹が立つ……よりも、寧ろ試されている様で居心地が悪い。
何が嫌かって、正解でなければ軽蔑する癖に、大正解以上のことを見抜くと次から野心を警戒されかねないからだ。
「この計画はスムーズな流通が何よりで、それぞれの関所で何日も足止めされるようでは困る。即時とは言わぬが、数時間程度の休息で次の町に行ってもらわねばならぬ。そうだな?」
「は。穀物の検査などを除き、人の移動や重要物資はそれが良いかと」
荷物の積み下ろしに時間が掛かる場合もあるが、最悪繋ぎ変えれば良い。
荷車を切り離して別の荷車を繋ぎなおせるので、タンカーの様に何時間も同じ場所に居る必要はない。本物の列車の用にレールでも敷けば話は別だが、それをやるには街道が凸凹し過ぎているし、レールを敷くところから準備が掛かり過ぎる。それなら今の通り多脚歩行様式か、せめて車輪であろう。
ただ、それがどうしたのかと言う内容だ。
この程度の事は誰もが想像できるのではないだろうか? 今までの常識からすれば、『関所で一日仕事なら早いと思え!』くらい言われそうな気はするのだが。
「であれば、よろしい。その列車とやらがあれば巡検する騎士や文官たちも楽に成るであろう。駅の職員には信用のおける者たちではならぬだろうが、そなたが勇者軍出身者らを推挙するのであれば、彼らも喜ぶだろうよ」
「はっ……? いえ、確かに確かにそれが適正かと」
最初は何のことか判らなかった。あまりにも当然のことだからだ。
しかし、職員の推薦に関していきなり言われて少し戸惑った。だが、既に人選が決まっており、その推薦を俺がすることに成っている不自然さで段々と気が付いて来た。勇者軍出身者を優遇するというのはその通りだろう。だが、そこに陛下の息の掛かった人物が入り込まないとは一言も要ってはいない。
それらの駅員は確かに勇者軍に居たことがあるだろう。
だが、諸外国の情報を集めるために入り込んでいたスパイも少なからず居た筈だ。では、スパイが国鉄の職員になって、何をするのか? まさか密売ではあるまい。
(スパイを貴族領に送り込んで……密偵か!)
(公儀御庭番というか目付けみたいな連中を送り込む気だな)
(このシステムに国側が不正を流入させるなら、なんでもできる)
(未申告の物資大量備蓄であるとか、明らかに不必要な私兵集団とか、俺の場合はゴーレムの数を揃えて余計な事を企んでいないかとか、そういうのを確かめる事が簡単にできちまう。もちろん職員に出来るのは表面的な行動だろうが、列車にデータを紛れ込ませるなんざ簡単に出来るからな)
なんというか非常にえげつないと言うべきだろうか。
表面的には国を富ませるために俺の案を通し、ヨセフ伯のゴリ押しを何とかするためにゴーレムの技術やら何やらを提供する。代わりに西部もこれらの構想に加わらせ、ヨセフ伯自身も認めている富国強兵策として認めさせる。そういう裏表の内情を通しつつ、王家としてはスパイを恒常的に送り込んで『草』として利用する気なのだろう。
陰謀目的ではなく未然に防ぐための行動なのだろうが、こういった事は指導者の気持ち一つで容易く変転する物だ。油断は禁物だろう。
「そういえば新型のゴーレムですが、此度の役目が終われば試験機ではなくなります。つきましてはユーリ姫に献上したく思うのですがいかがでしょうか? 姫がご使用にならないのであれば、新しく育てるゴーレムを使う騎士なり魔術師の為の教材に可能です」
「そなたは謙虚だな。誰もがそうであれば楽なのだがままならんものだ」
やはり無用な戦力は居心地が悪いので予定通り手放しておく事にする。
ユーリ姫は俺の所に嫁に来る予定なので、活発な性格としってさえいれば献上していてもおかしくはない。そうやって筋道を整えた上で、『俺の手元には不要な戦力は残しませんよ』と主張しつつ、同時に『未来に備えてゴーレム騎士やゴーレム魔術師を増やしましょう!』と提案して置いた。まあ後半の方はレオニード伯経由で提案しているけどな。
もっとも、俺の浅はかな思いなど承知の上なのだろう。レオニス陛下は笑って応用に頷いていた。
「ユーリにも逢って行くが良い。初めて逢う事に成ろうが……そなたならば間違えることはあるまいよ」
「はっ。ありがたき幸せ」
当然だが以前に出逢った事も報告されているらしい。
ニヤニヤと言う笑いに変わったところで、初めて素の感情を見たような気がした。おそらくは手元の戦力を残さないという提案よりも、我が子に玩具を与えた事や巡り巡って俺の元に還って来るかもしれない打算を見抜いているように思えた。
……おそらくだが、レオニス陛下は野心的な男や打算的な男が嫌いではないのだろう。そういえばレオニード伯も割りと感情的になる所もあるし、何を考えているか判らないような相手の方が苦手なのかもしれない。
「度重なる奏上に関してそなたに褒美をやるとしよう。だが、伯爵への昇爵はまだ早かろう。何が欲しい? この場でうっかり漏らした程度の希望であれば、余も気負いせずに叶えてやれるやもしれぬ」
(今すぐ答えろって? 無茶を言う……そんなの思いつかんぞ普通)
実に面倒な無茶振りがやって来た。
基本的には嬉しい事なのだろうが、迂闊な物を要求すると困ってしまう。順当に伯爵に成るというのは早々に封じられてしまったし、人材確保の為に魔術師を呼ぶとかは明らかに駄目だろう。何が面倒かって、時間制限付きだから口にしてはならないNGワードを思いつけないのだ。
仕方なくかねてからの懸案を口にすることにした。
「ありがとうございます。つきましては、この構想を円滑にする為、珍しい花や穀物の種を得る許可を幾らかいただければ幸いです。種自体は国内でも国外でも構わないのですが、色々あれば参加する皆で分けられるかと思いますし、中にはゴルビーで育つ物もあるでしょう」
「やれやれ、無難な答え方をする奴だ。こういう時くらいは欲望に身を任せるのも良いのに」
それが恐ろしかったのです……とは流石に言えない。
もしかしたら『綿花が欲しいです、先生』とでも言えば笑って許してくれたのかもしれないが、その場合はゴルビー地方で力を付けるに足る商品作物があると思われてしまう。ここは数種類の候補をあげて、それらを農業圏に参加する領主たちで分け合う事にした。数種理の候補があれば、綿花や大豆が入っている可能性はあるし、運が良ければまだ見ぬジャガイモやトウモロコシなどの可能性もあるだろう。
なお、俺の答えがお気に召さなかったのか、陛下はそこから注文を付けて来た。
「国内であれば欲しければ持って行くが良い。国外は暫くは駄目だな、弱みを見せられぬ。それと、そなたの領内で完結せぬ植物を選ぶが良い。あまりにも大規模な畑が出来ては、郊外の貴族が首を吊る事に成る。……派閥の領袖ともなれば、その程度の機転は聞かせてやるのが務めだぞ。以後励むが良い」
「ははっ。ありがたき幸せ」
最後の最後でダメ出しをされてしまった。
言われてみれば郊外の貴族の領地で腐りやすい果実などの商品作物が売れて居たならば、これからは田舎で大規模に育てる集団農場の方が安く大量に揃えられてしまう。そうなると今まで作っていた地域では、高級品なり朝採れの新鮮な品でも売らないとやっていけないだろう。
この日は終始こんな感じで、褒められたのだか怒られたのだか判らない日であった。
コンスタン・ティン伯のところで立ち上げた計画。
田舎をつないだ環状型の農業圏構想で、街道でつなぐと同時に、それぞれの産業で競合を避けたり他者に使える物を融通し合うという計画である。これに関しては驚くほどに早い反応があったものの、物凄くレオニード伯に怒られた。思いついたままに提案し、彼に相談し無かったからだろう。
それはそれとしてもっと驚いたのは、陛下に呼び出されたからである。
「間近に御尊顔を拝し光栄であります」
「前にも言ったがそう畏まらずとも良いぞ。時間も無い事だし、さっそく要件に入ろうではないか」
前に通されたよりも狭い、個人的な私室に通された。
まるで生活臭がしない私室……どう考えてもそんな物はないので、密談用に使うための『表向きプライベートルームに成っている』場所だろう。その証拠に二人か三人しか入れず、そして誰かが隣室に控えている気配がある。
ただ、こちらの話を伺う様子はない。
おそらく政治的な話を理解しない……事に成っている護衛か、サプライズでレオニード伯なりユーリ姫が立ち聞きしているのかもしれない。
「そなたの案な。国を挙げて推し進めることに成った。理由は判るか?」
「いえ。国力を高めるために最適であるとか、貴族たちの団結を図るだけではないと推察しますが、その根幹は寡聞にして理解できておりませぬ」
当たり前だが経済圏を作ったとして褒められる以上の事ではない。
新街道を理由に国力を上げつつ、魔物を狩って行くというプランでも特に呼び出されなかったのだ。わざわざ土臭い開拓計画ごとき陛下が俺を呼ぶはずはない。
実はユーリ姫に甘くて呼び出したとかならありえなくもないが、それならばこんな密室で談義するはずがないのだ。
「そなたは表情に出るな。若い上に民の出だと思えば仕方がないのであろうが。まあ良い。時間が有限だというのは本当だ。この後でヨセフにも会わねばならん」
「ゴーレムや探知技術の融通……ではないのですよね?」
「当たり前だ。その程度ならばとうに認めておる。見返り以外はな」
どうやらヨセフ伯とも取引するらしい。
ということは新街道だけではなく経済圏構想に関しても、ヨセフ伯の所の派閥にも協力させるらしい。あるいは百足列車がゴーレムだという事も含めて、技術を渡す事を理由にするのだろうか? 新街道だけではなく東西の融和も図り、国家全体で富国強兵を目指すとか?
ヨセフ伯を警戒しているのは嘘で、実は双方を上手くぶつけて利用している……とかかもしれない。
「そなたの計画が進めば物は安くなるし民も喜ぼうよ。それぞれの領地に金が落ちるなら貴族たちも喜ぶ。我が国の産物購入することになる諸国も、今は不足している物資が手に入る事で喜ぶだろう。将来は知らんが、その時は増産しておるだろうから外にも安くしてやれば良い。建前でも本音でも、基本的にはその通りだ」
「と言う事は計画以外の物でしょうか? ヨセフ伯らの妥協であるとか」
「ははは。そなたは賢いが妙に鈍くなるな。それでは五十点だぞ」
ヨセフ伯に妥協させるというのでは半分と言う事か?
ただ、ここまでの会話である程度判った事がある。やはり陛下は日ごろの聖人君主ぶりは演技であり、腹の中が黒いタヌキの様だ。まあ国王たるものそのくらいの方が良いのだろうが、はぐらかされていると腹が立つ……よりも、寧ろ試されている様で居心地が悪い。
何が嫌かって、正解でなければ軽蔑する癖に、大正解以上のことを見抜くと次から野心を警戒されかねないからだ。
「この計画はスムーズな流通が何よりで、それぞれの関所で何日も足止めされるようでは困る。即時とは言わぬが、数時間程度の休息で次の町に行ってもらわねばならぬ。そうだな?」
「は。穀物の検査などを除き、人の移動や重要物資はそれが良いかと」
荷物の積み下ろしに時間が掛かる場合もあるが、最悪繋ぎ変えれば良い。
荷車を切り離して別の荷車を繋ぎなおせるので、タンカーの様に何時間も同じ場所に居る必要はない。本物の列車の用にレールでも敷けば話は別だが、それをやるには街道が凸凹し過ぎているし、レールを敷くところから準備が掛かり過ぎる。それなら今の通り多脚歩行様式か、せめて車輪であろう。
ただ、それがどうしたのかと言う内容だ。
この程度の事は誰もが想像できるのではないだろうか? 今までの常識からすれば、『関所で一日仕事なら早いと思え!』くらい言われそうな気はするのだが。
「であれば、よろしい。その列車とやらがあれば巡検する騎士や文官たちも楽に成るであろう。駅の職員には信用のおける者たちではならぬだろうが、そなたが勇者軍出身者らを推挙するのであれば、彼らも喜ぶだろうよ」
「はっ……? いえ、確かに確かにそれが適正かと」
最初は何のことか判らなかった。あまりにも当然のことだからだ。
しかし、職員の推薦に関していきなり言われて少し戸惑った。だが、既に人選が決まっており、その推薦を俺がすることに成っている不自然さで段々と気が付いて来た。勇者軍出身者を優遇するというのはその通りだろう。だが、そこに陛下の息の掛かった人物が入り込まないとは一言も要ってはいない。
それらの駅員は確かに勇者軍に居たことがあるだろう。
だが、諸外国の情報を集めるために入り込んでいたスパイも少なからず居た筈だ。では、スパイが国鉄の職員になって、何をするのか? まさか密売ではあるまい。
(スパイを貴族領に送り込んで……密偵か!)
(公儀御庭番というか目付けみたいな連中を送り込む気だな)
(このシステムに国側が不正を流入させるなら、なんでもできる)
(未申告の物資大量備蓄であるとか、明らかに不必要な私兵集団とか、俺の場合はゴーレムの数を揃えて余計な事を企んでいないかとか、そういうのを確かめる事が簡単にできちまう。もちろん職員に出来るのは表面的な行動だろうが、列車にデータを紛れ込ませるなんざ簡単に出来るからな)
なんというか非常にえげつないと言うべきだろうか。
表面的には国を富ませるために俺の案を通し、ヨセフ伯のゴリ押しを何とかするためにゴーレムの技術やら何やらを提供する。代わりに西部もこれらの構想に加わらせ、ヨセフ伯自身も認めている富国強兵策として認めさせる。そういう裏表の内情を通しつつ、王家としてはスパイを恒常的に送り込んで『草』として利用する気なのだろう。
陰謀目的ではなく未然に防ぐための行動なのだろうが、こういった事は指導者の気持ち一つで容易く変転する物だ。油断は禁物だろう。
「そういえば新型のゴーレムですが、此度の役目が終われば試験機ではなくなります。つきましてはユーリ姫に献上したく思うのですがいかがでしょうか? 姫がご使用にならないのであれば、新しく育てるゴーレムを使う騎士なり魔術師の為の教材に可能です」
「そなたは謙虚だな。誰もがそうであれば楽なのだがままならんものだ」
やはり無用な戦力は居心地が悪いので予定通り手放しておく事にする。
ユーリ姫は俺の所に嫁に来る予定なので、活発な性格としってさえいれば献上していてもおかしくはない。そうやって筋道を整えた上で、『俺の手元には不要な戦力は残しませんよ』と主張しつつ、同時に『未来に備えてゴーレム騎士やゴーレム魔術師を増やしましょう!』と提案して置いた。まあ後半の方はレオニード伯経由で提案しているけどな。
もっとも、俺の浅はかな思いなど承知の上なのだろう。レオニス陛下は笑って応用に頷いていた。
「ユーリにも逢って行くが良い。初めて逢う事に成ろうが……そなたならば間違えることはあるまいよ」
「はっ。ありがたき幸せ」
当然だが以前に出逢った事も報告されているらしい。
ニヤニヤと言う笑いに変わったところで、初めて素の感情を見たような気がした。おそらくは手元の戦力を残さないという提案よりも、我が子に玩具を与えた事や巡り巡って俺の元に還って来るかもしれない打算を見抜いているように思えた。
……おそらくだが、レオニス陛下は野心的な男や打算的な男が嫌いではないのだろう。そういえばレオニード伯も割りと感情的になる所もあるし、何を考えているか判らないような相手の方が苦手なのかもしれない。
「度重なる奏上に関してそなたに褒美をやるとしよう。だが、伯爵への昇爵はまだ早かろう。何が欲しい? この場でうっかり漏らした程度の希望であれば、余も気負いせずに叶えてやれるやもしれぬ」
(今すぐ答えろって? 無茶を言う……そんなの思いつかんぞ普通)
実に面倒な無茶振りがやって来た。
基本的には嬉しい事なのだろうが、迂闊な物を要求すると困ってしまう。順当に伯爵に成るというのは早々に封じられてしまったし、人材確保の為に魔術師を呼ぶとかは明らかに駄目だろう。何が面倒かって、時間制限付きだから口にしてはならないNGワードを思いつけないのだ。
仕方なくかねてからの懸案を口にすることにした。
「ありがとうございます。つきましては、この構想を円滑にする為、珍しい花や穀物の種を得る許可を幾らかいただければ幸いです。種自体は国内でも国外でも構わないのですが、色々あれば参加する皆で分けられるかと思いますし、中にはゴルビーで育つ物もあるでしょう」
「やれやれ、無難な答え方をする奴だ。こういう時くらいは欲望に身を任せるのも良いのに」
それが恐ろしかったのです……とは流石に言えない。
もしかしたら『綿花が欲しいです、先生』とでも言えば笑って許してくれたのかもしれないが、その場合はゴルビー地方で力を付けるに足る商品作物があると思われてしまう。ここは数種類の候補をあげて、それらを農業圏に参加する領主たちで分け合う事にした。数種理の候補があれば、綿花や大豆が入っている可能性はあるし、運が良ければまだ見ぬジャガイモやトウモロコシなどの可能性もあるだろう。
なお、俺の答えがお気に召さなかったのか、陛下はそこから注文を付けて来た。
「国内であれば欲しければ持って行くが良い。国外は暫くは駄目だな、弱みを見せられぬ。それと、そなたの領内で完結せぬ植物を選ぶが良い。あまりにも大規模な畑が出来ては、郊外の貴族が首を吊る事に成る。……派閥の領袖ともなれば、その程度の機転は聞かせてやるのが務めだぞ。以後励むが良い」
「ははっ。ありがたき幸せ」
最後の最後でダメ出しをされてしまった。
言われてみれば郊外の貴族の領地で腐りやすい果実などの商品作物が売れて居たならば、これからは田舎で大規模に育てる集団農場の方が安く大量に揃えられてしまう。そうなると今まで作っていた地域では、高級品なり朝採れの新鮮な品でも売らないとやっていけないだろう。
この日は終始こんな感じで、褒められたのだか怒られたのだか判らない日であった。
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