魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第七章

『昇爵に備えた五か年計画』

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 休養期間と称した後方任務もそろそろ終わりに近い。
見るべき書類は見たし、人の話を聞いて簡単に対処もした。ならばあとは後日の事を考えつつ、必要ならば現地を見て回る程度だ。

とはいえ全てを指示できるほどの英知など持たず、また見て回れるほどに時間は存在しない。

「これより伯爵に昇爵した時に合わせて地域区分を三つに分ける」
「水源地に近い区画をA、ゴルベリアス周囲をB、その他をCとする」
「A区画では既に耕作が始まっているが、植林をいずれ行っていく」
「B区画では先に壁による熱風の軽減と用水路での冷涼化を第一に考える。申し訳ないがC区画に関しては、駅となる場所まで用水路を敷けるなら敷くという程度だな。とはいえ竹の筒を埋めても、露出したら理解されずに燃料にされそうだ」
 見るべき場所を一つに絞る事にした。
A区画はもうすることが無いので、畑が上手く行けば最終的に植林して終了になる。コンスタン・ティン伯には前からアイデアを伝えてあるし、根を傷つけないように小さいうちから掘り起こして、ゴーレムで運べば可能だろう。C区画に関してはもう砂漠地帯なのでどうしようもない。木々や竹に余裕が出来てからだな。

なので見るべき場所はB区画のみ。
具体的に言うと領都であるゴルベリアスと空中庭園の候補地に成る。

「砂漠への用水路ですが、いっそ遊牧民に頼んでみては?」
「それをすると既得権益化するな。それなら今まで通り垂れ流して、どこかでオアシス化させた方がマシだよ。やるなら子供の時代に孫を村長にするのとセットだな。そのくらいには砂漠の緑化を急ぎたくなる」
 竹でパイプを作れば意図的にオアシスを作れる。
だが、残念なことに完全な砂漠では風が吹けば終わりなので思わぬところで露出する可能性があった。そして、そうなってしまえばもうお終いだ。公共物を守るというのが希薄な時代だし、そもそも砂漠を渡る人間は昼間は暑さで死にかけ、夜は寒さで死にかけるのだ。竹の筒があったら勝手に利用してしまうだろう。良くて勝手に流れを変えて、自分の好きな場所に移動させるとかな。

なので見張りが必要な訳だが、その辺を通る遊牧民ならば確かに面倒を見てくれるだろう。竹を掘り返して燃料にしたら粛清までセットでやってくれる。だが、それでは領民ではない遊牧民を優遇することに成ってしまう。

「御領主さまの意向は承知しました。しかし、現在のペースでは壁を作るのが間に合いません.近隣の領主からも買いますか?」
「それはそれで借りを山ほど作るし、途中で止められんだろ」
 アレクセイがその辺をまとめて次のB区画に話が移る。
元もと砂漠の緑化は手を入れる意味が薄い事もあり、彼としてはそちらの方が建設的に思えるのだろう。俺としても少ない時間をやりくりしたいので、その方がありがたいな。

もし、この話が国家事業だったら国中から煉瓦を集めて速攻で終わらせたのだが、ここは地道に行くしかないだろう。それにソレをやったら、砂漠の緑化に有難味も無いからな。

「B地区自体も幾つかに分け、畑にする場所と低く掘り下げて遊水池にする場所をセットで考える。要するに温度管理の問題だからな。壁が出来るまでは暫く我慢だ。おそらく五年ほどは同じ状況が続くだろう」
「それしかないですね。何事も一歩ずつです」
 まずは整えて畑にすることを前提に考える。
そこの暑くなる方向へ遊水池を作り、人工池の上を風が渡ると涼しく成る様にすれば良い。掘り下げた土も壁にしてしまって、後で埋め直すのに使っても良いだろう。あるいは養殖……は無理にしても、羊や山羊たちも食べられるナニカをその周囲に植える手もある。

そうそう、牧畜はあまり考えていない。
遊牧民から買った方が安上がりだし、相互の互恵関係を築ける。そういう意味では近隣領主と契約して、彼らが鶏なり豚を増やすために牧場を作りたいならば、ゴーレムで協力すると持ち掛けるのも良いだろう。継続購入する契約に成ったとしても、ゴルビーで育てる気はないので問題ないのだから。

「遊水池に関してはアレクセイに任せるから好きな位置をゴーレムで掘らせてくれ。最優先は屋敷の周囲だが、できるだけ違和感がないように配置してくれ」
「そうですね。その方がこちらに来る遊牧民たちも喜ぶでしょう」
 なお、遊水池は冷涼化と耕作以外にも利用価値がある。
それは遊牧民たちの侵攻を足止めし、あるいは一定のルートになるように調整するためだ。彼らが移動するために丁度良い場所に小さな遊水池と浅し用水路があり、逆に進行して欲しくない場所には大きな遊水池と深い用水路がある。そして前者の周囲には砦を兼ねた駅があり、後者には壁も同時に作って移動を妨げる場所に成っている。

熱さ対策や耕作用と言うのは本音であると同時に建前であり、遊牧民は『友好した方が得だ』でも『攻めてくるかもしれない』くらいの間柄と思っておく方が良いのである。

「それとその三つに入らない特別区だがな」
「……ああ。先日も別荘でゆっくり過ごされましたね。領主家とその縁者の直轄地と言う事で問題ないかと」
 ゴルビーを手と考えれば海は小指だけでしかない。
それも寒村が二つ分で、どちらも領主である俺が自ら手掛けている。だから特に報告する必要もないし、またゴルビーの役人たちが触る必要もない。一応はそういう建前に成っている。

だが、そこに稼ぎ頭である塩田があり、海と言う無限の可能性があるので本当の意味で何も無い訳ではなかった。

「新街道の件で大工や林業の連中と顔見知りに成った」
「船でも少しずつ作ろうと思ってる。何か言うとしたら何か見つけた後だな」
「当面はバルガス同胞団にも伝えた冒険者制度の一環で調査依頼を出す」
「あまり海が得意な奴がいるとも思えないが、伝手も使って集めればそこそこ集まるだろう。まあ、一チームか二チームを船付きで派遣して、近隣に何かあるか、それとも魔物を警戒すべきなのか少しずつ情報を集めていく段階に成るだろう」
 やはり大きいのは船大工と知り合いに成った事だな。
キーエル伯爵家の水塞で船着き場の為に軽く話したが、そこでどんな船を作れるのか、定番なのかを聞く事が出来た。そこまで仲良くなっているわけではないが、向こうが忙しくない時ならば話は出来るし、あるいは引退する大工を高い給料出して引き抜いても良いだろう。

後は冒険者というほどでもないが、何をして何を報告すべきか理解し始めた連中がいる。彼らの中で長丁場の調査をしても良い者を見繕えるようになってきたので、これも様子を見て依頼を出そうと思う。

「海の警戒は当然ですね。時に無主の島があればどうします?」
「その場合は島の風土次第だな。森があるなら植物に期待するし、何も無い島なら領有を示す石碑でも立てて放置するしかない。まあ、一番面倒なのはイル・カナンとかが放棄した場所だろう。イラ・カナン以外の滅びた国の土地ならありがたくいただくけどな」
 船も無いうちから皮算用をする気はない。
ただ、方針として明らかにしておくのは良いだろう。ゴルビー地方は繰り返すように荒野と砂漠しかない場所なので、収穫物が期待できるのは遥か先だ。当面は豆類の栽培ですらお試し程度でしかない。食べるというよりは、来年の為に種を増やすという方がしっくり来るのではないだろうか?

その一方で、海は色々な可能性が広がっている。
植物豊かな島がある可能性もあるし、何も無い岩ばかりの島である可能性もある。またどちらであるにせよ、既存勢力の持ち物だったら面倒なことになるだろう。ゴルビーのやや東南にある国は小国なので漁民以外はあまり問題ないが、その南にはイル・カナン国がある。宿命のライバルであり兄弟国であったイラ・カナンが滅びた後は、その系譜を引く貴族や騎士たちが何人も居る可能性はあった。

「まあ、何にせよ当面は新街道計画の進捗待ちだ。ゴルビーでは今の計画を確実に進めてくれれば良い。伝手で調べるとしたら、前に言った植物の種だな」
「綿花と油が採れる物ですね。聞いてはおきます」
 こうして久しぶりのゴルビーでやるべき事をやっていく。
造成中の空中庭園基部を見て回ったり、B区画の中で壁を作った場所と、そうでない場所の差を比べるとか、その辺りをやっていく。その内の王都からの役人が来るなり、こちらから出向くなりして新街道の面倒を見る作業になるのではないかと思う。
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