魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第七章

『セシリアのやりたい事』

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 別荘のある村は人工的に作った移住村だ。
付近にぽつぽつとあった家を移動させ、特に信用のおける者をゴーレム技術を使った第二塩田やら筏に携わらせている。他の村人も網打ちや釣りなどの漁業であったり加工や養殖の真似度とをしたりして、基本的には長閑で完結した村だ。

そこを嫁であるマーゴットや妾であるセシリアを連れて回っている。

「この石弓は凄いぞ! 以前とはケタ違いっ」
「ガブリールの奴が素材のお礼をしたいと言ってな。共同で作ったんだ」
 マーゴットに渡したプレゼントは連弩を改良した石弓だ。
クロスボウの事を石弓と評するが、スリング形式で石弾を発射するタイプに改めた。矢を安定させるためのクロスボウ型ゴーレムをスリングに置き換えた形だな。矢が入っていた箱の代わりに石弾を詰め、一発撃ったら次が補充される形なのは変わらないが、より大雑把な分だけ威力が出せる。矢の位置を調整する機能を無くして、代わりに巻き上げ機に全力を注げた感じだな。

なお、こいつも魔物由来の素材で出来ており、素材を獲りに行ってくれる遊牧民へのゴマすりであると同時に、実験の一つというやつだ。例の全力稼働問題も弓の弦を巻き上げる以外に使わないから、あったとしても問題ではなくなる。

「掛かっている付与魔術は命中精度を上げるモノだから、慣れれば馬に乗っても使えるぞ。機構仕掛けの威力に加えて、マーゴットの加護があれば防御でも問題無いな?」
「うむ! 私の加護は矢戦に強いからな!」
 マーゴットの加護は『楯の乙女』という特殊なものだ。
欠点もあるが防御力と回避力の両面が上がる為、馬に乗って走りながら回避するとまず当たらないし流れ矢くらいでは貫通出来ない。これにスリング・クロスボウでの威力とマジックアイテム化による命中力向上と合わせると、軽弓騎兵としてのマーゴットはかなり完成系に近づいたのではないかと思う。

後は弓術と馬術を磨いて行けば、魔法に倒らずとも恐るべき使い手に育つだろう。もちろん同じものを巨大化させて、添え付けのアーバレストにしたりゴーレムに持たせても良いだろう。連弩と比べて機構が簡単だからな。

「セシリア。除水呪文の開発おめでとう。もしガブリールに指示したいなら王都やら開拓計画にも帯同を許す。もちろん学院で勉強したいなら、『自分の道』を見つけた後なら構わないし、その費用は俺が出す」
「ありがとうございます!」
 宿題にしておいた呪文をセシリアが完成させた。
鍋に入れた水を消すのではなく、『減らす』という呪文だ。水の移動と水を消す呪文で構文を組んで、色々と試させることで開発に成功していた。本来ならば見習いにここまの早さは無理だが、魔力が豊富かつマメなセシリアには可能だったというわけだ。

これで見習い卒業で、本格的に魔術師として修業する事になる。

「でも自分の道ですか? この村を預かったり、人々の為に成る魔術を収めることだけじゃなくて?」
「漠然と考えるより目的があった方が覚え易いんだ。例えば……」
 俺はセシリアを伴い、そのまま第二塩田に向かった。
そこではゴーレム水車が屋内で海水を移動させ、水滴散布されることで高速で乾燥し、足元の砂に凝縮して行く。それを鍋に入れて煮直し、砂を除去しながら煮詰めていくと塩が出来る訳だ。

もはや薪も使わずに延々と塩が生産出来る。
やろうと思えばこの工程を繰り返し、結晶化した塩を砕いては邪魔なものを除去して行けば、上質の白塩を作る事も出来るだろう(逆に別の物を混ぜて、味付けの塩も出来る)。

「例えば、俺はゴーレムを人の代わりに使う事だな。物を動かすから動力と呼ぶことにして、馬並の動力があれば、大抵の用事をこなせる。奴隷を購入しても良いが、その命や食料を考える必要も無いし、秘密は殆ど守られる」
「風を起こしたり水を組み上げるのもそうですね。とても便利です」
 ゴーレム水車を指さし、俺の研究テーマについて簡単に説明する。
漠然と魔術を研究していても、仮にゴーレムに関心があっても駄目だろう。旅の何処かで塩田を見て、『あれならゴーレムで出来る』と思っても、世の中の人は『別に奴隷にやらせればよいだろ?』という事を言ってしまう訳だ。

だが、俺は幾つもこの手の事を考え、組み合わせて行くから今の体勢が出来た。海水と魔力さえあれば、無限に塩が完成し、売りに行けば金が幾らでも入る仕組みの完成だ。

「この村には快適な別荘と塩田しかないが、ゴルビーの縮図と言えるな」
「塩という産業で村には金が落ちるし、少ない人口を徐々に増やしていく」
「信頼のおける人間を増やし、漁業や精霊魔術を覚えさせるのが理想的だ」
「薪は不要になったが、野菜やら肉は採れないのでそれだけ購入して行けば良い。魚も採れるようになるから、塩漬けや干物と交換も出来るけどな。さて、ここに何があればもっと良くなる? 塩が売れなくなるとか価値がなくなるとか想定外の事は、子孫に任せて金と村の信頼を残しておけば問題ないとする」
 成立自体が人工的な村なので説明がし易い。
何処に何があるか主要人物であるセシリアは知って居るはずだが、こうやって目の前で、俺が何をしたのかを説明すれば判り易いだろう。現に感心しながら水車ゴーレムを眺めたり、元勇者軍出身の村人が魔法の鍋へと砂を運び、状況を監視しているのを再確認している。

この仕組みを妾であるセシリアが受け取り、その子孫を村長として成り立たせていく。父親であるニコライが偶に立ち寄り、塩と引き替えに大量の物資や代金を置いて行く感じのサイクルだな。

「ええと覚えてもらうのは私の作った除水の呪文として……これは干物にも使えますよね。鍋があるから火の呪文は要らないけど覚えてもらえばもっと増やせる。……ううん、私も鍋を作る方が早いわ。あ、海が汚れても良いように対策も必要ですね。この間、久しぶりに海が荒れて浜が汚れましたから」
「除水の呪文のバリエーションで水浄化かな。いいぞいいぞ」
 順を追ってセシリアが考え始めたので、まずは褒めることにした。
特に口は挟まず、合の手を入れるだけにしておく。その結果が難しいのか、それとも簡単なのかは未来のセシリアが考えることだ。それは面倒な事もであるが、やり甲斐を感じることでもあるだろう。

それらの思案がある程度に達した所で、手を叩いて思考を中断させる。

「幾つかのアイデアは得ただろう。セシリアの生涯の何処かでそれらは達成されるはずだ。しかし、ソレは必要に迫られてのモノだな。判り易い指針ではあるが、逆に言えば目の前だけに視界を閉ざさせてしまう。世の中は広いから、色んなものがあるわけだ。幻影を作るから、ちょっと見て居ろ」
「あ……猫ちゃんにワンちゃん……可愛い」
 今度は判り易い事例が無いので幻影の呪文を使った。
ゴーレム設計と製造などで何度も使った術だが、この世界にはテレビとかそう言うのはないので重宝する。勇者軍でも作戦説明に使うと、面白そうにみんな見ていたものだ。

それはそれとして、女の子が好きそうな犬猫から始めて、冷蔵庫とお菓子の画像を出したりもする。

「これはあくまで絵として映し出しているが、高度な幻覚なら動きも可能だ」
「説明し易すくするのに使ったが情報共有にも使えるし、娯楽にも使える」
「もしお前の妹が遊牧民に嫁いだら、旅先で何を見たかも伝えられるだろう」
「そしてここに移した箱は、冷気を込めて腐らせ無くする仕掛けだ。こいつを実用化できれば、肉や魚を保存する方法に塩漬けや干物以外が出来るな。もし冷凍だけではなく、温度変化を起こさない呪文なら、卵を保存して菓子を何時でも作れるようになるだろう。もちろん、その実用には色々と問題がある。幻覚の付与アイテムは最初に決めた絵しか魔の所無理だし、菓子の方は冷凍ですら難しいのに保存はより困難だからだ」

要するにイメージしたのはテレビであったり、冷蔵庫の説明を呪文でやったモドキと言う感じになる。

「可能性と言うのは無数にあるもんなんだ。その中で、セシリアがやりたいことは何だ? 漠然と考えて居たら先輩や師の言葉に従って、延々と儀式呪文の手伝いばかりすることになるぞ? もちろん合間に色々作って売れば楽しく暮らせはするけどな」
「なるほど……。私のやりたいことを探せって事ですね」
 魔術で可能な範囲は広く、特に付与呪文は後に残せる。
セシリアがやりたい事というのが、本当に人々が豊かに暮らせることなのかどうか自体が曖昧なのだ。もっとも、魔王を倒して今までの怯えた生活から脱却したいというのは自然な事だろう。では、今までよりマシになった国で、何をするかと言うのがまだ固まっていないのだ。

もちろん、誰かが指示した内容を繰り替えすだけなら簡単だけどな。

「いきなりは思いつくのは無理だから宿題をこなしていく間に見つければ良いさ。目の前だけで良いなら、ずっとゴルビーに居て俺やガブリールと一緒に良い村や大きな町を目指して居れば良い。生活の為になる物なら、先に生活で何があれば便利かを知る必要がある。里帰りした妹のお願いで、旅が楽になるナニカを研究するとかな。そのくらいだけでも決めとけば楽になると思うぜ」
「あ、そっか。アンナに限らず実体験は重要ですね」
 誰も喜ばない発明品ほど空しいものも無い。
セシリアが誰かに為に役つことを求め、そこに自己承認欲求があるのであれば……。別に魔法学院まで行って学んでくる必要はないのだ。確かにこの世界での最高学府かもしれないが、そこで得られるのはただの知識と、魔術を学ぶのに良い環境でしかない。魔術を極めたいとか最先端の知識を得たいのでなければ、別に地元で何かを作っても良いのだ。俺も付与魔術の初歩は出来るし、ガブリールは専門家だからな(様々な分野に手を出してるが)。

もちろん人生で知識や技術を身に着け易い段階で、学院に通って成長してから戻って来るとか、向こうでしたいことを見つけるのもアリといえばアリだ。魔力が豊富と言う加護は、付与魔術師で食っていくには有利だが、引き止められる程でもないのだから。

「当面の宿題として水の浄化を研究して見ろ」
「海水からゴミが無くなるのか、塩さえ無くなるのか?」
「どっちであっても役に立つ。水作成よりも大量だろうしな」
「その派生で空気の浄化もあっても良いな。鉱山の中は息苦しいそうだし……お前なら教えても良いか。今、水中用のゴーレムを作ってるんだ。その時に空気を浄化する呪文があれば、空気を作成したり、上から風を送るよりも楽になるだろう」
 ひとまず今回は促すだけにしておき、次の課題を与えておく。
水から汚染を取り除かせる呪文を研究させる訳だが、これがゴミや最近だけを取り除くのか、塩やミネラルまで取り除いた純粋にしてしまうのかを尋ねることにした。そのままでも汚染を取り除いて飲み水や清掃用の水を確保するとか、様々な物を清める術に派生できるためかなり有用度の高い呪文になるだろう。ついでに言うと、研究と言う物は派生してチェーンさせる方が簡単と言うのもある。

そして研究意欲を沸かせる為にルサールカに関する情報を『特別』だと枕詞を付けて教えることにした。

「水中用ですか?!」
「ここは遠浅だが、深い場所では魔物が恐ろしいし、隠れる方法としても浸かるから、魔族の島に行くにはあった方が便利だろ? それに水の中で探検と言うのも面白い気がしてな」
 こんな感じで弟子であるセシリアの面倒を見て、別荘地での用事を終えた。
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