魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第五章

『新たな路を切り拓け!』

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 俺は王都に宿を取り、それなりの場所で執筆作業に入った。
もちろん物書きに目覚めたわけではなく、奏上する計画書を作成する為だ。

実際にはその草案であり、根回しの際に見せるための下書きになる。

「ポーセスまで打通するだと? お前の所はオロシャの北で、あちらは南だぞ?」
「はい。それも都合が良いと思います」
 まずはレオニード伯の元へ確認に行った。
思い付きなので無理に実行する気はないが、少なくとも彼に話を通しておかなければならない。採算が取れるかとか気に入る気に入らない以前に、寄り子として寄り親に話を通さないのは大問題になる。

あくまで試案として提案し、俺が主体となって解決するという感じだな。

「ポーセス添いの魔物を蹴散らして、かの国との友好関係を築く。それを理由にして何度か往復し、途中の領主たちには通行料代わりに魔物討伐を申し出ます。もちろん、それを受けてくれた者の領地のみをです」
「……オロシャの東側だけでもマシにすると?」
「はい」
 オロシャの東側は基本的に山を挟んで衛星国や海だ(ゴルビーみたいに海と僅かに接している場所もある)。
海の向こうには魔族の島があるので、当然魔物が上陸してくることがある。ポーセスとの間にあるイラ・カナンとイル・カナンの兄弟国は、オロシャの衛星国ではなく他国の属国だったり、既に滅びた国になる。手出し難い上に、山や峡谷があって行き来もし難いのがこれまで放置されてきた理由だろうか? 倒しに行くのも一苦労、移動も一苦労ならば魔物も直通しないだろうという考えである。

ただ、これまでそれで通して来たのが問題だったのだ。
封建社会だから通報義務も、討伐義務もない。だから許容範囲を超えるまで放置してきたわけだし、プロシャとポーセスの混乱で魔物が増えると、一気に問題が顕在化したのである。

「これまでは手を出すほどの余裕がありませんでした。しかし、私が勝手に蹴散らして、場合によっては東に砦や門を建設して行きます。これはポーセスに話を持ち掛ける時も同様ですが、あちらは領地そのものが増えるでしょう」
「私の一存では答えられん。だが、悪くないと仰せられるだろう」
 自国の安全圏が増え、友好関係が良くなる。
それを考えたら悪くはない手だ。ただ外交問題であり国内の領主にも干渉することになるので、伯爵が即断できるはずもない。おそらくはイラ・カナンのこちら側までなら許可が間違いなく出るだろう。あそこは既に滅びた国であり、再建どころか部族間抗争で何処の部族が上に立つかでもめたまま、魔族に押し切られているようなところだ。

思えば経緯こそ違えどプロシャも内部抗争で魔物騒ぎを起こしているわけで、なんとも人類は同じようなミスをするのだなと思った。イラ・カナンとイル・カナンの兄弟国も元は一つの国で、二度・三度と同じ流れを踏襲しているのだろう

「それはともかく、お前は何を得る? ただ通行するだけでは諸侯も頷かんぞ」
「炭鉱があると聞きます。鉄もですが我が領には燃料がありません」
 うちは塩田があるが、荒野と砂漠ばかりなので木が少ない。
だから石炭は購入できるならばありがたいし、別にコークスの作り方を知らなくたって構わない。俺が作りたいのは良質な鉄ではなく、安価な塩なのだ。陸路でも海路でも良いので石炭が入り、国内の炭市場が安くなるのでも構わないのだ。もちろん、燃料さえ手に入れば何でも良いので、道中にある領地で安価に木を売ってくれるなら、それでも構わないくらいである。

経済観念を持ち出せる人間なら、総合的に領地に利益があればそれで良いのだが、普通の領主は地元に入って来る利益で考えるから説得し難い。だからここでは『足りない物』という判り易い指標を出しておいたのだ。

「それなら良かろう。昨日お前が言っていた件を混ぜる場合と、そうでない場合でもう少し深く計画を練って置くように。場合によっては陛下にも説明してもらうぞ」
「判りました。その方向で考えておきます」
 冒険者ギルドを作る場合と、作らない場合で考察しろか。
レオニード伯が自分でも案を考えて、陛下と内々の相談をするのにも時間が掛かるだろう。もちろんヨセフ伯の案を取って一気にオロシャ国に平穏を齎し、騒乱状態のプロシャ国へ介入する案ともども量りに掛けられることになるのかもしれない。

もちろん全く関係ない案が通る可能性もあるが……今の伯爵をみるとそう言う事は無さそうだ。みんなこと無かれ主義と言うか、ヨセフ伯といざこざを起こすことを警戒しているのだと思われる(何しろ平地に乱を起こしたがっているわけだしな)。

(しかし、冒険者ギルド案を噛ませる場合か……)
(この件で先行させたり、逆に通り過ぎた場所での捜索かな?)
(魔物が居るなら倒していきたいし、相手の魔物種別が判ればなお良い)
(逆に目ぼしい魔物を狩って雑魚ばかりなら、バルガス河沿岸なんぞ広過ぎて時間ばかり食っちまう。そう言う所の捜索をする時、危険前提の場合と念の為でしかない場合をボーナスで色付けるとかかねえ。報告義務を付ける代わりに料金を高めに設定するとして……。ああ、予算を妥当な範囲で組まないとな。これは商会とかにも相談が必要だな。後でレオニード伯に確認を取るか)
 宿に戻るとこれから進む場所の知識を元に考察してみる。
元もと領地を貰う場所を幾つか考えていた事もあり、有望と思える場所はピックアップしているのだ。流石にイラ・カナン近辺は魔物が多い上に産業もゴーレムを使えそうなものが無かったので調べてないが、その手前のバルガス河は違う。大河であり、そこらかしこに湿地帯が存在する。ゴーレムで護岸工事とか用水路を作り、湿原を畑にしたら肥沃になるんじゃねーかなと計算したことはあるのだ。

もし、そこが直接に海と繋がって居るか油を取る植物が多かったら、そこを領地に選んだかもしれない。だが、実際にはそんな都合が良い事は無く、更に東南にある海へつながる場所だったので止めておいたのである。

「ミハイル様。薬草にこの額は安過ぎやしませんか?」
「逆さニコライ。短期間でやり遂げられる奴、あるいは保存状態の良い現物を有している奴を基準にしてるんだ。それと、他の仕事のついでとか、食えないからとりあえず山に入った奴用だな。もちろん受注する場合や、相手のランクではなく品質で買値は変える」
 数日後、俺が王都に来ていると当て込んでいたニコライが現れた。
トンボ返りでゴルビーに戻って居たら入れ違いだから、貴族なら数日は居ると踏んだのか、それとも居たら話をする気だったのかもしれない。せっかくなので冒険者ギルドの話を内々にして、相談に載ってもらっている感じだな。

ちなみに冒険者を信用度と強さでランク分けするというアイデアは特に問題ないそうだ。傭兵たちを判断する不文律はそんな感じで、安いからと不用意に護衛として雇うと、旅の途中で殺されたりトンズラされるので馴染の相手が一番良いの妥当か。

「受注は別……。恒常的に安く買い入れ薬師や魔術師に高く売ると?」
「基本はそんなところだな。もちろん独自契約の相手にはポーションなんかの現物と交換も許可するけどな。手元の回転を良くしつつ、社会全体で冒険者を雇うんだ。信用のある奴には良い待遇で、適当な奴は適当にな」
「む……」
 俺が基本システムを説明するとニコライは考え込み始めた。
薬草に限らず、薄利多売というよりは恒常的に少しずつ金を溜め、その金を別の目的に投資するためとも言える。ニコライの扱ってる本業でもそんな低額商品はあるはずだし、そうすることで『うちが扱ってる商品は、おかげさまでいつも売れています』なんて信用を生み出している事に成る。いつも棚に同じ商品が並んでいたら足元を見られるしな。

それと商売でもコネは重要であり、売れる時は在庫が一瞬で消えるどころか予約でいっぱいに成る為、購入先は確保しているだろう。

「確認します。高品質を求めたい時は上積みして探させてくると?」
「緊急だったり、大量に欲しい時もそうだな。もちろん、移動と食料の為の予算だけは前金を許可する。食費も通行税も払えずに山越で関所破りして気が付いたら野垂れ死にってのは色々とよろしくない。『山や森の専門家』が売れる現物を確保しに通るなら止めやしないし、そういう奴が緊急指定の依頼に間に合えばボロ儲けだな」
 念の為の確認なので、パパっと木の板に数字を書く。
疫病などで急いでいたり大量に居る時は割増料金を追加。基本報酬の場合だけでも、薬草採りなら懇意の相手に良品質の物を届けつつ、低品質の物をギルドに売って常日頃から金を蓄えるとかやるだろう。そういう奴の『腕前』というのは重要なのだ。いつ死んでもおかしくないような依頼よりも、高額で遇するべきだろう。仕事が丁寧で迅速な野伏なら、指定依頼だけで生きていけるだろう。

そして、薬草以外でも幾つかの恒常品を並べて書いて行く。魔獣の角や牙に毛皮など、そのまま装備に利用できる物は幾ら買い取っても良いだろう。魔獣が減れば魔族の戦力は減るし、その行為自体がパトロールに成って段々と安全になって行くのだ。

「重要なのはこういった事を通して、いつでもギルドに依頼と人間が舞い込む体制を作る事だな。そうすれば困った時に特定の誰かが来てもおかしくないし、野山に収穫に行く者が増え、安心できる護衛が何時でも雇えるなら、魔物に関してはこの国は安全になって行くよ」
「言いたい事は判ります。信用ある傭兵を雇うと馬鹿高いですからね」
 ニコライの顔を見ると、システム自体は理解しているようだ。
常に金を集め、信用を集め、人間を動かしていく。その果てに求めるのは治安維持であり、今の混乱したオロシャを立て直そうとする行為の一環であると。

それでも煮え切らないのは何故か?
当たり前だが、既存の商売で既にやっている所があるからだ。薬草で言えば薬師が村まで行って低額で買ったりするのは良くある話だ。だが、この情報が広まれば産地の村出身者は、里帰りの旅にこぞって買っていくだろう。そうなれば薬師は低額で手に入れるチャンスが減ってしまう。

「そんなに商売と人間を抱えこんでしまったら恨まれませんか? たとえばバルガス同胞団とか」
「あそこくらい信用のおける処なら低位で良いなら二重所属くらいは許可するさ。あるいは一家ごと買って、支部の一つを任せてしまうのも良いな。というか……あそこもその内に抱えきれなくなるぞ? 同胞団で駄目なら他所の傭兵はもっと駄目だ。その内に食い詰めて盗賊行きに成るのは歴史が証明している」
 バルガス同胞団は判り易い地元密着型の組織だ。
湿地では食っていけない地元出身者を雇い、大手の傭兵団として結束の堅さで売っている。腕利きが他所に引き抜かれることはあっても裏切者は出る事は無く、よく護衛として高額ながらも雇われていた。

問題は魔王が討伐されて傭兵の数がだぶついてくると、安売りして来る連中が増えるし、大規模な傭兵団は部下を喰わせて行けない筈である。食っていけるのは一部のお抱え傭兵団であったり、少数精鋭の所だけだろう。

「食い詰めた傭兵はいつか盗賊に成る。その前に受け皿として冒険者をやらせるんだ。そうすれば盗賊候補はぐっと減るし、頭数だけの部下なら仕事として斡旋するだろうよ。そうすれば残りの仲間だけで奴らが現役の間は食っていける。もちろん、薬師や革職人にも儲けは回すけどな」
「要するに一部の業務を受け持つわけですな。腐るのは?」
「おいおい。仮にも半公営のつもりだぞ? 氷室でも立てさせるさ」
 むしろ注意が必要なのは人間が腐る方だろう。
恒常的に薄利多売をして、しかも半公営だから税金を支払わないのだ。必ず金を誤魔化す奴は出て来るし、場合によっては大物の貴族が乗っ取ろうとするだろう。当面はレオニード伯らがバックにつくから問題無い筈だが……次の世代から先は怪しい所である。もっともそこまで責任は採れないけれどね。

とりあえず、その辺りは書面に注意事項を書いて置いて、未来の担当者に丸投げするとしよう。

「それは良いのですが、肝心の人材にあてはあるのですか? 少なくとも腕利きからそれなりの者が所属している必要がありますよ?」
「ひとまず、例の同胞団に声を掛けるさ。ちょうど南がきな臭いだろう? その前に手を打つことに成りそうだ。あまり外で話されても困るがな」
 勇者軍が解散したように、傭兵団もそろそろ規模を縮小すべきだ。
そういった連中をやとって戦争しようという馬鹿な考えの親玉がヨセフ伯な訳だが、幾つかのまともな傭兵団に声を掛けて、彼らの経営が成り立つようにしてやれば良いだろう。どこも不要な人材を抱えているものだし、彼らを喰わせて行くために、依頼料金が馬鹿高くなっていっるというのもあるのだ。

全てとは言わないが一部の傭兵団も解散し、中にはギルドの要職を要求して半公営の内側に入り込もうとする奴もいる筈だった。ゲオルギア出身者の傭兵がこぞって冒険者と言う名のならず者にならないように注意が必要だろうか?

(後はこの話をレオニード伯や陛下が快く受け入れてくれるかどうかだな。まあ、そのお試しとして、ポーセスへの打通が丁度良い契機に成ると思うんだが)
 なお、ポーセスの話は順調に決まった。
道中で魔物退治をする話は損ではないし、受け入れてくれる貴族も居そうだということ。そしてヨセフ伯の話と違い、侵略戦争紛いの脅しを開けなくて済むからだ。場合によってはポーサス周辺の滅びた国家があれば、ポーサスに渡すのではなく、あわよくば飛び地にしようと言う魂胆であろう。

ただ、バルガス伯爵は通行と行動の許可を出したのに、肝心のバルガス同胞団が不満を示したという事である。
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