魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第四章

『他愛のない親睦会』

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 あれからユーリ姫やその護衛から話を軽く聞くことが出来た。
正統な王妃でもなく、状況次第でそう成れる可能性のある側室でもなく、王の気を紛らわせる為の妾の子供であるユーリ。

彼女は積極的に使う程ではなく、捨てるには惜しい。

そんな感じの立場であった。
だから、王宮の一角で好きに暮らせていたし、王族として待遇自体は良くなくても、貴族としてはことさらに悪い暮らしでは無かった。

何しろ魔王軍にオロシャ国も脅かされており、彼女の親族であるアンドラ家は断絶している。領地を王家が接収していることや、褒美として土地とユーリと別々に使う事が出来るのだ。アンドラ家由来の衣装もあったし捨てる程の意味はなく、着飾らせて積極的にナニカさせる程の意味はなかったのである。

そんな彼女が退屈を持て余し、街に出るのも無理はない。
どうせ世間知らずの貴族令嬢である。近場にある治安のよい貴族が住むエリアを中心として遊んでいるに過ぎなかった。念のための監視も、パトロールの一環として見守っているという程度である。

それらは全て『親しみ易い王族のイメージ』の為であり、彼女より年下の王子たちのイメージを良くするから放置されていたのだ。男に見える格好は、彼女付きの侍女が孤軍奮闘して何とか無事に済ませようとした努力の跡であるという。

「へー。そんな感じだったんだ」
「はみひふはなひよ。婆やもひたひね。みんなも居るからむしろ賑やかだった」
 街の飯屋で飯を食いながらそんな話をした。
豆の他に豚の肉(臓物やら足まで放り込んでいる)を煮んだ汁がこいつらの主食。パンだの米だの付け合わせがあれば幸いと言うところだろうか? 治安が良い場所の食い物にしては野卑で、スラムとは違って背中を気にせずの物が食える。下町の飲み屋というか、肉体労働者と商人の所で務めている年季奉公の丁稚が通い詰める場所である。

ただ味付けは薄く、この辺りの木々に生えている香辛料とは名ばかりの草が唯一の味だ。塩気はあまり感じられない。

「おやじ。塊で悪いが塩だ。こいつでガキどもに何か食わせてやってくれ」
「……物好きだね」
「あんたほどじゃなさ」
 サンプルに持ち歩いている塩のブロックを投げてやった。
飲み屋の店主はコンコンとその辺の岩で叩いて砕くと、小さな欠片をこちらに渡し、残りを調理台の傍らに置いた。二つの器に古いワインを注ぐと、俺の他に店主がお相伴にあずかる。コンと木の器をぶつけ合った音の後で、饐えたワインの酸っぱい香りがした。蒸留酒なんて上等なものはこの店には無いので、安酒を通り越したお古で気分のみを味わう。

前世であればコンビニどころかリカーショップにも並ばない下の酒だが、不思議とこういう場所で呑むと楽しい気がした。

「あ、ボクにも頂戴ねって、すっぱ!?」
「お前はまだ未成年だろうに……って規制する法律なんぞないか」
「生まれた時から此処に居るが、んな話は聞いたことはねえな」
「違いねえ」
 ユーリ姫は俺が置いたコップを勝手に飲み始める。
苦笑する俺の後に続いて店主や近くに居た客がゲラゲラと笑い始める。そうこうする中、店主は汁を木の大皿に入れてガキどもの方へ持って行ってやった。その間に客たちは手酌で勝手に古ワインを飲み始め、値よりも多目の銅貨を置いて行く。彼らもまた物好きで、子供に食い物を奢ってやろうというのだろう。

俺も銅貨にしようかと思ったが、今更なので塩のサンプルを追加して置く。

「お、兄さん太っ腹だね。この辺りじゃ塩も安くないってのによ」
「俺はゴルベリアスから来たんだ。最近ゴルビーじゃ塩が特産に成ったらしくてね。お陰で今まで使ってた塩の代金が軒並み安くなったのさ。それに、塩を採れないと長生きしねえって言うだろ。少しくらいは働く人足とガキにも還元してやるだけさ」
 やはり王都周辺では塩は安くないらしい。
どうしても産地とそうでない場所では価格が違うし、ニコライだって王都の商人と喧嘩なんかしないだろう。おそらくは程ほどに高い場所の商人なり貴族に直売りして、仲買いか何かで太く堅実に儲けていると思われた。無理して高額で取引されてる場所の庶民へ持ち込まなくても、商人に直売りするだけでwin-winで安全に儲けられるのだから。

まあ、塩の話はどうでも良い話ではあったが、せっかくなので便乗しておくとしよう。

「そういや王都には久しぶりに来たんだが、やっぱり大変なのか?」
「そりゃ品物が入って来ないからな。護衛だってただじゃねえ」
「国内で手に入る品はまだいいさ。どこからか手に入るからな」
「プロシャとポーセス添いでしか手に入らんのは最悪だぜ」
 魔物の害もだが、やはり隣国の問題が大きい様だ。
プロシャとポーセスは南部にある国々で、プロシャは内部で問題を起こしているとレオニード伯に情報を貰った場所に成る。ポーセスはその友邦国……というか属国というべきか。翼のある亜人種と仲が良いのがウリで、ほぼその一点で国を保っているなんて冗談があるくらいだ。他にその亜人と付き合いはなく、義理堅いので滅ぼしてしまうと飛べる亜人に協力を頼むような伝手が消え失せてしまうので、みんな遠慮しているなんてジョークがあったりする。

情報の裏取りは出来たが、それで何が出来るわけでもない。
モンスターが居るなら駆逐しに行けば良いだけだが、内乱が起きているのではどうしようもない。国内に居る魔物を蹴散らして、多少の改善を図るのが精々だろう。それこそ俺が手を打てるならば、陛下がとっくに手を打ってる筈だからだ。

(より正統性のある方に助力? ねーな)
(内政干渉に成るし、それならまだ圧力をかけた方がマシだ)
(それなら流通だけでも整えられるし、定期的に交流すれば良い)
(だが、それで何とかならないから陛下も動いてないんだろうさ。あるいはどっちもどっちで介入し様がないだけかな? ヨセフ伯ならより利益がある方とか、あとで滅ぼせる方を一度勝たせるとかやりそうだけど……あー。そういう裏口の案は思いつくんだよな)
 内乱を他国が収める方法なんかない。
侵略して併合してしまう方がまだストレートだし、そうすると脅すことで表面的に諍いを収めさせることも可能だろう(収まったら戦争一直線だが)。しかし、考え方を変えるのは頭の体操には成る。一つの見方で物事を解決できないならば、別の見方をすれば何とかなることもあるからだ。

例えば……プロシャとポーセスはよく似た国なので、小国であるポーセスでも似たような物を作っている。プロシャからの直接経由ではなく、ポーセスから直接輸入を目指して、途中に障害があるならばゴーレムで切り崩すとか橋を架けるとかだな。

「そういやプロシャやポーセスって何が採れるんだ?」
「知らないのか? 鉄と炭だよ。あの辺りにはでかい炭鉱があるんだ」
「鉄はそうでもないんだがな。やはり製鉄には炭が付き物さ」
「腹が立つのがゲオルギアの連中が売り渋ってやがるのがな」
 なんというか、ヨセフ伯のところはロクな事しねーな。
あきらかに便乗値上げしてんじゃねーか。今のうちに蓄えて『魔物のせいです。運べません』とか言って、馴染の所にだけコッソリ卸しているのだろう。味方の商人には恩が売れるし、今のうちに訓練して武装を整え、戦力も蓄えておけば一気に難局を乗り切って自分がこの国の盟主になる事もできると考えているのかもしれない。

本当は、この話はここで終わって居ても良かったのだ。
何しろ砂糖もカカオも関係なく、他国の話に介入する余地も少ない。だが、思いつけてしまったし……ユーリ姫は甘い物よりも一杯食べたり、面白い事の方が好きそうなので、ケーキとかチョコレートを無理に作らなくても良いように思えて来たのだ。

「炭か……そいつは良いな。ポーセスってそこまで遠くなかったよな? プロシャ通らないルートなら行けるんじゃね?」
「死ぬ気か? いや、あっちの事をロクに知らんのも判るが」
「イラ・カナンは魔境だからなあ。魔族の島に近いだけはあるよ」
「宝石がウリの国なら一発逆転に掛ける手もあるが、炭じゃ割に合わんぞ」
 話を聞くたびに、俺の利益が保証されて来る気がした。
炭があれば塩田でも助かるし、鉄が採れるならそれはそれで助かるからだ。それこそアダマンティンを王都に置いたまま、金属製の新型ゴーレムを建造できるかもしれない。直接ルートだけではなく、海でも航路が切り拓ければ理想的だろう。少なくとも、俺にはオーセスと交易をする意味が出て来る。

ただ、国との取引であるとか、国内の魔物問題とはまた別の話だ。俺はこのアイデアをどうするべきか、いちどアイデアノートにしまって後日考えることにした。

「そういえばさー。あの新しいのなんていうの?」
「名前はまだない。しいて言うなら、新風とか今風だなソヴレメンヌイ
「ソヴレメンヌイ? 変な名前!」
「うっせえ。正式名称じゃねえよ」
 飯屋から腹いっぱいになったユーリ姫を送って行く。
その途中で適当に名前を付けた、通し番号的なSBー8ソヴレメンヌイ。それが現時点でのケンタウルス型ゴーレムの名前に成る。鉄で作ったらアダマンティン二号機とかになるんだろうけどな。

ただ、そのデビュー戦は割りと速い気がした。
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