魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第四章

『夢は追い求めるべし』

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 年度末から新年度に掛けて別荘地へとやって来た。
ここには屋内にある第二塩田で行う、別荘という名前の試験家屋がある。今回は桟橋に筏と言う第三の実験要素を試すことにした。元もとこの辺りは干満の差が少なく、更に遠浅なので直接接岸できずそのままでは港には向かないからだ。

念のために潮の流れが下流に成る場所に桟橋を設け、そこに筏を係留することになる。もし他の地域から船がやって来たら、此処に停泊させることになるだろうか?

「師匠。あの枠だけの筏は何のためなのですか?」
「あれは貝殻を吊るして置いて、貝の養殖を試すものだな。失敗しても、その下に魚が棲むことが出来る」
 予め大きめの貝殻を村民に集めておいてもらった。
ガワだけの大きめの筏を浮かべ、そこにまとめて吊るして置く感じだな。ホタテっぽい貝殻とかあったので、上手くいけば貝が採れるだろう。まあ、これはある種の囮なので別に失敗しても構わない。成功すればリターンが大きいだけの表向きの目的である。

本命はセシリアを連れて来て行う、新型ゴーレムの試験である。
やはり我慢は良くない。多少の機密漏れを覚悟してでも、ロマンを追い求めたいと思う。

「まずは前に言っていた水車で動く実験をしてみるか」
「この小さなテーブルの中に水車があるんですか?」
「まあな。今回は実験なのと、成功しても隠せる事を前提にしてる」
 筏は三胴船を参考にしており、三つある筏の間に水車を二つ入れた。
前面と上面に隠すための覆いを付ければ一応の完成だ。外輪船ならぬ内輪船で、水車が回るだけで移動できるという代物である。本船と言える最も大きな筏の両側に二つ水車がある構造だが、片方を止めれば緩やかに回転し、止めるのではなく逆回転にすれば高速で回転する……はずだ。

そこまでやってどうして横移動も考えなかったのかと、今更のように思いついてしまった。まあ遠出をするかとか、スピード次第で水車も作り直すからこんな物だろうと言い訳しておく。

「あ……動きましたね。ゆっくりですけど……この辺りを動くだけなら十分かな?」
「筏は元が速くないから速くなったと言えるよ。どれ、加速するぞ」
 密閉してないのでパタパタと音がして動き出す。
指示を出しただけの回転は、ゴーレムに与えた火の魔力の素の力だけでの移動に成る。モーターボートよりも遅いが、それでも竿を使って漕ぐよりも速かった。第一、人間が体力や経験を使わなくて良い分助かる。

そして俺自身が瞬間的な強化を試すと中々の移動力を発揮し始める。

「速い……さっきと段違いですね」
「俺が魔力強化してる分だけ差が出てる感じだな。魔力を使ってるから疲れるのは疲れるが、十分なスピードが出せた。これなら多少の波があっても突き進められるし、帆があればかなりの距離を移動できる。もちろん筏じゃなくて船にしたら、水車を隠せるサイズも大きくなるから結構よい性能なんじゃないか? 検証としては良い成果だったな」
 今度こそモーターボート並みの速度が出始めた。
波が低い事もあって水飛沫はそれほど特に上がらない。もし遠くに行くなら水の抵抗力対策も必要だが、その時にはちゃんとした船でやるべきだろう。それと三胴船にした事もあって、安定力が抜群に違う。左右の補助舟は小さい物だが、それでも安定を良くしてくれるからな。

少なくとも、これで周辺の水域で網を打つことくらいはできるだろう。
こんな物でスイスイ移動するとか不審以外の何物でもないが、漁師がゆっくり移動させて普段使いする分にはバレないだろう。忍者みたいなスパイが出たら、最初から隠すのは無理なのでそこは諦めるものとする。

「残った俺の用事はアイツの設計だけだが、何かして欲しい事はあるか?」
「漸く水移動の呪文を覚えました。相談に乗っていただけたらと思います」
「おう、構わんぞ」
 そのまま桟橋まで戻って来て、縦に成った竹に筏を係留する。
村から離れた下流域ではあるが、最も忠実な村人の家をこの辺りに建設してやり、見張りと普段使いのテストを試させることにしていた。他の連中と違い勇者軍の出身者が引退した者なので、相対的に信用度が高いし、俺について来てくれた彼らに報いると言う意味があった。

その上で、順調に成長しつつあるセシリアの面倒を見る事にする。

「確認しますけど、一足飛びに新しい呪文の研究はしない方が良いんですよね?」
「お前は研究自体をしたことが無いからな。だが、簡略系はいけるぞ」
 セシリアは頭が良いし好奇心もあるが、眼高手低の典型的な例だ。
なので地道にやらせるのが一番だし、初心者が呪文の改造どころかいきなり開発とか無理に決まっている。本物の天才は発想を活かしたいからさっさと実験して成功させたりするしな。だが彼女はそんな自分の性格と付き合い始め、真面目に尋ねて来た。妾にしたことで、敷居が低くなったというのもあるだろうが。

俺はその場にしゃがみこんで、呪文を簡単に記述してみた。

「最初に覚えたのは水作成。次が水移動。熟練すれば辺境ならこれだけで食っていける。だから水を消失させる呪文を不要と思うのは判る。だが何事も順番だと前回言ったよな? 難易度的にもその方が腕を磨き易いし……スクロールや付与魔法だと、もうひとつ応用が出来るんだ」
「……構文の中間に空白ですか?」
「そっ。ここに別の呪文を挟む」
 呪文には適正難易度がある。程よい難しさで唱えた方が早く成長できる。
その意味もあり、呪文の構文を覚える意味もあり、一足飛ばしではしない方が良いのだ。一部の天才は間の過程を説明しないだけで、頭の中では計算して試し、次の過程を表に出しているに過ぎない……はずだ。少なくとも俺にはそのくらいの過程を踏まえないと、出来ないような気がする(こういうことを言っている段階で、俺は天才ではないのだが)。

今回砂浜に描いた呪文の構文は三つ。
ただし、その間に短い空白を二つ入れておいた。その上で、上下にクエスチョンマークを設置して置く。ここは必要ないかもしれないが、必要になるかもしれない部分である。

「この空白には過程と結果を示す……いわゆる接続詞を入れる。『AからBに水を移動させる過程を経て、元の場所には水が無くなった結果Cとして、最終的に塩が生じる』というのが作りたい内容になるよな? これを追求すると海水から塩と水を分離する呪文になる……はずだ」
「なるほど。スクロールなら文章で行けますからね」
 プログラムで言うスパゲッティコードというやつなのかな?
三つの呪文構文の間に、過程と結果を示す単語を入れることで、海水から水を移動させる=水を失うという過程が出来上がる。それらの行く末が、A地点に残ったままの塩と、B地点に移動した水に成るわけだ。水を消失させる呪文を元に、直接水を抜く呪文を作るよりは速く使用する事が出来る。問題は何処までいってもスパゲッティコードに過ぎない。無用に長い構文に成ってしまい、長々と呪文詠唱しないといけないし、時間も魔力も無用に使用してしまうのだ。

だが、ここで例外が生じる。
スクロールに文章を刻むのは元から時間を掛けて行う事なのだ。だから途中で中断しても良いし、タイミングを合わせて接続詞にあたる単語を混ぜ込まなくて済む。仮に儀式詠唱も混ぜ込んで、拡大・継続などの言葉を混ぜれば、書けた時間の数倍の規模で呪文を使う事も出来た。そして何より、セシリアは魔力を多く保有しているのだ。

「お前は魔力もあるし、文章を参考にして推敲を行うなら地道な方が向いている。繰り返していく間に不要な部分を取り除いて行けば、オリジナルの呪文に到達できる。まずはこの形式で水の消失呪文を覚えて見ろ。この経験は決して無駄にはならないだろうよ。羊皮紙は何枚でも使え」
「ありがとうござます! まずは砂に書いてやってみますね」
 幸いにも、と言う訳ではないが羊皮紙には余裕が出来た。
マーゴットとの婚礼で羊を何匹も潰したため、その時に羊皮紙が採れたのだ。中には丸焼きとか皮ごと約料理もあったが、全てに必要だったわけじゃない。その時に採れた皮を羊皮紙にするから買わないかと、そのままセールスされて今の至る感じである。

この目的があるから多めに運び入れさせておいたが、もう一つ、使いたい理由があるんだよな。その意味では練習を砂浜でやってくれるのはありがたい。これでアイツの設計が上手く行けば、仮組みも出来る筈だ。

「あ、先生! 戻って来られたんですねー。ちょっと相談にのってくださいー!」
「今行く! ……と言う訳だ、あまり根を詰めない様にな」
「はい。私、妹『たち』には負けませんからね!」
 アンナに対してセシリアはコンプレックスを感じていた。
だが、新たにマーゴットが加わったことで、改めてセシリアは自分の感情と向き合う事に成ったのだ。そうすることで優秀な妹への才能面での嫉妬であったり、美しく活動的なマーゴットへの嫉妬を自覚したらしい。

なお、複数の嫁さんが居る場合、先に相手をした方が無条件で姉扱いに成るらしい。複雑で下卑た話だが、奴隷も丁重に扱われる相手に関してはちゃんと姉貴分カウントされるそうだ。微妙で複雑な気分である。

「その様子だと、火炎の呪文は覚えたみたいだな」
「はい。だから次は何を覚えようか迷っちゃって。それで……遊牧民向けの呪文って何かありますか?」
 アンナは魔力回復が早いという加護だ。
そこで発火の呪文を覚えた後、順当に火炎の呪文を覚えた形になる。セシリアよりも早いが、これは発火の呪文が学習用と明言されるくらいに覚え易い為だ。同ランクの着火の呪文と比べて確実に火が点かない代わりに、何も無くても火が点き、様々な火呪文の前提条件に成っているのも後の成長を目指す者にとっては外せない。言わば登竜門的な呪文である為、迷う事が無かったというのもアンナの性格や加護と合致していたと言えるだろう。

その上で、遊牧民向けの呪文を尋ねたという事は、父親であるニコライから将来の話を聞いたのだろう。まあ、俺もセシリアを貰う事にして、手を付けてないこともありアンナが嫁ぐ時には応援する約束をしていたしな。相手が決まるか決まらないか、その枠が判るだけでもアンナとしてはやり易いか。

「確か精霊魔法の呪文系統を覚えたんだったよな? なら色んな呪文が範囲に入るが、どれも後から覚えられる呪文だ。むしろ此処でしか覚えられない、補助呪文を優先すべきだな。その上で幾つかの候補を挙げてみよう」
「そうなんですね、ありがとうございます」
 野外で精霊魔法はどれも有用で、特化型の精霊魔術でも重宝される。
だから幅広く色々組み合わせていくだけで、とても大事にされるだろう。遊牧民たちは魔法にあまり興味がない事もあり、呪文を使う方が良いタイプの加護でも、そもそも覚えていないから気が付かないことが多いのだ。だから一系統か二系統の精霊魔術しか部族内で共有されて居ない事もザラで、全般を使える精霊魔法の使い手は崇められる場合もあるらしい(レベルにも寄るが)。

その上で、補助呪文なんてあちらで覚えられないのも本当だった。
セシリアの様に水作成を覚えても重宝されるのは間違いがないが、その手の呪文は後から自分の経験に照らし合わせ、欲しいと思った呪文を覚えても良いだろう。もちろん、この判断にマジックアイテムを先に作っておきたいという、俺の都合が無いとは言わない。だが、お互いにwin-winであることは確信していた。

「補助呪文には幾つかあるが、戦闘をする気が無ければ要らない物がある」
「例えば範囲を広げるのはともかく、威力を増すのは殆ど不要と言っても良い」
「遊牧生活で魔物と出逢う事もあるが、精霊魔法の使い手に戦えとは言わんよ」
「部族の生活で困難な事がいきなり楽になるわけだし、戦いなんて迂回して避ければ良い。それが遊牧生活だ。その上で、俺が勧めるのは『時間継続』と初歩の何か、あるいは少し簡単な『集中維持』と『距離延長』の組み合わせだな。継続と意地はどっちも呪文の効果を長続きさせるものだが、本人がいなくても良いという意味で継続が勝り、精神集中と魔力が続く限りと言う意味で維持が勝る。距離を延長するのは言葉の通りだ」
 アンナは臆病とは言わないが、おっとりしているので戦闘には向かない。
性格的にも言われて行動するタイプなので、家庭に収まって言われた事だけを延々と繰り返す、言い方は悪いが昔ながらの女性のイメージがこれにあたる。その生き方が良いとか悪いとか以前に、その生き方が合致しているというべきだな。だから戦闘向きの呪文は進めないし、拡大呪文も応用性が広いが、なくても良い物なので推薦はしなかった。

その上で、似たような『継続』と『維持』に分けたのには訳がある。

「あれ? 継続も持続も殆ど同じですよね。それなら覚え易くて、集中して居ればいい持続の方が良いんじゃないです? それと、なんで遠くに呪文を掛けるのと合わせてるんでしょうか?」
「集中ってのは意外と面倒なんだよ。魔力的には良いけどな」
 そう言って砂浜に鍋の絵と、時間の長さを示す線を書いた。
鍋は当然ながら色々な作業を示し、小さくは料理で薬草を煎じることに繋がり、大成すれば錬金術になる。重要なのはここからで、どちらも持続性をます効果であるが、併用する作業の幅を含めた同時に実行できることに差があるのだ。

もちろん、マジックアイテム作成する時に便利なのが先に示した『継続』であるのは言うまでもない。だが、それはそれとして選択肢としては維持の方も説明しておこう。

「まず作業の幅について説明しよう。料理するくらいなら問題ない」
「だが集中したまま延々と他の行動をするのは難しいと言わざるを得ない」
「薬草を煎じたり錬金術でポーションを作るなら継続が向いているだろう」
「加えて同時に二か所・三か所と作業を増やす意味でも継続の方が扱い易いな。ただし、もし料理しか作らないとか、他の人間に細かい作業を任せるなら維持でも良い。その上で距離の延長をセットにしたのは、残りの余裕があるとして、覚えるなら離れた場所から協力し易い距離延長に成るわけだ。次に覚えるのが火球の呪文にしても、風の守りにしても何にだって組み合わせられる」
 片方に鍋の絵を追加して作業量を示し、もう片方には時間の線を延長する。
同時に幾つもの鍋を温めることが出来るのは『継続』で、やれることは少ないが延々と続けられるのは『維持』だった。もちろんこれは火の呪文に限らず、水や風でもやれることが変って来る。同時に三か所で蛇口をひねるのと、一か所でその数倍の時間を掛けて蛇口をひねるのでは随分と違う。そこにアンナの存在がずっと必要なのかどうかも関わっているとも言えるな。

ああ、それともう一つあった。

「後は継続は作業に向き、維持は戦闘も考慮しているというのもあるか。覚える呪文に関して、氷や風とか入れ替えてみると判り易いぞ。先に言っておくと継続と維持の両方を覚えるのはお勧めしない」
「殆どおんなじですもんねえ。ちょっと考えてみます~」
 風を吹かせ続け、冷気を発生させ続ける。
やはり入れ替えても継続の補助呪文で、同時並行の作業をしたり、複数個所で行使できる意義は大きい。維持の場合は本人が動けないし、仮に魔力が回復する加護に頼って延々と掛け続けるとしても、本人が休むことも出来ないのでは面倒極まりない。ただし、維持の方が習得が簡単な上、戦闘を考慮するなら同時に作業する必要はないというのもあった。距離延長を並行して勧めたのは、万が一戦闘に成ったりあるいは突風が吹き続けて先行する仲間に接近出来ない時などが挙げられる。

後は谷の上下左右などで距離が離れており、合流出来ない時にも使えるな。伝言の呪文なんかを延長すれば、相当な距離に言葉が届けられるというのもあるだろう。

「さて、後はコイツの面倒を見るくらいだな。どうすっべ」
 姉妹の面倒を見た俺は別荘に持ち込んだ骨組みを眺めた。
それは竹を組んで作り上げた骨格である。本来ゴーレムには存在しない内骨格を持ったフレーム型であり、これにボディとして竹のアーマーとか泥なり魔物の肉を貼り付け、その上から外見を良くするマントであったり化粧を施せば次世代ゴーレムが完成する筈であった。

ゴーレムが弱いという問題に対処し、そして何より、ロボットを作りたかった俺のロマンを求める為の雛形を目指すつもりである。
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