魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】

流水斎

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第二章

『弟子候補から、弟子へ』

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 空中庭園の建築を目指し、最終目標を砂漠の緑化とする。
俺の目標が定まったことで、こえからやることにも目途がついた。街道整備は終わったし用水路も決定次第であり、暫く時間の経過待ちになるのだ。ならば今のうちにやっておいた方が良いことをやり、『その時』が来たら一気にすべき事が可能なようにすべきだろう。

具体的に言うと、今可能なのは弟子たちを育てる事である。
交易とか産業用の材料集めなんか、現状では話の持って行きようもないからな。港も無いから当然とはいえ、船を中古船でも良いから買っておけば良かったと思わなくもない(その場合は途中で購入した食料や薪が買えなくなるが)。

「宿題としてお前たちの魔術に対する内容を聞こう。まずはセシリア」
「はい。習得する難しさと出来る事の豊富さの差があります。魔法は難しいけれど最も幅広く、魔術は普通だけれど妥当な範囲の呪文を覚えることが可能で、専門魔術は簡単な代わりに得意な事しかできません。中間にある専門魔法は中途半端ですので、先生の様に学びたい分野ならば意義が大きい分野です」
 最初の段階として、覚えるべき分野を自分で考えてもらう。
本来ならば師匠になる者が指定して、己の役に立たせる意味で弟子入りを認めさせる。弟子になろうとする者もその辺は判った上で、自分の学びたい分野の師匠を選ぶものだ。ただ今回は辺境で俺しか師匠候補が居ない事と、二人の弟子候補の意欲がそれぞれ違う方向に向いているので、あえて弟子たち自身に考えさせることにした。自分が学びたいことを自分の責任で学ぶ方が覚え易いからな。

とりあえず姉のセシリアは前に教えたことをちゃんと覚えているようだな。
交渉とか礼儀的な部分とかを置き去りにしていたような話し方だったが、今回は中途半端なゴーレム魔法を覚えて居る俺に配慮して解説でフォローしている。好きな奴だけ覚えて居れば良いと言う意味であろうと、言い方次第で喧嘩に成る事は良くあることだからこの点は結構重要だ。

「次にアンナ。残りの部分で何を重要だと思う?」
「ええと生涯かけても覚えきれないので、得意とする範囲とその到達点を最初に決めておくことかな? じゃなくて、です! この地方みたいに水が無ければ初心者でも良いですけれど、都会だと通じませんよね。だからある程度は絞った分野を覚えるか、死ぬ気で魔法を覚えるかどうかが重要じゃないかと思います」
 妹のアンナは少し不安を残している話し方だ。
礼儀作法が出来ていないのもそうだが、端々に願望であるとか、また聞きしたような部分が見えて来る。『この地方だったら水が出せる初心者でも良いですよね?』なんてのは甘えというか、志が低過ぎるし、『死ぬ気で魔法を覚えたら身を立てられるかも?』なんてのは姉の受け売りだろう。ただ話すだけでボロボロと背景をうかがわせる辺りは、今後に秘密を話すかどうかを躊躇わせる要素だ。

妹の方は厳重注意なり、呪文による制約が必要かもしれない。
また、学習意欲としても姉の方が遥かに上だから、弟子にするならそっちだろう。ただ……見るからに天然自然の天才タイプだから、錬金術か何かでひょっこり世間受けするポーションを開発し、そればかり作って一生安楽に生きていきそうなんだよな。決まりきった作品を作り続けるというのもある種の才能なので、ある程度は教えておいて門下生として管理はすべきだろう。

「よし、ちゃんと覚えているな。では今回は魔法技能におけるレベルについて解説しよう。今日の授業を終えたらそろそろ専門とは言わんが分野を決めてもらうので、ちゃんと聞いて自分で決断する様に」
「はい!」
 いまいち不安を感じさせる滑り出しだが、座学としては問題ない。
姉の方は自分がしたい事を見据えているし(それ以外する気が無いとも言うが)、妹の方はやるべきことを決めたらそれ以外しないタイプだ。考慮外の事を切り捨てるという意味では似たもの姉妹だが、家族なのだからそんなものだろう。俺としては機密保持に当たる部分を喋らなければよいだけの話だし、重要な実験は基本的に自分だけでやれば良いからな。

「基本的に考慮しない存在も含めて六つのランクがある」
「一番上と下は神の加護により、偶然使えるだけの存在だ」
「無知、初心者、専門家、達人、超人、神の領域。この六段」
「初心者から達人までは三レベルごとに格が上がり、五レベルで上位の呪文が使えるようになり、十レベルで超抜的な呪文が使えるとされる。まあ今は専門家の一番上になったら付与魔術だの錬金術だの専門分野の門派に入って秘儀を学ぶ感じだな。そこで学んだことは基本的に俺にも話したら駄目だぞ。俺と話して良いのは付与門派だけで、特にゴーレムに関しては学院でも俺の方が上な事が多いくらいだ」
 下位の魔術を収め専門家に成っただけでは一流の魔術師とは呼ばれない。
専門家の中でも腕利きとされ門派に所属出来て初めて、その道の秘儀を教えてもらえるようになる。ただ、それはあくまで通り道であり、秘儀を使って何を為すかが重要とされるわけだ。最終的に極めると超抜級に至るわけだが、そこまで至れるともはや門派の中では何でもできると言われている。実験だってそいつを呼べばなんだって成功する訳だから、交渉で村八分にする意味が無いからな。派閥意識すら超越しているわけだ。

ただ、さきほど言ったように加護によっては前後する奴もいる。
最初から一つの呪文だけ神の領域に至った奴も居れば、全ての呪文を覚えるだけなら覚えている奴もいる。それが適性に合っているかは別にして、大抵は一つの分野の才能が何レベルか上で発現するとか、その分野だけ殆ど魔力を使わないとか、威力が馬鹿みたいに高い……とかそんな奴らが居て、そいつらが集まるのが『学院』と呼ばれる凄い場所だ。現代で言うと甲子園どころか超高校級とプロ野球が前提で、メジャーリーガーのトップは果てしないって感じだな。

「上と下は判るとして、超人ランクには段階が無いのですか?」
「誰も確かめた者が居ないからな。たいていはその領域に至った奴は死んでるか、その領域じゃないと出来ないことをしてるんだよ。まず人前には顔を出さないね。お伽話に出て来るアールヴの妖精王とかドヴェルグの黒鍛冶とか、話に聞いたことはあっても実際には見たこと無いだろ? 付与魔術のマジックバック職人ですら表社会で見ないからな。超抜級なら猶更だろうよ」
 誰も知らないが仮説は存在する。
そのランクに至った者は、出来ることが一つずつ増えていくという事だ。超越存在は噂ですら稀なので、生きて居るかどうかすら怪しい。その上で物語などでは頻繁に登場する割に、出来ることが章ごとに一つだからな。伝説の中でも成長して行って、一つずつ覚えて居るのだったら納得が出来るというレベルだ。自分の為の修練で忙しくて外の世界なんか関わっていられないだろう。

ちなみに、例として挙げた魔法鞄の職人は新しい発明品だけに、自由が無い恐ろしいブラック労働である。何しろ作っても作っても需要が無くならない売れ筋だからな。金も使い切れないくらい合って、どれだけ親族やスポンサーが横から持って行っているか本人たちですら計測できないくらいらしい。

「ランクに関してのポイントは五までは専門レベルとはいえ学生レベルで、六から他者を導く魔導師レベルとされる。俺が魔法を専門とする事を勧めないのは、今ではもう学院でも魔法の専門家は居ないか門派の長しかいないからだな。教えてもらう人が居なくて自分で古文書から術式を漁るのは苦行過ぎる。かといって精霊魔術は地方にいかなきゃ尊敬すらされないレベルだ」
「あー。さっきの例で言うとこの辺で水使いですよねー」
「アンナ、言葉遣い。でも……魔法は無理筋ですよね」
 両極端ながら二人とも魔術を覚えそうではある。
仮にポイント計算で十消費を基本として、六レベルまで六十かかる魔法と、その半分で済む魔術では大違いだ。その上で使える呪文はあまり変わらないので、たいていの人間がこの道を選ぶ。無理して魔法の分野で導師になったところで、『何を研究するの?』と言われたら頭を抱えるレベルだからだ。使える呪文だけなら古文書を漁れば存在するだろうが、それを探す所からせねばならない上に、そこまでして必要と思われる呪文は魔術の方にも存在している。

もし居るとしても『砂漠で砂魔術を発展させる!』とかいう意味不明な目標が先に無い限り、たいていの人間は目指さない。今から目指すとしたら、結界から出れないとか言う種族が居れば……というところだろう。

「ええと私は……」
「あのー先生! 先生は何がお勧めですか!」
「アンナ……お前なあ。自分の将来を他人に任せる気か? 俺はお前の親でも何でもないんだが……仮に妾になるとしても、性格や目的が一致する方が良いと思うんだが……その辺も含めて、『それなりに大成したい』『地方で不自由なく暮らしていきたい』って漠然とした目標で良いなら叶えてやれるだろうが、それでもいいなら考えてやるぞ」
 かなり無茶苦茶だが、アンナが俺の目利きを利用してるのか?
それなら意味は分かるし、家庭教師に一応の適性を聞くのはアリだからな。なので俺がお勧めする分野を聞いておくのはアリといえばアリである。聞くだけならただだし、ピンと来なければ無視すれば良い。微妙だと思うならば、姉であるセシリアに相談するなりすれば良いからな。

その上で一応の目標として話しておくことにしよう。このパターンの欠点は、アンナ自身の目標で反歌う俺の目的を混ぜ込まれてしまう事なんだが……こいつは気にもしてなさそうだな。

「アンナは魔力回復持ちなので、前も言った通り、繰り返すことに向いてる」
「それも消費率が低い戦闘系魔術か、さもなければ錬金術のポーションだな」
「性格的に戦闘には向いてなさそうなので、錬金術師を目指すと良いだろう」
「魔術をそのまま覚えても良いし、この際だが精霊魔法でも良い。ただ精霊魔術にまで落とすのは止めろ。個別に水使いと地使いで要求を満たして終わる。火も扱えない錬金術師が出来上がるだけだ。お前さんに着いてくる、更に下の弟子がいない限りはやるだけ無駄になるだろう。そう言うのは地方の名家とかがやるパターンだな」
 生前のゲーム知識があれば簡単なシミュレーションは出来る。
魔術を勉強し続ければ立派な大人になる頃には達人の入り口が見えて来る。俺が色々と援助して、能力を磨き易くすればそれも早まるだろう。あるいは精霊魔法に絞ることで習得率を速めれば、学院に居る様な魔術師の家系出身者と話が出来るレベルには育つだろう。魔力回復で延々と唱えて成長できるというのは、かなり得難い素質だからな。

だいたいの内容を木の板へ描き出す。
基本的な魔術ルート、少し効率的な精霊魔法ルート、止めておくべき精霊魔術ルート。平均的な習得レベルと、その後に到達可能なレベルを記載して置く。習得率が早い精霊魔術でも、コストが見合うのは二系統まで、三系統に延ばすとまるで見合わないと説明を付記して置いた。

「だいたい判ったか? 俺としては水呪文の研究でもしてくればありがたい」
「はーい。これ見ながら考えてみますね。目標とかも考えてみます」
「……先生、私も……。ううん。すみません。先生はどうして、ゴーレム魔法を覚えようとしたんですか? 中途半端と自らおっしゃってましたよね?」
 俺がスラスラと書いたのを見て、姉の方も聞きたくなったらしい。
だが直前で思い留まり、俺の志望動機を聞く当たり、プライドが妙に高い所があるようだ。あくまで参考にしたいから聞くという風情で、自分がやりたいことを素直に聞くのは性に合わないのだろう。

別に答えても良いのだが、転生とかを省いて説明するのに少し時間を取った。

「大前提として俺の居た国では、高い技術は合っても魔法自体が無かった」
「魔法にも憧れていたから、こっちに来るという話が出た時に断る気はなかった」
「だが火の精霊魔術に特化してもオーガを焼き払うのが精々。魔将なんて不可能」
「最初の誘い文句が『魔王を倒すための一助に成って見ないか?』というもんだったからな。ただ、それまでに出来ない事がやれるだけじゃあ不足だったんだ。その上で、俺の居た場所じゃあゴーレムが出来ることは殆ど技術で出来ていた。だから『もしかして、その知識を元にゴーレムを作ったら良いんじゃないか』と思った訳さ。実際に、幾つかの知識は直ぐに役立ったし、この地方を良くするのに使っても居るな。要するに、『魔法の様な冴えたやり方』の実現が先にあったんだ」
 生前のスキルを、こちらのスキルに変換する。俺の経験が限界。
そういう前提を話す訳にはいかないので、その辺りは留学前から頑張っている事にした。その上で、スキルを変換する際に聞けた情報で、俺には神の加護が無いので『特化してもオーガを倒すのが精々らしい』『だったら攻撃呪文で目立つのは諦めよう』とか思ったんだよな。もし目の前の二人みたいな、大容量の魔力とか魔力回復の加護があれば話は別だったのだろうけれど。

他にも転移呪文が無い世界なので、スッパリと諦めれたというのもあるだろう。
イザと言う時に逃げ出すなり、仲間を死角へ移動させて不意を突くとか、そういうやり方が出来ないと生き延びるのも活躍するのも難しい。というか『賢者の加護持ち』や『大いなる火使いの加護』の下位互換になるのが精々なので、他人と比べられるのがあまり気持ちよく思えなかったというのもあるかもしれない。要するに俺のコンプレックスというやつだ。

「そして魔王を倒し終えた今では『砂漠の緑化』を最終目的に、水の溢れるどころか格好良い物で山盛りな屋敷を考えて居る訳さ。誰かに造らせた屋敷じゃなくて、俺の考えたスゲーやつをな。……こんな所で良いかい?」
「え? はい……ありがとうございます。参考になりました」
 まとめると自分だけの手段と、自分だけの目標というべきか。
セシリアの尋ねたいことに合わせたからそうまとめたわけだが、今ここに至るまでには色々な挫折と栄光があったもんだ。一時期だけ所属した学院では研究の一部を盗まれるし、そのおかけげで卒業扱いではあっても、名誉ある称号とかを授かっているわけではない。また勇者軍を組織して名声を挙げたとは言っても、組織運用能力なんか一部にしか通用しないネタな上に、貴族とかは普通に持ってる能力だからな(勇者の為に使おうと思わないだけで)。

この十年間通してではかなり右往左往した感じだが、最終的には上手く着地できたと思っておこう。西方にある帝国からのお誘いなんか重臣に慣れる代わりに、暗殺とか普通にされそうだしな。

「私は……有用なマジックアイテムを作って、世の中に役立つ物を残したいと思います。それなら先生の伝手と経験も活かせますよね?」
「ん? そうだな。戦争とか関係なしに飛行なんか凄いぞ。他にも時と場所さえ合わせれば、付与門派で作るマジックアイテムがあれば、何処でだって引く手数多だ」
 その時は気が付かなかったのだが、セシリアの当たりが柔らかくなった。
おそらくは『地位を手に入れているだけの男』から、『尊敬できるかもしれない人間』にランクップしたのだろう。好感度が上がったと言えばそうなのだが、妹のアンナの方は早くからそのくらいなので人付き合いの大切さを思い知らされる。これがゲームだったら『上昇させ難い子にフラグを立てた』とか言う所なのだろうが、俺は人間でゲームをする気はないので当たり前に対応することにした。

この地方でやって行く気があると見せた分だけ、こっちも誠意を見せる。彼女たちが呪文を覚える為の教科書と、その中で何が有効なのかと言う手引きをメモに添えて渡したのだ。それ以上はもっと親しくなるなり、どちらか成果を得ようとして、何らかのアプローチを考えてからで良いだろう。
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