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第一章

『俺たちのマジカルライフは始まったばかりだ!』

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 それは普通の作業、桶に入れた海水を砂へかけるだけの作業。
それは不思議な作業。一日中、桶の海水を砂浜へとかける作業。

それは普通の事だ、何故ならばゴーレムがやっているから。
ゴーレムは疲れない。また、人間に出来る程度の作業なら摩耗することもない。

人間だったら腰を痛めそうない位置へ持ち上げても、少し摩耗するだけ。
高い位置にある用水路から流れ、乾燥し易いように三又の水路で分散、持って来た水車はそこに設置され、適度な分配になる様になっていた。

延々と繰り返して、やがて塩分濃度が濃く成った所で、砂をゴーレムが運ぶ。
後は人間が窯に火を入れ、鍋が煮詰まるのを待つだけだ。何度か煮詰める過程で上澄みを砂から分離して行く。

「この辺りは干満の差が無いと聞いていたのですが……これは驚きました」
「自然がやってくれる場所が近くにあれば良いのだけど、無いからね。此処でやるならゴーレムに頼ることになるかな」
 ニコライという商人がレオニード伯爵の紹介でやって来た。
伯爵の本拠はブレイジンというのだが、そこで二番手の商人らしい。どうも一番の商人は伯爵の御用商人なので、二番手の彼には俺を紹介したそうだ。まあ、俺のとこから利益を吸い上げ、そのまま伯爵に上納する感じだな。

「ひとまず伯爵さまの口利きでどのような便宜を図っていただけますか?」
「そうだな。ひとまずと言うなら、やや安価に提供するだけかな。この作業は屋内でも出来るから、嵐や気温で変動が無い。君は相場と比較して確実に儲けられる」
 ニコライと伯爵との間の協定は関係ないので割愛。
儲けの中から一定額を出すのだろうし、その金額が妥当であれば伯爵は気にしないだろう。そもそも彼の領地も疲弊しているし、うちで塩の生産が始まったばかりというのを知っているからな。新しい手下を締め上げて利益を吐き出させるほどに伯爵は困窮していないし、そんな事をやったら別の貴族に鞍替えできるタイミングだからな。やるとしても何世代か後、派閥から抜け出せなくなってからだろう。

それはともかく、今は俺とニコライの商談だ。

「仮に、そう仮にです。このやり方を口外しないとお約束した場合は?」
「屋内で出来ると言ったろう? そして管理をやらせているのは勇者軍に居た者だから口が堅い者を選んでいる。だから君だと特定できる。その前提で聞いてくれ。ああ……粛清するとか言う意味じゃないぞ? 君は伯爵の所の人間だからね」
 親しい中でも先制パンチありというのが交渉術だ。
初めてあったばかりの俺に対して下手に出る必要はないし、警告するだけニコライはまともな男だ。技術の秘匿は考えているんだろうな? とか言う忠告のつもりなのだろう。だから俺も忠告しておくことにした。

まず、三又になっている部分を指さす。
普通は海水をバシャバシャかけるだけで、こんな風に乾燥させ易くなる工夫なんかしていない。何しろ暑い地方で奴隷にでもやらせれば、それだけで十分だからな。

「俺は見ての通り魔法を学びに来た異邦人だが、東にある夏王朝よりも技術偏重で魔法が発達してない場所から来た。だから、俺の知っている知識はまだ実現しきれてない。意味は判るな?」
「夏王朝と言えば文化一等の地ではありませぬか。つまり……」
 そう。後二段階、変革を残している。
真面目な話、転生前に塩の製造なんか学んでいる筈がない。だからどうやったら塩田を効率良くできるかを考えて、水の三様から乾かし易くする方法を思いついたのだ。桶でストレートに注ぐよりも、用水路で分散させて平面的にした方が乾きが良いからな。そして今は砂地しかないが、荒れ地に行って竹を伐採して来れば、竹細工で無数の細い線の様にして、雫を垂らせばもっと効率良くできるだろう。

そしてそれは、あくまで乾燥させ易い技術だけである。
荷車をインスタントのゴーレムにしたように、水車自体をゴーレムにすればもっと簡単だ。まあパクられても、それ以上は言わんけど。

「おめでとう。君はこの事業に出資して、代わりに大量の塩を手に入れる権利を手に入れた。それとも少量だけ安く手に入れる権利の方が良いかな? 俺はどちらでも構わないぞ」
「それは魅力的なお話ですな。ところで、出資とは金のみで?」
 俺が笑うとニコライも笑う。互いにwin-winに慣れれば良いな。
笑顔の絶えない職場にするには資金が必要なんだ。塩を自分で売りに行くと時間が掛かるし、伝手だって必要だ。顔見知りになった領主や伯爵の伝手で物々交換すれば、食料を安く手に入れられるが、それだって限界があるからな。この地方を住みやすくするにはもっと金が、それも早めに資金が必要になる。

そういうことはニコライにも判るし、こちらが促したので乗ってきたわけだ。

「判り易いのは金だな。食料や薪などでも良いが、一番助かるのは俺以外の魔術師を呼ぶための伝手だ。火の魔術が得意な北部の魔術師とかが、引退した時に引っ張ってくれるならありがたい」
「ふむ。お急ぎではない……なら何とかなるやもしれません」
 薪を安価に手に入れて来れるならばひとまず増産できる。
ゴーレムを増やせば塩田は山ほど作れるし、それを断念しているのはこの地方が砂漠と荒野しかないからだ。炭を竹から作るという案も、まだ構想段階でしかない。ゴルビー地方に来るまでに調達した木材が尽きるまでには何とかしたいが、尽きるのが早いか、竹炭を造るのが早いかという段階だ。ゆえに、この段階では薪でも良い。

「と言うと、魔術師の宛があるのか?」
「いえ……ちょうど我が家の娘が魔法の素質があると確認されまして。学ばせておりませんのでどこまでモノになるかは分かりませんが、よろしければ弟子にしていただけませんでしょうか? 二人居りますので、色々とご都合が良い方で構いませんぞ」
 こいつ、狙ってやがったな? 魔術師なら何であれ使いようはあるものな。
おそらく妾として接近させ、便宜を図らせるつもりだろう。妾には給金を払うタイプも居れば、奴隷なり村民を囲って育てるタイプも居るからな。お近づきになる為に娘を嫁がせることもあるが、たいていは息子を新しい村の村長にするのがせいぜいだ。だが、俺が塩田を簡単に作れると知って、もっと実利を取りに来たのだろう。

魔術師としての弟子はまだ取ってないし、大抵の場合、異性の弟子は愛人でもある(それだけ目を掛けるから適当には育てない)。

「そうだな。必要なのは火と乾燥、出来れば脱水。それで十分と言えば十分だが、呪文のバリエーションを研究させたくもある。行く行くはゴーレム魔法も覚えてもらえばありがたいな。そうすれば、俺が此処であったり新しく作るであろう村にいちいち来なくて済むようになるかもしれん」
「これから良いお付き合いをさせていただければ幸いですな」
 娘を妾奉公に出すとか酷い話に聞こえるが、中世だとそうでもない。
村社会で権力者の元に嫁いで嫌われずに済むなら安泰だからな。たいがいは家同士の付き合い間から、熱が冷めても下手には扱われない。ニコライからしても塩が安くしかも大量に手に入れば、伯爵を誤魔化して大儲けが可能だ。その上で大戦の英雄に嫁がせ将来には村の一つを任せてもらえるならば、女の扱いとしても良い部類だと思っているのだろう。中世ならばそんな塩梅である。

なお、ニコライは最初からその気だと言ったよな? だからこの話には続きがある。

「妹のアンナです。ふつつかものですが、よろしくお願いいたします」
「……姉のセシリアです。将来は大学の魔法科に進みたいと思っています」
(既に連れて来てるのかよ。しかも微妙に若いし……いや、こんなもんか)
 連れて来られたのは赤毛の姉妹で容姿に微妙な差がある。
妹の方はポッチャリ型でどこかノンビリしたタイプで、妾というか第二夫人に慣れたら嬉しいとでも思って居そうだ。一方で姉の方はやせ気味でソバカスが浮いた顔でガリ勉タイプ、ハッキリと大学で魔法を覚えたいと言っている辺り田舎の魔術師に弟子入りする気はなさそうだ。

なんというかどちらも造作は悪くないが美人でもない。
まあ、田舎領主に連れて来られる妾候補ってそんなもんだよね。しかも商人の身内となれば限定されるし、美人の才女を養子にして送り込むほど俺の将来が軽いわけでもない。ただそれだけに、ある程度は信用できそうではある。これで凄腕の魔女だったら別の心配が必要だからな。

「この場で答えが必要ならば、神の加護についても説明を頼む」
「私は急ぎませんけど……加護は魔力回復だと言われました」
「初歩の魔法を教えてもらえるなら居ても……魔力容量です」
 妹の方は情報秘匿の意識が無いのか、アッサリ喋った。
逆に妹の方は不満げで、妹が喋ったから嫌々話したような感じである。俺が家庭教師になるならと言うあたり、父親からは色々と言い含められているらしい。まあ魔法の教師を雇うと高いし、ニコライはそもそも妾に送り込めたらラッキーだと思っているのでそうなるよな。

それと授かる『神の加護』は家族である程度は似る傾向にあるが、姉は妹に嫉妬している部分がある様に見えた。何しろ次々に魔法を唱えないと基礎レベルが上がらないので、魔力回復の方が魔術師向きとされているからだ。

(魔力容量の方も悪加護じゃないんだよな。というか、角が無い俺に比べたらマシだ。それと……学習意欲という意味じゃこっちの方が有望なんだよな)
 なんというか妹の方は天然自然の天才型で、妹は秀才型に見える。
おそらくは妹の方は大成しそうだし、仕込めば様々な事を嫌がらずにやってくれるだろう。仮に冒険者になっても活躍するのはこちらではある。だが研究者として向いているのは姉の方に見えた。目的をもってナニカするタイプの方が意欲があるだけチャレンジしていくからな。それと魔力容量なら儀式を多用するゴーレム魔法に向いている。もし人地を選べと言うなら姉の方だろう。将来的には魔法大学にも行かせてやると言えば従ってくれるのではないだろうか? もっとその場合は引き抜かれる可能性があるけどな。実際、少しだけ在籍した時に研究を盗まれた事はある。油断していた俺が悪いんだが。

「私の方としても構いませぬぞ。弟子にするのは一生に影響しますし、ゆっくりとお選びください。流石に二人となると……家内が心配するので少々困ってしまいますが」
「とりあえず俺がやりたい研究にある方だな。そちらが良いなら急がんさ」
「「……」」
 ニコライと俺の話は様子見で決まった。
姉妹の方が妾としての奉公に口を挟まないあたり、中世の結婚事情が伺える。このまま行くと新参貴族の第二夫人だし、英雄だから悪い相手ではないと思っているのだろう。こういう時に我儘を言って酷い奴に嫁がされても困るし、その点で姉妹から見ても及第点だと思っていそうだった。俺としてはそれより、魔法の使い手として重要だがね。というか、嫁さん候補とあっても居ないのに妾とか早過ぎんよ。

ともあれこうして俺たちのマジカルライフが始まることになる。
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