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第一章
『ゴーレムならば可能だ。そう、ゴーレムならばね!』
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ゴルビー地方の領都ゴルベリウス。
そこは半円状の丘陵に囲まれた土地で、その影響なのか砂漠ではなく荒野に位置している。近くの川は小川程度で水はそれほど無いが、雨や湧き水を溜めておけば暮らしていけないという程では無かった。だが、それだけ。砂漠と荒野で彩られた辺境に相応しい、オアシス未満の微妙極まる楽園である。
それでもようやくたどり着いた領主の館。
しかし、まるで歓迎されて居ない様に思われたのだ。
「王家の代官として、申し訳ありませんが領主としては認められません」
「アレクセイ殿。理由を聞かせていただいても? 俺がゴルビー男爵になったのは確かだが」
領主の館で迎え入れたのはアレクセイという代官であった。
彼の対応は丁寧で、国内の貴族に向ける儀礼を守っている。だが、『他所の領主』に王家の代官が引かないという姿勢を崩さなかった。貴族としては認めるが、この町の領主としては認めない……そう言わんばかりの態度である。
「まず、ゴルビー卿として認める書類に新しく作られた新貴族としての印章などは見受けられます。しかし、ゴルビー地方の領主であるとは記載されて居ませんし、町の印章の変更の件もありません。また、私に対する帰還命令の書状もございません。他所の領地にゴルビー卿を封じるという処置である可能性がありますので、王都に確認するまではお待ちいただくしかありませんな」
(そりゃそうだが……子供の遣いじゃないんだぞ)
判り易く言うと書類の不備である。
ゴルビー卿はゴルビー地方の領主なのだから、『ゴルビー卿はゴルビーの地方の領主である』という信任状などあるはずがない。領主が居ないから王家が接収し、代官を任命していただけなのだから、新たなゴルビー卿が任命されたら代官の御役目が終了するのも当然の事ではないか。少なくとも慣例というか、常識ではそうなのだから。
理論にもならない事を言って誤魔化している。
そう言う風情であるが、どうにも気になる事があった。そんなものは王都に問い合わせれば済む話だし、早馬が居ないにしても往復で一カ月かかる事などあり得まい。なのに、この男は何故こんなことを言うのだろうか?
(急いでは居ないから問い合わせれば済む話だが、その場合、俺のメンツが潰れるよな。それを狙っている? もしかして王党派ではない大物に狙われ不備のある書類を用意された? あるいは他の国の……まあ、重要なのはそこじゃないか。必須なのは『俺がしたいことをする権利』だ)
自分だけの問題なら、笑って『問い合わせよう』で済む話だ。
だが、王様に任命してもらったりレオニード伯爵の派閥に所属することになっている。それが到着早々こんな目に合わされて、統治者として舐められている状態で問い合わせたら、『自分の面倒も見れない新米領主』として下に見られ、王様にも伯爵にも迷惑をかけてしまうだろう。そこから何が起きるかは想像したくない。
ただ、突破口は存在している。
別に現時点で困っているわけではないし、アレクセイという男も真面目な男のようだ。もしかしたら派閥争いで、こういう罠があったのかもしれない。神経質で気にしているだけとも思えないしな。それを考えたら、この男と付き合っていく方が確実なのではないだろうか? 逆に考えれば『有能な男だから片腕として使え』と、帰還を命じる召喚状を送られてない可能性もあるのだ。
「なるほど。では発想を変えよう。いずれ俺が任命されたと判るだろう」
「正式な就任はその時で良いさ。どうせ挨拶回りも重要になるからな」
「その上で、だ。君さえよければそれまで此処の行政官筆頭を務めないか?」
「居続ける場合でも、王都への帰還を命じられる場合でも、今回のいきさつ込みで、君が丁寧な対応をして、俺に指導してくれたと感状も書こうじゃないか」
勇者軍でも意見の対立は存在した。
その時に重要なのは、相手の意見を頭から否定してはいけないという事だ。相手の意見を一理あると認めた上で、自分の意見とはバッティングしない、並列可能なのだと擦り合わせる事だ。もちろん『一刻も早く!』『労力を分ける余裕は無い!』と言われることもあるが、それだって優先順位や緊急性を確認することを前提にしてやれば良い。重要なのは、こちらの話を聞かせる事なのだから。まあ、だからこそ『過大な要求をしておいて、一部を通す』なんて交渉術もあるわけだが。
とはいえ、今回はその悪い例の方ではない。アレクセイは俺の話を聞いて顔色を良い方向へと変えた。
「……良いのですか?」
「構わないさ。色々と理由もある」
当面問題を無視して、行政形態を据え置くと宣言した。
こういってはなんだが、当地の素人なのでいきなり手腕を期待されても困るからな。すべきことは砂漠の緑化と、そのための資金稼ぎである塩田の設置である。それを考えたら時間は必要なので、いったん棚上げしてさっさと事業を始めてしまおうと思う。まあ、俺が今まで貴族階級じゃないからプライドを無視できるだけの話だけどな。
そう切り出すとアレクセイは瞬きして、驚いた様子を見せた。貴族と言うものがいかにプライドが高いのか、そして自分が無茶な事を口にしたことを理解しているのだろう。
「君はルールを守れる、俺は事業を始められる。悪くないとは思わないか? どうせ時間が解決するのだしな。なら協力し合った方が時間の無駄にならない」
「それで良いのでしたらお願いします。ただ……」
そういってアレクセイは言葉を濁した。
先ほどもチラっと述べたが、意見のすり合わせをしても出来ない事があるからだ。見た感じ今回は他の貴族からの邪魔ではない様なので何とかなるだろう。代官としても優先順位があるだろうからその件ではないかと思う。
「御存じの通り、魔族の問題で限界が来ております。予算も人員も限られておりまして、私としても迂闊に帰還できなかったのです。もちろん見ての通りの土地柄から、食料も慢性的に不足しております」
「理解しているし、解決策もある。ひとまず一つ一つ説明して行こう」
やはりその件か……というか道中でも同じだったからな。
金を出せば食料を変えたのも、途中の貴族たちが金欠だったからだし、開墾や復興を手伝ったら資材となる物を現地調達させてくれたのも人手が足りないからだ。勇者軍でも案が通らない一番の理由は人手不足・戦力不足だったからな。
「食料に関しては当面の分を調達しながらやって来た」
「いずれ不足するのは判っているが、その前に商人が訪れるだろう」
「何故か? そこで購入する費用に関しては? という質問には事業と答える」
「レオニード伯爵を知っているか? ブレイズの領主だ。勇者軍では彼の下で働いていた縁で、相互協力関係を築いた。俺が計画している話に一口噛ませると行ったら乗って来たので、おそらく目端の効く商人を送って来るだろう。そして、目端が利くならば売れるのが食料だと知っている筈さ」
人・物・金、前世でも重要だと言われたモノである。
これに加えて食料不足だが、食糧問題に関しては目途が立っている。将来的には金が大いに不足する訳だが、その資金調達が目下のところ重要な案件だろうな。なのでささと事業を立ち上げてしまいたい。
「つまり、その新しい事業が全ての鍵であると? 直ぐに金になるのですか? その労力は常識的な範囲で収まりますか?」
「その答えは『塩』だよ。労力は持って来た、安心してくれ」
ようやく事業の話が出来ることに安堵した。
これまでは話を切り出す状況でも無かったし、迂闊に口に出すと真似される可能性もあったからな。それを考えれば身内だけの場所で話したかったのもある。このアレクセイという男がパクって他所の代官に成った時に真似る可能性もあるが、当面先だから先行できると思っておこう。
「塩……塩田ですか。なるほど労力はゴーレムで?」
「流石に話が早いな、その通りだ。塩田で最も労力を要する砂運びと塩水を掛ける作業。それをゴーレムで短縮できる。軌道に居ればもう一つ短縮できるが、それは後の話だ」
区切った場所に砂を置き、海の水をかけ続け続ける。
天日で乾いた後、その砂を煮詰めていくと、水が飛んだ時に塩が残るわけだ。太陽に晒して乾かすのは、煮詰める労力は同じなので、少しでも塩分を集めておく為である。繰り返すバケツリレーが非常に面倒で、更にその砂を移動させるのが実に重い。
しかし、ゴーレムならば問題ない。そう、ゴーレムならね!
「ゴルベリアスから最も離れた海岸線、そこの寒村で塩田を始める」
「偶に訪れる海賊の被害に備えるにもゴーレムならうってつけだ」
「ゴルビー地方は暑いから天日で乾かすのも早い。木は少ないが薪も少なくて済む」
「せっかくだ、この地の天候を味方に付けようじゃないか。初期に使う薪は途中で開拓に協力して伐採させてもらった。これが尽きる前に、竹を使った炭を用意しよう。そして行く行くは人を育てて、初歩で良いから魔法に切り替えるべきだな。加熱とか脱水で良い。寒い地方から引退した市井の魔術師を呼んで来ても良いな」
この話の良い所は、大して人手を取らない所だ。
最も労力を使う部分をゴーレムで補えるし、鍋を煮る時や質の管理に薪の面倒を見るくらいである。何より良いのが直ぐに始められることで、暑い地方だから数日もあれば初期ロットの塩が出来上がるだろう。高額で売れるかはともかくとして、やってくる商人に事業をプレゼンする役くらいには立つはずだった。唯一の懸念は燃料問題だが、それも段階的に処理できる。最悪自分で覚えてアイテムを造る事も出来るが、それは数年後の課題としよう。
「失礼ながらゴルビー卿がゴーレム魔法の使い手で良かったと、これほど思った事はありません」
「初対面だからな。では一緒に仕事をしようじゃないか」
今回の話は俺がゴーレム魔法の使い手だったので早かった。
もし炎の魔術師が平和に成った時代の副業にするとか言っても、それほど信用は無かっただろう。何しろ人手不足であり、難民をそのまま労力としては期待できない状態だからだ。
「ただ、勘違いして欲しくないのだが、事業は資金の為でしかない。この都市を良くするためにも使うが、俺には理想がある。夢と言い変えても良い」
「と、言いますと?」
俺の言葉に動こうとしていたアレクセイが振り返る。
彼は行政担当官に成ったので、資金の使い道には敏感だからだ。書類の不備にも噛みついたりするところを見ると、細かい性格なのかもしれない。
「砂漠の緑化だよ」
「は?」
驚く彼の言葉が、砂漠と荒野しかないこの地方の姿を如実に表していた。
だが、だからこそ俺としてはやり遂げたい目標なのだ。自分の手で魔王を倒すことは出来なかったが、トロフィーとして前人未到の目標だからな。
「……流石に無理では?」
「不可能じゃないさ。調べたところ、水脈が変わるまで洪水で何度もこの辺りは被害にあってる。ここの半円状の地形って、要するに元は湖か何かだったんだろうさ。問題があって水が枯れたなら出来るだけ元に戻せば良いし、ソレを少しずつ広げていくだけだ」
呆れたようなアレクセイの顔には夢物語だと書いてあった。
俺は肩をすくめて理屈を一つ一つ説明することにした。まずはレオニード伯爵にも伝えた、この周囲の水脈の話だな。そして半円状という妙な地形を指摘する。普通はこんな防衛向きの地形なんか存在しないし、あるならもっと大きな大要塞で遊牧民を迎え討っても良い筈だからな。それ相応の理由があると見るべきだろう。
「地・水・火・風の四要素に欠落や過剰があると砂漠化する」
「判り易いのは水脈の変化。これはゴーレムで用水路を引き溜池を造る」
「さらに水の指摘には風や地に絡めて説明できる。後ろの山の向こうは水が多い」
「つまり山脈で遮られて湿った風が届かないし、逆に乾いた風がこの地形に溜まるから水分を乾燥させているわけだ。煉瓦を荒野の粘土が採れる場所で作らせ、それで半円状の入り口に蓋をする。これで後少しで水も解決するな」
周囲の地形を指で示しながら俺は簡単に説明した。
OKマークを造り、あるいは山の方向を指さしながら、少しずつ噛んで含めるように説明する訳だ。ゴーレムならば用水路を簡単に作れるのは、いままで何度も穴を掘ったことで立証済みだ。開拓をあちこちで手伝った事もそれを後押しするだろう。
「水が地面に染み込む砂であることも問題だ。これを竹で作った地下水路で解決する。網目を用意して砂を固定すれば、砂と一緒に種が吹き飛んで埋めてしまう事も無くなる。溜池が出来、周囲に植物が生えればそれ以上乾きにくくなるのはオアシスと同じ原理だ。同じように少しずつ時間を掛けて解決していく。どうだ?」
「ペテンの気もしますね。ですがこの地に水が来るなら悪い話ではないかと」
四大精霊の理論なんか普通は信じない。
だから一つ一つ要因を、類似例で説明して行った。その上でアレクセイは半信半疑だが、それでも用水路で溜池を造る事には賛成なのだろう。この砂漠と荒野しかない地形を考えれば、夢くらい見たくなるだろうしな。
こうして俺たちは将来に向けて、ようやく第一歩を踏み出したと言える。
ゴルビー地方の領都ゴルベリウス。
そこは半円状の丘陵に囲まれた土地で、その影響なのか砂漠ではなく荒野に位置している。近くの川は小川程度で水はそれほど無いが、雨や湧き水を溜めておけば暮らしていけないという程では無かった。だが、それだけ。砂漠と荒野で彩られた辺境に相応しい、オアシス未満の微妙極まる楽園である。
それでもようやくたどり着いた領主の館。
しかし、まるで歓迎されて居ない様に思われたのだ。
「王家の代官として、申し訳ありませんが領主としては認められません」
「アレクセイ殿。理由を聞かせていただいても? 俺がゴルビー男爵になったのは確かだが」
領主の館で迎え入れたのはアレクセイという代官であった。
彼の対応は丁寧で、国内の貴族に向ける儀礼を守っている。だが、『他所の領主』に王家の代官が引かないという姿勢を崩さなかった。貴族としては認めるが、この町の領主としては認めない……そう言わんばかりの態度である。
「まず、ゴルビー卿として認める書類に新しく作られた新貴族としての印章などは見受けられます。しかし、ゴルビー地方の領主であるとは記載されて居ませんし、町の印章の変更の件もありません。また、私に対する帰還命令の書状もございません。他所の領地にゴルビー卿を封じるという処置である可能性がありますので、王都に確認するまではお待ちいただくしかありませんな」
(そりゃそうだが……子供の遣いじゃないんだぞ)
判り易く言うと書類の不備である。
ゴルビー卿はゴルビー地方の領主なのだから、『ゴルビー卿はゴルビーの地方の領主である』という信任状などあるはずがない。領主が居ないから王家が接収し、代官を任命していただけなのだから、新たなゴルビー卿が任命されたら代官の御役目が終了するのも当然の事ではないか。少なくとも慣例というか、常識ではそうなのだから。
理論にもならない事を言って誤魔化している。
そう言う風情であるが、どうにも気になる事があった。そんなものは王都に問い合わせれば済む話だし、早馬が居ないにしても往復で一カ月かかる事などあり得まい。なのに、この男は何故こんなことを言うのだろうか?
(急いでは居ないから問い合わせれば済む話だが、その場合、俺のメンツが潰れるよな。それを狙っている? もしかして王党派ではない大物に狙われ不備のある書類を用意された? あるいは他の国の……まあ、重要なのはそこじゃないか。必須なのは『俺がしたいことをする権利』だ)
自分だけの問題なら、笑って『問い合わせよう』で済む話だ。
だが、王様に任命してもらったりレオニード伯爵の派閥に所属することになっている。それが到着早々こんな目に合わされて、統治者として舐められている状態で問い合わせたら、『自分の面倒も見れない新米領主』として下に見られ、王様にも伯爵にも迷惑をかけてしまうだろう。そこから何が起きるかは想像したくない。
ただ、突破口は存在している。
別に現時点で困っているわけではないし、アレクセイという男も真面目な男のようだ。もしかしたら派閥争いで、こういう罠があったのかもしれない。神経質で気にしているだけとも思えないしな。それを考えたら、この男と付き合っていく方が確実なのではないだろうか? 逆に考えれば『有能な男だから片腕として使え』と、帰還を命じる召喚状を送られてない可能性もあるのだ。
「なるほど。では発想を変えよう。いずれ俺が任命されたと判るだろう」
「正式な就任はその時で良いさ。どうせ挨拶回りも重要になるからな」
「その上で、だ。君さえよければそれまで此処の行政官筆頭を務めないか?」
「居続ける場合でも、王都への帰還を命じられる場合でも、今回のいきさつ込みで、君が丁寧な対応をして、俺に指導してくれたと感状も書こうじゃないか」
勇者軍でも意見の対立は存在した。
その時に重要なのは、相手の意見を頭から否定してはいけないという事だ。相手の意見を一理あると認めた上で、自分の意見とはバッティングしない、並列可能なのだと擦り合わせる事だ。もちろん『一刻も早く!』『労力を分ける余裕は無い!』と言われることもあるが、それだって優先順位や緊急性を確認することを前提にしてやれば良い。重要なのは、こちらの話を聞かせる事なのだから。まあ、だからこそ『過大な要求をしておいて、一部を通す』なんて交渉術もあるわけだが。
とはいえ、今回はその悪い例の方ではない。アレクセイは俺の話を聞いて顔色を良い方向へと変えた。
「……良いのですか?」
「構わないさ。色々と理由もある」
当面問題を無視して、行政形態を据え置くと宣言した。
こういってはなんだが、当地の素人なのでいきなり手腕を期待されても困るからな。すべきことは砂漠の緑化と、そのための資金稼ぎである塩田の設置である。それを考えたら時間は必要なので、いったん棚上げしてさっさと事業を始めてしまおうと思う。まあ、俺が今まで貴族階級じゃないからプライドを無視できるだけの話だけどな。
そう切り出すとアレクセイは瞬きして、驚いた様子を見せた。貴族と言うものがいかにプライドが高いのか、そして自分が無茶な事を口にしたことを理解しているのだろう。
「君はルールを守れる、俺は事業を始められる。悪くないとは思わないか? どうせ時間が解決するのだしな。なら協力し合った方が時間の無駄にならない」
「それで良いのでしたらお願いします。ただ……」
そういってアレクセイは言葉を濁した。
先ほどもチラっと述べたが、意見のすり合わせをしても出来ない事があるからだ。見た感じ今回は他の貴族からの邪魔ではない様なので何とかなるだろう。代官としても優先順位があるだろうからその件ではないかと思う。
「御存じの通り、魔族の問題で限界が来ております。予算も人員も限られておりまして、私としても迂闊に帰還できなかったのです。もちろん見ての通りの土地柄から、食料も慢性的に不足しております」
「理解しているし、解決策もある。ひとまず一つ一つ説明して行こう」
やはりその件か……というか道中でも同じだったからな。
金を出せば食料を変えたのも、途中の貴族たちが金欠だったからだし、開墾や復興を手伝ったら資材となる物を現地調達させてくれたのも人手が足りないからだ。勇者軍でも案が通らない一番の理由は人手不足・戦力不足だったからな。
「食料に関しては当面の分を調達しながらやって来た」
「いずれ不足するのは判っているが、その前に商人が訪れるだろう」
「何故か? そこで購入する費用に関しては? という質問には事業と答える」
「レオニード伯爵を知っているか? ブレイズの領主だ。勇者軍では彼の下で働いていた縁で、相互協力関係を築いた。俺が計画している話に一口噛ませると行ったら乗って来たので、おそらく目端の効く商人を送って来るだろう。そして、目端が利くならば売れるのが食料だと知っている筈さ」
人・物・金、前世でも重要だと言われたモノである。
これに加えて食料不足だが、食糧問題に関しては目途が立っている。将来的には金が大いに不足する訳だが、その資金調達が目下のところ重要な案件だろうな。なのでささと事業を立ち上げてしまいたい。
「つまり、その新しい事業が全ての鍵であると? 直ぐに金になるのですか? その労力は常識的な範囲で収まりますか?」
「その答えは『塩』だよ。労力は持って来た、安心してくれ」
ようやく事業の話が出来ることに安堵した。
これまでは話を切り出す状況でも無かったし、迂闊に口に出すと真似される可能性もあったからな。それを考えれば身内だけの場所で話したかったのもある。このアレクセイという男がパクって他所の代官に成った時に真似る可能性もあるが、当面先だから先行できると思っておこう。
「塩……塩田ですか。なるほど労力はゴーレムで?」
「流石に話が早いな、その通りだ。塩田で最も労力を要する砂運びと塩水を掛ける作業。それをゴーレムで短縮できる。軌道に居ればもう一つ短縮できるが、それは後の話だ」
区切った場所に砂を置き、海の水をかけ続け続ける。
天日で乾いた後、その砂を煮詰めていくと、水が飛んだ時に塩が残るわけだ。太陽に晒して乾かすのは、煮詰める労力は同じなので、少しでも塩分を集めておく為である。繰り返すバケツリレーが非常に面倒で、更にその砂を移動させるのが実に重い。
しかし、ゴーレムならば問題ない。そう、ゴーレムならね!
「ゴルベリアスから最も離れた海岸線、そこの寒村で塩田を始める」
「偶に訪れる海賊の被害に備えるにもゴーレムならうってつけだ」
「ゴルビー地方は暑いから天日で乾かすのも早い。木は少ないが薪も少なくて済む」
「せっかくだ、この地の天候を味方に付けようじゃないか。初期に使う薪は途中で開拓に協力して伐採させてもらった。これが尽きる前に、竹を使った炭を用意しよう。そして行く行くは人を育てて、初歩で良いから魔法に切り替えるべきだな。加熱とか脱水で良い。寒い地方から引退した市井の魔術師を呼んで来ても良いな」
この話の良い所は、大して人手を取らない所だ。
最も労力を使う部分をゴーレムで補えるし、鍋を煮る時や質の管理に薪の面倒を見るくらいである。何より良いのが直ぐに始められることで、暑い地方だから数日もあれば初期ロットの塩が出来上がるだろう。高額で売れるかはともかくとして、やってくる商人に事業をプレゼンする役くらいには立つはずだった。唯一の懸念は燃料問題だが、それも段階的に処理できる。最悪自分で覚えてアイテムを造る事も出来るが、それは数年後の課題としよう。
「失礼ながらゴルビー卿がゴーレム魔法の使い手で良かったと、これほど思った事はありません」
「初対面だからな。では一緒に仕事をしようじゃないか」
今回の話は俺がゴーレム魔法の使い手だったので早かった。
もし炎の魔術師が平和に成った時代の副業にするとか言っても、それほど信用は無かっただろう。何しろ人手不足であり、難民をそのまま労力としては期待できない状態だからだ。
「ただ、勘違いして欲しくないのだが、事業は資金の為でしかない。この都市を良くするためにも使うが、俺には理想がある。夢と言い変えても良い」
「と、言いますと?」
俺の言葉に動こうとしていたアレクセイが振り返る。
彼は行政担当官に成ったので、資金の使い道には敏感だからだ。書類の不備にも噛みついたりするところを見ると、細かい性格なのかもしれない。
「砂漠の緑化だよ」
「は?」
驚く彼の言葉が、砂漠と荒野しかないこの地方の姿を如実に表していた。
だが、だからこそ俺としてはやり遂げたい目標なのだ。自分の手で魔王を倒すことは出来なかったが、トロフィーとして前人未到の目標だからな。
「……流石に無理では?」
「不可能じゃないさ。調べたところ、水脈が変わるまで洪水で何度もこの辺りは被害にあってる。ここの半円状の地形って、要するに元は湖か何かだったんだろうさ。問題があって水が枯れたなら出来るだけ元に戻せば良いし、ソレを少しずつ広げていくだけだ」
呆れたようなアレクセイの顔には夢物語だと書いてあった。
俺は肩をすくめて理屈を一つ一つ説明することにした。まずはレオニード伯爵にも伝えた、この周囲の水脈の話だな。そして半円状という妙な地形を指摘する。普通はこんな防衛向きの地形なんか存在しないし、あるならもっと大きな大要塞で遊牧民を迎え討っても良い筈だからな。それ相応の理由があると見るべきだろう。
「地・水・火・風の四要素に欠落や過剰があると砂漠化する」
「判り易いのは水脈の変化。これはゴーレムで用水路を引き溜池を造る」
「さらに水の指摘には風や地に絡めて説明できる。後ろの山の向こうは水が多い」
「つまり山脈で遮られて湿った風が届かないし、逆に乾いた風がこの地形に溜まるから水分を乾燥させているわけだ。煉瓦を荒野の粘土が採れる場所で作らせ、それで半円状の入り口に蓋をする。これで後少しで水も解決するな」
周囲の地形を指で示しながら俺は簡単に説明した。
OKマークを造り、あるいは山の方向を指さしながら、少しずつ噛んで含めるように説明する訳だ。ゴーレムならば用水路を簡単に作れるのは、いままで何度も穴を掘ったことで立証済みだ。開拓をあちこちで手伝った事もそれを後押しするだろう。
「水が地面に染み込む砂であることも問題だ。これを竹で作った地下水路で解決する。網目を用意して砂を固定すれば、砂と一緒に種が吹き飛んで埋めてしまう事も無くなる。溜池が出来、周囲に植物が生えればそれ以上乾きにくくなるのはオアシスと同じ原理だ。同じように少しずつ時間を掛けて解決していく。どうだ?」
「ペテンの気もしますね。ですがこの地に水が来るなら悪い話ではないかと」
四大精霊の理論なんか普通は信じない。
だから一つ一つ要因を、類似例で説明して行った。その上でアレクセイは半信半疑だが、それでも用水路で溜池を造る事には賛成なのだろう。この砂漠と荒野しかない地形を考えれば、夢くらい見たくなるだろうしな。
こうして俺たちは将来に向けて、ようやく第一歩を踏み出したと言える。
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死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
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伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です
カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」
数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。
ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。
「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」
「あ、そういうのいいんで」
「えっ!?」
異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ――
――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。
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