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プロローグ
『戦い終われば第二の人生』
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召喚理由である魔王を倒した後も人生は続く。
第二の人生設計の為に、今から一世一代のセールスをしなければならない。伯爵は異邦人である俺に好意的だが何時までもそうとは限らないし、国王陛下も同様だ。大戦の英雄が『危険はない』と思わせると同時に『国家の役に立つ』と思ってもらわねばならない。
「褒美に関して何か望みはあるか? 可能な限りは叶えるとの仰せだ」
「陛下から頂戴した御恩にお縋りするつもりでおります。つきましては僭越ながら、領地としてゴルビー地方をいただければ幸いです」
軍を解散する方針の一環で、功績の清算も行う。
俺は所属する国家での領地を貰い、地方で隠居生活のついでに領地経営を行うつもりだった。中央に居たら少数でも反乱が起こせるし、その強力な能力で出来てしまうのが勇者たちだ。その懸念を払拭しつつ、国家の役に立つのは地方暮らしが一番であろう。
そのつもりで前々から調べていた場所を告げると、伯爵は意外そうな顔をした。ゴルビー地方と言うのが不毛な場所だからだ。
「ゴルビーだと? あそこは荒野と砂漠ばかりではないか。諸侯の嫉妬を避けるにしても、お前ならば山岳地方を選ぶと思っていたが?」
「山ではゴーレムを量産出来ると思われますので。それに……」
狡兎尽きて走狗煮らる……という意味の故事はこちらにもある。
だから俺が地方暮らしをすると言い出すのは伯爵も想定済みだったのだろう。だが、ゴーレム魔法を考えれば山岳地帯で石切り場を造り、そこから鉱山でも掘るのだろうと思っていたらしい。その場合はゴーレムの数を監視し保有数を制限させ、大鉱山を見つけたら領地替えでも言い出すつもりだったのかもしれない。そこで素直に頷けば良いのだが、それでは懸念がまるで変わらないのだ。手塩に掛けるならば別の場所が良いだろう。
その点、ゴルビー砂漠には幾つかメリットがあった。
正確には幾つかの候補を調査してから、最も都合の良い場所を選んだと言える。
「砂漠を緑化する方法を存じております。また、あの地方には遊牧民や、稀に海賊が現れます。国力を回復すると同時に、その備えをするために領有いたしたいのです」
「なんだと? それは誠なのか!?」
緑化と敵の存在、伯爵の驚愕は前者であろう。
遊牧民や海賊が出るというのは以前から知られて居るし、連中が居ても荒野と砂漠しかないから特に重要視していなかった場所だからだ。その場所を選んだ理由としては、俺の存在が活かせるというというのが大きい。英雄を地方に配置し国家を守り、その結果が国力の回復につながる。この図式さえ描ければ、仮に良い領地になったとしても、そうそう取り上げられたりはすまい。
ゴーレムが居れば少なくとも少数の遊牧民や、遠出して来た海賊程度ならば守り通すことは可能だ。となれば残る問題は、ただ一つ。
「砂漠を緑化する事自体はそれほど難しくはありません。ただ……人力で行うと途方もない労力が掛かるので、効率に見合わぬと世に知られて居らぬのです。しかし、私ならば別の手段が使えますので」
「……なるほど、作業用の低位ゴーレムか。確かにあれは便利だったな」
俺の話を聞いて伯爵が得心いったという顔をした。
伯爵が俺に好意的なのは、彼の領地を艇ランクのゴーレムを使って耕したことがあるからだ。人間で力の強い者を集めるのは大変だが、ゴーレムならばパワー特化型にすれば弱い個体でも十分に可能である。そして物を持って運ぶという意味では、食料や水の要らないゴーレムはうってつけ。具体的な手段は判らずとも、俺の計画に一定の成功度があると伯爵は判断したのである。
「調べたところ、近隣で暴れている大河はかつてゴルビーにも流れて居たそうです。それが一つの方向に成ってしまった事が洪水の原因の一つかと。他にも色々とありますが、ゴーレムならば時間さえかければ可能になります。つきましては……相手方にも配慮いたしますので、水利の仲立ちをしていただければ幸いです」
「こやつめ。ワシの顔が効く場所を選びおったな。だが、理解する」
ゴルビー地方を選んだのは、元が砂漠では無かった事もある。
理由があって砂漠化したのであれば、それを正せば元に戻る可能性はあるだろう。少なくともそう信じさせるのは難しくない。そして、そのために必要な条件として水利権の分化がある。水利権は堤を造るにしても、用水路を引くにしても貴族間戦争になりかねない。だが、しょっちゅう洪水を置こう暴れ川ならば話は別だし、同じゴルビー地方であっても伯爵の顔が効くエリアもある。そうでない場所の方が多いのだが、少なくとも寄り親と寄り子として、利益を与えあう関係になるのはそれほど難しくないだろう。
少しばかり沈黙して伯爵が考慮しているのは、プレゼンに挙げられなかった部分だろう。ゴーレムがあれば開拓も荷物輸送も簡単に成る事を知っているが、領地経営にはもっと重要な事があるからだ。
「一つ聞きたい。確かに有益な計画ではある。だが、収穫が安定するまでいかがする? そこが不毛の場所であることに変わりはないぞ? 領民どころか流れ込む難民も食わせて行かねばならぬ。暫くは税など見込めまい」
「御心配下さり、感謝の念に堪えません」
今は伯爵が俺を心配する必要はないが、互恵関係になれば別だ。
寄り親は寄り子をそれなりに援助する必要があるし、上納で利益を得る為には俺が無策では困るのだろう。砂漠の緑化という大事業が成功すれば名誉や利益はあるが、それはあくまで遥か先の話である。そうで無ければ誰かがやっていたはずなのだから。そして最も大きな問題は、砂漠と荒野のみの不毛の大地であることだろう。危険分子である遊牧民族が進行してこないのも、それこそが理由である。町は一つ、村も寒村が幾つかでは襲う価値もない。
伯爵に対して頭を下げた後、俺は簡単にOKマークを指で描いた。俺が領地にしようと思っているゴルビー地方を簡略的に表すと、親指と人差し指で半円を描く丘陵地帯で、残り三本の指が海に向かって山や丘が連立している場所になるからだ。上の方が遊牧民の領域であり、このOKマーク状の山脈が彼らを阻む壁であるとも言える。
「端の方に海があり、時折現れる海賊はそこからやって来ております。まずはそこに監視を兼ねた小屋を造り、塩でも作らせようかと思います。そのくらいの賃金は余裕で出せますので」
「ほう……塩か。悪くないな」
塩と言うのは海塩か岩塩くらいしか入手方法が無い。
近場には岩塩の採れる山も塩の湖も無いので、手っ取り早い資金稼ぎは塩田になるだろう。畑と違って施設と燃料さえ用意出来れば何とでもなる。砂漠ではさすがに燃料など用意できないが、荒野とはいえ大河の側では竹がむやみやたらに生えている事を確認したので、それらを炭にしても良いだろう。竹と言う生える速度が高く、それほど栄養も要らない植物が群生している……もしかしたら先人が用意した洪水対策かも知れないが、今は水路を引くにあたって邪魔者でしかないので、ありがたく燃料にさせてもらおう。
普通の魔法も多少は使えなくはないが俺は時間が貴重になるし、そもそも沸騰させたり水を抜くような魔法は覚えていないので、それをマジックアイテム化することも出来ないからな。
「穀倉地帯まで持って行って交換とし、足りない方が金で補うという交渉を行えば、新参者にも食料を売っていただけるかと思います。さすれば難民の一部が農民となるまでは保てるのではないかと」
「なるほど、なるほど……。良かろう、陛下にはこちらで奏上しておく」
塩を造るのは穀物よりかなり早いし、貴重な分だけ交換比率も高い。
内陸に持って行って、売買するのではなく物々交換するなら応じてくれる商人も居るだろう。いったん塩を売ってその金で穀物を購入すると、足元を見られる上に『商会を経由してくれ』と言われたら面倒だからな。その点、相手も自分にとって貴重な塩を代価に受け取れるので、素直に応じてくれる可能性が高いわけだ。
伯爵も話に乗り気な様で間を取り持ってくれることになった。
召喚理由である魔王を倒した後も人生は続く。
第二の人生設計の為に、今から一世一代のセールスをしなければならない。伯爵は異邦人である俺に好意的だが何時までもそうとは限らないし、国王陛下も同様だ。大戦の英雄が『危険はない』と思わせると同時に『国家の役に立つ』と思ってもらわねばならない。
「褒美に関して何か望みはあるか? 可能な限りは叶えるとの仰せだ」
「陛下から頂戴した御恩にお縋りするつもりでおります。つきましては僭越ながら、領地としてゴルビー地方をいただければ幸いです」
軍を解散する方針の一環で、功績の清算も行う。
俺は所属する国家での領地を貰い、地方で隠居生活のついでに領地経営を行うつもりだった。中央に居たら少数でも反乱が起こせるし、その強力な能力で出来てしまうのが勇者たちだ。その懸念を払拭しつつ、国家の役に立つのは地方暮らしが一番であろう。
そのつもりで前々から調べていた場所を告げると、伯爵は意外そうな顔をした。ゴルビー地方と言うのが不毛な場所だからだ。
「ゴルビーだと? あそこは荒野と砂漠ばかりではないか。諸侯の嫉妬を避けるにしても、お前ならば山岳地方を選ぶと思っていたが?」
「山ではゴーレムを量産出来ると思われますので。それに……」
狡兎尽きて走狗煮らる……という意味の故事はこちらにもある。
だから俺が地方暮らしをすると言い出すのは伯爵も想定済みだったのだろう。だが、ゴーレム魔法を考えれば山岳地帯で石切り場を造り、そこから鉱山でも掘るのだろうと思っていたらしい。その場合はゴーレムの数を監視し保有数を制限させ、大鉱山を見つけたら領地替えでも言い出すつもりだったのかもしれない。そこで素直に頷けば良いのだが、それでは懸念がまるで変わらないのだ。手塩に掛けるならば別の場所が良いだろう。
その点、ゴルビー砂漠には幾つかメリットがあった。
正確には幾つかの候補を調査してから、最も都合の良い場所を選んだと言える。
「砂漠を緑化する方法を存じております。また、あの地方には遊牧民や、稀に海賊が現れます。国力を回復すると同時に、その備えをするために領有いたしたいのです」
「なんだと? それは誠なのか!?」
緑化と敵の存在、伯爵の驚愕は前者であろう。
遊牧民や海賊が出るというのは以前から知られて居るし、連中が居ても荒野と砂漠しかないから特に重要視していなかった場所だからだ。その場所を選んだ理由としては、俺の存在が活かせるというというのが大きい。英雄を地方に配置し国家を守り、その結果が国力の回復につながる。この図式さえ描ければ、仮に良い領地になったとしても、そうそう取り上げられたりはすまい。
ゴーレムが居れば少なくとも少数の遊牧民や、遠出して来た海賊程度ならば守り通すことは可能だ。となれば残る問題は、ただ一つ。
「砂漠を緑化する事自体はそれほど難しくはありません。ただ……人力で行うと途方もない労力が掛かるので、効率に見合わぬと世に知られて居らぬのです。しかし、私ならば別の手段が使えますので」
「……なるほど、作業用の低位ゴーレムか。確かにあれは便利だったな」
俺の話を聞いて伯爵が得心いったという顔をした。
伯爵が俺に好意的なのは、彼の領地を艇ランクのゴーレムを使って耕したことがあるからだ。人間で力の強い者を集めるのは大変だが、ゴーレムならばパワー特化型にすれば弱い個体でも十分に可能である。そして物を持って運ぶという意味では、食料や水の要らないゴーレムはうってつけ。具体的な手段は判らずとも、俺の計画に一定の成功度があると伯爵は判断したのである。
「調べたところ、近隣で暴れている大河はかつてゴルビーにも流れて居たそうです。それが一つの方向に成ってしまった事が洪水の原因の一つかと。他にも色々とありますが、ゴーレムならば時間さえかければ可能になります。つきましては……相手方にも配慮いたしますので、水利の仲立ちをしていただければ幸いです」
「こやつめ。ワシの顔が効く場所を選びおったな。だが、理解する」
ゴルビー地方を選んだのは、元が砂漠では無かった事もある。
理由があって砂漠化したのであれば、それを正せば元に戻る可能性はあるだろう。少なくともそう信じさせるのは難しくない。そして、そのために必要な条件として水利権の分化がある。水利権は堤を造るにしても、用水路を引くにしても貴族間戦争になりかねない。だが、しょっちゅう洪水を置こう暴れ川ならば話は別だし、同じゴルビー地方であっても伯爵の顔が効くエリアもある。そうでない場所の方が多いのだが、少なくとも寄り親と寄り子として、利益を与えあう関係になるのはそれほど難しくないだろう。
少しばかり沈黙して伯爵が考慮しているのは、プレゼンに挙げられなかった部分だろう。ゴーレムがあれば開拓も荷物輸送も簡単に成る事を知っているが、領地経営にはもっと重要な事があるからだ。
「一つ聞きたい。確かに有益な計画ではある。だが、収穫が安定するまでいかがする? そこが不毛の場所であることに変わりはないぞ? 領民どころか流れ込む難民も食わせて行かねばならぬ。暫くは税など見込めまい」
「御心配下さり、感謝の念に堪えません」
今は伯爵が俺を心配する必要はないが、互恵関係になれば別だ。
寄り親は寄り子をそれなりに援助する必要があるし、上納で利益を得る為には俺が無策では困るのだろう。砂漠の緑化という大事業が成功すれば名誉や利益はあるが、それはあくまで遥か先の話である。そうで無ければ誰かがやっていたはずなのだから。そして最も大きな問題は、砂漠と荒野のみの不毛の大地であることだろう。危険分子である遊牧民族が進行してこないのも、それこそが理由である。町は一つ、村も寒村が幾つかでは襲う価値もない。
伯爵に対して頭を下げた後、俺は簡単にOKマークを指で描いた。俺が領地にしようと思っているゴルビー地方を簡略的に表すと、親指と人差し指で半円を描く丘陵地帯で、残り三本の指が海に向かって山や丘が連立している場所になるからだ。上の方が遊牧民の領域であり、このOKマーク状の山脈が彼らを阻む壁であるとも言える。
「端の方に海があり、時折現れる海賊はそこからやって来ております。まずはそこに監視を兼ねた小屋を造り、塩でも作らせようかと思います。そのくらいの賃金は余裕で出せますので」
「ほう……塩か。悪くないな」
塩と言うのは海塩か岩塩くらいしか入手方法が無い。
近場には岩塩の採れる山も塩の湖も無いので、手っ取り早い資金稼ぎは塩田になるだろう。畑と違って施設と燃料さえ用意出来れば何とでもなる。砂漠ではさすがに燃料など用意できないが、荒野とはいえ大河の側では竹がむやみやたらに生えている事を確認したので、それらを炭にしても良いだろう。竹と言う生える速度が高く、それほど栄養も要らない植物が群生している……もしかしたら先人が用意した洪水対策かも知れないが、今は水路を引くにあたって邪魔者でしかないので、ありがたく燃料にさせてもらおう。
普通の魔法も多少は使えなくはないが俺は時間が貴重になるし、そもそも沸騰させたり水を抜くような魔法は覚えていないので、それをマジックアイテム化することも出来ないからな。
「穀倉地帯まで持って行って交換とし、足りない方が金で補うという交渉を行えば、新参者にも食料を売っていただけるかと思います。さすれば難民の一部が農民となるまでは保てるのではないかと」
「なるほど、なるほど……。良かろう、陛下にはこちらで奏上しておく」
塩を造るのは穀物よりかなり早いし、貴重な分だけ交換比率も高い。
内陸に持って行って、売買するのではなく物々交換するなら応じてくれる商人も居るだろう。いったん塩を売ってその金で穀物を購入すると、足元を見られる上に『商会を経由してくれ』と言われたら面倒だからな。その点、相手も自分にとって貴重な塩を代価に受け取れるので、素直に応じてくれる可能性が高いわけだ。
伯爵も話に乗り気な様で間を取り持ってくれることになった。
応援ありがとうございます!
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