ダンジョンのコンサルタント【完】

流水斎

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フィールドワーク編

箱庭に追加されるモノ

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 エレオノーラは貧すれば鈍するを地で行く女だった。
良い所のお嬢さんのはずなのだが一族の使命に全振りし、ダンジョンマスターだというのに居室に手を入れては居ない。肌寒いダンジョニアの地下室で、寒いならばローブを着れば良い、眠る時には毛布を被って寝れば良いという有様だった。まあ着る物や寝床に関しては一流で揃えているから、後はクリーンの魔法で維持すれば良いという事なのだろう。

問題なのはモロに食事に影響が出ている事だった。
思えば俺が出した粗末な軽食にも文句を言いはしなかった。だからチーズやベーコンを塊から削り落とし、黒パンをスープに浸して食べるような生活に陥っているのだろう。

「よう、精が出るじゃないか。入室しても?」
「その辺に座りなさいな。お茶でも出すわよ」
 褒められ慣れているのに、誰も居ない生活にも慣れてしまっている。
俺なんかが声を掛け、お土産片手に寄っただけでホンノリとした笑みを感じ取れる。本人は学生時代と同じで鉄面皮のつもりなのだが……計画への賛同者であり、菓子折り持って現れただけで嬉しいと思ってしまう様な状態なのだろう。実際、甘い物なんか買い置きの堅いクッキーだけだろうしな。

触れれば落ちなんといった風情の、どこか疲れた表情だ。
だが強引に口説くのは止めておいた。自分の事を凄い奴だと思っている高飛車な女を口説いてモノにするのが良いのであって、人里寂しくなって誰でも良さそうな状態で手を出すくらいなら、町の娼館にでも行けばいい。冷静に成った時に殺されそうな気もするし、それはそれとしてチョロそうなので今推す時ではないと感じたのもある。

「あら、懐かしいわねぇ。アカデミーの近くにあったあの店?」
「召喚師とは言わんが魔法剣士でも居ないかと寄ったら、まだ隣で営業してたからな。考え事をする時にはよくコイツのお世話になったもんだ。あそこのパイはみんな好きだったろ」
 それはそれとして好感度を積み上げる努力は怠らない。
お前の為に買って来たんだ……とか言うのは営業努力として当然ではある。話を弾ませるためにも、計画を進ませる為にも差し入れ自体には意味はあるだろう。実際、会話のタネとしては成功したと言えるだろう。

学生時代の他愛ない思い出を語りながら、チラリと机を眺める。
今のうちに次の話に関して目星をつけておきたいところだが、そこには布で作った箱のような物が置いてある。上部だけ何も無く横から明かりが照らしていると、一目では何も分からない奇妙な作りである。俺も専門家じゃなければ知らなかっただろう。

「あれは……ダンジョンの構造を見直していたのか?」
「ええ。場合によっては研究室を付け加える必要が出そうなのよ。その場合は何処に放り込もうか悩んじゃって」
 それは一種の幻灯機で、絵を映し出す物だ。
横から光を当てると布に仕込んである線がおぼろげに向こう側に投射され、横の線を中空に作り出す。同じように縦側だと縦の線であり、煙草の煙か何かを吐き出せば鮮明に見える筈だ。光の高さを変えれば見たい階層を変えることができ、幻影の魔法よりも少ない魔力で、俺たちくらいの実力ならば何時間でも映し出せる。

しかし例の研究者が移り住んで来るのか……。
相手にも寄るが少し危険じゃないか? その、乗っ取りとかじゃなくて男女関係で。気が付いたらエレオーノラがそいつの女になってたとか、冗談じゃないぞ。別に口説き落としてる訳でもないが、横入りされたら気分は悪い。まあ向こうも同じ程度の付き合いかも知れんが。

「まあその時は研究所として譲り渡すことになるんだろ? 固定化しないんだったら別に構わないじゃないか。お前さんはお前さんらしく構えてれば良いよ」
「それもそうね。……もう少し余裕を持って考えてみるわ」
 そこで円満に出て行くのだから、根を詰め過ぎるなと言ってやる。
無意味に集中し過ぎても意味がないぞと伝えつつ、こいつが今欲しがっているであろう言葉を投げてやった。誰かに合わせて生きなくとも、そのままでも十分に魅力的だと、自分は自分のままで良いのだと促したのだ。

さて、潤いを求めてのおしゃべりはこんな所だろう。
コンサルタントとしては依頼主の女性を口説くよりも先にやることがある。前回までの報告はレポートとして渡してあるので、そこから今までの経過によって判った事だ。

「残りのパイは後で食ってもらうとして、経過報告だな。要件は二つ」
「森の手入れに関しては、誘導の意味も含めて村人に覚えてもらった」
「放っておいても此処を目指して獣や亜人がやってくるだろうさ」
「後は暗示の関与にも抵抗し、誰かが余計な判断をする奴が出た時、強制召喚するのか、それとも監視を置いて誰かを派遣するのはそっちで判断してくれ。これが一つ目の要件だ」
 前回、森の間伐や下生えの手入れを行う事を提案した。
それで村へ向かうモンスターは減るし、こちらの来訪者が増えるのだから断るわけがない。もう少ししたら成果が出て来るだろうし、魔力も暗示の結界以外に使わないのだから利益が増える筈だ。

問題なのは無意識を操作する暗示が効かない奴。
群れの枝分かれなど、別の場所に行こうという意識が強く、狩りをする為の縄張りから離れようとする奴などだ。他にもより強い魔物が出現し、そこから逃げ出そうとする場合なども強い衝動が邪魔をするので、どうしても村の方向に逃げる奴が出て来るのである。

「ホムンクルスの生産を行うから派遣の方かしらね? 実験で転移陣を使いたいって話だから、その間は強制転移も悪くないんだけど」
「……俺がサービスで入れ替えをやっても構わんが、何に使うんだ?」
 興味が出たのと、来訪する理由造りを兼ねて尋ねることにした。
エレオノーラと顔を合わせ研究者とやらに釘を刺すという理由が無いでもないが、どうしてホムンクルスと転移陣を組み合わせるのかが純粋に興味をそそられたのである。配備人数を減らしておいて、後から大群で押し寄せるとかか? そう考えた所で考察の一つ目を破却する。

ダンジョンを運営するのにまるで割りが合わないからだ。
実験用に余剰魔力を使いたいというまでは判る。しかし、その後の運営に通じるような物ではないだろう。村や町を守るための強制転移自体はまだ良いのだ。アレは土地の魔力を優先的に使えるような設定に出来るからな。だが、ダンジョン内でホムンクルスの大量転移なんぞしたら割に合わない。強力な個体一体に絞れば多少は消費魔力も減るが、設備の方が割に合うまい。

「当然の疑問よね。私もあの子にその場で尋ねたわ」
「何でもその場に合わせた装備の転送や、消耗品の補充とか言ってたわねぇ」
「相手に合わせて盾を用意したり、こっちで呪文を仕込んだクロスボウの矢を送りつけるとか言ってたわよ」
 その話を聞いた時になるほどと思った。そして情報秘匿の重要性を再認識する。
転移系の設備で掛かる魔力は、主にサイズと用途に寄るのである。人間よりも小さく軽い装備品ならば大して魔力を使わないし、通常設置する相互の転移よりも、引き寄せや送りつけるだけの方がコストが嵩まない。その上で最も注目されるのはクロスボウだろう。専用の矢であるボルトはかなり軽くて小さいし、瞬間的な付与魔法でも転送すれば問題はない。安全地帯から相手の種族・属性に合わせればかなりの効果が期待できるはずだ。

それはそれとして不注意な話でもある。
この話はエレオノーラが迂闊に漏らさないと信じたから喋ったのだろうし、エレオノーラも俺がこの件に関して身内だと思っているから喋ったのだろう。だが、それならばその辺の話を詰めておくべきなのだ。それこそ、俺が助手でも連れて居たら……今は居ないがそうなりそうなので言っておくべきだろう。

「大丈夫だとは思うがエレオノーラ。この話は広めるなよ。身内だけに留めて置け」
「何よ、判ってるわよ。私がそんなに口が軽い訳ないでしょ。……それで、もう一つの要件って何なのよ?」
 俺が忠告すると唇を尖らせて抗議して来た。
可愛い仕草だがそろそろ三十近いんだぞ年齢を考えておけよ。と苦笑しつつもう一方の件を切り出すことにした。エレオノーラが照れ隠しに話を向けたのもあるし、報告は手短に済ませるべきだからだ。

「エルフ達の掘り起こしが終わった。ただ休眠の魔法だったんでまだ解いていない。少し年かさの少年と女の子が二人だ」
「色んな意味で妥当な処ね。まずは少年に話を聞いてからってところかしら」
 根が無い部分を掘り起こすと、確かにちょっとした部屋があった。
三人は魔法の眠りにより眠らされ、空気も水も食料も不要な状態であった。ここで掛けられた魔法の可能性は二種類あり、術者はレアだが低レベルの仮死の魔法と、高レベルの休眠の魔法があったのだが……。おそらくは村で一番の術者が休眠の魔法をかけたのだと思われる。ちょっとやそっとで解除は出来まい。

それはそれとして、彼らの心理的問題もあるだろう。
少年の方が歳の問題もあり、少しくらいは状況を把握できていると思われる。また全員を起こすと混乱してしまうのもあり、説明役であり保護者役として自認させなければなるまい。逆に言えば幼い二人を守らねばならないと思う事で、少年の精神が安定する可能性も高かったと言えるだろう。

「ひとまず起こして説明したら、俺が預かる。周辺をうろついたり、他所の部族の話をして見るよ。その上で落ち着いたところで、此処に置いて行く女の子たちにたびたび会わせるってところか? ここは女性だけの部屋とでも説明すればいいさ」
「そうね。利用するようで悪いけど、その条件なら悪くないわ。あの子も女の子だし賑やかになるわね」
 色々と得る物のある情報だったが、まずは魔力について説明しようと思う。
魔力の流れは直進性があり、放っておくと拡散して行ってしまう物だ。だから流入させる時は出来るだけストレートに奥まで越させつつ、同時に曲がりくねった道や判り難い経路で分散させたいところだ。かといってあまりにも直進性のあるダンジョンでは勢いのまま攻略されかねない。そこで階層仕立てにしたり、条件付きの扉を使って右往左往させたりするのである。その前提で言えば、何度も訪れる来訪者と言うのは悪くないお客様なのである。

そして……研究者ってのは女の子か! よーし!
親族か後輩かは別にして、女性であるのは良い事だ。目に潤いが増えるし少なくともエレオノーラが口説かれる可能性は減ったと言える。……まあ俺の後輩に女にしか見えない奴が居て、同期のマッチョと付き合い始めたから可能性はゼロじゃねえけどな。他人の恋愛に関してはこれ以上突っ込まないでおこう。
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