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3章 中編

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 自宅の裏にはフックと共に、少し離れた所でアキホとハルナの姿もあった。
 なんということはない。彼らはフライング・ディスクを投げて遊んでいたのだ。

「なぁーんだぁ」

 俺とブルッサは顔を見合わせながら、呆気にとられ声を漏らした。

「兄さん、その大人の玩具は何なの?」

「これか? ボスが制作した暗殺具らしい。ギロチン・ソーサーっていう名前で、敵の首を刈るための投擲武器だ」

「へぇ、強烈そうね」

 どこからギロチンなんて出てきた? そんな物騒な凶器を作った覚えはない。

「いや、全然違うし。それブーメラン・ナベシキっていう名前で、木で出来た既製品だから。どこにも刃は付いてないし、首なんて切れないぞ」

「フッ。ボス、冗談だよ。ちょっとブルッサをからかっただけさ」

「兄さん、よくも騙したわね」

「なんだよ、ただのギャグか。真顔で言うから分からなかったぞ。というか、なんでフックがアキホと遊んでいるんだ?」

「いや、アキホちゃんから頼まれて。せっかく大人の玩具を買ってもらったのに、使わないんじゃもったいないと思ってね。お姫様に、ご奉仕していたんだ」

 言葉の表面だけ聞いたら、確実に誤解されそうな言い方だな。
 これがもしフックではなく、木彫の茸を手に持ったキモイオッサンだったら、幼女の前に現れただけで通報される事案だ。

「大人の玩具じゃないんだけどなぁ」

「楽しそうね。兄さん、私にも代わって」

 俺はアキホとハルナの方に近づき、話を聞いてみることにした。

「カイ君おかえり。今日は早かったね」

「おーい、アキホ。どうだ、楽しいか?」

「今、フックさんに遊んでもらってるの。お兄ちゃんより、ずっと上手だよ」

「なんだとー!?」

 アキホからそんなことを言われ、ちょっとショックを受けた。
 俺は5メートルほど離れた位置で腕を組んで立ち、横からアキホとフックの投げ合いを観察してみることにする。

 ところが、至って普通だった。フックの投げ方が特に上手いとは思えない。
 むしろ俺がやった方が、アキホの真正面に向かって正確に投げていたはずだ。
 フックはアキホから2~3メートル離れたところに、右へ左へと揺さぶるように交互に投げ返している。
 それをアキホはキャーキャー言いながら必死に追いかけていた。

 ふーむ、少し走らせた方が妹にとっても運動になるのかもしれない。キャッチしやすい所ばかりに投げられてもつまらないのだろう。
 フックは家の外壁を利用して、上手く飛んでくるエリアを制限している。
 アキホの投げた円盤が左にそれても、建物にぶつかって落ちるだけだ。大きく右にそれたときだけ走って取りに行けばいい。
 フックは「さあ、こっちだ」などと手を叩きながら自分に向かって投げてくれるよう誘導もしていた。

 ブルッサの乱入(横取り)も加わって、トライアングルでキャッチ・ディスクが始まっていた。1人ではプレイできない競技なので、アキホの相手をしてもらう分にはありがたい。ただ、いつまで続けるつもりなのだろうか。
 今日、俺はこれから外出しなければならない。できれば早くフックとブルッサには帰ってもらいたいのだ。

「ブルッサは僕に投げろ。僕からアキホちゃんにパスする。時計回りにしよう」

「分かったわ。行くわよ、ちぇすとぉっー!」

 フックの提案は的確だった。ブルッサは手加減を知らないから、一歩間違えるとアキホが危険だ。フックならブルッサの豪速球も止められるだろう。
 
 それはいいとして、どうしたものだろうか。
 3時までに行商人の馬車に乗り込まなければならない。彼女達のことは放っておいて、俺だけコッソリ抜け出すしかないようだな。

「あのさ、俺は先に家の中に入って一服してるから。みんなは、そのまま気が済むまで遊んでてくれよ」

 井戸水でうがい手洗いをしてから家に上がった。
 浴室に入り、大急ぎで軽く水浴びをして汗を流す。
 ダイニングにはグランが居たので、改めて小声で伝言をしておく。

「父さん、予定通り今晩に行ってくるよ。外にブルッサが来ているだけど、気づかれないようにしたいんだ」

「それは大変だな。町に行ってあんなことや、こんなことをしてくるんだろ? 種フレにバレたら修羅場になるからな」

「何のことか知らないけど、そんなことはしないよ。だけどブルッサに言ったら付いてくるかもしれないだろ」

「ああ、分かってるって。馬車が下山する前に早く行ってこいよ」

「うん、行ってくるよ」

 グランは、たぶん良く分かってないな。
 ブルッサに知られることなく、1人でダンジョンの内偵調査をしたいだけだ。

 コッソリと玄関から出て南に歩き出す。
 後ろを振り返って見たが、家の正面側には誰も居ない。
 よし、バレてないな。ふぅ、っと息を吐きながら前を向くと……。

 気がついたら目の前にブルッサが居た。
 いつの間に、怖えぇ……。

「カボさん、こんな時間からどこに行くつもりなの? さては、私に黙って1人でダンジョンに行くんじゃないわよね」

「行かねえよ。ちょっと夕飯の支度をしようと思っただけだ。井戸の水汲みしないといけないしな」

「井戸ならあそこじゃない。それに桶も持たずに水汲みなんて、怪しいわね」

「ああ、ちょっと草も刈らないとな。ホレンソだ、ホレンソ。アハハハハハ……」

 俺は、その辺の足元に生えている草の葉っぱをズボズボと引き抜いた。
 野菜の束を手に握って、ブルッサに見せる。

「ふぅん、それならいいけど。私は、もう少しアキホさんと遊んでいるわね」

 そう言うとブルッサは家の裏の方へと戻って行った。
 どうなってるんだ? 彼女達は、建物の北側で円盤を投げ合っていたはずだ。
 よく見たら、ブルッサは右手に円盤を持っていた。どうやら場外ホームランを投げてしまい、こっちの方まで拾いに来ていたようだ。
 そこに運悪く俺がカチ合わせてしまったかもしれない。

 自宅の周辺で見張られているまま、監視を掻い潜って街道に行くのは難しい。
 やはり正攻法でフックとブルッサに、お帰りいただくしかない。
 俺はフックの所に10メートルほど近づいて、手招きして呼び寄せる。

「おーい、フック。ちょっといいか?」

「なんだい、ボス?」

「あのさぁ。ぶぶ漬けでも、いかがどす?」

「ブブヅケ?? それは新しい魔法の呪文か何かかい?」

 むう。ハッキリ言わないと伝わらないようだな。日本の京都なら、今の呪文で対象をセーブポイントに帰還させる効果があるはずなのだが。
 よし、イチかバチか賭けに出てみよう。
 それなりにフックは良識を備えているし、遠慮して帰ってくれるに違いない。

「実は、これから夕飯の時間なんだ。よかったらフックも食べて行くか?」

「え? まだ3時前だと言うのにボスの家では、もう夕飯なのかい? そんな迷惑をかけるわけにもいかないな。よし、僕達はそろそろ帰るとしよう」

 おお、意外とすんなり上手くいったようだ。

「そうか、悪いな。気をつけて帰れよ」

「え、なになに? ご飯? カボさんの手料理を食べさせてくれるの?」

 俺とフックが話をしていると、ブルッサが勝手に寄ってきた。

「こら、ブルッサ。失礼だろ。こういうときは静かに引き上げるのがマナーだ」

「別にいいじゃないの。私とカボさんは肌を重ね合うほどの仲だし」

「はぁ? 待て、誤解しないでくれ。ブルッサとそんなことした覚えはない」

「さあ、早く。何を食べさせてくれるの?」

 くそぉ、途中までは成功していたのに。
 ブルッサが割り込んできて流れが狂ってしまった。仕方ないから即席で何かを調理して食べさせるしかない。

「ぐぬぬぬ、あっそうだ。昨日の午前中、川で拾って来た貝があっただろ。あれを焼いてみようと思うんだ。まだ一度も食べたことがないから美味いか不味いか分からないけど。味見してもらおうかな」

 貝を焼くだけなら時間はかからない。10分もあれば出来るだろう。
 桶に入れて井戸水に浸しておいた大きなガラス貝1個を取り出す。

 ダッシュで台所に駆け込み、鉄板の上に貝を乗せ高速で竈に火をつけた。
 燃えやすい小枝の芝を中心に下に詰めて、火力全開で炙っていく。
 しばらくすると、貝がクツクツと音を立てて、香ばしい匂いが立ち上がった。
 ピッチリと閉じていた貝の口は、自然にパカーンと開帳した。

 ハート型をした不思議な殻の貝だが、驚いたことに中身が2つ入っていた。
 貝も双子だったのだ。貝殻は直径が15センチほどの大きさだけど、中の具は1個が5~6センチのサイズだ。少し大きいホタテのような雰囲気をしている。

 箸でちぎって中身を殻から取り外し、まな板の上に乗せた。それを包丁で十字に切って4つに分ける。2粒を同じようにカットし、元の殻の方へと戻した。
 それから貝殻丸ごとを皿に乗せた。

 俺が料理を持って台所から出ると、ダイニングに5人が着席し待ち構えていた。
 グラン、ハルナ、アキホ、フック、ブルッサだ。他の家族は、まだ今の時間帯は高確率で昼寝をしている最中だろう。
 8ピースに分けてあるので、貝1個分でも5人なら何とか足りるはずだ。

「おいカイホ、何を食わせてくれるんだ?」

「スライムの丸焼きかしら?」

「焼きムシパン?」

 ブルッサとアキホが、箸をブンブン振りながら料理を待ちわびていたようだ。
 まったく、行儀が悪いなぁ。

「うーん、美味しそうな匂い」

「まさか、例の貝か」

 食べ物の話題になると、みんなが何だ何だと騒ぎ立てている。
 ハルナまで鼻をクンクンしている。
 フックだけは、貝殻を見て察しがついているようだ。
 俺はコトっと、皿をテーブルに置いた。

「ヘイ、お待ち。ガラス貝の浜焼きになります」

 厳密に言えば浜焼きではないのだけど。単に火で炙っただけで、料理名は特に何も無い。呼称がないと不便なので、浜焼き(仮)ということにした。

「どうやって食えばいいんだ?」

 グランですら貝を食べたことがなかったのか。
 手づかみで殻をかじるんだよ、と冗談で言いたいところではある。
 だけど、本当に貝殻を食べて歯でも折れたら困るだろうから嘘はやめておいた。

「どうやって、って言われても。そのまま箸でつまんでガブっと口に入れればいいよ。ちょっと熱いかもしれないから、それだけ注意してくれ」

「いただきます」

 みんな箸を持つと、一斉に貝に向かって手を伸ばした。

「はふっ、はふっ、あつっ」

 ブルッサは一気に口の中に放り込んだと思ったら、手の平に吐き出していた。

「フゥーフゥーしてから食べてくれ」

「かゆいかゆい、おいちい!」

「痒くはないだろ。ガラス貝だ」

 アキホがカユウマとか言い出してゾンビ化しないか心配したが、単なる言い間違えだったようだ。

「ほぉ。こりゃ、なかなかの珍味だ」

「貝の内臓を食べるなんて、ボスは天才料理人か」

 グランも舌鼓を打ち、フックは意味の分からないことを言っている。
 貝は、中身を食べるのは当たり前だ。一部に内臓も含んでいるが、お前らが食っているのは剥き身だ。

 あまり大きすぎる貝は、ゲテモノみたいで味が良くない恐れもあった。
 ところが、みんな喜んで食べている。
 俺も一欠片を味見してみたが、普通の貝の食感だ。やや固くて歯ごたえがある。
 それに、まだ少し泥臭さが残っているかもしれない。水に漬けた時間が足りていなかったのだろうか。
 次から、もっとしっかり泥抜きして、柔らかくなるまで煮込んでみようと思う。

「カボさん、美味しかったわ。もう無いの? 私、1つしか食べてないわよ」

「1つしかって、みんな1ピースずつだよ。それに昨日、取った貝のうち1個はブルッサに渡しただろ。家に帰って自分の分を食べろよ」

「ボス。この貝は、どうやって料理したんだ?」

「別に、大した調理はしてないぞ。そのまんま丸ごと焼いただけだ。火が通れば勝手に貝殻が開くから、そしたら食べられる」

「分かったわ。さあ、兄さん帰りましょう。貝が待ってるわよ」

「待てよ、ブルッサ。それでは皆さん、これで失礼するよ。ご馳走様でした」

 ブルッサが走るように家の外に出て行き、慌ててフックが追いかけていった。
 やれやれ、なんとか帰ってもらえたようだ。
 食卓の方を見ると、グランが貝殻に口をつけズルズルと汁をすすっていた。

「かぁー、このスープも美味いじゃないか」

 貝を炙ったときに、水分が出てきて少量の吸い物のようになったのだろう。
 8切れに分割し6人で1ピースずつ食べた。まだ皿に2ピースが残っている。

「残りは、お母さんの分を取っておくの?」

 ハルナから、そう聞かれたが残しておく必要もないだろう。

「父さんは汁を飲んでるし、ハルナとアキホで1個ずつ食べていいよ。まだ貝は別に何個かあるんだ。母さんやメイドさん達には明日あたり食べさせてやるからさ」

「じゃあ食べちゃうね」

「ガラホ貝、おいちい」

 貝の味は特に問題はない。あとは食あたりにでもならなければよいのだが。
 さて、急いで街道に向かわなければ。

「そんじゃさ……。前に言った通り、俺は今夜から出かけてるから。夕飯はフックから買ったパンでも食べてくれ。俺が下準備して作り置きしたパンは明日になったら加熱して朝食にすればいいから」

「おいカイホ、まだ出かけないのか。馬車に置いていかれちまうぞ」

「カイ君、気をつけてね」

「お兄ちゃん、行ってらっしゃいー」

「行ってきます」

 特に大した荷物もない。財布は常に腰のベルトに結わえ付けてある。
 家の物置にあった少し大きい巾着袋をナップサップ代わりにして、着替えの下着などを入れてある。
 フックから仕入れた13個のパンのうち8個は家に置いておいた。
 残りの5個は、これも巾着袋に入れてロープで肩に掛け運んでいる。それと、2本のビンも同じ袋に収納した。

 街道まで出る途中、ロチパ三姉妹の家に寄っていく。

「よう。今日もパンを持ってきたぞ。オヤツ代わりに食べてくれ。俺は急いでるから、じゃあな」

 チロリだかパニコだか区別はつかないが、姉妹の1人が家の庭先で洗濯物を取り込んでいた。キョトンとした顔をされたが説明している暇はない。3個のパンを強引に手渡すと、すぐに彼女の家は後にした。

 早歩き、というか小走りに近いスピードで街道へと直進し続ける。
 さっきスライム狩りから帰ったあと、自宅に着いたときが2時過ぎだった。
 もうすぐ3時になってしまう。ボーデンが待っていてくれればいいのだけど、時間ギリギリになってしまうかもしれないな。

 街道には午前10時頃から午後3時頃まで4台の行商馬車が停留している。
 村人からミルクの買取をしたり、小麦粉などの食料品の販売をしている。
 行商人は仕入れたミルクを夕方までに町の小売店に卸さなければならない。
 ミルクの鮮度の問題もあり、基本的に消費期限は1~2日程度となっている。

 村から町までの時間は、馬車で30~40分ほどらしい。
 食料品店は、できるだけ早く入荷してもらって日没には売り切りたいそうだ。
 色々な兼ね合いから、行商人も午後3時を過ぎたら帰還してしまう。
 そうしなければ、町での納品に遅れてしまうことになるからだ。

 俺の方は、あくまでも頼んで馬車の片隅に乗せてもらう身分だ。
 あちらの都合に合わせる必要があり、遅刻して迷惑かけるわけにはいかない。

 はぁはぁはぁ……。ジョギングしてたら息が切れてきた。
 パイラマ街道に馬車が見えた。どうにか、まだ間に合ったようだな。
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