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3章 前編

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 パイラマ街道まで戻ってくると、馬車付近にポツンと一人で佇むボーデンの姿を視認できた。ブルッサは見当たらないな。

「ども、戻りました。フックとブルッサは、どこ行きましたかね?」

「おかえりです。お二人は帰ってしまいましたよ。ブルッサさんが、お腹がすいたと騒いでいましてね」

 街道は、もう人影がほとんどない。フックとブルッサも姿がないので、どうしたのかと思ったら先に引き上げてしまったようだ。

「俺が治療院で長話してたせいで、遅かったのかな。ブルッサなら、待ちきれなくても仕方ないや」

「いえ。いつもブルッサさんはパンをツマミ食いしているのですが、今日は完売するのが早くて食べられなかったみたいです。カイホ君が南に行ってから1分後くらいで、すぐ帰ってしまいました」

「なんだよ、ブルッサのやつめ。しょうもないなぁ」

 それでも、フックが一緒で家に戻っただけなら何も問題ないだろう。ブルッサが1人でモンスターと戦いに行ったりしていないかだけが心配だったのだ。

「それで、どうするんですか? 今日は、お一人でスライム狩りに?」

「うーん。まだゼラチンの在庫はたくさんあるからなぁ。最近ずっとブルッサが毎日5匹以上は乱獲しているんで、意外と余ってるんですよ。まあ、今日はスライムに行かないで、このまま帰ります」

「そうですか。それなら、またゼリーの新メニューを開発してください」

「はい、適当に考えてみます。ところで、ちょっと買いたい物があるんですが」

「何をご所望でしょうか? 無い物以外は、何でも取り揃えておりますよ」

 無い物以外って言われても、何があるのか分からん。

「妹にお土産というか、何か遊べる玩具みたいなのが欲しいんですよ。そういう商品ってあります?」

「玩具ですか。いくつかは馬車に在庫が積んでありますが……」

 ボーデンは馬車の荷台に手を突っ込むと木箱を1つ取り出した。
 それの蓋を開け、ガサゴソと中身を漁っている。

「どういうのがあるんです? この世界で玩具なんて全く見当もつかなくて」

「対象年齢は高めですが、コレなどいかがでしょうか。人気商品は常にストックしていますから。低温ロウソクに、三角木馬、トゲトゲ鞭の3点セットです。木馬は組み立て式で、使わない時は折り畳んでコンパクトに持ち運びも楽々できます」

 対象年齢が高いというか、明らかに成年指定じゃないか。
 いつ売れるか不明のSM用品を在庫に常備してる行商馬車って、おかしいだろ。

「そんなのダメダメ! うちの妹は8歳なんですよ。もっと小さい女の子が遊べるような物はないんですか? たとえば、お人形とかヌイグルミみたいなのとか」

「そうですねぇ。木彫で作られた茸の模型ならありますよ。極太サイズだけでなく、ニョッキィもあります。小さいメスでも十分に使用できると思いますよ」

 さらにボーデンは、箱から別のアイテム2本を出して見せた。
 1つはマツタケみたいな形をした木製の茸フィギアに顔が彫り込んである。
 もう1つはマッチのような形で、人工栽培のエノキ茸に似た木の棒だった。
 そんなコケシを何に使用するのかは、深く突っ込まないことにした。

「それも、いらないです」

「ちなみに、オスでも使えます。試してみますか?」

「やめてください。俺は試さないです」

「メスが使う遊び道具と言ったら大抵こんなところですよ。他は無いですなぁ」

 それ系の玩具ばかりしかないのか。
 この行商人が変態なのか、この世界の常識がおかしいのか分からないが。
 もう少し健全な物でなければ、妹に与えるわけにはいかない。
 子供の脳の発育に良さそうな、知的ゲームでもあれば欲しいのだが。

「カードゲームとかパズルとか、そういうのは無いですか? スゴロクみたいなボードゲームでもいいんです」

「パズル? というのは何でしょう? ちょっと分からないです。カードは名札やライセンス証に使われていますが、カードのゲームというのは聞いたこともありませんな。スゴロクは賭博用品で規制がありますので、私は取り扱っておりません」

 パズルは、そういう概念自体が存在しないようだな。スゴロクもギャンブル専用というのなら、あまり子供にやらせない方がいいだろう。

「むむむ……。それじゃボールとかってないんですか? スライムみたいな柔らかい素材で出来ていて、投げて遊ぶ球体です」

「ああ、投げる物ならありますよ。柔らかくはありませんが、ブーメラン・ナベシキという木製の円盤です」

 ボーデンは馬車の積荷の底の方から、円形をした木の板みたいな物を引っ張り出してきた。およそ直径30センチメートルほどで、お盆のようにも見える。

「それ、フライング・ディスクって言うんじゃないんですか?」

「そうとも呼ばれることもあるようです。ですが、製造元の工房ではブーメラン・ナベシキという商標で出荷していたみたいなんです」

 地球でも似たような物を見たことがあるな。リア充のカップルが公園で投げて遊んでいたり、ゴールデンレトリバーとかに拾わせたりしているのだ。

「それ、投げたら一周して、ちゃんと手元に戻って来るんですか?」

「戻ってきません。一直線にしか飛ばないです」

 見た感じでも、このディスクは空中で戻って来るような構造にはなっていない。
 流体力学的に「く」の字の形状じゃなければ無理だろう。

「戻らないくせに、どこがブーメランなんです?」

「売れ残った在庫が返品で、山のように戻っていたそうですよ」

 意味が違っていた。返品が多いんじゃ製造元の経済的ダメージが大きそうだ。

「そんでナベシキっていうのは、形が似ているからですかね?」

「買った人は最初は投げて遊びますが2~3日で飽き、最終的に台所で使われるようになります。熱い鍋やヤカンを上に乗せトレーにして運ぶことができるんです」

 玩具として遊ばなくなっても台所用品としても使えるなら、むしろ好都合だ。
 お茶を飲むとき、コップ数個をまとめて運ぶための盆が欲しいと思っていた。

「そのまんま、鍋敷きじゃないですか。まあいいや、それで値段はいくらです?」

「メーカーの希望小売価格は三千エノムだったのですが、工房が倒産しましてね。制造中止になってから在庫処分されていた品をまとめて安く仕入れておいたんです。カイホ君なら特別に千エノムでお売りしましょう」

 二束三文で安く買い叩いてきたのだろか。
 うーん、千エノムなら俺が作った木刀と同じくらいの値段かなぁ。

 この木製円盤は切り株を輪切りにして刃物で削って形を整え、最後にヤスリ掛けをして作っているのだろう。木板が、とても薄く削られて加工してある。
 厚さは1センチ以下で、かなり軽量化されている。
 これを作った職人の技術力と手間暇を考えれば、千エノムは安い価格だと思う。
 製作者の立場からすれば、三千エノム以上で売りたいと思うのは当然だろう。

「あの、試しに投げてみて確認してから買うのでもいいですか?」

「かまいませんよ。20メートル以上は楽に飛びますから、やってみてください」

 俺はナベシキを受け取ると、約10秒ほど街道を東に向かって軽く走った。
 これくらいの距離で馬車から30メートルはあるだろう。
 ボーデン目掛けてヒョィッっと円盤を投げつける。

 ビューーン。

 くそぉー、OBか。
 真っ直ぐ投げたつもりが少し右にそれ、街道の北側に飛んで行ってしまった。

 あっ、しまったと思ったら、ボーデンが即座に駆け出していた。彼は野球選手のような動きでライトフライを華麗にバシっとジャンピングキャッチした。
 そのままクルリと空中で身を翻し、ブンッと腕を大きく振り投げ返してきた。

 ブォォッーン。

 うぉー、すごい勢いで俺の正面に飛んできた。
 ボーデンは、ずいぶんと円盤コントロールが上手だな。
 俺は胸で受け止めながら、ボコっとナベシキをキャッチした。

 もう一度、今度は軽く投げてみる。
 ブゥーーン、ゴツン。
 10メートルほど低空飛行して、地面に落ちて止まった。
 何度か練習すれば上達するだろう。悪くない玩具だと思う。
 馬車の方に戻りながら円盤を拾って回収する。

「いかがでした?」

「意外と楽しいと思います。それにしても、ボーデンさん上手ですね」

「ええ。昔、これがブームの時代がありまして。みんなで熱狂したものです。最近は全く触ってなかったので投げたのは久しぶりでしたが」

 流行っていうのも不思議なものだなぁ。最初は寄ってたかって1つの物事に乗じているのに、ある時を境にして急に冷めてポイっと捨てられるのだ。

「へぇ、そうなんだ。大流行が来て調子づいて大量生産したら、急にブームが終わって工房も破産しちゃったのかな?」

「まさに、その通りです。よく、ご存知でしたね」

「いや、知りませんでしたけど。とりあえず、コレを買って妹と遊ぼうと思います。千エノムでしたよね」

 俺はジャラジャラと百エノム銀貨10枚をボーデンに支払った。
 怪しげな大人の玩具より、よっぽど健全だ。外で運動にもなるし丁度いい。
 これさえあれば、ままごとさせられずに済むだろう。

「5・10……。はい、千エノム確かに。毎度です」

「さてと、帰るかな。日が暮れる前なら、今日からでも少し遊べそうだし」

「妹さんと2人でブーメラン・ナベシキをするのですか?」

「そのつもりですけど。これって1人だと投げたら自分で拾いに行かないといけないし不便ですよね。元から2人以上で遊ぶ物じゃないんですか?」

「そうです。今夜はお楽しみですね」

 それほど、お楽しみというほどのことではない。
 むしろ、一種の家族サービスみたいなものだ。

「いや、やるとしたら日没前までですよ。暗くなったら見えなくなるし。あっそうだ。ナベシキは全く関係ないですが、ボーデンさんにお願いがあるんです」

「キャッチ・ディスクの相手なら、客のいない暇な時間であれば構いませんぞ」

 行商人って、客が居ないときは何をしているのだろうかと気になっていた。
 どうやら、何もやることがなくて暇をしていたようだ。

「いえ、そうじゃなくて。俺は一度、町に行きたいと思ってるんです。それで、ボーデンさんが帰還するときに、一緒に馬車に乗せてもらえないかなと」

「今日ですか?」

「今日は家に帰るので、まだ町は行きませんけど。近日中を考えてます」

 ボーデンにとっては、俺は単なる客の1人にすぎない。
 当然、行商人が村人を馬車でタクシーしてあげるような義理はない。
 乗車させてもらえるのかどうか、一応ダメ元で聞いてみることにした。 
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