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2章 後編

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 それにしても三万エノムか……。
 グランが滞納していた税金を支払うために、俺は金を稼ぐことにした。
 実は、既に二万エノムほど貯め込んでいる。あと一万エノムくらいなら、どうにかなるだろう。
 スニャック1匹を倒せば二百エノムが入る。ガラス工房でもオッパイビンを制作し、それを行商人に買取してもらえば1本二百エノムにはなる。
 1~2ヶ月の猶予さえあれば、一万エノムくらい大した金額ではない。ところが、それを10日で稼ぐとなると少し厳しいかもしれない。

 フックとブルッサの3人で、1日に3匹ずつの蛇狩りを再開すべきだろうか。
 パーティ全体で1日あたりトータル六百エノムの収入になるので、2人から四百エノムずつ貸しておいてもらうという手もあるかもしれない。
 借金して債務返済にあてる自転車操業みたいなことは好むところではないが。
 仮にそれをしたとしても、10日で六千エノムか。どちらにせよ、ガラス工房でもバイトをしないと金は足りないな。

 俺個人の稼ぎだけでなく、家の方は1日にミルク7リットルを納品して千四百エノムの収入があるはずだ。
 節約のため、食費を少し削るのはどうだろうか。食べるパンの量を半分に減らせば、小麦粉代の分だけ微妙にお金が残るはずだ。
 ただ、搾乳をするのに栄養が不足しないかどうか不安だな。男はともかく、ミルクを出す女性には食事をしっかり取ってもらいたいとは思う。
 どうしたものか……。

 ガラス工房で1日にビン20本を吹いて、報酬を2本ずつもらえるように頑張る方がいいかもしれない。
 そういえば、昨日からロチパ三姉妹を搾乳させてもらえることになった。夜ミルクが1リットル増えるように調整すれば、プラス二百エノムになるはずだ。
 ただ、よそのお宅のミルクをタダでもらうわけにもいかないし、パンを持っていくと少し経費がかかってしまう。丸々と二百エノムが利益になるわけでもない。
 うーん……。夜に搾乳に行くか、1日中ガラス工房で働き詰めるべきか。

 待てよ……。
 昨夜、俺は杏仁豆腐をビン2本に入れ作っていたな。ロッピ達から計600ccの搾乳をして、その中から250ccずつ分けて投入していたのだ。
 残り100cc分は、ブリ茶と混ぜてミルクティーにしてサヒラに飲ませてしまった。
 それでもゼラチンが1個100ccほどの分量があったので、ミルク500ccを使用して300cc弱の杏仁豆腐が2セット出来たのだ。
 片方は既に今朝、デザートとして家族で食べている。
 もう1本は夜にでも食べようと思って残しておいた。

 最近、フックにデリバリーのパン屋を始めさせて、行商人にミルク蒸しパンを販売している。
 パンが売れるくらいなら、もしかしたら杏仁豆腐も売れるかもしれない。ボーデンに試食してもらって、聞いてみてもいいだろう。
 一応、確認のために鑑定をしてみるか。俺はビンのフタを開けて、中身へと向けて右手をかざした。

「パイサーチ!」

 ギュイィィィン。
 この魔法は、オッパイに掛けるとカップサイズが判別でき、ミルクにかけると品質と賞味期限が脳内に表示される。

『寒天牛乳:乳食品 品質:B 賞味期限:B+』

 どうやら杏仁豆腐は、ミルクに近いカテゴリーに入るようだな。
 地球では寒天とゼラチンは異なる物質のはずだけど、この世界だと同じ扱いなのだろうか。魔法で調べても、品質は悪くない。
 それに、賞味期限が通常のミルクより長いみたいだ。最低でもミルクと同じ値段はつくかもしれない。出来れば少し高く売れれば良いのだけど。

 さてと、装備を調えてバイトに出掛けるとしよう。
 右手にバットを取り、腰のベルトにナイフを入れた革製ホルダーを括りつけた。
 帰り道でスライム狩りをすることになるので、今日は忘れずにサブウェポンの脇差しを携え、抜かりはない。
 そして、左手には淡い期待を抱きつつ杏仁豆腐の入ったビンを持った。

「行ってきます」

「おう、たんまり稼いでこいよ」

 なんだか、グランは他人事のような言い方だな。
 脳天気な態度に少しムカっとしたが、そのまま玄関から外に出た。
 パイラマ街道の行商人を経由で、ガラス工房への出勤に向かうことにする。

 道中、色々な考えが頭の中で渦巻いている。ずっと脳内でソロバンを弾きながら歩き続けた。金だカネ。とにかくカネが必要だ。
 うちにいるメイドさんが1人でも居なくなるなんて耐えられない。愛しいオッパイを失うわけにはいかないのだ。
 馬車が見えてきた。少し早歩きで来たので10分ちょいで街道に到着した。

「ボーデンさん、おはようございます」

「おや、おはようございます。カイホ君が朝一番から街道に来るとは珍しい」

「午前中からガラス工房に通っているんですが、今日はこっちを通ってきました」

「そのビンは何ですかね。もしかしてミルクの納品ですか?」

「あ、ミルクじゃないんですけど。実は新作の料理なんです。そんで、良かったらまた試食してもらえませんか?」

 俺は杏仁豆腐の入ったミルクビンをボーデンに手渡した。

「うん? これはミルク……。いや違う、固まっていますな」

「すいません、ビンだけで持ってきてしまったんですが。箸かスプーンがあれば食べてみてください」

「ははぁ、なるほど。ミルクゼリーですか。私は細いスプーンを持っているので、すくってみます」

「このビン、本当は飲み物を入れる容器なので口が細いけど大丈夫ですか?」

「そうですな。飲料用は中身がこぼれにくいように、窄(すぼ)んでいるのが普通です。ゼリーを直ビンで食べるには少し小さいですが、問題はありません」

 ボーデンは耳かきみたいな細い木の棒を取り出してきて、杏仁豆腐をツンツンと突き始めた。

「へぇ、そんな小さいスプーンがあるんだ」

「このサジなら丁度よさそうです。ふむ、プリプリしていて、なかなかの弾力ですな。では失礼して、いただきます」

 ボーデンは少量ずつ、口の中に杏仁豆腐を入れている。
 舌の上で白い破片をペチャペチャさせ、じっくり味わっているようだ。

「お味の方は、どうです?」

「ほぅ、水で薄めずにミルク100%でゼリーにするとは。少しだけ砂糖を入れて、ほんのりとした甘みが付けてありますね。ミルク本来の風味が良く出ていて、美味しいですよ」

「そうですか、それは良かった」

「ところで、このミルクは誰から搾ったのですか。カイホ君の家族のミルクとは味が違うようですが」

 誰を搾乳したのかと聞かれると、何となく答えづらい。
 別にブルッサから問い詰められているわけではなく、ボーデンは男の行商人なのでビクビクして隠す必要もないのだけど。

「え? たしかに、うちの家族のミルクではないです。ちょっと、ご近所の女性から分けてもらったんです」

「そうでしたか。どうりで、モーリアさんやサヒラさんのミルクとも味が違うわけだ。これは1人分のミルクを使ったのですか?」

「いや、1人じゃないです。3人からミルクを搾って混ざっています」

「なに、3人? 通常は違うメス同士のミルクをブレンドすると、もう少し複雑な味わいになるものです。これは3人ではなく、1人のメスから搾ったシングルモルトではないのですか?」

 ウィスキーでもあるまいし、シングルモルトって何だよ。

「あっ、そうだ。三姉妹なんです、彼女達は三つ子で」

 俺がそう言うと、ボーデンはさらに杏仁豆腐を口へと入れペロペロ食べている。

「ぬぬ……。私にも分かりました。これはロッピさんのミルクで作ったゼリーですね。それなら納得です」

 どういう味覚をしているんだ、この行商人は? ミルクなんて、誰のを飲んでも同じような味じゃないのか。

「すごいですね、何で分かったんですか」

「ミルクの味は、そのメスが普段から採取している食事の影響を受けるのです。たとえば塩分の多い食事ばかりだと、ミルクにも微妙に塩味がついています。カイホ君の家ではスープにダシを入れて飲んでいるじゃないですか。それにしては、このミルクゼリーは味が少しサッパリしているかなと思ったのです」

「はぁ、さようですか。そんで、この杏仁豆腐、いやミルクゼリーのことなんですけど。売れないですかね? パンが売れるなら、ミルクゼリーも誰かが買って食べるんじゃないかなと思って」

「どうでしょう。これは貴族が食べるような高価なデザートです。私が自腹で買って食べるには、少し贅沢になってしまいます」

「賞味期限も長いと思うので町に運んで行って、誰か買って食べてくれそうな人とか見つからないですかね?」

「どれ、ちょっと確認させてもらいます。パイサーチ!」

 ギュイィィン。
 ボーデンも乳魔術を使用して、俺の作った杏仁豆腐の品質を鑑定した。

「魔法で調べても、悪くはないはずです」

「おお、たしかに。この賞味期限なら5日は持つと思います。これは1日に何本くらい調理できますか?」

「うーん。ひとまずミルクの問題は差し置いても、ビンの方が足りないので1日2本くらいが限度だと思います。それ1本で500cc入りますから、2本で1リットルくらいしか作れないです」

「そんなに沢山は売れないでしょうが、1日2本程度なら買取いたします。私の取引先の飲食店でデザートメニューとして試験的に販売してもらうことは可能です」

「味付けは、どうなんですか? 今日の分は砂糖を少量しか入れてないんです。自分でも味見してみたら、もっと甘い方がいいのではないかと思ったんですけど」

「そうですな。私としては個人的には甘さ控えめで、これくらいの味でも悪くはないです。ただ、町でデザートとして売るには、もっと甘さが強い方がいいかもしれません。コレの2倍くらい砂糖を入れるといいでしょう」

「はい、そうしてみます。次に作るときは甘いミルクゼリーで」

「あとは、価格の問題だけですな」

「あの、ビンごと買取ということになるのでしょうか? ビンの原価と、ミルクにゼラチンの原価も掛かっていますので。それに少しだけでも利益を乗せていただければ助かるのですが」

「500ccビンに入ったミルクゼリーを1本あたり四百エノムで良ければ買わせていただきます」

「よ、四百か……」

 ・ミルク500cc弱:およそ百エノム
 ・空きビンをそのまま買取ってもらう場合の金額:1本二百エノム
 ・ゼラチン1個:五十エノム(ビン1本あたり半分使用で二十五エノム)
 ・砂糖500グラムが五百エノムで、1本あたり25グラム使用:二十五エノム

 杏仁豆腐1ビンあたりの原価は三百五十エノム

 1日に2本を作って納品すると、売上八百エノムに原価七百エノムで利益は百エノムとなる。
 むむむ、赤字ではないけれど……。やらないよりはマシと言ったところか。

 俺は頭の中で計算をしている間、数十秒は口に掌を当てながら黙りこんでいた。
 ボーデンから提示された四百という数字に改めて驚かされた。これより安いと原価割れになってしまうので、損をするくらいなら納品を断念しただろう。
 この行商人は、俺が出荷するだろう下限価格ギリギリのラインを一瞬で算定していたのだ。

「あまり高いと店で注文する人がいないでしょうから、それくらいが相場だと思います。どうしますか?」

 ボーデンは俺から1本あたり四百エノムで買い取って、町で五百エノムそこらで卸すのだろう。
 もしかすると双方にとって、そんなに儲かる商品ではないのかもしれない。
 それでも今は、たとえ1日に百エノムでも収入が欲しいところだから仕方ない。

「分かりました。1本四百エノムで買ってもらえるなら、お願いしたいです。早ければ明日からでも2本ずつ納品しようと思います」

 リバーシブの町で実際に売り出してみても、確実に捌ける保証はない。ボーデンの方もリスクを負うことになる。しばらくは2本ずつで様子見だな。

「ええ、それで結構です。どうぞ、これからもご贔屓に」

「その試食したミルクゼリーの余りはどうします?」

 ボーデンはスプーンで2~3杯程度を味見しただけで、ビンには杏仁豆腐がまだ残っていた。

「私の食べかけですが、残りも試供品として町に持って行こうと思います。お預かりしてもよいでしょうか?」

「はい。持って行ってください」

 話はまとまった。
 今夜もミルクを使い杏仁豆腐の制作をしよう。そのためにはビンが必要になる。

 俺はボーデンと別れると、パイラマ街道を真っ直ぐ東へと進んだ。
 途中で街道脇20メートルほど奥の草むらには、相変わらずミルクスライムが何匹かうごめいていた。
 今はモンスター狩りをする時間ではないので無視し、すたすたと職場を目指す。

 しばらくすると、ガラス工房に到着した。
 今日も1日頑張るぞ。そんなに張り切ることができる気分ではないが。
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