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2章 後編

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 昨日の夜、俺は3人のメイドさん達から搾乳してたとき変なことを言われた。
 セイカかセニィが売り飛ばされるとか、家からサヒラが出て行くみたいな話だ。
 昨晩は搾乳に取り掛かる時間も遅かったので、彼女達が少し寝ボケていたのかもしれないと思ったりもした。
 そんな馬鹿なことがあるわけがない。父親のグランに確認してみることにした。

「ああ、産乳メイドの金銭トレードのことか」

「何だよ、トレードって? そんな話は、今まで何も言ってなかったじゃないか。突然どういうことなんだ?」

 意味が分からん。スポーツ選手みたいに、他のチームに所属が移るのだろうか。

「なあ、カイホ。お前はセイカかセニィ、どっちが好きだ?」

「え? 急に、そんなこと言われても……」

「どちらか片方だけ家に残すとしたら、どっちを選ぶ?」

「まさか、本当に売り飛ばすつもりなのか? セイカもセニィも俺が生まれたときから一緒に暮らしてるわけだし、2人とも家族同然じゃないか。どちらか片方を売り飛ばすなんて、そんな酷いことできるわけないだろ」

「別に売り飛ばすわけじゃない。あくまでも取引で、よその家にメイドを移籍させる代償に金を受け取るだけだ」

 グランの言葉に自分の耳を疑った。
 昨夜、セイカは自分が売られてもいいのでセニィだけでも家に残してくれと言っていた。だけど、仲の良い姉妹が引き離されたら悲しくてたまらないだろう。

「トレードなんて言っても、それって実質的には人身売買してるのと同じじゃないか。どうして、そんなことするんだ? 俺は絶対に反対だ。お願いだから、やめてくれよ」

「仕方ないな……。それじゃ、やっぱりサヒラか。うちから産乳メイドを放流するのは、何も今回が初めてというわけじゃない。今までもそうやって生活してきたんだ。カイホも辛いかもしれないが、理解して欲しい」

「ダメだ、サヒラもダメ。というか、うちだってそこまで金に困ってるわけじゃないでしょ。なんで家族を身売りしないといけないんだ?」

「実は、うちには負債があるんだ。支払期限が今月末までって言われてたんだけど、まとまった現金が用意できなくてな。そしたら、先方から取引を仲介してもらえることになったんだ。それしか手段がないから、やむを得ないだろ」

 話の流れからすると、そういうことではないかと薄らげに想像がついていた。

「借金があったのか。いくらだ? というか、何で借金なんてしたんだ? いつの間にそんなことに?」

「まあ、まあ、落ち着けって。質問は1つずつにしてくれよ。三万エノムだ」

「あ? 三万エノム? そんな金額でサヒラを売るつもりなのか?」

 博打か、それとも美人局にでも引っかかったのだろうか?
 俺の方も少し気が荒くなってきて、グランを問い詰め尋問するような雰囲気になっていた。

「いや、移籍先から我が家に対して補償金五万エノムが支払われる。サヒラは3年契約で、別の家での産乳メイドとして奉公に移ることになる。もらった金で負債を弁済して、それでも手元に金はいくらか残る計算だ」

 産乳メイドは毎日1リットルの搾乳をして、二百エノムの日収が得られる。
 年間のミルク売上代金は六万エノムで、3年だとトータルで十八万エノムだ。五万エノムぽっち、もらったくらいでは割に合わない。

「俺も、いくらか貯金があるから。不足分は、もう少し待ってもらえないのか?」

 今日からでも蛇狩りを再開すれば、俺でも1日あたり二百エノムずつ月に五千エノムは稼げる。
 日数の猶予さえあれば、三万エノムくらい用意できないこともない。

「カイホが金を貯めているのは知っている。だけど、それはダンジョンに行く装備を買う資金にするんだろ? 家の負債のせいで息子に迷惑はかけられないからな。お前が留守のときにもブルッサがたまに訪ねて来ては、いつダンジョンに行くのかって騒いでいるし」

 俺が午前中からガラス工房に行っている間にでも、ブルッサが押し掛けていたのだろうか。
 今はメイドさんが売り飛ばされるかどうかの瀬戸際なので、そんなことに構ってはいられない。

「別にダンジョンなんて、どうでもいいんだよ。サヒラ、セイカ、セニィ、誰か1人でも居なくなったら、その方がよっぽど俺にとって大迷惑だ。三万くらいなら、あと2ヶ月もあれば工面するから。もう少し支払いを待ってもらえないのか?」

「そうは言っても、3年前からの滞納だからな。そのうち何とかなるだろうと思ってたけど細々とした出費が多くて、なかなか計画通りに返済できなかったんだ」

「3年前って一体、何に金を使ったんだ? 酒か女か?」

「まあ、メスに金を使ったのには違いはないけれどな」

「なんだとー!? このクソ親父め、どこの女に貢いだんだ? それとも、よそに隠し子でもいるんじゃないだろうな?」

「おい、誤解するなって。メスに金を使ったと言っても、体外受精と中絶の費用だ。セイカとセニィのな」

「あぁ……。なんだ、その話ならサヒラから1回聞いたことがあるよ」

 勝手に早とちりをして、危うくグランに殴りかかってしまいそうになった。
 でも、たしか2人合わせて一万エノムだったはずだ。体外受精費用だけでは三万エノムにはならない。

「治療院でデソンに一万払って、2人から搾乳できるようにしてもらったんだ」

「それで、残りの二万エノムは?」

「それも、セイカとセニィのメイド服代だ。ちゃんとした服を支給せずに、ボロを着せて搾乳だけするとメイド虐待になってしまうからな。教会の戒律で、そういうルールが定められている。違反すると俺が逮捕されるから、必要不可欠な出費だ。一番安いメイド服でも最低が一万エノムで、それ以下の物だと認められないんだ」

「ふーん、そうだったのか。それで、治療費と制服代が未払いのまま滞納してたってわけなのか」

「いや治療費もメイド服の代金も支払ってある。金を工面するのは大変だったけど、何とか現金一括で払ったぞ。こう見えても俺は信用が無くて、前金じゃないと注文できなかったからな」

 料金を踏み倒されると困るので、支払能力に不安のある顧客は先払いでなければ注文を受け付けてもらえないのだろう。
 そんなこと、自慢気に言うことではないと思うぞ。

「はぁ? そんじゃ三万エノムの借金って何なんだよ?」

「あの頃、生活苦しくて税金を払ってなくてな。滞納が三万エノムってわけだ」

「しょうがねぇなぁ……。それって、分割払いにならないの?」

「毎月の支払いは元々が二千エノムずつでな。15ヶ月分が滞って、三万エノムの負債になっちまったんだ。そんで、村の出納担当に頼んで分割にしてもらったんだけど。2年半かけて月々千エノムずつ払ってくれればいいって言われてな。通常の二千エノムの納税に加えて延滞分も合わせて三千エノムだ。だけど、今までずっと二千ずつしか払ってなかったから、滞納分が終わってないんだ」

 以前のうちの家計状況なら、ありえない話ではない。ところが半年前から、うちの月収は三万五千エノムになった。
 どうもグランの言っている話では計算が合わない気がした。

「そんなの、おかしいじゃないか。ここ半年くらい夜に搾ったミルクも売るようになって、うちの家計は月収で一万エノムは増えたはずだ。どうして、三千エノムが払えてないんだよ?」

「そうは言っても、色々と出費が重なったからな。どうしても金が足りなくて、ついつい後回しでいいかって」

「出費って何だ? 滞納税を払うより優先される買い物なんてないだろ」

「えーと、まず5ヶ月くらい前にトイレが壊れてリフォームしただろ。たしか、大工に払った請負代金が二万五千エノムだ」

「そういえば床にも穴が空いちゃってたなぁ。あれは直すしかないから、やむを得ないか」

 家の中でトイレが使えなくなると野外で用を足すハメになる。
 人間として文化的で最低限度の生活を送るためには、ちゃんと機能するトイレが必要だ。

「あと、井戸のつるべも劣化して使えなくなっただろ。部品交換と修理に一万五千エノムかかった」

「それもしょうがない。水がないと生きていけないし」

 毎日の水汲みは俺の仕事だ。つい3ヶ月ほど前に井戸の滑車が壊れてしまった。
 ロープもボロボロになっていたし、井戸桶も急に底が抜けた。
 一体、何十年前から使っていたのか分からないほど古い井戸だから、劣化して限界が来ていたのだろう。金はかかってしまったが、必要なメンテナンス費用だ。

「あと、薪割り用のタナも新しいのを1本買っただろ。古い方は、なぜか血まみれで刃こぼれも酷くて切れなくなっていたし。そんなわけでナタの代金にも八千エノムを使ったんだ」

「うぅ……、ナタも必要だな。柴刈りにも使うし……」

 前に使っていた古いナタは、俺が林でスニャック狩りをした際に乱暴に振り回していた。鱗がメチャクチャ硬い蛇のモンスターを叩いたせいで、刃がガタガタになってしまっている。
 薪割り用に、やむを得ず新しいナタを購入していたのだった。

 毎日の炊事で竈に火を付けているが、どうしても柴だけでは熱量が不足する。温かい料理を作ったり、ミルクを沸騰させるためには薪も必要になる。

「他にも細々とした臨時出費が続いて、収入が増えても家計はカツカツでな。毎月二千エノム分は納税していたけど、滞納分は金が足りなくて、もう千エノムは無理だったんだ」

 月収が一万エノム増えても、何だかんだで半年の間に六万エノム近い支出があったようだ。増収分が、そっくりそのまま消えた勘定になる。

「そういえば、前に少しだけ貯金をしているって言ってなかった? 実はヘソクリがあったりしないの?」

「ん? 貯金か……。月に百エノムずつ金を残しておいたから、五百エノムくらいあるぞ」

 俺が想像していたより桁が少なかった。子供の小遣いじゃあるまいし、そんなんじゃ貯金のうちにならない。

「えー? それっぽちかよ。まあいいや、金がない理由は分かったよ。1度は分割にしてもらえたのなら、もう1回だけ延期させてもらえないの?」

「もうすぐ3年になるから、もう無理だそうだ。この国では脱税が犯罪になるからな。今までは未納扱いだったけど、タイムリミットを過ぎると支払不能として処罰されることになる」

「税金を払わないと、刑罰まであるのか」

「町から官憲が派遣されてきて逮捕されることになるな。裁判にかけられたあと、オスなら奴隷化されて炭鉱行きになる。メスは競売にかけられて、どこかの家でメイドとして働かされるんだ。ただし、うちには産乳メイドが居るから、そっちの方が優先的に換金させられる。財産に強制執行をかけて租税徴収できれば、実際には刑罰を受けることにはならない」

「どっちにしろ、税金を払わないとサヒラか誰かが売られてしまうというわけか」

「国税滞納の強制競売だと落札価格が安くなってしまう可能性があるんだ。その前に任意取引で金銭トレードした方が、圧倒的に条件は有利になる」

 滞納税を納めずにいると、強制的にメイドが競売にかけられる。
 メイドをトレードに出し移籍金をもらえば、納税ができて強制執行も免れる。
 いずれにせよ、金が払えないとメイドのうち1人が家から出て行くことになる。

「そうか……。とにかく金なら俺も、ある程度は用意するから。期限は、あと何日くらいだろ?」

「10日後に、産乳メイドを1人連れて来いと言われている。まだ正式に契約したわけじゃないから、それまでに三万エノムを払えばトレードはキャンセルしてもらえるだろう」

「まったく、そういう大事なことは先に話しておいてくれよ」

「すまなかったな。余計な心配させないように黙っていようと思ったんだけど」

「まあいいよ。まだ手遅れじゃない。そんじゃ俺はガラス工房にバイトに行ってくるから」

 大体の話は理解できた。うちは少し生活が苦しいとは思っていたが、隠れ借金まで存在していたというわけだ。
 ここでグタグタ言っていても、金が貯まるわけではない。
 他に収入を得る手段が少ないので、とりあえずミルクビンの制作だけでも地道に続ける必要があるだろう。
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