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2章 中編
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「私は、よその家に奉公に出されることになると思います」
「なんだとっー!?」
サヒラに対して、パイサックを掛ける前に手搾りで少量のミルクを樽に流し入れていた。一種のウォーミングアップだ。
オッパイを触りながら会話をしていたが、サヒラが家を出て行くみたいなことを言うので思わず興奮して指に力を込めてしまった。
「あんっ。そんなに強く摘まないでください。ミルクが溢れてしまいます」
「おっと、すまん。痛かったか?」
「いえ、大丈夫です」
「そんで、どうしてだ? なんでサヒラがよその家に行かないとならないんだよ」
「まだ決まったわけではありません。詳細は明日にでも旦那様に聞いてください」
あのクソ親父がまた何か、しでかしたのだろうか。もしかして乱心したか。
「今から聞いてくる」
「その前に搾乳を済ませてください」
「ああ、そうだな。面倒だから両乳をいっぺんにやってやる」
「え? 同時になんて無理ですよ」
左を搾って、それから右を搾ると2回分の時間がかかる。両方を一度にやれば短縮になるのではないかと思いついた。
普段は急ぐ必要もなく、あえて2回に分けじっくり搾乳する方がいいのだけど。
今夜だけは例外だ。
「サヒラは大きいからどうにかなるだろう。左右を中央に寄せてくっつけるんだ。こうやって挟みこむように」
「そ、そんな……。いけません」
いわゆる、寄せて上げるポーズだ。サヒラ本人に両手でオッパイの脇を圧迫させ、センターに集める。左右の乳房をピタっと密着させた。
今まで一度もやったことのない新しい搾乳方法だ。たまには、こういうことに挑戦して行くことも必要だろう。
「よし、樽を正面に置いて少し前に屈んでくれ」
「大丈夫でしょうか?」
「たぶん、いけるだろ。200cc:パイサック! 200cc:レフト・パイサック!」
ギュイギュイィィィン!!
俺は左右の指を使い、サヒラのミルクコックを2本同時に樽に向け引っ張った。
照準を定めると、両手から間髪入れずに魔法を発動させる。
ジュワッ、ドボボボボッー。ビュビュビュー。
視点をズームアップすれば、ミルクによる滝のように感じられるかもしれない。
「あっ、あっ、ああぁっん。さ、左右同時なんて……。はぁ、んんっ、変になってしまいます。はぁはぁはぁ、んんっああぁぁぁー!」
「ふぅ、意外と上手く樽に搾れたな」
「はぁっはぁっはぁっ……」
魔法による搾乳は毎晩続けており、最近サヒラもかなり慣れてきたはずだった。
ところが今回は、いつになく息を切らしている。
「サヒラ、大丈夫か? ちょっと乱暴すぎたかな」
「申し訳ありません、坊ちゃま。ちょっと目の前が真っ白になって、何かがキてしまいました」
「とにかく、俺はサヒラも、よその家になんかやりたくはないんだ。グランと話してみるよ」
「はい。ただ私なら問題ないですから。坊ちゃまが気になさることはありません」
「まあいい。今夜は遅くなってすまなかった。ゆっくり寝てくれ。おやすみな」
「おやすみなさいです」
俺は樽を抱えて部屋を出ると、一旦は台所に向かった。
すぐにでもグランの部屋まで乗り込もうかと思ったが、ミルクの加熱もしなければならない。1日の疲労も残っているので、事情聴取は明日に回すことにした。
アキホに食べさせるオヤツの仕込みもやっておく必要がある。
まず、ハルナが搾乳して置いてあるモーリアとヒビキのミルクに、俺が搾乳した3人分のミルクを合わせて2リットル分を鍋で煮立ててから樽に移した。
そして、夕方にロチパ三姉妹から搾乳した600ccのミルクも残っている。
行商人のところに500cc単位で納品すれば百エノムにはなるのだけど、今回は売らないことにした。
味見用に100ccほどコップに取り分け、残りの500ccを鍋で沸かした。
そして、スライムのドロップ品であるゼラチンを混ぜ込んでみることにした。
ブヨブヨのゴムボールみたいな皮に覆われているので、包丁で切れ目を入れ中身をトロリと鍋に流し入れる。そしたら鍋に箸を突き立てカシャカシャ掻き混ぜた。
こんなので、本当に冷やせば固まるのだろうか?
まあ、1回は試してみないと分からない。何事も勉強だ。
あと、味付けもした方がよさそうだな。鍋に砂糖をサジ1杯分だけ入れてみた。
もし、このままゼラチンが固まると明日の朝食を作るときに鍋が使えなくなるかもしれない。別の容器に移しておいた方がいいのではないかと思った。
そうだ、俺がガラス工房で作った牛乳ビンがあるじゃないか。芸術作品じゃないんだから、飾っておくだけでは意味が無い。
自家製の500ccボトル2本を台所まで持ってきて、さっそく使ってみることにしよう。ビン1本あたりに鍋のミルクを半分ずつ注いでみた。
ゼラチン1個で100ccほどの量があったようだ。鍋の嵩が少し増えている。これを2つのビンに分けると、両方に300ccくらい入った。
ビンの口にピンクコルクでしっかり蓋をして、このまま冷やすことにした。
ビンの高さは10cmほどある。そこで桶に5cmくらいの水位になるよう水を張り、2個のビンを浸けておいた。
冷蔵庫もない家なので、他に冷やす手段はない。水温以下にはならないだろうけど、とりあえずこれで様子を見ることにしよう。
さっき沸騰させたばかりなので、ミルクビンはまだ熱い。水桶で冷やしても中身がすぐ固まる気配は感じられない。
ちょっと5分ほど時間を潰してから寝る前に再確認をすることにした。
今夜は月が綺麗だったので、玄関からサンダルを履いて外に出てみた。
家の周囲を無意味にグルっと散歩して1周した。
そういえば、今日の夕方にロッピから搾乳したとき妙な話を聞いたな。寝る前に自分のオッパイをイジっているとか何とか。
セイカとセニィは、そんなことをしたりしないのだろうか。家の外側から2人の部屋を覗いて見ようとした。
窓がしっかりと閉まっておらず、少しだけ隙間が開いている。そこに顔を近づけて片目で室内に目を向けた。
暗くてよく見えない……。既にランプの灯りも消えている。牛人種は夜目が利くと言っても、完全に真っ暗闇の室内でオッパイを識別することは無理だった。
それに、2人とも既に熟睡しているようだな。耳をすますと、『グゴー、グゴー』とセニィのイビキのような音だけが聞こえていた。
それから家の中に戻り、台所でミルクビンに触ってみた。
やはり、まだ温かい。完全に液体のまま、ヨーグルト状態にも変化していない。
ふわぁっー。ものすごく眠くなってきたな。
夕飯後、一度は熟睡しかけていたところをバットで叩かれて無理やり起こされてしまったのだ。今日は魔法の回数を使いすぎてしまったせいもある。
ゼラチンの検証は、また明日の朝にしよう。
ヨタヨタと自分の部屋に戻ると、俺もセニィのようにバタっと布団に倒れこんで一気に眠り落ちた。
……。
『ポッポー。ポゥー、ポポポー』
うーん、トリの鳴き声が聞こえる。なんか庭で飼っているキジィラが騒がしい。
パッと目が覚めて飛び起きた。寝過ごしてしまったかと思ったが、俺の両隣ではハルナもアキホもスヤスヤと眠っていた。
とりあえず、今朝も井戸の水汲みと卵の回収をしてくるか。
トリの周辺でバタバタと物音がしていたのが気になる。もしかすると卵泥棒でも来ているのかもしれない。
俺は念のため右手にバットを装備し、左手にはタナを持った。
トリの卵を確認してみると5個しかなかった。雌鳥を10羽以上飼っているので、普段なら10個は生んでいるはずなのに。泥棒が半分だけ盗んだのだろうか。
周囲を見渡したが特に人影はない。ただ、草むらで何かがガサゴソとしている。
「誰だっ!? パイサーチ!」
ギュイィィン。
俺は右手をかざし、10メートル先の茂みに向けて魔法を唱えた。
『スニャック:蛇魔獣 ONF』
なんだよ、スニャックかよ。
最近、西の林に行ってなかったからスニャックの方から俺に会いにきたのだろうか。10歩ほど、ゆっくり近づいて草陰を覗き込んだ。
そこにはツチノコのように横腹の膨れた蛇が潜んでいた。体長3メートルほどだが、ウェストが20cmくらいのメタボになっている。
やはり、卵泥棒の正体はコイツだったのだ。
あれ? 先ほどパイサーチしたら魔法による光が10メートル近く飛んでいた。
いつもなら、6メートルくらいが射程距離の限界だったと思うのだが。
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
どうしよう……、俺1人で始末するべきか。
ここで逃げられたら、また翌日にでも卵を食われてしまうかもしれない。
それに、自宅周辺までモンスターが出没するなんて危険だ。家族が襲われて咬まれたりしたら大変だから、毒蛇を放置しておく訳にもいかない。
今はブルッサもいないが、やるしかないだろう。
「仕方ない、害獣駆除だ。悪いけど死んでもらうぞ」
俺は右手1本でバットを振りかぶり、蛇へと突進した。
蛇の方は食事中でモゾモゾして油断しているようでもあった。
先制攻撃を仕掛け、とりあえずゴンっと、バットで頭を叩く。
すると、スニャックはニュルリとこちらに振り向いて威嚇を始めた。
「シャァー」
3人掛かりでの蛇狩りなら毎日のように何度も繰り返してきた。
しかし、あらためて1人で立ち向かうとなると、かなり緊張してしまう。いつもフックがやっていたように蛇の口にバットを齧り付かせた。右手1本で頭を抑え、左足で蛇の尻尾を踏みつける。
まだ少し暴れているが、蛇の上下を動かないように固定できた。
ギシンッ。
左手で蛇の胴にタナを振り下ろし傷をつけた。
あとは血を吸って衰弱死させるだけだ。右手に力を込めて体勢は維持したまま、左手のタナは地面に投げ捨てた。
すかさず蛇の傷口に左手を当てる。
「レフト・パイサック!」
ギュイィィン。ブシュァッー。
卵を丸飲みして腹が膨れていたせいなのか、思ったより抵抗はなかった。
いつも、林で狩っている個体より動きも鈍い。もう1発、左手でパイサックを食らわせると、あっけなく倒すことができた。
ワンパターンだけど、これしかヤツと戦う術はない。蛇にミルクをぶっかけても意味は無いので、魔法で出血死させることが唯一の勝ち筋だ。
「はぁ……、朝っぱらからビックリしたなぁ」
スニャックが息絶えると、いつものように蛇皮が残された。それを回収して家の物置部屋にしまっておいた。
以前は、1週間おきに治療院のデソン先生に蛇皮を預け、皮革工房に納品代行してもらっていた。
最近は毎日の蛇狩りに行かなくなり、最後の方は皮を売却せず貯めこんでいた。
10枚ほどのスニャックレザーを無造作に積み重ねている。
これも、そのうち売ってもらった方が良さそうだな。
ちなみに、デソン先生を通して出荷できるのは皮原料だけだ。他の物品については特にツテはないので、皮以外は普通に行商人に買取してもらえと言われている。
それから念のため、自宅の周囲で『スニャック・パイサーチ』と呟きながら回ってみた。ゴキブリみたいに1匹を見かけたら30匹は潜んでいるのではないかと不安があったが、別のスニャックは探知されなかった。
おそらく、はぐれモンスターが偶然に迷い込んできたのではないだろうか。あんなのが家の付近にゴロゴロと棲息していたら枕を高くして寝られやしない。1匹だけのイレギュラーな存在だと思うことにした。
自宅の安全を確認できたので、手や顔を洗って水汲みをしてから台所に入った。
昨晩は、ミルクにゼラチンを溶かしてビンで冷やしていた。固まっただろうか。
2個のガラスビンのうち1つを手に取り、軽く振ってみる。液体のままならピチャピチャと水面が揺れるはずだが、白い固まりは動かない。
どうやら出来上がっているようだ。キャップを外して箸で少しツンツンと突いてみた。柔らかいオッパイのような弾力がある。
少量を、すくって味見してみた。サッパリした口当たりのミルクベースに、ほのかな甘味もある。どうやら上手くいったようだぞ。しめしめ、杏仁豆腐の完成だ。
スライムを狩っても大して金にならないし、昨日はそんなに気が進まなかった。
だけど、ゼラチンが料理に使えるなら定期的にドロップを集めるのも悪くない。
今日は朝一番でスニャックと戦わされ、幸先の悪い一日だと思っていた。
ところが杏仁豆腐のおかげで、テンションが上向いてきた。フンフンフンッと、気分よく朝食の準備に取り掛かっていく。
「なんだとっー!?」
サヒラに対して、パイサックを掛ける前に手搾りで少量のミルクを樽に流し入れていた。一種のウォーミングアップだ。
オッパイを触りながら会話をしていたが、サヒラが家を出て行くみたいなことを言うので思わず興奮して指に力を込めてしまった。
「あんっ。そんなに強く摘まないでください。ミルクが溢れてしまいます」
「おっと、すまん。痛かったか?」
「いえ、大丈夫です」
「そんで、どうしてだ? なんでサヒラがよその家に行かないとならないんだよ」
「まだ決まったわけではありません。詳細は明日にでも旦那様に聞いてください」
あのクソ親父がまた何か、しでかしたのだろうか。もしかして乱心したか。
「今から聞いてくる」
「その前に搾乳を済ませてください」
「ああ、そうだな。面倒だから両乳をいっぺんにやってやる」
「え? 同時になんて無理ですよ」
左を搾って、それから右を搾ると2回分の時間がかかる。両方を一度にやれば短縮になるのではないかと思いついた。
普段は急ぐ必要もなく、あえて2回に分けじっくり搾乳する方がいいのだけど。
今夜だけは例外だ。
「サヒラは大きいからどうにかなるだろう。左右を中央に寄せてくっつけるんだ。こうやって挟みこむように」
「そ、そんな……。いけません」
いわゆる、寄せて上げるポーズだ。サヒラ本人に両手でオッパイの脇を圧迫させ、センターに集める。左右の乳房をピタっと密着させた。
今まで一度もやったことのない新しい搾乳方法だ。たまには、こういうことに挑戦して行くことも必要だろう。
「よし、樽を正面に置いて少し前に屈んでくれ」
「大丈夫でしょうか?」
「たぶん、いけるだろ。200cc:パイサック! 200cc:レフト・パイサック!」
ギュイギュイィィィン!!
俺は左右の指を使い、サヒラのミルクコックを2本同時に樽に向け引っ張った。
照準を定めると、両手から間髪入れずに魔法を発動させる。
ジュワッ、ドボボボボッー。ビュビュビュー。
視点をズームアップすれば、ミルクによる滝のように感じられるかもしれない。
「あっ、あっ、ああぁっん。さ、左右同時なんて……。はぁ、んんっ、変になってしまいます。はぁはぁはぁ、んんっああぁぁぁー!」
「ふぅ、意外と上手く樽に搾れたな」
「はぁっはぁっはぁっ……」
魔法による搾乳は毎晩続けており、最近サヒラもかなり慣れてきたはずだった。
ところが今回は、いつになく息を切らしている。
「サヒラ、大丈夫か? ちょっと乱暴すぎたかな」
「申し訳ありません、坊ちゃま。ちょっと目の前が真っ白になって、何かがキてしまいました」
「とにかく、俺はサヒラも、よその家になんかやりたくはないんだ。グランと話してみるよ」
「はい。ただ私なら問題ないですから。坊ちゃまが気になさることはありません」
「まあいい。今夜は遅くなってすまなかった。ゆっくり寝てくれ。おやすみな」
「おやすみなさいです」
俺は樽を抱えて部屋を出ると、一旦は台所に向かった。
すぐにでもグランの部屋まで乗り込もうかと思ったが、ミルクの加熱もしなければならない。1日の疲労も残っているので、事情聴取は明日に回すことにした。
アキホに食べさせるオヤツの仕込みもやっておく必要がある。
まず、ハルナが搾乳して置いてあるモーリアとヒビキのミルクに、俺が搾乳した3人分のミルクを合わせて2リットル分を鍋で煮立ててから樽に移した。
そして、夕方にロチパ三姉妹から搾乳した600ccのミルクも残っている。
行商人のところに500cc単位で納品すれば百エノムにはなるのだけど、今回は売らないことにした。
味見用に100ccほどコップに取り分け、残りの500ccを鍋で沸かした。
そして、スライムのドロップ品であるゼラチンを混ぜ込んでみることにした。
ブヨブヨのゴムボールみたいな皮に覆われているので、包丁で切れ目を入れ中身をトロリと鍋に流し入れる。そしたら鍋に箸を突き立てカシャカシャ掻き混ぜた。
こんなので、本当に冷やせば固まるのだろうか?
まあ、1回は試してみないと分からない。何事も勉強だ。
あと、味付けもした方がよさそうだな。鍋に砂糖をサジ1杯分だけ入れてみた。
もし、このままゼラチンが固まると明日の朝食を作るときに鍋が使えなくなるかもしれない。別の容器に移しておいた方がいいのではないかと思った。
そうだ、俺がガラス工房で作った牛乳ビンがあるじゃないか。芸術作品じゃないんだから、飾っておくだけでは意味が無い。
自家製の500ccボトル2本を台所まで持ってきて、さっそく使ってみることにしよう。ビン1本あたりに鍋のミルクを半分ずつ注いでみた。
ゼラチン1個で100ccほどの量があったようだ。鍋の嵩が少し増えている。これを2つのビンに分けると、両方に300ccくらい入った。
ビンの口にピンクコルクでしっかり蓋をして、このまま冷やすことにした。
ビンの高さは10cmほどある。そこで桶に5cmくらいの水位になるよう水を張り、2個のビンを浸けておいた。
冷蔵庫もない家なので、他に冷やす手段はない。水温以下にはならないだろうけど、とりあえずこれで様子を見ることにしよう。
さっき沸騰させたばかりなので、ミルクビンはまだ熱い。水桶で冷やしても中身がすぐ固まる気配は感じられない。
ちょっと5分ほど時間を潰してから寝る前に再確認をすることにした。
今夜は月が綺麗だったので、玄関からサンダルを履いて外に出てみた。
家の周囲を無意味にグルっと散歩して1周した。
そういえば、今日の夕方にロッピから搾乳したとき妙な話を聞いたな。寝る前に自分のオッパイをイジっているとか何とか。
セイカとセニィは、そんなことをしたりしないのだろうか。家の外側から2人の部屋を覗いて見ようとした。
窓がしっかりと閉まっておらず、少しだけ隙間が開いている。そこに顔を近づけて片目で室内に目を向けた。
暗くてよく見えない……。既にランプの灯りも消えている。牛人種は夜目が利くと言っても、完全に真っ暗闇の室内でオッパイを識別することは無理だった。
それに、2人とも既に熟睡しているようだな。耳をすますと、『グゴー、グゴー』とセニィのイビキのような音だけが聞こえていた。
それから家の中に戻り、台所でミルクビンに触ってみた。
やはり、まだ温かい。完全に液体のまま、ヨーグルト状態にも変化していない。
ふわぁっー。ものすごく眠くなってきたな。
夕飯後、一度は熟睡しかけていたところをバットで叩かれて無理やり起こされてしまったのだ。今日は魔法の回数を使いすぎてしまったせいもある。
ゼラチンの検証は、また明日の朝にしよう。
ヨタヨタと自分の部屋に戻ると、俺もセニィのようにバタっと布団に倒れこんで一気に眠り落ちた。
……。
『ポッポー。ポゥー、ポポポー』
うーん、トリの鳴き声が聞こえる。なんか庭で飼っているキジィラが騒がしい。
パッと目が覚めて飛び起きた。寝過ごしてしまったかと思ったが、俺の両隣ではハルナもアキホもスヤスヤと眠っていた。
とりあえず、今朝も井戸の水汲みと卵の回収をしてくるか。
トリの周辺でバタバタと物音がしていたのが気になる。もしかすると卵泥棒でも来ているのかもしれない。
俺は念のため右手にバットを装備し、左手にはタナを持った。
トリの卵を確認してみると5個しかなかった。雌鳥を10羽以上飼っているので、普段なら10個は生んでいるはずなのに。泥棒が半分だけ盗んだのだろうか。
周囲を見渡したが特に人影はない。ただ、草むらで何かがガサゴソとしている。
「誰だっ!? パイサーチ!」
ギュイィィン。
俺は右手をかざし、10メートル先の茂みに向けて魔法を唱えた。
『スニャック:蛇魔獣 ONF』
なんだよ、スニャックかよ。
最近、西の林に行ってなかったからスニャックの方から俺に会いにきたのだろうか。10歩ほど、ゆっくり近づいて草陰を覗き込んだ。
そこにはツチノコのように横腹の膨れた蛇が潜んでいた。体長3メートルほどだが、ウェストが20cmくらいのメタボになっている。
やはり、卵泥棒の正体はコイツだったのだ。
あれ? 先ほどパイサーチしたら魔法による光が10メートル近く飛んでいた。
いつもなら、6メートルくらいが射程距離の限界だったと思うのだが。
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
どうしよう……、俺1人で始末するべきか。
ここで逃げられたら、また翌日にでも卵を食われてしまうかもしれない。
それに、自宅周辺までモンスターが出没するなんて危険だ。家族が襲われて咬まれたりしたら大変だから、毒蛇を放置しておく訳にもいかない。
今はブルッサもいないが、やるしかないだろう。
「仕方ない、害獣駆除だ。悪いけど死んでもらうぞ」
俺は右手1本でバットを振りかぶり、蛇へと突進した。
蛇の方は食事中でモゾモゾして油断しているようでもあった。
先制攻撃を仕掛け、とりあえずゴンっと、バットで頭を叩く。
すると、スニャックはニュルリとこちらに振り向いて威嚇を始めた。
「シャァー」
3人掛かりでの蛇狩りなら毎日のように何度も繰り返してきた。
しかし、あらためて1人で立ち向かうとなると、かなり緊張してしまう。いつもフックがやっていたように蛇の口にバットを齧り付かせた。右手1本で頭を抑え、左足で蛇の尻尾を踏みつける。
まだ少し暴れているが、蛇の上下を動かないように固定できた。
ギシンッ。
左手で蛇の胴にタナを振り下ろし傷をつけた。
あとは血を吸って衰弱死させるだけだ。右手に力を込めて体勢は維持したまま、左手のタナは地面に投げ捨てた。
すかさず蛇の傷口に左手を当てる。
「レフト・パイサック!」
ギュイィィン。ブシュァッー。
卵を丸飲みして腹が膨れていたせいなのか、思ったより抵抗はなかった。
いつも、林で狩っている個体より動きも鈍い。もう1発、左手でパイサックを食らわせると、あっけなく倒すことができた。
ワンパターンだけど、これしかヤツと戦う術はない。蛇にミルクをぶっかけても意味は無いので、魔法で出血死させることが唯一の勝ち筋だ。
「はぁ……、朝っぱらからビックリしたなぁ」
スニャックが息絶えると、いつものように蛇皮が残された。それを回収して家の物置部屋にしまっておいた。
以前は、1週間おきに治療院のデソン先生に蛇皮を預け、皮革工房に納品代行してもらっていた。
最近は毎日の蛇狩りに行かなくなり、最後の方は皮を売却せず貯めこんでいた。
10枚ほどのスニャックレザーを無造作に積み重ねている。
これも、そのうち売ってもらった方が良さそうだな。
ちなみに、デソン先生を通して出荷できるのは皮原料だけだ。他の物品については特にツテはないので、皮以外は普通に行商人に買取してもらえと言われている。
それから念のため、自宅の周囲で『スニャック・パイサーチ』と呟きながら回ってみた。ゴキブリみたいに1匹を見かけたら30匹は潜んでいるのではないかと不安があったが、別のスニャックは探知されなかった。
おそらく、はぐれモンスターが偶然に迷い込んできたのではないだろうか。あんなのが家の付近にゴロゴロと棲息していたら枕を高くして寝られやしない。1匹だけのイレギュラーな存在だと思うことにした。
自宅の安全を確認できたので、手や顔を洗って水汲みをしてから台所に入った。
昨晩は、ミルクにゼラチンを溶かしてビンで冷やしていた。固まっただろうか。
2個のガラスビンのうち1つを手に取り、軽く振ってみる。液体のままならピチャピチャと水面が揺れるはずだが、白い固まりは動かない。
どうやら出来上がっているようだ。キャップを外して箸で少しツンツンと突いてみた。柔らかいオッパイのような弾力がある。
少量を、すくって味見してみた。サッパリした口当たりのミルクベースに、ほのかな甘味もある。どうやら上手くいったようだぞ。しめしめ、杏仁豆腐の完成だ。
スライムを狩っても大して金にならないし、昨日はそんなに気が進まなかった。
だけど、ゼラチンが料理に使えるなら定期的にドロップを集めるのも悪くない。
今日は朝一番でスニャックと戦わされ、幸先の悪い一日だと思っていた。
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