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2章 中編

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「ただいま」

 家に帰ると、ほとんど家族全員がダイニングに着席して揃っていた。

「モグモグ、おはえり」

「ムシャムシャ。坊ちゃま、お帰りなさい。すいません先にいただいております」

 モリーアとサヒラは草、いや生野菜をかじっていたようだ。

「お兄ちゃん、お腹すいたよー」

 妹のアキホは、火を通していない苦味のある草を食べることができない。
 俺が帰るまで辛抱していたようだ。

「カイホ君、樽を持ってどこに行ってたの?」

 セニィから樽について指摘されてしまった。ミルクの納品などで、普段から持ち歩くこともあるのに。どうして今日に限って樽のことを聞いてくるのだろうか。

「うっ……。この樽は深い意味はない、ちょっと入れ物代わりにしただけだ」

 試食用のパンを収容するために、岡持ちのように使ったにすぎない。
 帰りの便では本来の用途に活用したが。

「カイホ、遅かったな。お楽しみだったのか?」

「そんなんじゃないって。今から夕飯の支度するから」

 ダイニングにハルナの姿が見えないと思ったが、台所に入っていたようだ。

「あっ、カー君おかえり。今日は遅かったから、お姉ちゃんが夕飯を作ろうかと思ったんだけど」

「ゴメン、ゴメン。もう何か作ったの?」

「ううん。竈に火を付けて、鍋にお湯を沸かしただけ」

「じゃあ後は俺がやるから。ハルナは、お茶でも飲みながら待ってていいよ」

 レシピは俺の頭の中にしかない。家族でも誰にも、この村で同じ物を作れる人は存在しない。料理は俺がやるしかないのだ。
 そうしないと、みんなで生草をかじることになってしまう。
 いずれ、もう少し生活が落ち着いてきたら簡単なメニューからメイドさんに覚えてもらう予定でいる。最近、色々なことで立て込んでいたので暇がなかったのだ。

 とりあえずスープを作るか。
 ホレンソを水で洗ってから包丁で切り刻み、湯が煮立っている鍋にぶち込んだ。味付けのため、塩とダシ粉も振り掛ける。
 卵も残っていた分を全部割って鍋に投下し、箸でグチャグチャとかき混ぜた。

 主食のパンも作らないといけないな。
 ボウルに小麦粉をドバっと500グラム空けて、水を少し入れてコネコネした。
 うーん、これを焼いたり蒸したりすると時間がかかってしまいそうだな。そうだ、『すいとん』にしてしまおう。
 小麦粉を団子状に形成して20個ほど丸めた。それをそのまま、ドバドバと鍋に落とし入れる。
 しばらくして、野菜と団子に熱が通れば食べられるようになるだろう。

 スープと主食が一体化した、お手軽な料理が完成した。
 いつもスープを飲むのに使っている木製コップに、柄杓で鍋からすくって注いでいく。メインの団子が2個ずつ入るように、キッチリ数量も調整した。
 俺はダイニングに戻って、夕食が出来上がったことを家族に告げた。
 そして、メイドさん達にカップをダイニングテーブルまで運んでもらった。

「今日はスープだけですか?」

 普段は、毎日パンを作るのを欠かしたことはなかった。
 ところが今夜は、どこにもパンが見えないのでサヒラも不思議に思ったようだ。

「おい、カイホ。パンは無いのか?」

 グランも、パンを食べないと腹が減って仕方ないだろう。
 アキホに至っては箸ドラムを始めており、テーブルをペチペチと叩き出した。

「お兄ちゃーん。もうアキホ、お腹ペコペコで死んじゃうよ」

「また、お金が無くて小麦粉が買えなかったの?」

「パンがなくても、スープだけでも仕方ないです」

 セニィとセイカも、ちょっとブツブツ言っている。
 パンを出さないならミルクを搾らせない、などと違う意味でハンガーストライキに突入されても困るな。

「みんな、落ち着けって。今夜は水団にしたんだ。スープの中に茹でた団子が入っている。小麦粉とスープが一体化した料理なんだ。まあ、食べれば分かるよ」

「いただきます」

 今日は俺が家に帰るのが少し遅れたせいで、夕飯の時間がズレ込んでしまった。
 暴動が起きる前に、何とか作り上げることができて良かった。
 自分で水団を食べてみたが、お雑煮みたいな雰囲気がする。
 お雑煮なら、米で作った餅が入っている。水団は小麦粉で作った団子が入っている点が違うくらいか。
 家族は、あまり食べ慣れない料理を口にして奇妙そうな顔をしている。

「ふーん。パンをスープに溶かしたみたいな感じね」

 ヒビキは料理の味にそんなに拘りはないので特に文句もないだろう。

「こんな食べ方があるとは知らなかったぞ。なんだかネチャネチャしてるな」

 すごく美味しいというわけではないが、マズくて食べられないほどでもない。
 つまり、まあまあだ。グランも俺も同じような感触なのだろう。

「カイホちゃん、とっても美味しいわよ」

 モーリアは、いつもそんなことしか言わない。さっきも先にナマ草を食べていたくらいだから、腹に入れば何でも美味しいのだろう。

「あっそうだ。みんな、間違って団子を丸飲みしないよう良く噛んで食べてくれ」

 日本では、正月に餅を喉に詰まらせる人も多かったからな。自分の作った料理で家族を窒息させたくはない。
 向かい側に座っているアキホの口元を見ると、しっかりクチャクチャと顎を動かしているので大丈夫そうだな。

「すいどう、おいちいっ」

「水道じゃなくて水団だ。もし1杯で足りなければ少しならお替わりもあるから」

 みんなでズルズル、モグモグと夕飯にありついた。
 ペロッと一杯をたいらげると、俺は席を立ち上がった。
 再び台所に戻り、鍋ごと持ってきた。
 グランとモーリアの容器に追加の水団を注いだ。

「他に、お替わりいる人ー?」

「あたしは、もう結構よ。1杯で十分だわ」

 ヒビキは、お替わりはいらないようだ。あとはセイカ、セニィ、サヒラの容器にも水団の残りを投入した。
 ハルナとアキホは首を横に振っている。もう満腹らしい。
 アキホなんて食事前には「お腹が空いた」と言っていたわりには、1杯で足りるとは人騒がせなやつだ。
 鍋に少し残った最後の余りを自分のコップに空けた。

「ところでカー君、どこでこんな料理を覚えたの?」

 ハルナから、そんなことを聞かれた。
 どこでと言われても、説明するのが難しいし面倒だ。
 正直に『地球はありまーす』と言っても信じてもらえないだろうし、コリン星と同じ扱いで痛い人だと思われるからな。

「うーん? そうだなぁ。樽を抱えて外を散歩していると、急に頭に閃くんだ」

「そうなんだ」

 俺が適当に答えると、ハルナは素直に信じたようだ。
 だけど、セニィが訝しげな目で俺の方をチラっと見ていた。
 そういえば、夕方にロッピ、チロリ、パニコの三姉妹からミルクを搾乳した件について家族には何も話していなかった。
 黙っていても、いずれ知られることになるだろう。女の口にチャックを付けることはできない。それなら先に、みんなの前で報告しておいた方がいいだろうか。

「あの、さっき俺が出かけてたときのことなんだけど」

「どこに種付けに行っていたんだ?」

 グランは種フレだの何だのと、いつもシモの話ばっかりだな
 いい加減ウンザリしてきた。

「種付けなんかしてないって。最近、俺はフックと一緒にパンを売っているだろ。あの蒸しパンを作るにはミルクが必要になるじゃないか。うちで搾ってるミルクは夜の分も全部を行商人に納品してるから余りも無くて、ちょっと足りないから」

「まさか、それでオッパイ剥ぎしてきたのか? ダメだぞ」

「ぼっちゃま、オッパイ剥ぎなんていけません」

「カー君、そんなのサイテーだよ。遅くはないから自首しようよ」

 今日の夕方、俺がパイラマ街道で強盗をしていたのではないかと誤解されてしまったようだ。
 通りすがりの女性に対し『オラオラッ、痛い目にあいたくなったらオッパイ搾らせろや』という風にやるのだろうか。

「してねぇっ。オッパイ剥ぎならタナも持って行くんじゃないのか。こんな夕方に街道に行っても女の人なんて誰も歩いてないだろ」

「そうよ、カイホちゃんがそんなことするわけないじゃないの」

「失礼しました。それもそうですよね」

「カイホ君、セニィのでよければ、いくらでも搾っていいんだよ。外でオッパイ剥ぎごっこしようよ」

 どういうシチュエーションだよ。強制搾乳しているイメージ・プレイか?

「オッパイ剥ぎじゃなくて、正当に交渉してミルクを分けてもらってきただけだよ。夜に搾った分は普通は売れないし。だから、夕方に訪ねて行って頼んだら譲ってもらえたんだ」

「なんでぇ、そんなことか。正当に交渉、略して正交だな。そんで、誰のミルクだ? ブルッサか?」

「ブルッサは、まだ未成年だ。出るわけないじゃないか」

「逆算で先月くらいに種付けしていれば、今頃はミルクが出るようになっても辻褄は合うな」

「だから、種付けはしてない。うちの近所で三つ子の姉妹がいる家があるでしょ。そこに行ってたんだ」

「ああ、リャンさんちか。三姉妹に目をつけるとは流石はカイホだ」

 ロッピ達の母親の名前はリャンと言うらしい。父親の名前は確認していなかった。男になんかパイサーチするのはMPの無駄なので、別にどうでもいいだろう。

「それでカイホ君……。ロチパ姉妹の中で、誰のミルクを搾ってきたの?」

 セニィから、さらに追及を受けた。
 あまり答えたくはないが、黙っているわけにもいかないだろうし仕方ない。

「誰のって言われても……。まずパニコだろ」

「パニコだけ?」

「あと、チロリだろ」

「2人も手を出したんだ」

「いや、それにロッピもだ」

「姉妹全員じゃん」

「カイホさん、浮気です!」

 珍しくセイカも少し大きな声を上げて、軽く俺を非難してきた。

「ぼっちゃまもオスだから仕方ないですね」

「ガハハハハ、姉妹丼か。メス3人も一度に相手するのは大変だっただろ?」

「やっぱり、カイ君もグランの息子だわ。血は争えないみたいね」

「別に変なことは何もしてないよ。ちょっとミルクを分けてもらっただけだし」

 夕飯をすすりながら、食卓は騒然となっていた。
 うちのミルクだけでは足りないから、よそのお宅で少し搾乳しただけなのに。

「ねぇ、お母さん。お兄ちゃんは、お外で何して遊んで来たの?」

「しっー、ダメよ。アキホには、まだ早いの」

 アキホが変なことをモーリアに聞いていると、グランが勝手に答えている。

「種付け遊びだ」

「種付けって、なーに?」

「メスの穴という穴に、オスミルクを流し込むんだ」

 俺は思わずゲホッと水団を吹き出してしまった。
 食事中に話すような内容ではない。
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