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4章 前編

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 ホル族の男は、種付けができるかどうかが女性からの評判に繋がっている。
 父親が役立たずなどと噂されたら、息子である俺まで偏見の目で見られかねない。

「やめてください。事件のことは誰にも言うつもりはないですよ」

「ご理解いただければ非常に助かります。それと関連して、もう1点お願いがあります」

「まだ他に何かあるんですか?」

「山賊達には、商業ギルドから1人あたり五千エノムの賞金が掛けられていたのですが。捕まえたのは3人ではなく、2人だったということにして申請してもらいたいのです。犯人はニンゲン種だけで、ホル族は初めからいませんでした」

 話の流れからすると、そういうことになるのではないかと何となく嫌な予感はしていた。
 単に孤児院卒業生の犯罪者のことを黙っているだけなら、特に俺には何の損にもならない。
 しかし、捕まえた賞金首の頭数が減らされてしまうとなると、また話が違ってくる。

「そうすると、もらえる賞金の額はどうなるんです?」

「そりゃ、2人分だけだから一万エノムになるだろうね」

 いたって単純な結論だった。
 デソン先生からは、そんな計算も分からないのかいと皮肉を言われてしまった。
 俺としては、そういう意味で聞いたわけではない。

「それは、ちょっとガッカリだなぁ。補填してもらえるならいいんですけど」

「申し訳ありませんが、教会も財政が苦しくて。裏金を五千エノム払うのは難しいです。なかったことにして、放棄してもらうしかありません」

 モルデからの要求は、本当に一方的だった。
 教会の都合で犯罪者の存在を隠蔽するのに、それに協力しても儲けが減ってしまうだけで何のメリットもない。

「まあ、仕方ないね。でも、ボーデン君とカイホ君で五千エノムずつになる。レモネは特に金はいらないって言っていたから。君も半分もらえれば十分だろ?」

「ほとんどボーデンさんが1人で捕まえたようなものだったけど、俺が半分もらっていいんですか?」

「ボーデン君からは一任してもらったからね。代理人になった僕がいいと言えば、それで決定だよ。3人で分配したと思えば、結果的には大差ないだろ」

 どうやらレモネさんは、そこまでお金に執着心を持っていないらしい。
 結局、彼女の取り分が放棄されて、俺の受取額に変わりはないことになるようだ。

「はい。それなら俺も文句はないです」

「では今日のところは、お話は以上です。あとはデソン殿に、いつものように被疑者の身体検査の業務を行っていただきます。カイホ殿、何か質問などはありますか?」

「うーん、特にありませんが。アレインメントとか言うのは、いつ開催されますか? もし可能なら見学したいのですが」

 この村では娯楽が少なく、お祭りとかイベントなども特にない。
 暇つぶしというわけでもないが、せっかくなので刑事裁判を見ておきたいと思った。

「まだ代言人が被疑者に選任されておらず、取り調べも進んでいませんので何とも言えませんが。10日以内くらいには起訴する予定ですので、当日に教会へお越し頂ければ誰でも傍聴することは可能です」

「この村で裁判ってあまり聞いたことなかったので、また期日になったらお邪魔させてもらいます。そんで、代言人って何ですか?」

「代言人というのは、口先三寸で被告人の刑罰を軽くしようとするペテン師のような職業のことです。今回の事件は、被害者がホル族で犯人がニンゲン種ですので公平のために第三者の別種族に公選弁護を依頼してあります」

 この世界でも被告人には、ちゃんと国選弁護人みたいなのが代理人として付けてもらえるのか。
 クレイジーなオッパイ村だと思っていたけど、意外と人権保障がしっかり整備されているようだ。

「ふむふむ。分かりました。じゃあ、これで会議は終了ですよね。もう俺は帰りますよ」

「はい。ご苦労様でした。本日は、これにて解散とします」

「こらこらカイホ君。このあと、僕と一緒に身体検査の仕事をするんだよ。レモネが居ないから、君に働いてもらわないと困るじゃないか」

「えー? そんなの聞いてないですよ」

 俺は立ち上がって帰ろうと思ったら、先生から呼び止められてしまった。
 まだ、この後も仕事が一つ残っているらしい。

「あっ、そうだ。ついでにミディアム君にも手伝ってもらおうかね。御存知の通り、ナースのレモネが療養中だから。メスの助手が1人居てくれた方が都合がいいんだ。そんなに時間はかからないと思うけど、構わないかね?」

「少しなら、私は大丈夫です」

 ついでにミディも居残りになるようだ。
 俺はコッソリ逃げ出そうかとも思っていたが、彼女と一緒ならもうしばらく教会に留まることにした。

「では拙者とアルデは、お先に失礼させてもらいます」

「お疲れ様でした」

 騎士モルデと一緒に、巨乳の娘アルデが帰ってしまった。
 お父さんに見られていたから、こっそりパイサーチする隙も無かった。
 残念だが、また別の機会に回すことにしよう。

 部屋には先生と俺と巫女の3人が残った。
 それから、再びミディに案内されて教会の内部を移動する。
 
 廊下の先には階段があり、地下へと降りて行く。
 薄暗く狭い通路を、先頭のミディが手に持ったランプで照らしながら進んだ。

 B1Fは石造りで、ちょっとしたダンジョンみたいな雰囲気になっている。
 上の教会とは印象が全く違う。

「ところで、身体検査の仕事に入る前に、君達に少し簡単な研修をしておきたいのだけど。ミディアム君、どこか空き部屋を使えないかね?」

「この地下収容フロアには独房が6つと大部屋牢が2つあります。新規に3人が入りましたが、まだ空き牢もあります。一番手前の、こちらはいかがですか?」

「うん、じゃあここでいいか。生身の被疑者を相手にするデリケートな作業だからね。ぶっつけ本番のOJTより、少し予行練習しておいた方がいいだろう」

 先生の口からOJTという言葉が出てきて、俺は少しワクワクしてきた。
 この世界では、オッパイ・ジョイフル・タイムを略してOJTと呼ぶらしい。
 一種のジョブトレーニングのことだ。

 空いていた独房の1つを選び、鉄格子の扉を開けて中に3人で中に入った。
 俺とミディが体育座りで壁際の床に腰を下ろした。

「こんな所で授業するんですか?」

「滅多に入れる場所じゃないし。たまにはいいんじゃないかな。では、スーパーヴィジョンを開始しよう。一応、カイホ君を対象にした研修だけど、ミディアム君が聞いても損はないはずだ」

「すみません、スーパーヴィジョンとは何ですか?」

 俺も同じことを疑問に思ったが、先にミディが先生に質問を投げかけた。

「SVとも言って、職業指導の一種だ。指導者をパイザー、生徒パイジーって呼ぶんだけど。オッパイを超じっくりジロジロ見るのと同じくらい、よく集中して説明を受けなさいってことだ」

 バイザーじゃなくて、パイザーなのか。
 やはり、俺の知っているSVと少し違う。
 それならば、一部の用語がVではなくPになるような気がしないでもない。
 だが、あまり余計なツッコミは入れないことにした。

「分かりました、私も勉強させていただきます。よろしくお願いいたします」

「先生、どうして今日は、すぐにOJTじゃないんですか?」

「今回は治療院の仕事じゃなくて、教会からの下請け業務だからねぇ。流石に何の研修もしてない見習いに丸投げするのは気が引けから。30分程度の簡単なレクチャーをしてから、カイホ君に1人分を担当してもらう予定だよ」

 いつものように先生は、自分の仕事を俺に押し付けるつもりだったのか。
 たった30分の研修をしただけで、素人に担当させるとは全く何を考えているんだ。

「そんな短い研修時間で、大丈夫なんですか?」

「この後に僕も立ち会うから問題はないだろう。まず、刑務医官の概要を説明しよう。ここの村では教会の地下だけど、他所の町では軍の砦内に捕虜を収容するための監獄があるんだ。本来は戦争で投降した敵兵を収容するための施設だけど、戦時ではない普段は国内の犯罪者を拘禁する代用監獄として使われている。大体、ほとんどの砦ごとに専属の軍医が配置されているんだ」

「私どものハンキングテンダー教会には、常任の医師はおりません」

「この村だと、そうだね。そのせいで、僕みたいな民間の治療院から医師が派遣されて出張検診をしているんだ。特に歩合給も出ないし、完全にボランティアだ。まったく、たまったもんじゃないよ」

「どうして、わざわざ囚人の検診なんてやらないといけないんですか? どうせ犯罪者だし、病気になろうが死のうが放っておけばいいのでは?」

 俺は素朴な疑問を抱いた。
 さほど文明的ではない、こんな世界で国家が囚人の健康まで確保する義理を持ち合わせているのだろうか。

「そんなこと許されません。パイラ様は、過ちを犯した者に対しても平等に慈悲をお与えになるのです」

「まあ、宗教上の人道的な理由もあるけれど。国の定めた法律で、囚人の健康状態をチェックしないといけないことになっている。お上から厳しく通達が来ているんだ。そういう政策だから、仕方ない」

 囚人といっても冤罪の可能性もある。
 もしも、無実の人が病気で死んだりしたら気の毒だろう。
 有罪判決が下されるまでは、推定無罪の原則でもあるのかもしれない。

「へぇ。この国って意外と人権保障が手厚いんですねぇ」

「犯罪者は死刑になるような凶悪犯以外は、大半が懲役刑を科せられるんだ。炭鉱労働者の人手が足りてないから、五体満足の健康な状態で送り出せだとさ。病気で働けなくなったら、石炭を掘り出すのに役に立たないから」

「そっちの理由!?」

 まあ、それもそうだろう。
 働けない囚人なんて、無駄飯食いで税金の無駄遣いになってしまう。
 被疑者の健康診断も、結局は労働力の確保という国側の都合だった。

 そんな感じで先生の座学が続いていたが、俺は話半分に聞いていた。
 いつ、オッパイ・ジョイフル・タイムに突入するのか、待ち遠しい気持ちになっている。
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