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一章 《カーラヤー》暮らし一日目。

新居。

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 粟石でできた石垣。粟石でできた塀風ヒンプン。石垣に囲まれた内には、目隠しの黒木クルチ植えられ、さらにその内には、セメントで塗られた庭がある。

 そして、その向こうに鎮座するのが赤瓦の古民家カーラヤー

 基本の作りは、年期の入った剥き出しの木材と木の柱。木製の引戸の内に後から着けたのだろうアルミサッシと窓。母屋に増築されたコンクリ製の台所。風呂とトイレは、コンクリ製の離れで母屋とは、別。

 裏庭には、広い畑と古いコンクリ製の倉庫と家畜小屋。ついでにいえば、山に直通の道有り。夜や明け方には、ハブやヤシガニの彷徨く危険地帯になると聞いていた。

「今日からここが新しい俺の家か……」

 正直、暮らせる気がしない。

 夏にとったばかりの免許で。

 ないと不便だろうと受験前に買ってもらった車で。 

 どうにかこうにか一人で運転してきたがここからどうすればいいのかさっぱりだ。

 家の前の駐車場兼、空き地兼、一部畑に車を止めたまま呆然と赤瓦の古民家カーラヤーを見つめる。

 しかし、それで状況が変わるわけでもない。

「えっと……とりあえず、荷物下ろして……片付けと……窓開け……かな」

 やることを口に出して、なんとか行動を始める。

 中古で買ってもらったシルバーの軽自動車から着替えの入った鞄を二つ担ぐ。

 庭を横切り、唯一外鍵のある台所の扉を開ければ、中からは少し埃っぽい臭いと若干の蒸し暑さを感じた。聞いた話によると換気は、していたみたいだけど大掃除は、旧正月と旧盆の前だけらしいから埃が溜まっているのかもしれない。

「掃除もした方がいいかも……」

 結構な大仕事になりそうだと肩を落としながら台所へと入る。

 玄関代わりの小さな土間には、小さな靴箱があり、その上の電気のスイッチをパチリと押せば、薄暗い室内に蛍光灯の明かりが灯った。

 俺の部屋と同じくらいの……おそらく六畳くらいの台所には、タイル貼りの流しと調理台が備え付けられており、その反対側の壁際には、冷蔵庫と食器棚が並んでいる。

 去年の旧盆ぶりではあるが慣れ親しだおばぁの家だ。ある程度の勝手は、わかると台所へと上がり、流し台の上にある窓を開けた。

「うわ、涼しっ」

 開けた窓から開けっ放しの扉へと空気が流れ、ほんの少し埃っぽさと蒸し暑さがマシになる。

「窓開けると変わるなぁ……さっさと全部開けよ」

 善は、急げと荷物を置いて食器棚の隣の間口から母屋に入ろうとしたところで足を止めた。

「暗っ!? 先に外の引き戸から開けなきゃ」

 今では、雨戸代わりになっている引戸。木製ゆえに光通さず、母屋の中を照らすのは、節の抜けた穴から差す僅かな光のみ。

 ほとんど真っ暗な母屋の中から窓と引き戸を開けるよりは、先に外から引き戸を開けた方がいいと判断し、脱いだばかりの靴を履いて外に出た。

「っしょ……!」

 年季がが入っているせいでややガタつく引き戸を次々開けていく。

 台所の隣の三番座さんばんざから順に、二番座にばんざ一番座いちばんざ。ぐるっと回って、裏座クチャグワーの一番座、二番座、三番座まで開けた。

「……引き戸多いっ!」

 重くは、ないけどそれでも家をぐるっと一周する引き戸の数に思わず叫んでしまう。

 ほぼ全面に引き戸があるのは、知っていたけど全部開けるのがこんなにも大変だと思わなかった。

「……まさか夜も」

 この家には、カーテンがない。ないという事は、閉めなきゃ外から丸見えということである。 

 周りに石垣もあるし、ご近所も数件、裏は山。閉めなくてもいいかもしれないが、真っ暗な外が丸見えというのは、少し怖い。

 虫とか、虫とか、虫とか、虫とか。

 幼い頃、ここで泊まった日にでっかい蛾が飛んで来たり、ゴキブリが飛んで来たりした恐怖は、忘れられない。

 虫ダメなんだよホント。

 ガラスの向こうに見えるのも嫌だ。

 引き戸を閉める大変さと虫の恐怖……。

「……夕方には、閉めよう。絶対」

 虫は嫌だ。虫は嫌だ。虫は嫌だ。

 考えるだけで気持ち悪くなって、腕を擦りながら思考を振り払った。
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