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一章 《カーラヤー》暮らし一日目。
赤瓦屋根の古民家《カーラヤー》。
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「どうしてこうなった……」
三月末とは、思えない日差しの中、やや年期の入った赤瓦屋根の古民家が目の前に佇んでいる。
幼い頃によく訪れたこの場所は、母方の祖母の家だ。カーラヤーではあるが、比較的新しい部類で手入れもよくされている。
しかし、暖かな日差しの中で庭のあちらこちらに雑草が生えている様子は、ここが無人の空き家だという事を物語っていた。
受験に失敗した俺がここに来ることになったのは、数日前に遡る。
「もしもし? うんうん……ええっ!」
合格発表の翌日。就職先を考えるために卒業した高校へと顔を出そう準備していると、普段おっとりしている母さんから上がったとは思えない声が聞こえてきた。
「うんうん……はいはい……うん……わかった」
リビングにいる母さんの様子を伺っていると神妙な顔で頷いていた。
「どうしたの?」
電話が終わったタイミングで声をかければ、困った表情で俺を見てくる。
「正徳が腰痛めて動けないって 」
「正徳おじさんが?」
正徳おじさんは、母さんの兄で母方の跡取り長男である。女だらけの五人兄弟の長男で苦労してきた人でもある。
長男優遇とは、言うものの女系家系というものもあり、立場はあまり強くない……というか、年長者としてあれもこれも引き受けてしまう人なのだ。
それゆえに甥である俺にも優しく盆正月の休みの日には、正徳おじさんの娘や俺の妹、他の従兄弟含めよく遊んでくれた人でもある。
「そー。前から痛めてたみたいなんだけどの照屋の古屋の掃除してたら転んだみたいでさー。もう……こう……グキッ! ってしたってー」
照屋の古屋というのは、母さんや正徳おじさんの実家……俺にとっては、祖母の家である。
祖母であるキヨおばぁが住んでいたけど五年前に亡くなってからは、空き家になっている。
相続人である正徳おじさんが月一程度で掃除に行っていると聞いているが、その時に怪我をしたらしい。
「だからねぇ。私に掃除の続きできんかー? って。」
母さん以外の女兄弟は、結婚して県外に出ている。旧盆や旧正月には、帰ってくるが普段正徳おじさんが頼れる兄弟は、母さんしかいなかった。
「掃除しないと痛むし……正徳ができないなら行くしかないさー?……鍵取りに行ってから行ってくるかねぇ……」
「……手伝おうか?」
「なんでよー。学校わー?」
「次行くよ。母さんだけじゃ大変だろうし」
正直、学校に行きたくない。行かなければ行けないのは、わかってるけど行かない理由を作れるのならもう少し後に回したかった。
「そーねぇ? じゃあ、お願いしていい?」
「うん。準備してくる」
俺を心配しながらも一人で掃除するのは、大変だと思ったのか頷いた母さんに一度部屋に戻って外出用の服から普段着に着替える。
「準備できたー?」
「うん」
戸締まりをして、母さんの運転で正徳おじさんの家に向かう。
「あー! いらっしゃい! 来てもらってごめんねー」
那覇から三十分ちょい時間をかけてついた正徳おじさんの家に着くと正徳おじさんの奥さんである晴子おばさんが迎えてくれた。
「電話でも聞いたけど、大丈夫ねぇ?」
「たぶん数日は、動けないんじゃない? 今も呻きながら寝てるから……おとーさん、馨ちゃんとヒカル君来たよー」
困ったように笑う晴子おばさんに案内された和室。真ん中に敷かれた布団に正徳おじさんがうつ伏せで横たわっている。腰に巻いたコルセットが痛々しい。
「おー……いらっしゃい。こんな格好ですまんね」
「本当に動けないんだねぇ」
「草刈ってて、ちょっと伸びしようとしたらこれよー」
「あらぁ……」
「半分くらいは、刈ったけどまだ草ボーボーだからよー。残り頼むわー。晴子ー、鍵渡してー」
動けない正徳おじさんの代わりに晴子おばさんが鍵を取りに行くのを見送っていると、正徳おじさんから声をかけられた。
「ヒカルーも来たってことは、ヒカルーも手伝うのかー?」
「うん。母さんだけじゃ大変かなと思って」
「えらいなぁー。あ、そう言えば受験はどうだった?昨日発表だったろう?」
「えっと……その……」
「あー……落ちたかぁ」
言葉を濁す俺に正徳おじさんが苦笑する。
「まあ、そんな事もあるさー。おじさんも高校しか行ってないけどなんとかなってるしなー」
「うん……」
「でも、そうか……落ちたかぁ。んー、あ……もし、次決まってないならヒカルーが照屋の家見てみないかー?」
「……はっ?」
予想だにしていなかった言葉に気が抜けた声が出た俺は、悪くないと思った。
「ちょっと古いが一人暮らししてみるのもいいぞー。家賃は、いらないし、管理してくれるなら小塚いも渡すからさ」
「え、は……でも……」
ノリ気になってきた正徳おじさんに戸惑って母さんに視線を向ければ母さんは、それがあったか!といった表情で顔を輝かせていた。
「それいいんじゃない! ヒカルーも少し考えたい時間あるでしょー? すぐに学校行って就職先探すのもいいけど、照屋の家見ながらゆっくり探しても母さんはいいと思うよー」
……こういうところは、母さんも正徳おじさんの妹でうちなーんちゅっぽい。そんなに緩くていいのか。
「お父さんにも相談してそうしようヒカルー」
「う、うん?」
思わず頷いてしまったがたぶん父さんは、反対するだろう。どちらかというと就職してほしそうだったし……。
そんなこんなで鍵を渡され、一度家に帰り、父さんに相談したのだが……。
「いいんじゃないか? なんなら照屋の家に住みながら南部で仕事探せばいい。高校でも南部の仕事あるだろう?」
まさかの承諾が降り、なんやかんやと一人暮らしの準備をし、今日……俺は、金城光は、照屋の古屋の前に立っていた。
三月末とは、思えない日差しの中、やや年期の入った赤瓦屋根の古民家が目の前に佇んでいる。
幼い頃によく訪れたこの場所は、母方の祖母の家だ。カーラヤーではあるが、比較的新しい部類で手入れもよくされている。
しかし、暖かな日差しの中で庭のあちらこちらに雑草が生えている様子は、ここが無人の空き家だという事を物語っていた。
受験に失敗した俺がここに来ることになったのは、数日前に遡る。
「もしもし? うんうん……ええっ!」
合格発表の翌日。就職先を考えるために卒業した高校へと顔を出そう準備していると、普段おっとりしている母さんから上がったとは思えない声が聞こえてきた。
「うんうん……はいはい……うん……わかった」
リビングにいる母さんの様子を伺っていると神妙な顔で頷いていた。
「どうしたの?」
電話が終わったタイミングで声をかければ、困った表情で俺を見てくる。
「正徳が腰痛めて動けないって 」
「正徳おじさんが?」
正徳おじさんは、母さんの兄で母方の跡取り長男である。女だらけの五人兄弟の長男で苦労してきた人でもある。
長男優遇とは、言うものの女系家系というものもあり、立場はあまり強くない……というか、年長者としてあれもこれも引き受けてしまう人なのだ。
それゆえに甥である俺にも優しく盆正月の休みの日には、正徳おじさんの娘や俺の妹、他の従兄弟含めよく遊んでくれた人でもある。
「そー。前から痛めてたみたいなんだけどの照屋の古屋の掃除してたら転んだみたいでさー。もう……こう……グキッ! ってしたってー」
照屋の古屋というのは、母さんや正徳おじさんの実家……俺にとっては、祖母の家である。
祖母であるキヨおばぁが住んでいたけど五年前に亡くなってからは、空き家になっている。
相続人である正徳おじさんが月一程度で掃除に行っていると聞いているが、その時に怪我をしたらしい。
「だからねぇ。私に掃除の続きできんかー? って。」
母さん以外の女兄弟は、結婚して県外に出ている。旧盆や旧正月には、帰ってくるが普段正徳おじさんが頼れる兄弟は、母さんしかいなかった。
「掃除しないと痛むし……正徳ができないなら行くしかないさー?……鍵取りに行ってから行ってくるかねぇ……」
「……手伝おうか?」
「なんでよー。学校わー?」
「次行くよ。母さんだけじゃ大変だろうし」
正直、学校に行きたくない。行かなければ行けないのは、わかってるけど行かない理由を作れるのならもう少し後に回したかった。
「そーねぇ? じゃあ、お願いしていい?」
「うん。準備してくる」
俺を心配しながらも一人で掃除するのは、大変だと思ったのか頷いた母さんに一度部屋に戻って外出用の服から普段着に着替える。
「準備できたー?」
「うん」
戸締まりをして、母さんの運転で正徳おじさんの家に向かう。
「あー! いらっしゃい! 来てもらってごめんねー」
那覇から三十分ちょい時間をかけてついた正徳おじさんの家に着くと正徳おじさんの奥さんである晴子おばさんが迎えてくれた。
「電話でも聞いたけど、大丈夫ねぇ?」
「たぶん数日は、動けないんじゃない? 今も呻きながら寝てるから……おとーさん、馨ちゃんとヒカル君来たよー」
困ったように笑う晴子おばさんに案内された和室。真ん中に敷かれた布団に正徳おじさんがうつ伏せで横たわっている。腰に巻いたコルセットが痛々しい。
「おー……いらっしゃい。こんな格好ですまんね」
「本当に動けないんだねぇ」
「草刈ってて、ちょっと伸びしようとしたらこれよー」
「あらぁ……」
「半分くらいは、刈ったけどまだ草ボーボーだからよー。残り頼むわー。晴子ー、鍵渡してー」
動けない正徳おじさんの代わりに晴子おばさんが鍵を取りに行くのを見送っていると、正徳おじさんから声をかけられた。
「ヒカルーも来たってことは、ヒカルーも手伝うのかー?」
「うん。母さんだけじゃ大変かなと思って」
「えらいなぁー。あ、そう言えば受験はどうだった?昨日発表だったろう?」
「えっと……その……」
「あー……落ちたかぁ」
言葉を濁す俺に正徳おじさんが苦笑する。
「まあ、そんな事もあるさー。おじさんも高校しか行ってないけどなんとかなってるしなー」
「うん……」
「でも、そうか……落ちたかぁ。んー、あ……もし、次決まってないならヒカルーが照屋の家見てみないかー?」
「……はっ?」
予想だにしていなかった言葉に気が抜けた声が出た俺は、悪くないと思った。
「ちょっと古いが一人暮らししてみるのもいいぞー。家賃は、いらないし、管理してくれるなら小塚いも渡すからさ」
「え、は……でも……」
ノリ気になってきた正徳おじさんに戸惑って母さんに視線を向ければ母さんは、それがあったか!といった表情で顔を輝かせていた。
「それいいんじゃない! ヒカルーも少し考えたい時間あるでしょー? すぐに学校行って就職先探すのもいいけど、照屋の家見ながらゆっくり探しても母さんはいいと思うよー」
……こういうところは、母さんも正徳おじさんの妹でうちなーんちゅっぽい。そんなに緩くていいのか。
「お父さんにも相談してそうしようヒカルー」
「う、うん?」
思わず頷いてしまったがたぶん父さんは、反対するだろう。どちらかというと就職してほしそうだったし……。
そんなこんなで鍵を渡され、一度家に帰り、父さんに相談したのだが……。
「いいんじゃないか? なんなら照屋の家に住みながら南部で仕事探せばいい。高校でも南部の仕事あるだろう?」
まさかの承諾が降り、なんやかんやと一人暮らしの準備をし、今日……俺は、金城光は、照屋の古屋の前に立っていた。
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