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一章:出会い

8.十二歳の春

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 そんな優しいシルヴァン様だが、誰にでも優しいと言うわけではない。

 馬が好きな人には優しいけど、見せかけだけだったり、下心ある人大嫌いなのだ。

 長女であり、夢見る乙女なエマ姉ちゃんが、僕みたいな子供に優しいのなら、私にも優しいのでは!?と、暴走し貴族の妾を狙った結果、不敬罪にはならなかったけど、メチャクチャに軽蔑されたし、父さんにメチャクチャに怒られてた。

 シルヴァン様、領主様の息子であると同時に競馬界で活躍したから準男爵の爵位持ち。

 一代貴族だけど、立派な貴族家当主なお方である。

 そんな方の妾に収まろうとする辺り、自分の姉ながらにも無謀過ぎて恐ろしかった。

 これが他の貴族だったり、領主様の耳に入っていたら、一族郎党縛り首だったんじゃないかなと思う。

 シルヴァン様が自身の領分で納めてくれた事が、本当にシルヴァン様が穏やかな方で良かったなと実感する。

 だけどそのせいでエマ姉ちゃんは、うちに置いておけないと村の青年の元に嫁がされたし、次女のアニー姉ちゃんも馬鹿な事を考えないようにと強く言い聞かせられてた。

 そんな事がありつつも、シルヴァン様はうちの牧場を気に入ってくれているし、僕自身とも相変わらず付き合ってくれているので、この二年はなんだかんだ楽しかった。シルヴァン様がまだ僕を雇いたいと言ってくれるなら、これがこの牧場で過ごす最後の春だろう。

 本当は、春になる前……年明けに十二歳を迎えていたからその時の冬にシルヴァン様が来た時に誘われたのだけど……今春生まれる子馬達の世話までは手伝いたかったので、待ってもらうことにしたのだ。

 今はある程度の馬が出産を始め、出産や仔馬の世話で一年で一番忙しい時期なのは間違いない。それと同時に新しい命が産まれる嬉しい季節でもあるのだ。

 ぼんやりと考えたまま、窓から外を見れば、まだ薄暗く、夜明け前だというのがわかる。

 今日は、ダミアン兄ちゃんが厩舎に泊まり込んでいるはずだ。夜中に父さんが起こされる様子もなかったから夜中に生まれた子はいないのだろう。それでも、この数日で生まれそうな子がいるんだよなぁ……。と、思ったら、自然と体が起き上がっていた。

 寝間着のまま二段ベッドから降りて、マルセル兄ちゃんとジャック兄ちゃんが眠っている中をこっそりと抜け出すように部屋を出る。

 廊下を抜けてリビングへと出れば、リビングには父さんが、そこから続く台所には母さんが居た。

「なんだ。早いな」

 僕に気づいた父さんが声をかけてくる。

「うん、目がさえちゃって」
「そうか」
「ごめんなさいジャン。まだ、朝ごはんできてないのよ」
「大丈夫。皆と食べるから」

 父さんとのやり取りに気づいた母さんがこちらを見て謝ってきたので大丈夫と言葉を返す。まだ起きたばかりでお腹空いていないしね。

「それより、ちょっと厩舎見てくるね」
「ああ、転ぶんじゃないぞ」
「大丈夫ー」

 心配してくる父さんに心配性だなと思う。確かにまだ暗いけど、厩舎まで行くには問題ない暗さなんだから。

 外に出て、僅かに白み始めた空を見上げる。もう春とはいえ、夜明け前はまだ肌寒い。冷たい風に少し体を震わせながら、僕は厩舎へと向かった。
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