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断罪*残酷描写あり

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◇断罪◇ 

 マリーヌは平然と父親を見つめ、にっこりと笑う。

「どうやら、皆様は相応の報いを受けられたようですね」

 水中であるにも関わらず、マリーヌの声は、水中に落ちた全員に聞こえた。


「まずは紹介いたしますね。こちらの男性は真の海洋帝国皇帝、クラトリア三世です」

 真の、海洋帝国……?


「海洋帝国であるクラトリアは、この海底に国家を築いており、九年に一度、その姿を海上に現します。更には……」
「その先は、俺が話そう、マリー」

 クラトリア三世の話は、大分簡略化したものだったが、水中にいる者たち殆どが初耳だった。
 曰く、このオキアヌス国はクラトリア帝国の持つ地上の土地を、一時的に借りて建国したものである。
 両国は基本不可侵の条約を締結しているが、帝国からの命には従うことになっている。
 しかしながら互いの文化も尊重することとして、オキアヌス国と帝国との、王族同士の婚姻を結ぶことになっている。

 尚、婚姻に際しては、帝国の皇子が認めた者を娶ることが出来、それを反故した者は裁かれる。皇子の相手を攫ったり、傷つけたりすることも同じである。

「まあ、これくらいのことは、王族は既知であろう」

 クラトリアが青く光る眼差しでフィービーを見やる。
 フィービーはブルブルと顔を振る。

「し、知らない。俺は知らなかった……」
「そうか。お前の父、前国王は忘れていたようだから、九年前に我が父が訪ねたと思うが」

 フィービーは思い出す。
 父王が急死した時、王の部屋はなぜか、水浸しであったことを。

「まして、我が妻となるマリーを、よくもまあ、酷い目に遭わせてくれたものよ」

 クックとクラトリアが咽喉の奥で笑う。

「お待ちください! 誤解です、皇帝閣下!」

 マリーヌの父侯爵が、ひれ伏して言う。

「誤解? そもそも、お前の正妻は前王の姪に当たる者。新たな血を欲しての婚姻だったが、父も叔父も大層後悔していたのだ」
「ヒッ! そ、そんなことは一言も……」

 確かに、侯爵とマリーヌの母を結婚させたのは、亡き国王だったことを、今更ながら彼は思い出す。

「今更申し上げても、致し方ありませんね」

 薄く唇を開けて笑う娘を、絶望の眼差しで眺める侯爵であった。

「さて、話はこれ位でよかろう。皇帝の妻となる女性を贄とした愚かな者たちよ。裁きは我が配下が下す。心映えの良い者であれば、生き残る術もあろう」

 クラトリアが片手を挙げると、海底の奥底から、巨大な影がゆらりとやって来る。
 慌てて上方へと泳ぐ者や、凍り付いたように動けなくなる者もいる中で、一人の女性の声がした。

「お、お待ちください!」

 悲痛な声を上げたのは、後からやって来た王太后である。

「わ、わたくしはマリーヌのことを、幼い頃より大切にしておりました。侯爵家での扱いを見かねて、王宮に引き取っています! どうか、どうかご慈悲を!」


 クラトリアはマリーヌを見て「任せる」と言う。
 マリーヌは頷き、王太后に視線を向ける。

「確かに、王太后様には、いろいろとお世話になりましたわ」

 王太后は目を輝かせ、コクコクと頭を振る。

「でも、それは私の血が、欲しかったのですよね。海神族の血は、人間にとっては百薬となるそうですから」

 王太后の顔はみるみる色を失くす。

「私は母よりも海神の血が薄いですが、それでも女性の色香を長く保つくらいの効果はあったようですわ。おかげで一時は血を抜かれ過ぎて、深く意識を失くしてしまいましたが。
あれ以上抜かれていたら、母と同様、命を落としていたことでしょう」

 マリーヌの母が亡くなったのは、当時の王妃であった王太后が、医師に命じて大量に血を抜き取ったからであることを、マリーヌは幽閉された場所に残されていた、医師の手記から知った。

「だから、王太后様。あなたへの裁きも、しもべたちに任せます。
血を、吸うことの出来るもの達へ」

 マリーヌがパチンと指を鳴らすと、みるみるうちに王太后の周りには、細長い生き物が現れた。ウツボである。
 石の様に固まった王太后の全身に、無数のウツボが牙を剥いた。


 フィービーは必死に泳いでいた。

 自分がマリーヌに対して酷い扱いをしたとは、今の今まで思っていなかった。
 国王たる自分に、骸骨のような妃は相応しくない。
 そんな外見でいる、マリーヌの方が悪いと信じていた。

 だが、皇帝クラトリアの隣で、マリーヌは満開の花のような姿をしている。

 俺は、騙されていたのか?
 ひょっとして、見切られていたのは、自分の方だったのか!

 俺は悪くない悪くないと、ブツブツ呟きながら泳ぐ。
 片手でパセリアの腕を掴みながら。

「俺は悪くない。そうだよな、パセリア」

 後ろを振り返ったフィービーが見たのは、パセリアの一部であったろう一本の腕だけだった。

 水中でごぼごぼと息を吐きながら、闇雲に進むフィービーの前に、黒い大きな空洞がある。
 パニックを起こしているフィービーは、自らサメの口へと飛び込んだ。


 プテーリー侯爵は若い頃、自分でも船を動かしていた海の男である。
 泳ぎも得意であったので、他の者の悲鳴を聞きながら、浜辺へ向かって泳いでいた。

 マリーヌの母である前妻を、蔑ろにした訳ではない。
 ただ、後妻で迎えた女に、のめり込んでしまっただけだ。

 今ならば。
 この年になってからなら、あるいは……。

 水面近くまで来た。
 あと一息だ。

 裁かれることはなかったと、侯爵が安堵したその時である。

 いきなり何体もの白骨体、即ち骸骨らが現れた。
 ボロボロの衣服には、見覚えのあるマークが付いている。

 それは侯爵が持つ交易船のマークだ。

 では。
 まさか、こいつらは!

 不法投棄を咎められた時に、関わった水夫たちを殺して海に捨てた。
 彼らなのか!

 骸骨たちはカタカタと顎を動かしながら、骨だけの手で侯爵を引っ張る。何本もの手が侯爵を海底に戻す。

 取り囲む骸骨の群れを見ながら、ああ、マリーヌは決して、骸骨ではなかったのだと侯爵は思った。


 ほぼ同時刻。
 侯爵家では、夫人が地震によって、崩れた家具をどかしていた。
 地震には驚いたが、贄の儀式が成功した証だと彼女は思った。

 ようやく、気に入らなかった前妻の娘を葬ることが出来た。
 王子の婚約者だったから、命を取ることだけはしなかったが。

 マリーヌが池で飼っていた、小魚を踏みつぶしたら、ぽろぽろ泣いたっけ。

 あの顔は良かった。
 背中がゾクゾクした。もっともっと苛めたかった。
 儀式には参加できなかったのが残念だが、まあいい。

 これで我が娘、パセリアが正妃だ。

 鼻歌交じりで片付けをしている夫人に、足音が聞こえた。
 夫が帰ってきたのだろう。

 ドアを開けた夫人が見たモノは、牛よりも大きな魚たちだった。

「!!」

 いや魚だろうか。
 足がついている。
 これは一体何だ!

 驚愕のあまり、立ちすくむ夫人の体を押し倒した巨大魚たちは、そのまま彼女を踏み潰した。
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