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好きなことをさせてくれ
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◇マークス視点◇
騎士になりたいと言ったら、問答無用で父に殴られた。
「マークス! お前は由緒正しい伯爵家の、跡取なんだぞ」
多分五歳くらいの話だ。
「ゆいしょ・ただしい」なんて意味も分からなかった。
子ども時分の俺は、じっとしていることが苦手で、領地では勿論、王都の邸でも駆けずり回っていた。木の棒を剣に見立てて、使用人相手に剣士ゴッコをやったりしていた。
由緒正しい何代目かの伯爵である父は、とにかく厳しかった。
勝手に家庭教師を招き、計算ばかりさせられた。
将来の領地経営に必要だと言われても、俺にはピンと来なかった。
母は優しい女性だが、父には逆らえない。
いや。
逆らう気がない。
俺が父に怒鳴られたり、殴られたりした時でも、その場で父を諫めるようなことはない。
後でそっと俺のところに来て言うのだ。
「お父様は、あなたの為を思っているのよ。立派な跡取りになれるように」
頭では理解したが、心が納得してはいなかった。
特に、平民との付き合いの線引きに関しては……。
当時夏と冬は、領地で過ごしていた。
領民たちは子どもの数も多く、俺はその子らと一緒に遊んでいた。
特にリオという少女とは、二人だけで過ごすことが増えていった。
リオは栗色の髪を肩のあたりで切り揃え、煉瓦みたいな色の瞳をしていた。
クルクルと動く瞳は愛らしく、大きな声で歌を唄う唇は柔らかそうで、いつまでも一緒にいたいと思うようになっていった。
初恋、というものだった。
十歳をいくつか過ぎた冬、リオの一家は領地から姿を消していた。
「税が支払えなくて、あいつらは夜逃げした」
父はそう言った。
「全く責任感のない奴らだ。だから平民は当てにならん」
吐き捨てるような父の背を、俺は睨んでいた。
父が、目の前のこの男が、何かしたのではないのか?
薄ぼんやりとそう思った。
領地に遊びに来た叔父に、リオの話をした。
叔父はいつでも、俺の味方をしてくれた。
騎士になりたいと騒いでいた俺に、子どもでも扱える模造剣を送ってくれたのも叔父だ。
「どんなに美人でも、平民の女との結婚は、出来ないからなあ」
「リオとは仲良くしちゃ、ダメだったの?」
叔父はニヤリと笑うと俺を諭した。
「叔父さんに任せない! 悪いようにはせんよ」
俺は叔父さんを信じることにした。
いつか、リオに会えることを期待して。
だけど、父は勝手に俺の婚約を決めた。
家格と諸条件の釣り合う相手だと言う。
嫡男としては致し方ないか……。
どんなコなんだろう。
「シュリー・ローザンです」
ぎこちない礼を執るシュリーは、地味な色合いの髪と目をした少女だった。
伏し目がちで表情は暗い。
もっと。
もっと笑えば可愛いのに……。
婚約ってことは、いずれ結婚するんだよな。
「女は、付け上がらせちゃいけないぞ」
叔父さんがそう言ってたな。
「可愛いお嬢さんよね、マークス」
母が気を遣って言う。
顔立ちが悪いわけじゃないけど、俺が可愛いと思えるのは、リオのような娘だ。
だから頷かなかった。
「俺に似合う女性になって欲しいな」
明るく笑う、可愛いコに。
「頑張って、勉強します」
シュリーの答えは、方向性が違った。
まあ、いいや。
結婚はしてやるよ。
ついでに、俺の思う通りの女になってもらう。
でも俺から愛することはない。
愛して欲しかったら、俺の言うことを聞けよ。
俺の視線に何かを感じたのか、シュリーは体をビクっとさせた。
シュリーの怯えたような表情を見て、俺は少しだけ満たされた。
じゃあ。
俺が本当に愛しているのが、リオだと知ったら……。
もっと、良い表情になるのだろうか。
力でねじ伏せたら、もっと……。
想像した俺の背筋を、ゾクゾクとした波が走った。
騎士になりたいと言ったら、問答無用で父に殴られた。
「マークス! お前は由緒正しい伯爵家の、跡取なんだぞ」
多分五歳くらいの話だ。
「ゆいしょ・ただしい」なんて意味も分からなかった。
子ども時分の俺は、じっとしていることが苦手で、領地では勿論、王都の邸でも駆けずり回っていた。木の棒を剣に見立てて、使用人相手に剣士ゴッコをやったりしていた。
由緒正しい何代目かの伯爵である父は、とにかく厳しかった。
勝手に家庭教師を招き、計算ばかりさせられた。
将来の領地経営に必要だと言われても、俺にはピンと来なかった。
母は優しい女性だが、父には逆らえない。
いや。
逆らう気がない。
俺が父に怒鳴られたり、殴られたりした時でも、その場で父を諫めるようなことはない。
後でそっと俺のところに来て言うのだ。
「お父様は、あなたの為を思っているのよ。立派な跡取りになれるように」
頭では理解したが、心が納得してはいなかった。
特に、平民との付き合いの線引きに関しては……。
当時夏と冬は、領地で過ごしていた。
領民たちは子どもの数も多く、俺はその子らと一緒に遊んでいた。
特にリオという少女とは、二人だけで過ごすことが増えていった。
リオは栗色の髪を肩のあたりで切り揃え、煉瓦みたいな色の瞳をしていた。
クルクルと動く瞳は愛らしく、大きな声で歌を唄う唇は柔らかそうで、いつまでも一緒にいたいと思うようになっていった。
初恋、というものだった。
十歳をいくつか過ぎた冬、リオの一家は領地から姿を消していた。
「税が支払えなくて、あいつらは夜逃げした」
父はそう言った。
「全く責任感のない奴らだ。だから平民は当てにならん」
吐き捨てるような父の背を、俺は睨んでいた。
父が、目の前のこの男が、何かしたのではないのか?
薄ぼんやりとそう思った。
領地に遊びに来た叔父に、リオの話をした。
叔父はいつでも、俺の味方をしてくれた。
騎士になりたいと騒いでいた俺に、子どもでも扱える模造剣を送ってくれたのも叔父だ。
「どんなに美人でも、平民の女との結婚は、出来ないからなあ」
「リオとは仲良くしちゃ、ダメだったの?」
叔父はニヤリと笑うと俺を諭した。
「叔父さんに任せない! 悪いようにはせんよ」
俺は叔父さんを信じることにした。
いつか、リオに会えることを期待して。
だけど、父は勝手に俺の婚約を決めた。
家格と諸条件の釣り合う相手だと言う。
嫡男としては致し方ないか……。
どんなコなんだろう。
「シュリー・ローザンです」
ぎこちない礼を執るシュリーは、地味な色合いの髪と目をした少女だった。
伏し目がちで表情は暗い。
もっと。
もっと笑えば可愛いのに……。
婚約ってことは、いずれ結婚するんだよな。
「女は、付け上がらせちゃいけないぞ」
叔父さんがそう言ってたな。
「可愛いお嬢さんよね、マークス」
母が気を遣って言う。
顔立ちが悪いわけじゃないけど、俺が可愛いと思えるのは、リオのような娘だ。
だから頷かなかった。
「俺に似合う女性になって欲しいな」
明るく笑う、可愛いコに。
「頑張って、勉強します」
シュリーの答えは、方向性が違った。
まあ、いいや。
結婚はしてやるよ。
ついでに、俺の思う通りの女になってもらう。
でも俺から愛することはない。
愛して欲しかったら、俺の言うことを聞けよ。
俺の視線に何かを感じたのか、シュリーは体をビクっとさせた。
シュリーの怯えたような表情を見て、俺は少しだけ満たされた。
じゃあ。
俺が本当に愛しているのが、リオだと知ったら……。
もっと、良い表情になるのだろうか。
力でねじ伏せたら、もっと……。
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