上 下
2 / 17

豊穣祭

しおりを挟む
 豊穣祭の日。

 午後から私はヨナと一緒に、神殿へ向かった。
 姉と妹はそれぞれの婚約者らが迎えに来て、一足先に出かけている。

「お嬢様。念のためお聞きしますが、ハーランドのご子息様とのお約束は?」

 ヨナに訊かれて私は首を振る。
 昨日の帰りの馬車の中で、豊穣祭の話は出なかった。

「ですよねぇ。では、ゆっくりとお参りしましょう」

 今日は馬車から降りて少し参道を歩くので、足さばきしやすいワンピースを選んだ。
 髪は後ろで編みこんで、黄色の花を挿してもらった。
 
「よくお似合いですよ」

 そんなことを言ってくれるのは、ヨナだけだ。
 ヨナも私と似たタイプの服で、赤い髪は一つに縛っている。
 ヨナは東の国の出身だ。
 その国では、季節の変わり目や祭事の時に、神の元へしばしばお参りするという。

「神殿にお参りするなら、綺麗目な服装が良いのですよ」


 馬車に揺られ半刻ほどで神殿に着いた。
 お天気に恵まれた日だからか、たくさんの人たちが神殿に集っている。

 神殿に向かう途中で、参拝帰りらしいマークスのお母様と出会った。

「ごきげんよう」

 いつものように丁寧に挨拶すると、マークスのお母様は微笑みながら私に言った。

 
「あら、マークスと一緒ではないのね」
「え、ええ」
「そう……。朝早く出かけたのだけど」

 チクリと胸が痛む。
 本当だったら、一緒に神殿に来るべきなんだろう。

「お嬢様」

 ヨナがそっと袖を引く。
 私は頭を下げて女神像を目指した。

 女神像の前には、何種類もの野菜や果物、穀物の種や生花、お酒の瓶まで供えられている。
 豊穣祭は一年の農産物の実りに感謝する御祭りだ。

 女神に感謝する人たちは、カップルも多い。

 何組みもの男女が、互いに指を絡ませて、女神様に頭を下げている。
 女神像の前で、ふっくらとしたお腹を擦る女性の笑顔が見える。
 若いお父さんとお母さんが一緒に赤ちゃんを抱いて、参道を歩いている。

 いつか……。

 いつかきっと、そんな未来が来ると……。
 疑いもなく私も思い描いていた。
 だから、端正なマークスと婚約が決まった時は嬉しかった。

 でも思い返せばマークスは、あまり嬉しそうではなかったな。

 ――女神様。
 ちょっとだけお願いがあります。
 女神様は、絶対女性の味方、ですよね。

 マークスとこのまま、結婚に向かって良いのでしょうか。
 会うたびに私を貶す彼といると、私は心にささくれが増えます。
 どんどん自信がなくなるのです。

 いつも誉めて欲しい、なんて思わない。
 溺愛とか望んでいない。
 ただただ、普通の会話がしたい。

 『綺麗なお花』って私が言ったら『本当だ、綺麗だね』っていう、そんな会話がしたいのです。
 ささやかなお願いです。
 
 もしも、マークスとそれが叶わないのなら……。


 お祈り(というか愚痴)が終わって女神像を見上げたら、気のせいだろうけど女神様の目が柔らかく光ったように感じた。

「十分お祈りできましたか?」
「ええ」

 私の目を見つめたヨナは、深く頷いた。


 帰り道。
 参道の両側に並ぶ露天商を見ながら歩く。 
 食べ物や小物だけではなく、小動物を売っている店もある。

「うわあ、賑やかね」
「何か、お土産買いますか?」
 
 ヨナが小銭を何枚か私に渡す。
 
「あ、生き物はダメですよ」
「はあい」

 色鮮やかな組み紐が、何本も下がっている店を覗く。
 複雑な模様を描く紐に思わず見とれていると、ポンと肩を叩かれた。

「君も参拝帰り? シュリー嬢」

 ダニエルが酒瓶を抱いて立っていた。

「ええ。ちょっとお土産を買おうかと」

 いきなり肩を叩かれて、私はドキっとしていた。

「お嬢さん、目の付け所が違うねえ」

 組み紐の隙間から、フードを被った年配の女性が現れた。

「この紐はただの紐じゃないよ」

「へえ……」

「組んだ形に魔力が宿るんだ。例えば恋の願いが叶う紐はコレ」

 薄紅色と淡い紫色が組み合わさった紐を、その女性が取り出す。
 
「わあ。綺麗」

 紐が恋を叶える魔力を持つなんて、信じるわけではなかったが、色の鮮やかさに心惹かれた。

「じゃあ、それ二本下さい」

 いきなりダニエルが女性に言う。
 お店の女性はニカッと笑い、ダニエルから代金を受け取った。

「はい、シュリー嬢」

 ダニエルは買った紐の一本を私に差し出した。

「え、ええ?」
「綺麗だよね。恋の御守りになるんでしょ。あげるよ」
「悪いわ。お代いくら?」

 ダニエルはちょっと恥ずかしそうに目を伏せた。

「そんな高いものじゃないし、豊穣祭の女神からのプレゼントだと思ってくれ」

「あ、ありがとう」

 ダニエルも誰か好きな人がいるのだろうか。
 せっかく貰った紐だから、大切にしよう。

 ダニエルに挨拶して参道に戻ると、何かのお菓子を買ったらしいヨナが待っていた。
 
「良いお土産、買えたようですね、お嬢様」
「ええ。素敵な豊穣祭だったわ」

 馬車乗り場まで歩く道すがら、男同士が大声で話していた。

「だからさあ、女なんてのは付け上がらせるとダメなんだよ。きつく厳しく言い聞かせなきゃ」
「いや、でもウチのヤツなんて、俺の話なんて聞かないぜ」

「そんな時は、コレだよ」

 大声で話している一人の男が、拳で殴る真似をする。

「少々痛い目みせてさ、躾だよシツケ!」

 私は背中がゾクリとした。
 拳を握っている男性に見覚えがあったのだ。

 あれは確か、マークスの叔父さんだ。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

処理中です...