【第一部完結】保健室におっさんは似合わない!

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最終章 夏休みの宿題を、早く終える奴と三十一日まで引っ張る奴

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 公園とアパートの一室を使い、火事のトリックを明かした加藤は、その後夏バテだかなんかで、ゴロゴロと過ごした。
 単にだらけていたかった、というわけでもない。
 咽喉に刺さった小骨が、結局抜けてないような、微妙な違和感が残っていた。
 
 あれから……。

 篠宮は母の啓子を引き取って、一緒に暮らすことになった。
 音竹樹梨は、蘭佳と氷沼の伝手で脳検査を行った結果、高次脳機能障害と診断を受けた。現在はリハビリを始め、自宅を含めた環境調整中でもある。
 
 音竹伸市は、長尾に引き取られることが決まり、最近長尾の住まいへ引っ越した。
 秋になったら、ブラッドパッチの治療を受けるのだという。

 そして教員の夏季休暇は終わり、残暑のさなか加藤は出勤した。
 保健室の戸を開けると、白根澤が封筒に何かを入れている。

「何それ」
「あら、おはようせいちゃん。久しぶりねえ。事務長から、資料が欲しいって言われてね」
「資料?」
「うん、ほら今日、私学フェスティバルでしょ。本校も出るから、健康関係の資料が欲しいとか言ってたわ」
「私学、フェス……」
「生徒募集の一環よ。関東近県の私立学校が集まって、学校の特色とかを宣伝するの。去年もあったでしょ?」

 そうか、そんなイベントがあったような、気がするような……。

「文科省も協賛しているわ」

 パチン。

「ああ、そう言えば、去年文科省来賓で挨拶したの、憲ちゃんだったわね」

 パチンパチン!

 加藤の脳内に、大小種々の御仏たちが、印を結んで並んでいく。
 それが、最後の解答だった。

 その日午後から休みを取った加藤は、長尾に聞いた新しい住まいへ向かう。
 そこは陽当たりの良い、新築のマンションだった。


「あ、先生!」

 モニター越しに、音竹の声がする。
 明るい声だ。

 パタパタと音竹が階段を降りて来た。

「どうしたんですか?」
「うん、ちょっとな」

 エントランスで加藤は、音竹に訊く。

「君は去年、私学フェスに参加したよね」

 怪訝な顔をしながらも、音竹は頷く。

「そこで、挨拶に来ていた加藤憲章と、何か話をしたのか?」

 音竹はにっこりと笑う。
 良い笑顔だと加藤は思う。

「はい。去年の今頃、どこを受けるかまだ迷っていて。そしたら、加藤さんが教えてくれました。
『迷っているなら、葛城中が良いよ』って」

 いや憲章、文科省が特定の私学に肩入れしちゃダメでしょ。

「そして入学して、困ったことや悩みがあったら、保健室に行くと良いよって、おっしゃってました」

 そうか。
 やはりそうだったか。
 心の揺れを隠して、加藤は音竹に訊く。

「ウチの学校で、良かったか?」
「はい!」


 上手く進みすぎると、加藤は思っていた。
 あのタヌキ親父が、一文の得にもならない公園改装に、金を出したこと。
 そして工事を最短で終わらせたこと。

 何よりも入学早々、保健室に音竹伸市がやって来て、謎めいた発言を残したことだ。
 その内容は加藤の好奇心を搔き立てて、無理やりにでも解決しようと思わせたものだった。

 その裏で、アイツが段取りしていたのだろう。
 文科省の妖刀、加藤憲章が。


「やだなあ、悪役みたいじゃない。僕だって一応、子どもの健全な育生を目指す公務員だよ。僕はただ、せいちゃんのやりたいことを、陰ながら応援しているだけだって」

 電話の向こうの憲章は朗らかに言う。

「僕ってさ、段取りとか計画とか、元々得意だから。夏休みの宿題をさっさと終わらせるタイプだもん。あ、せいちゃんは、ぎりぎりにならないと、やらないタイプだよね」

 ムカついた加藤は電話を切った。

 ムカつきはしたものの、咽喉の小骨は取れたのだ。
 見上げた空は、秋の到来を告げる色だった。



 同じ頃。

 氷沼は例の公園で、子どもたちとすべり台で遊んでいた。
 恐竜のすべり台は夏休みが終わったら、撤去されるからだ。

 一人の子どもが、氷沼に訊ねる。

「ねえ、おじさん、昼間からこんなトコで遊んでいるなんて、何してる人?」
「おじさんじゃなくて、『天才科学者のお兄さん』だ」

「ふうん。じゃあ、この前おじさんと一緒にいた、髪ぼさぼさの男の人も、『天才かがくしゃ』なの?」
「アレか? アレは確かに天才だな。まあ、俺には負けるけど。アレね、学校の保健室にいるぞ」

「男なのに?」
「ああ」

「似合わねえ! 保健室には似合わねえ!」

「俺も、そう思うよ」


 保健室におっさんは似合わない」
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