【第一部完結】保健室におっさんは似合わない!

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二十三章 使えるものは何でも使おう。それが親でも鋏でも

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 曼荼羅まんだらとは、真言密教の世界観をヴィジュアル的に表したものだ。その表し方は、幾何学的に構築されたものから、地獄絵図のようなものまで様々だが、代表的なものとしては、空海がもたらした「金剛界曼荼羅こんごうかいまんだら」と「胎蔵曼荼羅たいぞうまんだら」が挙げられる。

 金剛界曼荼羅は、九つに分けた図の一番上の真ん中に、大日如来が配置され、残りの八つの部分には如来や菩薩が描かれている。金剛界曼荼羅図の世界では、大日如来の教えが基になり、すべての如来や菩薩というものは、大日如来の悟りの顕現だという。
 胎蔵曼荼羅は、大日如来を中心に、如来や菩薩が外へと広がるように並べられたものである。これは御仏の慈悲が、世の中に広がっていく様を描いている。

 では、加藤の曼荼羅とは何なのか。

 祖母が初めて加藤を連れていったのは、関東でも有名な密教系の寺だった。
 夏の早朝、本堂には大勢の参詣者が集まっていた。
 加藤は護摩壇に燃え上がる炎と、金剛界と胎蔵の曼荼羅図を見続けた。

 曼荼羅の根源は大日如来。
 悟りに至る道筋は、種々の仏が役割を担うという。

 以来、加藤は疑問が生じると、手元の紙に九つのマス目を引き、上段の真ん中に仮の答え、即ち加藤なりの仮説を書いた。そして仮説に至るまでの道筋を、残りのマスに書き込んでいくと、いつしか正答に至ることを知った。

 今では紙に書くことなく、加藤は脳内でその作業を行う。
 『曼荼羅が回り始めた』というセリフは、加藤の仮説検証が、相当深まったことを意味する。

 とはいえ、脳内曼荼羅図では、薄ぼんやりとしている箇所がまだ残る。
 そこをクリアにしないと、正答とはならない。
 正答でないと、音竹の抱えている問題の解決は出来ないのだ。

「仕方ない……」

 薄ぼんやり部分を明るくするには、実地検証することが必要になる。
 その為には、どうしても、ある人物に頭を下げなければならない。
 実は、音竹の件に関わった時から、そうしなければならないだろうと想定はしていた。

 分かっていても、やりたくないことがある。
 しかし、逡巡している時間はない。

 夏休みは、子どもにとって魔の期間でもある。問題行動の発生率が跳ねあがるのだ。
 なんといっても最大限に注意が必要なのは、夏休み明けである。
 長期休業後の児童生徒の自殺数増加は、学校関係者ならずともよく知られている。

 加藤は保健室を退室する時の、音竹の様子が気になっている。

 『また、おいで』と加藤は音竹に言った。
 『はい』と音竹は答えた。

 嘘をつくのが下手な子が、最初で最後につく嘘のように、加藤には感じられた。

「今夜、俺ちょっと実家に行ってくる」

 加藤がそう言うと、白根澤は驚いて、食べていたわらび餅を落とした。

「えええっ! マジ?」
「何その生徒言葉。マジだよ」

 白根澤が真剣な表情で訊く。

「ねえ、せいちゃん、借金の申し込み?」
「ちげーよ!!」

 今夜はアイツがいるはずと、兄から情報を得ている。

「まあ、たまには顔を出してあげると、お父様、喜ぶわよ」

 白根澤は、うふふと笑って、わらび餅を二個、口に頬張った。

 加藤が出来る限り関わりたくはないが、今回は会わなければならない相手、それこそが、加藤の実父、加藤宗太郎なのである。


 夕刻、加藤は何年ぶりになるか分からない、実家の門をくぐった。
 三代にわたり国会議員を出している加藤の家は、中央区にある。
 さほど広い敷地ではないが、多忙の家族のために、加藤宗太郎の秘書が同居している。

 宗太郎は現在、政権党の副幹事長である。党内外に睨みをきかせ、圧力団体を適度にあしらう手腕は、長老たちからも評価されているというが、加藤にとっては、ただただ、やりにくい相手である。

「お帰りなさいませ。誠作様」

 宗太郎の秘書、本多が玄関を開ける。
 本多は加藤より、一回り年上の男性である。

「様はいらんよ、あんたの方が年上なんだから」

 年齢が上の者に対して、『あんた』呼ばわりは如何なものかと本多は思うが、もちろん言わない。

「先ほどから、副幹事長、もとい宗太郎様がお待ちです」

 加藤はそのまま、父の書斎に向かう。
 ドアをノックすると「入れ」の返答。相変わらずの悪役声だ。

 加藤が部屋に入ると、宗太郎はバカでかい机に向かって、ノートパソコンを開いたまま、片手にスマホを持ち、目だけ動かす。

 仕方なく加藤は机の前にある、パイプ椅子に座った。

 スマホを切ると、宗太郎は早速、加熱式タバコを口に咥える。

「タバコ、止めたんじゃなかったか?」

「これ紙巻と違うモン」

 モンてなんだよ! 子どもか!

 心中毒づきながら、加藤はへえへえと頷く。

 宗太郎は低め重低音の声を持つが、見た目はダルマ。顔も目も、体も丸い。

「で、何用でしょうね、放蕩息子さん」

「自立していると言ってくれ」

「ヤダ!」

 頬をぷっと膨らませて、宗太郎は横を向いた。

 女子高生か、お前は!
 なんでこんなのが、政権党の役職就いてるんだ!

「だってさあ、そろそろ教師なんてブラックな仕事辞めてさ、都議会議員くらいから始めてみない? ソコソコ地盤あるよ、ウチ」

 ブラックな業務改善、是非やってくれ。与党が!

「いや、議員にするなら憲章の方だろ。そのために国上キャリアになってんだから」

「憲ちゃんは優秀だからさ、スゴい法律をバンバン作って欲しいのよ。文科省だから限界あるけどね」

 わざとらしく大きくため息をつき、加藤は父に言う。

「議員話はともかくだ。あんたに頼みたいことがある」

 宗太郎の瞳がキラキラと、まさに女子高生の如く煌めく。

「何なになに? 言って言って。誠ちゃんが僕に頼みごとなんて、グリーンイグアナ欲しいって言った以来じゃない!」

 お前、覚えているの、グリーンイグアナだけか。
 公立中に行きたいとか、鹿児島の大学に行きたいとか、昔結構頼んだはずだぞ!

 怒鳴りたい気持ちをグッと押さえ、加藤は背中を伸ばす。

「都内の公園を一か所、至急改造したい。もろもろ手続きが必要だろうから、あんたの権力ちからを借りたいんだ」

 頼むと言って、加藤は宗太郎に頭を下げた。

「うん。いいよ。分かった」

 あっけらかんと宗太郎は答える。
 加藤は思わず父を見る。

「いつまでに、許可書が出ればいいの? あと、改造の費用、あるの?」
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