【第一部完結】保健室におっさんは似合わない!

ウサギテイマーTK

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十四章 都市ではない場所の伝説を、「都市伝説」と呼ぶのは、少し恥ずかしい気がする 

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 加藤ならずとも、よほど恐竜に詳しい人でなければ、「ディモルフォドン」を知らないであろう。

  ちなみにディモルフォドンとは、全長一メートル四十センチほどの、空を飛べる恐竜である。

 土曜日の遅い午後、加藤は音竹家近くの公園で、氷沼と待ち合わせた。
 今日はいつもの、高齢者軍団が見当たらない。

 加藤は、公園の奥の方にある、広い場所に氷沼を誘う。

「この辺りに、立ててくれ」

 氷沼が持ってきたものは、踏み台というより折り畳み式の脚立であった。
 脚立を開くと、ご丁寧に恐竜の下手くそな絵が、貼り付けてある。

「これは、いらないだろ」

 加藤が恐竜の絵を指で弾くと、氷沼は反論した。

「何を言ってる、せいさく。この公園は、かつて都内でも有数の、恐竜型遊具があったところだぞ。この脚立は、良き時代へのオマージュなんだ」

 相変わらず、言っていることが分からない。
 加藤は相手にせず、脚立に足をかけた。

「わあ! 恐竜だ! 恐竜だ!」

 どこからか、就学前と思われる子どもが、脚立に寄って来た。
 ほら見ろ、といった表情の氷沼が、加藤をちらりと見上げた。

「恐竜好きかい? ぼく」
「うん! この絵の恐竜、スピノフォロサウルスでしょ? おじさん」

 スピノフォロサウルスは、首の長い草食恐竜である。

「よく知ってるね、ぼく。だけど、俺はおじさんではないぞ。天才科学者様と呼びなさい」
「ぼくは、彪流たける。今野彪流だよ、おじさん!」

 タケルと名乗った少年も、氷沼の言うことを、全く気にしていない。

 加藤は脚立の一番高い処に腰かけて、氷沼とタケルの会話を、聞くともなく聞いていた。

 さすがに、地上から一メートル五十センチ以上の場所は、いつもの視線では見えなかったものが見えてくる。

 はて……。


「こんの」って、どっかで聞いた苗字だ。

「でね、おじさん。この公園、昔、翼竜よくりゅうが出たって噂があるんだよ!」
「マジ? スゲエ!」

 いちいち説明するのも何だが、翼竜は、空を飛ぶ恐竜のことである。

「それでね、翼竜が誰かを食べちゃったんだって! ぼく、ケツァルコアトルスだったらいいなって思ってるんだ」
 
 ケツァルコアトルスとは、アステカ神話で神とされる、ケツァルコアトルの名をつけられた翼竜である。

 氷沼とタケルは、マニアックな話で盛り上がっている。
 つまりは、氷沼の精神年齢が、五歳児くらいということだろう。

 加藤の居る場所からは、公園が一望できる。
 公園の敷地の右端には、音竹の自宅の屋根が見え、左には、古い集合住宅の二階部分が見える。

 加藤が以前、この公園周辺に起こった事件を検索した時に、一つだけ引っかかったものがある。
 それは事件ではなく、都市伝説のような話であった。

 『窓に浮かぶ、首なし女の怪』

 首よりも上がなくて、なんで女と分かったのかは、不明である。

 その話に出てきた、古いアパートとは、今加藤の目にうつる、あの集合住宅のことではないだろうか。建物全体を包む空気は、いかにも怪談話の舞台になりそうである。

 徐々に暮れていく公園に、ギャアギャアと鳴きながら鳥がやって来る。
 鳥を目で追いながら、加藤は気付く。

 集合住宅の二階と、音竹の屋敷の屋根は、公園を挟んで一直線で繫がる高さである。

 都市伝説の首なし女。
 翼竜が出て、人を喰ったという噂。

 そんな公園で、ケツを打った音竹……。

 加藤の頭の中が、急激な回転を始めた、その時である。

「タケちゃーん、もうお家に入ろう!」

 公園の入り口の方から、聞いたことのある声がした。

「あっ! じいじ!」

 タケル少年は、声の主に駆けていく。

「阿吽像の、阿像の方の爺さん!」

 聞いたことのある苗字だと思ったら、高齢者筋肉体操集団を率いる、見守り隊の爺さんだった。

 加藤は脚立の上から、彪流の祖父、今野に会釈した。
 今野は、加藤と、側にいる氷沼に、一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐに、にっこりと笑って孫の手を取った。
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