【第一部完結】保健室におっさんは似合わない!

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十三章 心肺蘇生人形の名は、異世界の悪役令嬢の名前になりそうである

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 それは去年のこと。

 この学園ではだいたい夏休み前に、生徒指導部の教員や、保健体育の教員及び養護教諭が、健康教育を行っている。

 去年は保健体育の教員が、赴任したての若い女性だったので、保健室からは加藤が加わり、指導を行うことになった。

 高等部の生徒を対象にした、AEDと心肺蘇生の内容なので、加藤もあまりヘンなことは言うまい、と白根澤は思った。

 この時は、まだ。

 授業前に、対象学年から取ったアンケートには、こんなことが書いてあった。

「加藤先生は、日頃、ジェンダーフリーとか言ってますケド、なんで、心肺蘇生の練習するための人形は、全部男なんですか?
 これは女性に対する、差別じゃなでしょうか!」

 書いたのは高等部生徒会役員で、成績優秀な生徒であった。

「たしかにな。そりゃあ、そうだ。 言ってることに、大きな間違いはない。よし、分かった!」

 何が分かったのかは不明であるが、生き生きと授業準備をする加藤に、白根澤は何も言えなかった。
 言いたくもなかった。

 それから一週間後、心肺蘇生並びにAED使用に関する健康教育が、体育館で行われた。

 初任の女性教員の研修を兼ねた授業なので、校長や教頭、主任なども見学に来る。
 女性教員はジャージ姿で、時折、目をぎゅうっと瞑った。

 蘇生訓練用のマネキンは、学園に十二体用意してある。
 一体につき、五、六人の生徒が交代しながら練習するのだ。

 今、その人形たちには、白い布がかけられている。


 加藤は新任の女性教員を完全に無視した状態で、勝手に授業を始めた。

「俺は、感動した! 君たちの意識の高さに! 特に湯沢君!」

「はっ、はい」

 呼ばれた生徒はビックリして立ち上がる。

「君の『蘇生訓練用の人形が、男ばかりというのは、ジェンダーフリーに反する』という意見に、俺は衝撃を受けた! 全くその通りだ! 
 だから、今回は特別に、ジェンダーフリーでインクルーシブな人形を用意した!」

 加藤は人形に掛けられていた布を取り払う。

 生徒は勿論、教員たちも、加藤が準備した心肺蘇生用のマネキンを見て絶句した。

 普通、心肺蘇生用のマネキンは男性と思しき人形である。
 特に表情などはついていない。

 ところが加藤が並べた人形は、七体は男性で五体は女性。
 目も口も、眉まで描いてある顔は、苦悶の表情をうかべていた。白髪のウイッグも付けている、後期高齢者の風情である。

「いいか、君たち。年間、救急車で搬送される人数は、およそ三百五十万人。うち、二百万人が高齢者だ。そして、その六割は男性なんだ」

 加藤は語る。

「今回の訓練用の人形は、その比率を守って、表情にも工夫を凝らした! 苦しそうにしているだろう? さあ、生徒諸君! 緊急事態に見舞われた、高齢者を助けようではないか!」

 しゃれのつもりで書いたアンケートを、湯沢は心より後悔した。
 せめて、人形の年齢指定をするべきだった!

  だがもう、賽は投げられた!

  湯沢が、うおーっと叫びながら走りだすと、他の生徒もそれに続いた。

 訓練は盛り上がったが、授業としての評価は微妙だった。

 新任の女性教員は、加藤を睨んだまま、何も動けなかった。自分で立てて来た授業計画が、真っ白になったのだ。
  
 その後、彼女は公立の学校に移っていった。

 授業終了後、校長と教頭、主任らは、白根澤に通告した。
 健康教育は、今後すべて、白根澤がやるように、と。

 そして現在。

「去年、俺は二度と教壇に立つな、って言われたぞ!」

 加藤が口を尖らすと、白根澤も頷く。

「うん。知ってる」

「それなのに、どこをどうすると、『命の教育』の担当になるんだ? しかも文科省の視察の時に」

「ああ、しょうがないのよ。その文科省からの、ご指名なんだから」

 加藤は小さく舌打ちをした。

 あいつか、やっぱり。

「授業するの来週だから、指導案、良く見ておいてね」

 まあ、テンプレ通りの授業をすれば、特に問題ないだろう。
 加藤はそのまま、日々の業務に忙殺された。

 金曜の夜、再び氷沼から連絡があった。

「頼まれていた踏み台、用意できたよ。ディモルフォドンの体長くらいあるぞ」

 加藤は、ディモルフォドンを全く知らなかった。
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