13 / 44
十二章 多忙の養護教諭に、無茶ぶりは良くない
しおりを挟む
週明け、加藤が出勤すると、白根澤は何やらバタバタと動き回っていた。
健康診断の結果で、要再検の生徒でも出たのかと加藤は思ったが、どうやら違うようだ。
「せいちゃん! 良かった遅刻しなくて」
「いや、遅刻って、俺、たまにしかしないし」
加藤の「たまに」とは、週一回程度を指す。
「あのね、三月の末くらいに、文科省から養護教諭向けの、動画配信あったでしょ。せいちゃん、観たわよね」
文科省の動画?
そんなもん、あったっけ?
他の省庁のアニメ動画なら、自宅で観たけれど。
だいたい文科省ってだけで、加藤はなるべく関わりたくはない。
教育職に就いているなら、全く関わらないでいるということは、ないのであるが。
「観たような、観てないような……」
「今すぐ見て!」
本日中に、校内全ての教員が、必ず視聴するように、急遽理事会で決定されたという。
私学ならではの無茶ぶりだ。
阿修羅像と化した白根澤の迫力に負け、渋々加藤はパソコンを開き、指定されたサイトにアクセスした。
視聴するのは、文部科学省が厚生労働省と共に、全国の教師向けに出した「若年者の自殺予防マニュアル」の動画である。
『日本における、10歳から39歳の死因トップは自殺です。若年層の死因の1位が、自殺となっているのは、先進国G7の中でも、日本のみなのです』
冒頭のナレーションを聞いているだけで、鬱々してくる。
加藤は、次々に表示されるグラフや表を見ながらも、頭の中では別のことを考えていた。
自宅以外のベッドで寝ると、死んでしまうという音竹伸市。
加藤の推測では、彼の持つ疾患の一つは、起立性調節障害。
そして、おそらくもう一つは、『脳脊髄液減少症』である。
脳脊髄液減少症。
脳と脊髄は、硬膜に包まれていて、内部は髄液という液体が満たしている。髄液の量と圧力は、普通、一定に保たれているのだが、何らかの原因で、髄液が失われると、頭痛やめまい、吐き気などの症状が現れるようになる。
音竹は、幼児の頃に、遊具から転落して尻を強打した。
その時に、髄液が漏れるようになったのではないか。
だとしても、MRIでも使えば、診断は容易。
横になって安静にして、点滴でも受ければそのまま落ち着くこともある。
症状が治まらない場合でも、生食注入やブラッドパッチといった治療法が、広く知られるようになっている。
何よりも。
音竹の主治医を兼ねているという、スピリチュアルアドバイザーの篠宮ならば、音竹の疾患を把握しているはずだ。
昨日、氷沼に確認したが、篠宮は、脳神経系の医師なのだ。
なぜ、治療を受けさせないのだろう……。
画面には、月別の自殺者数のグラフが表れていた。
次いで、自殺の理由が、男女別に示された。
男子の自殺の理由、一番は「学業」である。
三番目が「親子関係の不和」となっていた。
親子関係、か。
加藤の耳に、ナレーションの音声は既に届いていない。
だが、この画面は、彼の脳に刻まれた。
動画が終了した頃、白根澤が保健室に戻って来た。
「はい、せいちゃん」
白根澤は、加藤に何枚かのプリントを渡す。
「何、これ? 『学習指導案』とか」
「そうよ、これは指導案。見たでしょ? 動画」
「適当にね。それと指導案に、何の関係が?」
「せいちゃんが授業するの、この指導案使って。ココに書いてあるでしょ。『命の大切さについて学ぶ』って」
「はあああ??」
白根澤はお茶を一口飲むと、ほっと一息ついた。
「何で私が、朝から走り回っていたか、分からない?」
「全然!」
「緊急理事会が開かれたのは、視察が来るからなの」
「視察? 私学財団から? それとも都の生活文化局?」
白根澤は鼻で笑った。
加藤はイラっとする。
「そのレベルなら、理事会も、勿論私も、アタフタなんかしないわよ」
加藤は嫌な予感がした。
「まさか……」
「そうよ、視察に来るのは、文部科学省高等教育局私学行政課のお偉いさん!」
加藤の口から、ムクドリが集団で騒ぐ時の様な、声が上がった。
健康診断の結果で、要再検の生徒でも出たのかと加藤は思ったが、どうやら違うようだ。
「せいちゃん! 良かった遅刻しなくて」
「いや、遅刻って、俺、たまにしかしないし」
加藤の「たまに」とは、週一回程度を指す。
「あのね、三月の末くらいに、文科省から養護教諭向けの、動画配信あったでしょ。せいちゃん、観たわよね」
文科省の動画?
そんなもん、あったっけ?
他の省庁のアニメ動画なら、自宅で観たけれど。
だいたい文科省ってだけで、加藤はなるべく関わりたくはない。
教育職に就いているなら、全く関わらないでいるということは、ないのであるが。
「観たような、観てないような……」
「今すぐ見て!」
本日中に、校内全ての教員が、必ず視聴するように、急遽理事会で決定されたという。
私学ならではの無茶ぶりだ。
阿修羅像と化した白根澤の迫力に負け、渋々加藤はパソコンを開き、指定されたサイトにアクセスした。
視聴するのは、文部科学省が厚生労働省と共に、全国の教師向けに出した「若年者の自殺予防マニュアル」の動画である。
『日本における、10歳から39歳の死因トップは自殺です。若年層の死因の1位が、自殺となっているのは、先進国G7の中でも、日本のみなのです』
冒頭のナレーションを聞いているだけで、鬱々してくる。
加藤は、次々に表示されるグラフや表を見ながらも、頭の中では別のことを考えていた。
自宅以外のベッドで寝ると、死んでしまうという音竹伸市。
加藤の推測では、彼の持つ疾患の一つは、起立性調節障害。
そして、おそらくもう一つは、『脳脊髄液減少症』である。
脳脊髄液減少症。
脳と脊髄は、硬膜に包まれていて、内部は髄液という液体が満たしている。髄液の量と圧力は、普通、一定に保たれているのだが、何らかの原因で、髄液が失われると、頭痛やめまい、吐き気などの症状が現れるようになる。
音竹は、幼児の頃に、遊具から転落して尻を強打した。
その時に、髄液が漏れるようになったのではないか。
だとしても、MRIでも使えば、診断は容易。
横になって安静にして、点滴でも受ければそのまま落ち着くこともある。
症状が治まらない場合でも、生食注入やブラッドパッチといった治療法が、広く知られるようになっている。
何よりも。
音竹の主治医を兼ねているという、スピリチュアルアドバイザーの篠宮ならば、音竹の疾患を把握しているはずだ。
昨日、氷沼に確認したが、篠宮は、脳神経系の医師なのだ。
なぜ、治療を受けさせないのだろう……。
画面には、月別の自殺者数のグラフが表れていた。
次いで、自殺の理由が、男女別に示された。
男子の自殺の理由、一番は「学業」である。
三番目が「親子関係の不和」となっていた。
親子関係、か。
加藤の耳に、ナレーションの音声は既に届いていない。
だが、この画面は、彼の脳に刻まれた。
動画が終了した頃、白根澤が保健室に戻って来た。
「はい、せいちゃん」
白根澤は、加藤に何枚かのプリントを渡す。
「何、これ? 『学習指導案』とか」
「そうよ、これは指導案。見たでしょ? 動画」
「適当にね。それと指導案に、何の関係が?」
「せいちゃんが授業するの、この指導案使って。ココに書いてあるでしょ。『命の大切さについて学ぶ』って」
「はあああ??」
白根澤はお茶を一口飲むと、ほっと一息ついた。
「何で私が、朝から走り回っていたか、分からない?」
「全然!」
「緊急理事会が開かれたのは、視察が来るからなの」
「視察? 私学財団から? それとも都の生活文化局?」
白根澤は鼻で笑った。
加藤はイラっとする。
「そのレベルなら、理事会も、勿論私も、アタフタなんかしないわよ」
加藤は嫌な予感がした。
「まさか……」
「そうよ、視察に来るのは、文部科学省高等教育局私学行政課のお偉いさん!」
加藤の口から、ムクドリが集団で騒ぐ時の様な、声が上がった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
おてんばプロレスの女神たち ~男子で、女子大生で、女子プロレスラーのジュリーという生き方~
ちひろ
青春
おてんば女子大学初の“男子の女子大生”ジュリー。憧れの大学生活では想定外のジレンマを抱えながらも、涼子先輩が立ち上げた女子プロレスごっこ団体・おてんばプロレスで開花し、地元のプロレスファン(特にオッさん連中!)をとりこに。青春派プロレスノベル「おてんばプロレスの女神たち」のアナザーストーリー。
ハンガク!
化野 雫
キャラ文芸
周りに壁を作っていた葵高二年生の僕。五月の連休明け、その僕のクラスに長身美少女で僕っ娘の『板額』が転校して来た。転校初日、ボッチの僕に、この変わった名を持つ転校生はクラス全員の前で突然『彼女にして!宣言』をした。どうやら板額は僕を知ってるらしいが、僕にはまったく心当たりがない。そんな破天荒で謎多き美少女板額が葵高にやって来た事で僕の平穏で退屈な高校生活が全く違う様相を見せ始める。これは僕とちょっと変わった彼女で紡がれる青春の物語。
感想、メッセージ等は気楽な気持ちで送って頂けると嬉しいです。
気にいって頂けたら、『お気に入り』への登録も是非お願いします。
【キャラ文芸大賞 奨励賞】壊れたアンドロイドの独り言
蒼衣ユイ/広瀬由衣
キャラ文芸
若手イケメンエンジニア漆原朔也を目当てにインターンを始めた美咲。
目論見通り漆原に出会うも性格の悪さに愕然とする。
そんなある日、壊れたアンドロイドを拾い漆原と持ち主探しをすることになった。
これが美咲の家族に大きな変化をもたらすことになる。
壊れたアンドロイドが家族を繋ぐSFミステリー。
illust 匣乃シュリ様(Twitter @hakonoshuri)
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる