【第一部完結】保健室におっさんは似合わない!

ウサギテイマーTK

文字の大きさ
上 下
4 / 44

三章 養護教諭に大型自動車免許は、ほぼいらない

しおりを挟む
 対面式の翌日のことである。

 朝会後、バタバタと足音をたて、保健室のドアを開ける人影があった。

 その足音で分かる。
 教頭の中原である。

「加藤先生! また、やらかしましたね!」

 またとはなんだ、またとは。
 やらかしたって、何だよ。
 しかも、断定。

「あらあら教頭先生。そんなに興奮されると、血圧上がりますわよ」

 取りなすように、白根澤が微笑む。

 学校内の管理職、すなわち、校長、教頭、事務局長というものは、公立でも私立でも、それはそれなりに、大変な仕事なんだろう。

 それは分かる。
 分かるが、管理職への尊敬や信頼は、彼らの職務の重責に、比例はしない。
 全くしない。

 というか、加藤は中原を、そもそも相手にしていない。

 中原は、

「然らば白根澤先生。不肖この中原が倒れたら、原因は加藤だったと、弔辞で宣言してくだされ!」

 いやこの位で死ぬなよ、教頭。
 更に、呼び捨てか!
 教員同士の呼び捨てはパワハラって研修、この前受けてたろう。

 中原は首から上を赤く染め、大きくため息をつく。
 彼の頭部は、酸性雨で瀕死状態になった、針葉樹林のようだ。

「我が校の新入生合宿は、歴史と伝統に裏打ちされた、素晴らしい行事の一つです」
「ええ、そうですわね」

「ただし近年は、生徒の状況に応じて、強制ではなく選択参加にしております」
「参加するのが難しい、疾患や症状もありますものね」

「今年、新入生の一人が、合宿不参加届をだしており、診断書も付いていたので、欠席やむなしと判断したのです」
「あら、そうだったのですか」

 中原は加藤の両肩を掴み、揺さぶりながら唾を飛ばす。

「ところが今朝、その生徒の保護者から、やっぱり参加したいという連絡があったのだ!」

 頭をガクガクされながら、加藤は教頭に言う。

「いいじゃないですか、その方が」
「良くない! 良くないんだ加藤!」

 中原は更に声を荒げた。

「先方の参加条件が、加藤、お前が帯同することって言うんだぞ!!」

 とうとう『お前』呼ばわりときたもんだ。

「俺が帯同? 保護者が希望するんなら、行きますよ。出張費出るし」

「それが一番困るんじゃないかあああ!」

 一昨年、新入生合宿に、赴任したばかりの加藤が帯同した。
 まあ、だいたいどこの学校でも、養護教諭が付いていくのだが。

 合宿では、健康指導も行うという、スケジュールが組まれていた。

「普通は、『早寝早起き朝ごはん』みたいな指導をするんだよ、そういう時は!」

 加藤は、生徒にそれぞれ、ゲームやトランプ、将棋などを好きなだけやらせ、一緒に行った教員に、大ヒンシュクを買った。
 生徒らは、大いに喜んでいたが。

「いや、あれは、脳疲労測定を同時に行って、脳疲労を一番起こすのはゲームだよって生徒に理解させた、立派な健康指導でしたが、何か? ちなみに疲労測定装置は、俺、自前で用意しましたし」

「そういう問題じゃ、ないんだあああ!」

 以後、加藤が宿泊を伴う学校の行事に、帯同することはなくなった。

「教頭センセ。その、なんで、加藤先生帯同が、条件なのかしら?」

「昨日、面倒みてもらって、安心したそうです」

 少し冷静になった中原は白根澤に言う。

「ああ、その生徒って、音なんとか君、ね」

 ムッとした表情のまま、中原は加藤に伝えた。

「条件がもう一つある。自宅のベッドを合宿場所に、持ち込みたい、そうだ」

「自宅のベッド以外で寝ると、死んじゃうそうですからねえ。ふうん、自宅のベッド、持ち込みね」

「まったく、前代未聞のワガママだよ。これだから、シングル家庭は……」

 加藤の糸目が、僅かに開く。
 そして中原に、冷ややかな視線をぶつける。

「なんだって? 教頭。今、なんつった?」

 学校という組織に、古カビのように貼りついている、偏見意識。

「全国百四十二万の、ひとり親家庭に謝れ!」

 加藤の怒気を含んだ声に、中原の体は縮む。

 あああ、アホ教頭。
 せいちゃんのスイッチ押しちゃった、と白根澤は胸で呟く。

「わかったよ、教頭。俺が帯同するし、ベッドも運んでやる!」

「ええっ? せいちゃん、ベッド運ぶってどうするの? まさか担いで合宿所まで?」

「ふふふ、俺は大型自動車免許持ちだ。ベッドの一つや二つ、軽く運べるさ」

 白根澤は、思う。
 学校の養護教諭に、大型自動車免許は、ほぼいらない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

ハンガク!

化野 雫
キャラ文芸
周りに壁を作っていた葵高二年生の僕。五月の連休明け、その僕のクラスに長身美少女で僕っ娘の『板額』が転校して来た。転校初日、ボッチの僕に、この変わった名を持つ転校生はクラス全員の前で突然『彼女にして!宣言』をした。どうやら板額は僕を知ってるらしいが、僕にはまったく心当たりがない。そんな破天荒で謎多き美少女板額が葵高にやって来た事で僕の平穏で退屈な高校生活が全く違う様相を見せ始める。これは僕とちょっと変わった彼女で紡がれる青春の物語。 感想、メッセージ等は気楽な気持ちで送って頂けると嬉しいです。 気にいって頂けたら、『お気に入り』への登録も是非お願いします。

【キャラ文芸大賞 奨励賞】壊れたアンドロイドの独り言

蒼衣ユイ/広瀬由衣
キャラ文芸
若手イケメンエンジニア漆原朔也を目当てにインターンを始めた美咲。 目論見通り漆原に出会うも性格の悪さに愕然とする。 そんなある日、壊れたアンドロイドを拾い漆原と持ち主探しをすることになった。 これが美咲の家族に大きな変化をもたらすことになる。 壊れたアンドロイドが家族を繋ぐSFミステリー。 illust 匣乃シュリ様(Twitter @hakonoshuri)

おてんばプロレスの女神たち ~男子で、女子大生で、女子プロレスラーのジュリーという生き方~

ちひろ
青春
 おてんば女子大学初の“男子の女子大生”ジュリー。憧れの大学生活では想定外のジレンマを抱えながらも、涼子先輩が立ち上げた女子プロレスごっこ団体・おてんばプロレスで開花し、地元のプロレスファン(特にオッさん連中!)をとりこに。青春派プロレスノベル「おてんばプロレスの女神たち」のアナザーストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...