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眼鏡スゲエ
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リンナに代わって爺さんが訊く。
「のう、当主代行殿」
「代行付けるな」
「設計図を使って、何を作るのだ?」
「へ、知らんよ、そんなこと」
伯爵から言われただけだ。それが必要だと。
「あれはだな、作ってはいけない設計図なんじゃ」
重々しく爺さんは言う。
作ってはいけない物の設計なんか、するなよ兄貴。
心の中で思った当主代行だったが、ここで退くわけにもいかない。
「いいから、寄越せ!」
「設計図だけで良いんだな?」
「そうだよ」
「他にあれもこれも欲しいって言っても、絶対やらんぞ」
「くどい! 設計図だけで良いから寄越せ!」
「仕方ないのう……リンナ、眼鏡持ってるか?」
「うん」
リンナはカバンから眼鏡を取り出し、爺さんに渡した。
爺さんは、眼鏡の留め金の一つを外す。七色に光る留め金だ。
そこには蟻よりも小さい、丸めた紙があった。
「ほれ」
爺さんは丸まった小さな紙を、当主代行に投げる。
受け取った当主代行、いそいそと紙を広げる。
広げた紙の大きさは、子どもの小指の爪くらい。
そこにはゴチャゴチャと、数字だか文字だか分からない何かが書いてある。
「読めないじゃないか!」
「ふふふ。それを読み取るには、高精度の拡大鏡が必要なんじゃ」
「そ、それも寄越せ!」
爺さんはニヤッと笑いながら言う。
「設計図だけで良い、そう言ったよね言ったよね♪」
「この、クソ爺!!」
怒り心頭の当主代行、爺さんに殴りかかる。
その瞬間。
当主代行の目に、眩い光が射しこんだ。
「そこまでだ、子爵代行。誘拐、強要、暴行未遂の罪により捕縛する!」
いつの間にか邸内に、国王直属の騎士団がずらりと揃っていた。
「ハインダー伯爵も今頃捕縛されている。伯爵は、間諜防止法違反の疑いだ。国家反逆罪にあたる」
当主代行は、息を呑み、いろいろなところが縮みあがった。
その後。
ハインダー伯爵家はお取り潰し。
伯爵は十年間の収監後、五十年間強制労働。伯爵子息のゼノンや他の家族は、十年間蟄居となる。
「ご、五十年なんて、寿命がつきてしまうじゃないか!」
蒼ざめるハインダー伯に、国王はにっこりと言い放った。
「ふっ。それが国のためだし」
スペランツ子爵家当主代行は、本来の当主になるリンナを不当に扱った上、貴族義務の放棄や書類の改ざんなど、細々とした罪を問われ、二十年間の強制労働を課された。
「わしは悪くない! そもそも兄夫婦が死んじゃったのが悪いんだ!」
子爵家当主代行は、最後までジタバタしていた。
代行の妻と娘のオルチェラは、修道院に収監された。性根を鍛え直す必要があるからだ。
収監先の修道院は、国内きっての厳しいところだ。
「嫌よ嫌よ! もっと煌びやかな生活する予定なのよ! ゼノンの資産で」
オルチェラの嘆きは、誰も聞いていなかった。
一通り騒動が収まってから、リンナはキュプロスから侯爵家に招待された。
さすが、現国王の妹が降嫁した侯爵家だ。
庭園は、学校一つ、丸ごと入りそうな広さだった。
「騎士団の人から、少し話を聞いたよ。キュプロスがすぐに王宮に連絡してくれたから、助かったって」
キラキラとした瞳のリンナに、眼鏡をかけたキュプロスは顔を赤くして、頭を掻く。
「僕、緊急事態の連絡手段を、持っているんだ」
王族に関係する者には、護身用の道具を持たされ、護衛が必ず就いているそうだ。
キュプロスは眼鏡を外すと、そのレンズをひとつ、取り出して見せる。
「これを王宮に向かって光らせるんだ。何回光らせたかで、内容が伝わるようになっているの」
「へえ、凄いね」
「君の、リンナのお父上が作ったらしいよ、この方法」
「そうなんだ……」
顔も覚えていない父親だけど、父の弟はあんなだったけど、ついでにその妻も娘も酷い奴らだったけど、ついでに侍女やメイドも……まあ、いいや。
父は娘の危機を、こんな形で救ってくれたのか。
「それよりさ、眼鏡。リンナ用の眼鏡、かけてみてよ」
「え、あ、うん」
リンナは爺さんが調整し直してくれた眼鏡をかける。
「あ!」
リンナの前に、一瞬にして霞が消えたような景色が広がる。
「綺麗……」
「だろ?」
ニコニコするキュプロスの素顔は、こんなにも端正なんだ。
目を細めなくても、はっきりと認識できる!
眼鏡……。
スゲエ!!
目を丸くして、あちこちを見つめるリンナを見たキュプロスもまた、彼女に見惚れていた。
かっ!
可愛い!!
「これから学園でも、毎日眼鏡かけて授業受けるね。そしたら、いちいちノートを見せてもらわなくても済むし」
「あ、ああ」
キュプロスは少しばかり躊躇いながら答える。
だって……。
眼鏡をかけて微笑むリンナを見たら、キュプロスの鼓動が早くなるばかりだ。
リンナは捨てられた子猫じゃなくて、眼鏡をかけた妖精みたい。
だから。
彼女の眼鏡をかけた姿は、当分の間、誰にも見せたくないと思うキュプロスだった。
了
「のう、当主代行殿」
「代行付けるな」
「設計図を使って、何を作るのだ?」
「へ、知らんよ、そんなこと」
伯爵から言われただけだ。それが必要だと。
「あれはだな、作ってはいけない設計図なんじゃ」
重々しく爺さんは言う。
作ってはいけない物の設計なんか、するなよ兄貴。
心の中で思った当主代行だったが、ここで退くわけにもいかない。
「いいから、寄越せ!」
「設計図だけで良いんだな?」
「そうだよ」
「他にあれもこれも欲しいって言っても、絶対やらんぞ」
「くどい! 設計図だけで良いから寄越せ!」
「仕方ないのう……リンナ、眼鏡持ってるか?」
「うん」
リンナはカバンから眼鏡を取り出し、爺さんに渡した。
爺さんは、眼鏡の留め金の一つを外す。七色に光る留め金だ。
そこには蟻よりも小さい、丸めた紙があった。
「ほれ」
爺さんは丸まった小さな紙を、当主代行に投げる。
受け取った当主代行、いそいそと紙を広げる。
広げた紙の大きさは、子どもの小指の爪くらい。
そこにはゴチャゴチャと、数字だか文字だか分からない何かが書いてある。
「読めないじゃないか!」
「ふふふ。それを読み取るには、高精度の拡大鏡が必要なんじゃ」
「そ、それも寄越せ!」
爺さんはニヤッと笑いながら言う。
「設計図だけで良い、そう言ったよね言ったよね♪」
「この、クソ爺!!」
怒り心頭の当主代行、爺さんに殴りかかる。
その瞬間。
当主代行の目に、眩い光が射しこんだ。
「そこまでだ、子爵代行。誘拐、強要、暴行未遂の罪により捕縛する!」
いつの間にか邸内に、国王直属の騎士団がずらりと揃っていた。
「ハインダー伯爵も今頃捕縛されている。伯爵は、間諜防止法違反の疑いだ。国家反逆罪にあたる」
当主代行は、息を呑み、いろいろなところが縮みあがった。
その後。
ハインダー伯爵家はお取り潰し。
伯爵は十年間の収監後、五十年間強制労働。伯爵子息のゼノンや他の家族は、十年間蟄居となる。
「ご、五十年なんて、寿命がつきてしまうじゃないか!」
蒼ざめるハインダー伯に、国王はにっこりと言い放った。
「ふっ。それが国のためだし」
スペランツ子爵家当主代行は、本来の当主になるリンナを不当に扱った上、貴族義務の放棄や書類の改ざんなど、細々とした罪を問われ、二十年間の強制労働を課された。
「わしは悪くない! そもそも兄夫婦が死んじゃったのが悪いんだ!」
子爵家当主代行は、最後までジタバタしていた。
代行の妻と娘のオルチェラは、修道院に収監された。性根を鍛え直す必要があるからだ。
収監先の修道院は、国内きっての厳しいところだ。
「嫌よ嫌よ! もっと煌びやかな生活する予定なのよ! ゼノンの資産で」
オルチェラの嘆きは、誰も聞いていなかった。
一通り騒動が収まってから、リンナはキュプロスから侯爵家に招待された。
さすが、現国王の妹が降嫁した侯爵家だ。
庭園は、学校一つ、丸ごと入りそうな広さだった。
「騎士団の人から、少し話を聞いたよ。キュプロスがすぐに王宮に連絡してくれたから、助かったって」
キラキラとした瞳のリンナに、眼鏡をかけたキュプロスは顔を赤くして、頭を掻く。
「僕、緊急事態の連絡手段を、持っているんだ」
王族に関係する者には、護身用の道具を持たされ、護衛が必ず就いているそうだ。
キュプロスは眼鏡を外すと、そのレンズをひとつ、取り出して見せる。
「これを王宮に向かって光らせるんだ。何回光らせたかで、内容が伝わるようになっているの」
「へえ、凄いね」
「君の、リンナのお父上が作ったらしいよ、この方法」
「そうなんだ……」
顔も覚えていない父親だけど、父の弟はあんなだったけど、ついでにその妻も娘も酷い奴らだったけど、ついでに侍女やメイドも……まあ、いいや。
父は娘の危機を、こんな形で救ってくれたのか。
「それよりさ、眼鏡。リンナ用の眼鏡、かけてみてよ」
「え、あ、うん」
リンナは爺さんが調整し直してくれた眼鏡をかける。
「あ!」
リンナの前に、一瞬にして霞が消えたような景色が広がる。
「綺麗……」
「だろ?」
ニコニコするキュプロスの素顔は、こんなにも端正なんだ。
目を細めなくても、はっきりと認識できる!
眼鏡……。
スゲエ!!
目を丸くして、あちこちを見つめるリンナを見たキュプロスもまた、彼女に見惚れていた。
かっ!
可愛い!!
「これから学園でも、毎日眼鏡かけて授業受けるね。そしたら、いちいちノートを見せてもらわなくても済むし」
「あ、ああ」
キュプロスは少しばかり躊躇いながら答える。
だって……。
眼鏡をかけて微笑むリンナを見たら、キュプロスの鼓動が早くなるばかりだ。
リンナは捨てられた子猫じゃなくて、眼鏡をかけた妖精みたい。
だから。
彼女の眼鏡をかけた姿は、当分の間、誰にも見せたくないと思うキュプロスだった。
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