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リンナの過去
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リンナは、貴族籍に入っていたので、十二歳からは就学が必須となる。それを伝えに来たスペランツ家の当主代行である、リンナの叔父に引き取られることになった。
「亡き兄の一人娘だから、仕方ないが学園へは行かせる。だが、無駄飯を喰わせるほど、当家には余裕がない。お前はメイドと一緒に邸のことをやれ」
「分かりました」
こうして、メイド以下の扱いを受けながら、リンナの新生活が始まった。
スペランツ家では足蹴にされても、学園生活は全てが新鮮で楽しいものだった。
だが、リンナには致命的な弱点があった。
視力が弱かったのである。
生まれつきではない。
灯りが乏しい部屋の中で、小説の類を読みまくっていたからだ。
学園では教師の板書が見えるように、一番前の席にしてもらい、それでも読み取れない時には、友だちに教えてもらった。
クラスは其々の資質により編成されていたので、くだらないイジメや諍いは殆どなかった。
リンナは小柄で、肩より少し長い黒髪を後ろで一つに縛り、一生懸命に教師の話をノートに取る。
板書が見えないと顎を上げ目を細め、じっとしている。
「生まれたての猫みたい」
男子も女子も、生体として弱そうなリンナを、生温く見守ってくれた。
特に、リンナと同じく、目が悪いためか最前列の席にいるキュプロス令息は、ことあるごとにリンナの面倒を見た。
「ちゃんとご飯食べてる? 睡眠足りてる?」
まるでオカンの様に、キュプロスはリンナに声をかける。
リンナはちょっとくすぐったい。
キュプロスは授業中、必ず眼鏡をかけている。
彼が夕陽色の髪をさらりとかき上げると、レンズをぐるっと縁取る銀色の枠がキラリと見える。
その姿がカッコ可愛いと、一部の先輩女子などには人気がある。
リンナの従姉のオルチェラも、きゃあきゃあ言っている。
まあ、オルチェラはキュプロスの爵位と血筋に魅入られているような気もするが。
リンナにとってキュプロスは一番の友人であり、憧れでもある。
多分、キュプロスからするとリンナは、捨てられた子猫みたいなもんだろう。
ちょっと寂しい気もするが、少女小説のヒロインにはなれないこと位、リンナは自覚している。慣れてくると、リンナの本性、ツッコミ気質が顔を出す。
ヒロインなら、そんなことはしないだろう。
「ねえリンナ。君も眼鏡、かければ良いのに」
「うん、そうだね」
リンナは曖昧に笑って誤魔化した。
お爺さんのジャナートなら、すぐに作ってくれるはずだ。
実際、かけてはいないが、リンナも一つ持っている。
だが、眼鏡は高価な品物である。
引き取ってもらったスペランツ家で、眼鏡などを使っていたら、間違いなく叔父一家に取られるか、壊されるだろう。
『これは大切にするんだよ』
それはとても美しい眼鏡である。
軽くて見やすくて、留め金は何か宝石で出来ているのか、七色の光を帯びている。
だから今は使わない。
お爺さんの許可が出たら、授業中くらいは使ってみよう。
さて、一年間ほど、叔父の子爵家でメイド紛いあるいはそれ以下の生活を送っていたリンナだが、少女小説のヒロイン役にも飽きたので、学園の先生に相談して、寄宿舎に移住した。
薄ぼんやりとした視力の生活に慣れてしまい、眼鏡をかけないまま、目を細めて授業を受ける中、時折、婚約者のゼノンと交流もした。リンナが希望したのではなく、ゼノンのハインダー伯爵家からの要請があったからだ。
婚約者であった(過去形)ゼノンは、金髪と蒼い瞳を持つ少年。美しい顔立ちだと周囲の大人は誉めていたが、リンナの目には、髪と目の色しか映っていない。
交流は主にゼノンの邸で行われ、庭園でのお茶会が多かった。
リンナは茶菓子をいただくとカバンに詰め非常食にしていた。それから広く美しい庭園で、持参した拡大鏡で、木々の葉や小さな昆虫を見たりして過ごした。ゼノンはリンナにも、リンナの持ち物にも、何ら興味を示さなかった。
◇眼鏡の秘密◇
さて、真実の愛に目覚めたゼノンは、意気揚々と自邸に帰った。
今日はゼノンの父、ハインダー伯が邸にいるはず。
早速婚約破棄と新たなる婚約締結の書類にサインを貰わなければ!
我が伯爵家の嫡男夫人として、あんな目付きの悪い、小児体型の女ではダメだと、父も分かってくれるはずだ。
だが……。
「バッカモ――――ン!!」
ゼノンに見舞われたのは、父の怒号と鋭いアッパーカットだった。
「ヘブシッ」
ゼノンは床で後頭部を強かに打ち、ぼうっとしながら父の小言を聞いた。
「お前はアホかバカか#”$%*×★」
罵詈雑言過ぎて聞き取れない。
「そもそも欲しいのは、スペランツ家の今は亡き嫡男の遺産であって、現在の当主代行との縁ではない!!」
え、何?
とうしゅ、代行?
オルチェラの父上は、単なる代行?
じゃあ、真の当主になるのは……。
それに遺産とは?
「我が国随一のガラス職人と、天才的な科学者だったイリネウス・スペランツが作りあげた設計図を手に入れるためには、どうしてもリンナ嬢が必要なのだ!」
父は何を言っているのだろう?
天才? ガラス?
設計図?
「大勢の生徒の前での婚約破棄宣言……。王家にも伝わっているだろうな……仕方ない」
ゼノンの父ハインダー伯爵は、昏い目付きになっていた。
「亡き兄の一人娘だから、仕方ないが学園へは行かせる。だが、無駄飯を喰わせるほど、当家には余裕がない。お前はメイドと一緒に邸のことをやれ」
「分かりました」
こうして、メイド以下の扱いを受けながら、リンナの新生活が始まった。
スペランツ家では足蹴にされても、学園生活は全てが新鮮で楽しいものだった。
だが、リンナには致命的な弱点があった。
視力が弱かったのである。
生まれつきではない。
灯りが乏しい部屋の中で、小説の類を読みまくっていたからだ。
学園では教師の板書が見えるように、一番前の席にしてもらい、それでも読み取れない時には、友だちに教えてもらった。
クラスは其々の資質により編成されていたので、くだらないイジメや諍いは殆どなかった。
リンナは小柄で、肩より少し長い黒髪を後ろで一つに縛り、一生懸命に教師の話をノートに取る。
板書が見えないと顎を上げ目を細め、じっとしている。
「生まれたての猫みたい」
男子も女子も、生体として弱そうなリンナを、生温く見守ってくれた。
特に、リンナと同じく、目が悪いためか最前列の席にいるキュプロス令息は、ことあるごとにリンナの面倒を見た。
「ちゃんとご飯食べてる? 睡眠足りてる?」
まるでオカンの様に、キュプロスはリンナに声をかける。
リンナはちょっとくすぐったい。
キュプロスは授業中、必ず眼鏡をかけている。
彼が夕陽色の髪をさらりとかき上げると、レンズをぐるっと縁取る銀色の枠がキラリと見える。
その姿がカッコ可愛いと、一部の先輩女子などには人気がある。
リンナの従姉のオルチェラも、きゃあきゃあ言っている。
まあ、オルチェラはキュプロスの爵位と血筋に魅入られているような気もするが。
リンナにとってキュプロスは一番の友人であり、憧れでもある。
多分、キュプロスからするとリンナは、捨てられた子猫みたいなもんだろう。
ちょっと寂しい気もするが、少女小説のヒロインにはなれないこと位、リンナは自覚している。慣れてくると、リンナの本性、ツッコミ気質が顔を出す。
ヒロインなら、そんなことはしないだろう。
「ねえリンナ。君も眼鏡、かければ良いのに」
「うん、そうだね」
リンナは曖昧に笑って誤魔化した。
お爺さんのジャナートなら、すぐに作ってくれるはずだ。
実際、かけてはいないが、リンナも一つ持っている。
だが、眼鏡は高価な品物である。
引き取ってもらったスペランツ家で、眼鏡などを使っていたら、間違いなく叔父一家に取られるか、壊されるだろう。
『これは大切にするんだよ』
それはとても美しい眼鏡である。
軽くて見やすくて、留め金は何か宝石で出来ているのか、七色の光を帯びている。
だから今は使わない。
お爺さんの許可が出たら、授業中くらいは使ってみよう。
さて、一年間ほど、叔父の子爵家でメイド紛いあるいはそれ以下の生活を送っていたリンナだが、少女小説のヒロイン役にも飽きたので、学園の先生に相談して、寄宿舎に移住した。
薄ぼんやりとした視力の生活に慣れてしまい、眼鏡をかけないまま、目を細めて授業を受ける中、時折、婚約者のゼノンと交流もした。リンナが希望したのではなく、ゼノンのハインダー伯爵家からの要請があったからだ。
婚約者であった(過去形)ゼノンは、金髪と蒼い瞳を持つ少年。美しい顔立ちだと周囲の大人は誉めていたが、リンナの目には、髪と目の色しか映っていない。
交流は主にゼノンの邸で行われ、庭園でのお茶会が多かった。
リンナは茶菓子をいただくとカバンに詰め非常食にしていた。それから広く美しい庭園で、持参した拡大鏡で、木々の葉や小さな昆虫を見たりして過ごした。ゼノンはリンナにも、リンナの持ち物にも、何ら興味を示さなかった。
◇眼鏡の秘密◇
さて、真実の愛に目覚めたゼノンは、意気揚々と自邸に帰った。
今日はゼノンの父、ハインダー伯が邸にいるはず。
早速婚約破棄と新たなる婚約締結の書類にサインを貰わなければ!
我が伯爵家の嫡男夫人として、あんな目付きの悪い、小児体型の女ではダメだと、父も分かってくれるはずだ。
だが……。
「バッカモ――――ン!!」
ゼノンに見舞われたのは、父の怒号と鋭いアッパーカットだった。
「ヘブシッ」
ゼノンは床で後頭部を強かに打ち、ぼうっとしながら父の小言を聞いた。
「お前はアホかバカか#”$%*×★」
罵詈雑言過ぎて聞き取れない。
「そもそも欲しいのは、スペランツ家の今は亡き嫡男の遺産であって、現在の当主代行との縁ではない!!」
え、何?
とうしゅ、代行?
オルチェラの父上は、単なる代行?
じゃあ、真の当主になるのは……。
それに遺産とは?
「我が国随一のガラス職人と、天才的な科学者だったイリネウス・スペランツが作りあげた設計図を手に入れるためには、どうしてもリンナ嬢が必要なのだ!」
父は何を言っているのだろう?
天才? ガラス?
設計図?
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