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兄と弟の事情

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 ぐらりと揺れた床の遥か下の方から、岩同士がぶつかるような轟音が響いた。
 立っていられない程の足元の不確かさに、マキシウスはソファイアを抱え、円柱の元へ飛ぶ。

 間一髪だった。

 床一面に亀裂が走る。
 ビキビキと音をあげ、亀裂は床面を蹂躙する。
 その裂け目には、ただ闇があるだけ。

 マキシウスと対峙していたトールオは、立ち上がることなくその場に留まっている。
 トールオの足元まで、亀裂は勢いを保ち進んでいく。

「トールオ!」

 我知らず、マキシウスは叫ぶ。
 弟の半身は、既に裂け目の中に落ちている。

 マキシウスは床を蹴り、トールオに手を伸ばす。
 その手を掴もうとしたトールオだったが、ふっと笑うと手を下げる。
 そのまま彼は、闇に沈んでいった。

「馬鹿野郎!」

 マキシウスはは唇を噛む。

 なぜ……。
 なぜトールオは、弟は、自分の手を取らなかったのだ。

 長ずるにつれ、マキシウスとトールオが、一緒に過ごすことはなくなった。
 マキシウスは王太子になるための勉強と訓練が、トールオはいずれ臣籍降下するための準備が、それぞれ始まったからだ。

 だからといって、トールオへの情が無くなったわけではない。
 母ヴィエーネの側で、二人で駆け回った日々の想い出まで消えてはいない。

 国王アルゼオンは、ここ数年感情の浮き沈みが激しくなり、公務にも支障をきたしていた。
 それをなんとかやり繰りしていたのがトールオであったことを、マキシウスは知っていた。

 だから婚約破棄も王都追放も構わなかった。決して嬉しいことでもなかったけれど。
 自分が表舞台から去ることで、トールオの王位継承ができるなら、国と國民の為にはその方が良いだろうと思ったのだ。

 それなのに……。

 音もなく、マキシウスの側に来たソファイアは、掌を亀裂に向ける。

「風が吹いてる」
「え?」

「地下から、風が吹いて来てるよ、マキ兄さん」

 マキシウスは王宮の造りを思い出す。
 岩盤の上に、建てた宮殿だと教わった。
 ここは一階。床の下は堅い岩ではないのか?

「地下室があるんじゃない?」
「ああ、国王と王妃の部屋には、非常時に備えて地下に通じる回廊があると聞いている」

 今の大きな揺れで、岩の一部が崩れたりしたのだろうか。
 床の下に空洞があるならば、トールオを助けることが出来るかもしれない。

「おそらく、王妃が呪法をかけるための部屋は、地下にあるはず」
「何でだ」
「呪法は闇を好み、光を嫌がるから」

 ならば選択は一つ。
 亀裂の隙間に身を躍らせるだけ! 
 
 マキシウスとソファイアは、手を握り合い闇に向かって飛び込んだ。



 落ちて行く……。

 トールオは遠ざかる兄の顔を見て思う。

 馬鹿だなあ、兄さん……。
 あんな悲痛な声を出すなんて。

 自分を陥れた弟を、助けようとするなんて、本当に馬鹿だ。
 第二王子とその婚約者に、仕返しに来たんじゃなかったのか。

 宮殿を揺らし亀裂を生じさせたのは、多分王妃だ。
 また、何かの贄を捧げたのだろう。

 トールオは兄の手を離した己の手を握りしめる。

 王妃あの女は、トールオにも呪法をかけている。

 誰かに害されても、トールオが死ぬことはない。
 自分で死を選ぼうとしても、トールオが死ぬことは出来ない。
 そして王妃に、トールオが刃を向けることも出来ない……。

 そんな呪いである。

 だが、不慮の事故ならば……。
 ひょっとしたら、死ねるのではないだろうか。


 王位継承者として指名された夜。
 王妃に呼ばれて行った地下室で、トールオは見た。

 彼を次期国王にするために、王妃が行ったおぞましい儀式を。
 吊るされた小鳥たちなどという、そんなレベルではなかった。

 何種類もの動物たちの亡骸と、積み上げられた人骨は、誰がどこから集めたのだ。

『全てはあなたのためなのよ、トールオ』

 違う!
 それは絶対違う!!

 王妃、あなたは『国王となった息子の母』でありたいだけだ。
 国王である息子に、誰よりも愛されたいだけなのだ。

 あくまでも自己都合、王妃の自己満足のために、命を散らした者たちよ。

 恨んでくれ。
 責は自分トールオにもあるのだ……。


 トールオの推測通り、宮殿を揺るがしたのは、王妃の呪法による。

 王妃マルティアは、目を細め、最愛だった国王を抱きしめる。
 国王アルゼオンは虚ろな瞳で王妃を見つめる。

 彼の体中に、無数の針が刺さっていた。
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