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新王太子の事情
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急な雷鳴に驚き、客たちは声を上げている。
トールオの隣にいるロゼリアも、口元を押さえている。
リスタリオから招いた二人が、バルコニーから室内に戻ってくる。
それを見たトールオは、そろそろお開きにすると宰相に伝える。
「ロゼ、一足先に、君は実家に戻りなさい」
「え、あ、はい……」
不安そうな婚約者の髪を掬い、トールオは軽く口づけを落とす。
「陛下に少し、話をしなければならないからね。ああ、それと」
トールオは雷鳴の合間にロゼリアに告げる。
「君の部屋、王太子妃の部屋にいる小鳥たちを、一緒に君の邸に連れていってくれ」
「わかったわ」
雷鳴は、あの女が呼んだものだろう。
このままでは、招待客にも被害が出る。
その前に、彼らと話をしたい。
リスタリオから来た聖女と、聖女の婚約者となった我が兄と……。
話をして、どうなるかは分からないのだが。
鳥籠を抱いたロゼリアが馬車に乗ったことを確認したトールオは、客たちに挨拶をして終了を伝えた。
三々五々、退出していく客たちを見送りながら、トールオは目の端にマキシウスとソファイアを捉えていた。
コツコツと足音を立て、トールオは二人に近付く。
いつからだ……。
慕っていた兄と、話さなくなったのは。
ああ、そうだ。
聖女であった兄の母が亡くなってからか。
雨の音に紛れて、夜に飛ぶ鳥の声がする。
あの鳥は嫌いだとトールオは呟く。
愛らしい小鳥も喰らうのだから。
幼い頃、庭園で傷ついた小鳥を拾った。
今にも死にそうな姿が哀れだった。
泣きそうなトールオを見たマキシウスが、彼の母を呼ぶ。
癒しの力を持つ、聖女ヴィエーネを。
ヴィエーネはにっこりと頷くと、トールオの掌ごと光を与えた。
小鳥は目をぱちりと開き、元気に空へと飛んでいったのだ。
トールオは嬉しかった。
誰に対しても、分け隔てなく接してくれるヴィエーネは、本当に聖女なのだと。
日頃、彼の母正妃のマルティアは、トールオの前でヴィエーネを蔑むようなことを言っていた。
『偽聖女。身分卑しい他国の血を持つ女』
そんな女の息子に、高貴な血を持つトールオが負けるはずはない。
否。
決して負けてはいけないと。
ほどなくヴィエーネは体調が悪くなり、彼女にも、付き添うマキシウスにもトールオが会う機会はなくなった。
ある日の夜、トールオは何故か寝付けずに庭園に出た。
ギャアギャアと騒ぐ鳥の声がする。
それを見たトールオは蒼ざめた。
木の枝に吊るされた何羽もの小鳥。
それを何度も突く、黒い羽のモノ。
『やめろ!』
トールオは黒い鳥に石を投げようとした。
その手を止められ振り返ると、真っ赤な唇をした母、マルティアが笑っていた。
『高貴な人間の願いを叶えるには、相応の贄が必要なのよ』
ぞわりと。
トールオの全身は固まった。
この女は誰だ……。
何でこのような事をする!
療養中であった側妃のヴィエーネの逝去が伝えられたのは、それから七日後のことだった。
トールオが近付くと、マキシウスはヴェールを脱ぐ。
「久しぶりだね、兄さん。元気そうで何よりだ」
「ああ、おかげでな」
マキシウスに手を差し出すトールオの目は、夕闇の色をしていた。
少しばかり時は遡る。
トールオたちの祝賀会が始まった頃のこと。
国王アルゼオンは、王妃の姿を求めて、静かに階下へ向かっていた。
国王としての責務を果たせないまま、國民に迷惑をかけた。
今、他国に攻め込まれたら、おそらくこの国は墜ちる。
そうなる前に、次期国王を決められて良かったのだろう。
最高の資質とは言えないが、トールオは自分よりはマシだとアルゼオンは自嘲する。
何がいけなかったのかと言えば、無理やりヴィエーネと結婚したことだろうか。
いや、それよりももっと前からだ。
閉鎖的なフォレスター国を維持するために、前国王もその前も、革新的な考えを持つ貴族を葬ってきた。例えどんなに優秀な配下であったとしても。
他国の資財や人材を無理やり求めても、見返りに何も出さなかった。結局、豊かな資源と能力をもつ、リスタリオ国とも断絶した。
全ては、愚かな王の責任である。
愚かな王妃を放置した、男の罪であるのだ。
妃を止めなければいけない。
これ以上、罪を重ねさせない。
それが王として、妃の夫としての、最後の役目なのだから。
トールオの隣にいるロゼリアも、口元を押さえている。
リスタリオから招いた二人が、バルコニーから室内に戻ってくる。
それを見たトールオは、そろそろお開きにすると宰相に伝える。
「ロゼ、一足先に、君は実家に戻りなさい」
「え、あ、はい……」
不安そうな婚約者の髪を掬い、トールオは軽く口づけを落とす。
「陛下に少し、話をしなければならないからね。ああ、それと」
トールオは雷鳴の合間にロゼリアに告げる。
「君の部屋、王太子妃の部屋にいる小鳥たちを、一緒に君の邸に連れていってくれ」
「わかったわ」
雷鳴は、あの女が呼んだものだろう。
このままでは、招待客にも被害が出る。
その前に、彼らと話をしたい。
リスタリオから来た聖女と、聖女の婚約者となった我が兄と……。
話をして、どうなるかは分からないのだが。
鳥籠を抱いたロゼリアが馬車に乗ったことを確認したトールオは、客たちに挨拶をして終了を伝えた。
三々五々、退出していく客たちを見送りながら、トールオは目の端にマキシウスとソファイアを捉えていた。
コツコツと足音を立て、トールオは二人に近付く。
いつからだ……。
慕っていた兄と、話さなくなったのは。
ああ、そうだ。
聖女であった兄の母が亡くなってからか。
雨の音に紛れて、夜に飛ぶ鳥の声がする。
あの鳥は嫌いだとトールオは呟く。
愛らしい小鳥も喰らうのだから。
幼い頃、庭園で傷ついた小鳥を拾った。
今にも死にそうな姿が哀れだった。
泣きそうなトールオを見たマキシウスが、彼の母を呼ぶ。
癒しの力を持つ、聖女ヴィエーネを。
ヴィエーネはにっこりと頷くと、トールオの掌ごと光を与えた。
小鳥は目をぱちりと開き、元気に空へと飛んでいったのだ。
トールオは嬉しかった。
誰に対しても、分け隔てなく接してくれるヴィエーネは、本当に聖女なのだと。
日頃、彼の母正妃のマルティアは、トールオの前でヴィエーネを蔑むようなことを言っていた。
『偽聖女。身分卑しい他国の血を持つ女』
そんな女の息子に、高貴な血を持つトールオが負けるはずはない。
否。
決して負けてはいけないと。
ほどなくヴィエーネは体調が悪くなり、彼女にも、付き添うマキシウスにもトールオが会う機会はなくなった。
ある日の夜、トールオは何故か寝付けずに庭園に出た。
ギャアギャアと騒ぐ鳥の声がする。
それを見たトールオは蒼ざめた。
木の枝に吊るされた何羽もの小鳥。
それを何度も突く、黒い羽のモノ。
『やめろ!』
トールオは黒い鳥に石を投げようとした。
その手を止められ振り返ると、真っ赤な唇をした母、マルティアが笑っていた。
『高貴な人間の願いを叶えるには、相応の贄が必要なのよ』
ぞわりと。
トールオの全身は固まった。
この女は誰だ……。
何でこのような事をする!
療養中であった側妃のヴィエーネの逝去が伝えられたのは、それから七日後のことだった。
トールオが近付くと、マキシウスはヴェールを脱ぐ。
「久しぶりだね、兄さん。元気そうで何よりだ」
「ああ、おかげでな」
マキシウスに手を差し出すトールオの目は、夕闇の色をしていた。
少しばかり時は遡る。
トールオたちの祝賀会が始まった頃のこと。
国王アルゼオンは、王妃の姿を求めて、静かに階下へ向かっていた。
国王としての責務を果たせないまま、國民に迷惑をかけた。
今、他国に攻め込まれたら、おそらくこの国は墜ちる。
そうなる前に、次期国王を決められて良かったのだろう。
最高の資質とは言えないが、トールオは自分よりはマシだとアルゼオンは自嘲する。
何がいけなかったのかと言えば、無理やりヴィエーネと結婚したことだろうか。
いや、それよりももっと前からだ。
閉鎖的なフォレスター国を維持するために、前国王もその前も、革新的な考えを持つ貴族を葬ってきた。例えどんなに優秀な配下であったとしても。
他国の資財や人材を無理やり求めても、見返りに何も出さなかった。結局、豊かな資源と能力をもつ、リスタリオ国とも断絶した。
全ては、愚かな王の責任である。
愚かな王妃を放置した、男の罪であるのだ。
妃を止めなければいけない。
これ以上、罪を重ねさせない。
それが王として、妃の夫としての、最後の役目なのだから。
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