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庭園の事情

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 無事にトールオは王太子となり、拍手と共に彼は退場した。
 このあと開催される祝賀パーティでは、ホストとして客人のもてなしをするのだろう。

 祝賀パーティが始まるまで、マキシウスはソファイアを庭園に連れ出した。
 ソファイアの顔色が、あまりに悪い。

「大丈夫か?」

 ヴェールを捲り、ソファイアは頷く。

「想像以上の邪気びん乱……」
「そうか」

 辺りをぐるっと見渡したソファイアは、マキシウスに訊く。

「この庭、元々こんな感じだったの?」
「こんなって、どんな?」

 王宮には薄紫の闇が落ち始めている。
 庭園内の木々は、まるで墓標の様だ。
 夜目の利く鳥が、しゃがれた声で啼いている。

 マキシウスにとっては、母と過ごした思い出の場所だ。
 それはキラキラした光と、温かい空気に満ちていたもの。
 現在の庭園には、真逆の気配が満ちている。

「庭園のあちこちに、澱んだ気が溜まっているみたい。だからかな。なんとなく生臭い。これは、昔から?」
「いや、決して昔からじゃない。……ああ、そう言えばここ数年、庭園のあちこちで小鳥の死骸が見つかるようになった。それでか……」

「ふうん……」

 頬に指を当て、ちょっと思考を巡らせたソファイアは片手を挙げる。
 少し後ろを歩いている、僧服を着ていた男が来る。

「ラントル、これを」

 ソファイアは小さな袋を彼に渡す。
 受け取ったラントルは、頭を下げて気配を消した。

「何、あの袋」
「浄化作用のあるものなんだ。草木の灰と水晶の欠片。適当に撒いてもらうの」

 ゆっくりと歩いていたソファイアが、ハッとしていきなり小走りになる。

「ちょっ! 待てよ」

 ソファイアが立ち止まった場所には、小さな白い花が群生していた。

「ここだ」
「え、何が」
「ここだけ、この一帯だけが汚れてない」

 その白い花は、マキシウスの母、ヴィエーネが一番好きな種類だった。
 白い花の周りで、遊んでいたのだ。
 母と一緒だった。

 第二王子のトールオとも……。

 マキシウスは花を一輪取ると、ソファイアの髪に挿した。

「あ、ありがと……」

 ソファイアは、顔を赤くしながら大きく息を吸う。

「ふわあ、気持ち良い」

 瞳の輝きが戻ったソファイアは、マキシウスに言う。

「さっきの儀式で分かったんだ」
「どんなことだ?」

「そもそも、あたしは不思議だった。なんで王太子だったマキ兄さんが、たかだか婚約破棄したくらいで」
「俺は破棄なんてしてないが」

「ハイハイ。ともかくそのくらいことで、何で廃嫡とか鉱山送りとかになったのか」

「ああ……」
「それを命じたのが国王なんでしょ? 実の父親だよね、兄さんの」
「うん」

「それをまた、王太子だったマキシウス殿下が唯々諾々と受けてしまったって、ヘンでしょ。フツウに考えたら」

 確かに、理不尽だと思った。だが国王陛下の命令ならば、甘んじて従うしかない。
 しかし、自分は無実だと、婚約破棄宣言など神に誓ってしていないと、反論しても良かったのではないだろうか。今なら、そう思う。

 そしてあの時、マキシウスの廃嫡を宣言した国王は、尋常でない表情と口調だった。
 少なくとも、王族の振る舞いとしては妥当でなかった。

「国王も兄さんも、きっと周りの人たちも、頭が正常に働いていなかったんだよ」

 そうか。
 王宮を離れ、鉱山での肉体労働に従事してから、何故か清々しさを感じるようになった。
 体は疲労しても、心の圧は消えていく。

 気のせいではなかったのか。

「さっきの王冠の儀式で分かった。誰かが、頭の働きを意図的に阻害していたね。それこそが、人間の目と鼻と耳を通じて、その人の頭を支配する呪法なんだ」

 マキシウスはハッとする。
 フォレスター国の王冠には、耳の辺りに突起がある。
 それを耳孔に挿しておくと、王冠がずれることはない。
 そのための突起物と言われていたが……。

 何代か前の国王の肖像画を見ると、王冠は今よりもずっと小さな物だった。
 耳までの長さはない。

 母が王妃であった時には、国王である父も母も、王冠やティアラを身に着ける機会は殆どなかったはずだ。

「庭園が生臭いのは、鼻の支配というわけか?」
「多分ね、あっ」

 僧服を着ていた男、ラントルが戻って来た。

「ちゃんと撒いてきたみたいね」
「はっ。王宮を真ん中にして、正六角形を作りながら撒きました」
「了解。お疲れ」

 夕方の風が吹く。
 白い花が揺れる。

 微弱ながらも庭園だけは、清浄な空気が流れ始めている。

「マキ兄さん」
「なんだ?」

「今夜、断ち切ろう。やるべきことは、聖女だったヴィエーネ様の鎮魂」
「ああ、そして国に仇なす輩を、きっちり成敗しないと」

 二人は互いの拳をコツンと合わせる。

 笑顔を浮かべるマキシウスとソファイアを、執務室から覗き見る男の姿があった。
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