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王妃の事情

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 現王妃マルティアは、いつでも何でも一番だった。
 フォレスター国の高位貴族は、三公五侯七伯だ。
 元々王族である三公を除けば、一番強い力を持つというスペンダナ侯爵家の息女として生まれ、端麗な容姿に恵まれたマルティアに叶わぬ願いはなかった。


 何故なら、スペンダナ侯爵家には、願い事を叶える手段が用意されていたからだ。
 勿論、豊かな財力を持つ侯爵家なので、凡その事項は経済力で解決出来る。

 だがそれだけではない。

 フォレスター国の暗部を取りまとめていたスペンダナ侯爵家には、念じることで願いを叶える方法が代々受け継がれていた。

『それは、神殿でお祈りするということかしら?』

 幼い頃にマルティアは母に訊ねた。
 マルティアの母は、含み笑いをする。

『神殿でお祈りしても、願い事なんて叶わないわ』
『では、どうすれば良いのかしら?』

 マルティアの母はその方法を教えた。

 例えば好きになって欲しい相手に、振り向いてもらう。
 あるいは、嫌いな相手を、表舞台から消す。

 それは祈りとは真逆な方法だ。

 呪術である。
 スペンダナ侯爵家は、それを使うことにより、政敵を葬り王家に恩を売った。
 恩を売るために、自然災害を起こすことまでやってのけた。

 マルティアは、母から教わった方法で、当時仲が悪かった他家の令嬢に厄災を与えた。
 彼女は顔に大怪我を負い、二度と人前に出られなくなったのだ。

『お母様、凄いわ! わたくしの願った通りに事が運びます』

 マルティアは自信を深めた。
 自分はフォレスターで一番美しく、身分は高い。
 王妃となるのは自分以外いない、と。

 ところが、当時の王太子の婚約者は、場末の伯爵家から選ばれた。 
 マルティアほどの煌びやかな容姿も、持っていない令嬢である。

 納得いかないマルティアは、いつもの通り、伯爵家のヴィエーネに呪いをかけることにした。

 清楚と言われる地味な令嬢の顔が、もっと不細工になって、王太子殿下から婚約破棄されますように……。

 マルティアは、呪術に必要な小動物やお香を揃え、手順通りにヴィエーネを呪ったのである。
 あとは七日間待つだけだと、ほくそ笑んだのだが。

 七日後にマルティアは高熱を出し、麗しの顔には無数の吹き出物が表出し、楽しみに待っていた王宮でのお茶会に参加することが叶わなくなった。

 ベッドで泣き喚きながら、マルティアは母に訴えた。

『願い事、叶わないじゃない!』

『誰に、何の術をかけたの?』

『伯爵家のヴィエーネ。王太子殿下の婚約者……』

 母の顔色がさっと変わった。
 大きく横に頭を振りながら、母はマルティアに言い聞かせた。

『ダメよ、マルティア……彼女には、ヴィエーネ嬢には二度とそんなことしちゃダメ』
『なんで……?』

『あの御方だけには、我が一門秘伝の術をかけてはいけないの』

 あの、御方?

『返されてしまうのよ! ヴィエーネ様は呪術を全部、撥ね返してしまう方なの!』

 それは怖い物知らずのマルティアに、衝撃を与えた。
 呪術を撥ね返す。
 そんなことを出来る人が、いるということに。

 それが出来る人が、王太子の婚約者、すなわち次期王妃となることに。



◇◇

 閃光を狼煙と捉えた現王妃マルティアは、地下室に着いた。
 マルティアが手をかざすと、ドアは重い音を立てて内側に開く。

 うっとりとした目付きで、王妃は室内を見渡す。
 ガラス瓶に詰められた、何種類もの動物や昆虫が光のない目を王妃に向けている。
 それらの反対の棚には、真っ赤な液体を湛えた小瓶が並んでいる。


 あの日。
 衝撃を受けた侯爵少女令嬢は、己の願望を叶えるために、呪術の研鑽を始めた。
 遠い国々から専門の書籍を取り寄せ、術者を迎え、侯爵家の呪法を研ぎ澄ましたのである。

 もう。
 かけた呪術を返されることはない。
 唯一人、返すことの出来た者のこんは、肉体を離れた。

 それにより、彼女の「はく」は手に入れることが出来た。
 おかげで術の精度が高まった。

 狼煙を上げたのがあの元王太子であっても、王宮内に味方などいない。
 父親である国王も、今ではマルティアの傀儡だ。
 王宮に姿を現わしたら、即刻捕らえ、反逆罪で処刑するのみ。

「あなたが愛した息子の首が落ちたら、あなたの『魄』はどうなるかしらね、ヴィエーネ様」

 王妃の視線の先には、何本もの荒縄に囲まれた小さな木箱がある。
 マルティアの言葉に反応するかのように、木箱からは弱い光が少しだけ漏れた。
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