上 下
3 / 28

元王太子の事情2

しおりを挟む
「そうそう、これから三月みつきほど牢で過ごしたら、鉱山に行ってもらうぞ。血の気の多い蛮族が住む国との、境目にある処だ。三年間、そこで生き抜いたなら、また会おうぜ、元兄上」

 夢の中でも歪んだ笑顔の弟であった。




 鉱山に着いたマキシウスは、翌日からソフォイアにまとわりつかれる。

「ねえねえ、つおい、じゃない強いよね、元王子。武闘派だったの?」
「……フツウに、剣術と体術の稽古をしてただけだ……」

 ソファイアの質問は加速する。

「ねえねえ、何で王太子だったのに、此処に送られたの?」
「あのさあ、『婚約破棄』って本当にあんた言ったの?」
「男爵令嬢とお付き合いしてたの?」

 次から次へと打ち出される質問に、いちいち答えるのは面倒だ。
 ただ、屈託ない表情のソファイアと会話をすることで、マキシウスの気は紛れる。
 
「要は、口ベタ脳筋クソ真面目王太子が、下半身ユルユルの第二王子とそのヤリトモに負けた、ってことだよね」

 昼飯を食べながら、ソフォイアのおしゃべりに付き合っていたマキシウスは、思わず口にしたスープを吹いた。

 口下手。
 脳筋。
 クソ真面目。

 マキシウスにも自覚ある、己の性質だ。

「あああ、勿体ないよ王子。貴重な食料だよ」
「勿体ないことさせるな!」

「でもさ、頭の螺子もユルそうな第二王子だけが、描いたシナリオじゃないでしょ」

「え?」
「あたしが思うに、もっと賢くて腹黒い奴が、裏で糸引いてるよね」

「あ、ああ……」

 マキシウスの脳裏に、第一王妃の歪んだ笑みが浮かぶ。

「腹立たしくないの? マッキー」
「マッキー呼び止めろ」
「じゃあ、マキ兄さん。仕返ししないの?」

 兄さん、か。まあ、良いや。

「今は……無理だ」

 口を拭いながら、マキシウスは答える。

「それに……うかつな王族の諍いは、無辜の民を苦しめる」
 
 目を細めるマキシウスの横顔の清冽さに、ソフォイアは一瞬見惚れた。
 冤罪だと声高く、叫べる立場にいたマキシウスだったが、国を割るような戦をしたくなかった。
 それは母の教えでもあったのだ。

 国を造るのは、國民くにたみである、と。
 
 
「だからさ、あたしが力を貸すってば。ピンポイントで冤罪ふっかけた相手にだけ、きっちり復讐出来るように」
「お前が? 鉱山に生息している、色黒チビ猿のお前に、何の力があると」

「えっへへ」 

「だいたいお前こそ、何故こんな処にいる? 借金か? それとも微細な咎か?」
「言うに言われぬ事情があるのさ。なんつうの? 義理と人情みたいな?」

 人差し指で鼻を擦り、ソフォイアはケラケラと笑いながら駆けて行く。

 十七歳のマキシウスより、五つ六つ年下だろうか。
 土埃まみれの風体だが、黒曜石のような瞳は、いつも煌めいている。
 顎のラインで揃えた黒髪は、添毛織物ビロードのような艶を放つ。

 口調は荒いが、平民にも見えない。
 何よりも、妙に聡い。
 
 王都には、いなかったタイプだ。
  
 それに……。
 身なりを整えたら、相当綺麗な少女になるだろう。

 コツンと何かがマキシウスの額に当たる。

「いてっ!」
 
 鉱山の入口付近から、ソフォイアが手を振っている。

「何するんだよ」

 ブツブツ言いながら、マキシウスは額に当たった物を拾う。
 掌で光るのは、親指の先ほどの鉱物だ。

「!」

 それは、正二十面体と思しき、透明な石。

「クリスタル……」

 確かに、この鉱山では稀にクリスタルが産出すると聞く。
 しかし、正三角形を二十面揃えたクリスタルが、果たして自然に生まれて来るものだろうか。

 しかも、クリスタルを乗せた掌から、どんどん熱い波動が流れて来る。

「破邪の、水晶……」

 マキシウスは、で過ごしていた頃に聞いた、ある伝説を思い出す。

 我がフォレスター国ではない、どこか遠い場所にある国。
 そこにはフォレスターでは忘れ去られた、魔術が今も存在する。
 魔術には、良い魔術も悪い魔術もある。

 善き魔術に力を与え、悪しき魔術を消し去る結晶が、世界には五つ存在するという。
 
 確か、母の胸に光っていたのも、水晶だった。
 三角形が立体化したような、形をしていた。

 あれは一体……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国の王子から婚約破棄&国外追放。追放された国で聖女の力に目覚めた私は神様になる。

夜にすみたい
ファンタジー
いきなり婚約破棄&国外追放を言い渡された聖女の候補の妖夢。 追放先で聖女の力に目覚めた私は神様に拾われ「次の世代の神になれ」と言われた。 その国の王子とも気が合いそうでうれしかったけどいきなり故郷の王子がきた。 「聖女妖夢よ!今帰ってくれば私との婚約破棄を無かったことにしてやろう!」 「何言ってるんですか?無理ですよ。私、半分竜ですから。」

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

聖女の能力で見た予知夢を盗まれましたが、それには大事な続きがあります~幽閉聖女と黒猫~

猫子
恋愛
「王家を欺き、聖女を騙る不届き者め! 貴様との婚約を破棄する!」  聖女リアはアズル王子より、偽者の聖女として婚約破棄を言い渡され、監獄塔へと幽閉されることになってしまう。リアは国難を退けるための予言を出していたのだが、その内容は王子に盗まれ、彼の新しい婚約者である偽聖女が出したものであるとされてしまったのだ。だが、その予言には続きがあり、まだ未完成の状態であった。梯子を外されて大慌てする王子一派を他所に、リアは王国を救うためにできることはないかと監獄塔の中で思案する。 ※本作は他サイト様でも掲載しております。

ヒロイン聖女はプロポーズしてきた王太子を蹴り飛ばす

蘧饗礪
ファンタジー
 悪役令嬢を断罪し、運命の恋の相手に膝をついて愛を告げる麗しい王太子。 お約束の展開ですか? いえいえ、現実は甘くないのです。

神殿から追放された聖女 原因を作った奴には痛い目を見てもらいます!

秋鷺 照
ファンタジー
いわれのない罪で神殿を追われた聖女フェノリアが、復讐して返り咲く話。

あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
聖女ウリヤナは聖なる力を失った。心当たりはなんとなくある。求められるがまま、婚約者でありイングラム国の王太子であるクロヴィスと肌を重ねてしまったからだ。 「聖なる力を失った君とは結婚できない」クロヴィスは静かに言い放つ。そんな彼の隣に寄り添うのは、ウリヤナの友人であるコリーン。 聖なる力を失った彼女は、その日、婚約者と友人を失った――。 ※以前投稿した短編の長編です。予約投稿を失敗しないかぎり、完結まで毎日更新される予定。

処理中です...