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元王太子の事情2
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「そうそう、これから三月ほど牢で過ごしたら、鉱山に行ってもらうぞ。血の気の多い蛮族が住む国との、境目にある処だ。三年間、そこで生き抜いたなら、また会おうぜ、元兄上」
夢の中でも歪んだ笑顔の弟であった。
鉱山に着いたマキシウスは、翌日からソフォイアにまとわりつかれる。
「ねえねえ、つおい、じゃない強いよね、元王子。武闘派だったの?」
「……フツウに、剣術と体術の稽古をしてただけだ……」
ソファイアの質問は加速する。
「ねえねえ、何で王太子だったのに、此処に送られたの?」
「あのさあ、『婚約破棄』って本当にあんた言ったの?」
「男爵令嬢とお付き合いしてたの?」
次から次へと打ち出される質問に、いちいち答えるのは面倒だ。
ただ、屈託ない表情のソファイアと会話をすることで、マキシウスの気は紛れる。
「要は、口ベタ脳筋クソ真面目王太子が、下半身ユルユルの第二王子とそのヤリトモに負けた、ってことだよね」
昼飯を食べながら、ソフォイアのおしゃべりに付き合っていたマキシウスは、思わず口にしたスープを吹いた。
口下手。
脳筋。
クソ真面目。
マキシウスにも自覚ある、己の性質だ。
「あああ、勿体ないよ王子。貴重な食料だよ」
「勿体ないことさせるな!」
「でもさ、頭の螺子もユルそうな第二王子だけが、描いたシナリオじゃないでしょ」
「え?」
「あたしが思うに、もっと賢くて腹黒い奴が、裏で糸引いてるよね」
「あ、ああ……」
マキシウスの脳裏に、第一王妃の歪んだ笑みが浮かぶ。
「腹立たしくないの? マッキー」
「マッキー呼び止めろ」
「じゃあ、マキ兄さん。仕返ししないの?」
兄さん、か。まあ、良いや。
「今は……無理だ」
口を拭いながら、マキシウスは答える。
「それに……うかつな王族の諍いは、無辜の民を苦しめる」
目を細めるマキシウスの横顔の清冽さに、ソフォイアは一瞬見惚れた。
冤罪だと声高く、叫べる立場にいたマキシウスだったが、国を割るような戦をしたくなかった。
それは母の教えでもあったのだ。
国を造るのは、國民である、と。
「だからさ、あたしが力を貸すってば。ピンポイントで冤罪ふっかけた相手にだけ、きっちり復讐出来るように」
「お前が? 鉱山に生息している、色黒チビ猿のお前に、何の力があると」
「えっへへ」
「だいたいお前こそ、何故こんな処にいる? 借金か? それとも微細な咎か?」
「言うに言われぬ事情があるのさ。なんつうの? 義理と人情みたいな?」
人差し指で鼻を擦り、ソフォイアはケラケラと笑いながら駆けて行く。
十七歳のマキシウスより、五つ六つ年下だろうか。
土埃まみれの風体だが、黒曜石のような瞳は、いつも煌めいている。
顎のラインで揃えた黒髪は、添毛織物のような艶を放つ。
口調は荒いが、平民にも見えない。
何よりも、妙に聡い。
王都には、いなかったタイプだ。
それに……。
身なりを整えたら、相当綺麗な少女になるだろう。
コツンと何かがマキシウスの額に当たる。
「いてっ!」
鉱山の入口付近から、ソフォイアが手を振っている。
「何するんだよ」
ブツブツ言いながら、マキシウスは額に当たった物を拾う。
掌で光るのは、親指の先ほどの鉱物だ。
「!」
それは、正二十面体と思しき、透明な石。
「クリスタル……」
確かに、この鉱山では稀にクリスタルが産出すると聞く。
しかし、正三角形を二十面揃えたクリスタルが、果たして自然に生まれて来るものだろうか。
しかも、クリスタルを乗せた掌から、どんどん熱い波動が流れて来る。
「破邪の、水晶……」
マキシウスは、母の実家で過ごしていた頃に聞いた、ある伝説を思い出す。
我がフォレスター国ではない、どこか遠い場所にある国。
そこにはフォレスターでは忘れ去られた、魔術が今も存在する。
魔術には、良い魔術も悪い魔術もある。
善き魔術に力を与え、悪しき魔術を消し去る結晶が、世界には五つ存在するという。
確か、母の胸に光っていたのも、水晶だった。
三角形が立体化したような、形をしていた。
あれは一体……。
夢の中でも歪んだ笑顔の弟であった。
鉱山に着いたマキシウスは、翌日からソフォイアにまとわりつかれる。
「ねえねえ、つおい、じゃない強いよね、元王子。武闘派だったの?」
「……フツウに、剣術と体術の稽古をしてただけだ……」
ソファイアの質問は加速する。
「ねえねえ、何で王太子だったのに、此処に送られたの?」
「あのさあ、『婚約破棄』って本当にあんた言ったの?」
「男爵令嬢とお付き合いしてたの?」
次から次へと打ち出される質問に、いちいち答えるのは面倒だ。
ただ、屈託ない表情のソファイアと会話をすることで、マキシウスの気は紛れる。
「要は、口ベタ脳筋クソ真面目王太子が、下半身ユルユルの第二王子とそのヤリトモに負けた、ってことだよね」
昼飯を食べながら、ソフォイアのおしゃべりに付き合っていたマキシウスは、思わず口にしたスープを吹いた。
口下手。
脳筋。
クソ真面目。
マキシウスにも自覚ある、己の性質だ。
「あああ、勿体ないよ王子。貴重な食料だよ」
「勿体ないことさせるな!」
「でもさ、頭の螺子もユルそうな第二王子だけが、描いたシナリオじゃないでしょ」
「え?」
「あたしが思うに、もっと賢くて腹黒い奴が、裏で糸引いてるよね」
「あ、ああ……」
マキシウスの脳裏に、第一王妃の歪んだ笑みが浮かぶ。
「腹立たしくないの? マッキー」
「マッキー呼び止めろ」
「じゃあ、マキ兄さん。仕返ししないの?」
兄さん、か。まあ、良いや。
「今は……無理だ」
口を拭いながら、マキシウスは答える。
「それに……うかつな王族の諍いは、無辜の民を苦しめる」
目を細めるマキシウスの横顔の清冽さに、ソフォイアは一瞬見惚れた。
冤罪だと声高く、叫べる立場にいたマキシウスだったが、国を割るような戦をしたくなかった。
それは母の教えでもあったのだ。
国を造るのは、國民である、と。
「だからさ、あたしが力を貸すってば。ピンポイントで冤罪ふっかけた相手にだけ、きっちり復讐出来るように」
「お前が? 鉱山に生息している、色黒チビ猿のお前に、何の力があると」
「えっへへ」
「だいたいお前こそ、何故こんな処にいる? 借金か? それとも微細な咎か?」
「言うに言われぬ事情があるのさ。なんつうの? 義理と人情みたいな?」
人差し指で鼻を擦り、ソフォイアはケラケラと笑いながら駆けて行く。
十七歳のマキシウスより、五つ六つ年下だろうか。
土埃まみれの風体だが、黒曜石のような瞳は、いつも煌めいている。
顎のラインで揃えた黒髪は、添毛織物のような艶を放つ。
口調は荒いが、平民にも見えない。
何よりも、妙に聡い。
王都には、いなかったタイプだ。
それに……。
身なりを整えたら、相当綺麗な少女になるだろう。
コツンと何かがマキシウスの額に当たる。
「いてっ!」
鉱山の入口付近から、ソフォイアが手を振っている。
「何するんだよ」
ブツブツ言いながら、マキシウスは額に当たった物を拾う。
掌で光るのは、親指の先ほどの鉱物だ。
「!」
それは、正二十面体と思しき、透明な石。
「クリスタル……」
確かに、この鉱山では稀にクリスタルが産出すると聞く。
しかし、正三角形を二十面揃えたクリスタルが、果たして自然に生まれて来るものだろうか。
しかも、クリスタルを乗せた掌から、どんどん熱い波動が流れて来る。
「破邪の、水晶……」
マキシウスは、母の実家で過ごしていた頃に聞いた、ある伝説を思い出す。
我がフォレスター国ではない、どこか遠い場所にある国。
そこにはフォレスターでは忘れ去られた、魔術が今も存在する。
魔術には、良い魔術も悪い魔術もある。
善き魔術に力を与え、悪しき魔術を消し去る結晶が、世界には五つ存在するという。
確か、母の胸に光っていたのも、水晶だった。
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あれは一体……。
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