5 / 7
新婚夫婦に忍び寄る
しおりを挟む
◇新婚生活◇
イリオスは七日ほど、休暇を取っていた。
「本当なら、結婚休暇は一ヶ月くらい取れるけどね」
イリオスは、ベッドの中でミーナスを抱きしめながら言う。
元々色白のミーナスだが、ここ数日で肌の透明感がいや増した。
腰のラインの艶めかしさは、イリオスはつい釘付けになる。
初夜の翌日から、イリオスはミーナスに向ける眼差しが優しくなった。
ベッドの中でも、ミーナスの体を気遣っているのが分かる。
彼のぎこちなさに、くすぐったい思いをするミーナスだった。
ミーナスは朝夕の食事を、イリオスと共に摂るようになる。
無口な男性かと思っていたが、イリオスは少しずつ話をしてくれるようになる。
人見知りなのであろう。
聖女として職務を遂行していた時は、とにかく時間に追われていた。
移動中や立ったままで、堅いパンを無理やり飲み込んだ。
邸の使用人たちは、皆礼儀正しく、彼女をイリオスの妻として尊重してくれる。
温かい食事と、食後のお茶を用意して貰える幸せを、ミーナスは噛みしめていた。
「何か、したいことはあるか?」
「あ、その、御守りを……作ってよろしいでしょうか」
「構わないが、御守りって……」
「だ、旦那様の、ご無事を祈って……」
騎士たちは、ゲン担ぎで剣の鍔や鞘に小さな御守りを付けていることが多い。
神殿でも売っていたことをイリオスは思い出す。
「ええ、神殿での御守り作りは、聖女の仕事の一つでした」
聖女らは、加護の宝玉の色と御印を描いたり、刺繍したりした物を売っていた。
売り上げの一部は小遣いになるので、自分の名を入れたりする者もいた。
「そうか。では、一つ、お願いする」
休暇とはいえ、イリオスは剣の手入れや剣技の訓練を欠かさず行い、自室で机に向かって何かの仕事をしている。
ミーナスは使用人に教わりながら、簡単な家事を手伝ったり、イリオスのための御守り作りをしたりする。
ミーナスには、こんなおだやかな時間が新鮮であり、嬉しい。
神殿にいた時よりも、祈りが深くなった。
聖女の肩書を外したが、女神キニージュの息吹はより強く感じられる。
この生活を守りたいと思う。
居場所を与えてくれた、夫イリオスの心身を、守りたいのだ。
醜聞にまみれたミーナスを受け入れてくれた、邸の皆も大切だ。
おそらく、あの人たちは、もう一度ミーナスに牙を向ける。
そろそろ神殿には、綻びが出る頃だから。
そうなったら、イリオスにも必ず飛び火する。
自分だけなら良い。
彼が傷つくのは嫌だ。
ミーナスは、持参してきた裁縫道具と、祈りを乗せやすい天然の石を出し、御守りを作成した。選んだ石は七色。 本来、女神が与えるすべての宝玉の色である。
「そろそろ、休まないか。夜も更けてきた」
自室で一心不乱に御守りを作っていると、イリオスがやって来た。
頬を紅く染め、ミーナスは頷く。
結び合う指先は、朝まで離さなくなった。
ミーナスが夫のための御守りを仕上げる頃、神殿と王宮に、何かが蠢き始めた。
◇王都◇
ミーナスが結婚式を挙げる、少し前のことだ。
聖女三人が口論をしていた。
「祈祷は順番だって決めたじゃない! ニコル」
「だって、あなたの加護の方が、祈祷向きだもの、ルリアナ」
「もう、止めてよ二人とも! そうじゃなくても仕事が増えて大変なのよ」
「「うるさい! モアン」」
ミーナスがいた頃は、祈祷は彼女の担当だった。
誰よりも深く強く祈ることが出来るミーナスは、文句も言わず従っていた。
ニコル、ルリアナ、モアンの三人は、基本的には神殿に祈祷を申し込む人に、笑顔とお茶出しの対応しかしていない。
三人が騒いでいると、背後から神官が咳払いをする。
「祈祷は、三人でやりなさい」
あからさまに不満を表出する三人の聖女。
「お前たち三人合わせても、祈願力はミーナス一人の、一割にもならん」
最近、王都の神殿でご祈祷を頼んでも、全く効果がないと囁かれている。
そして同時に、小声で広がる噂がある。
「聖女を降りたミーナス様は、本当は強引に辞めさせられたのだ」
「あの方を妬んだ、他の聖女の仕業だ」
「女神様は厳しいぞ。キニージュ様は、不正を許さぬ」
神殿への噂は、当然王宮にも伝わっていた。
何よりも噂の信憑性を増したのは、王族の度重なる不幸である。
国王が再び寝込んでしまったし、立太子の儀の際シャンデリアが落ちて、複数のケガ人が出た。
それらを目の当たりにした第二王子は、ガクガク震えながら家臣に言う。
「の、呪いだ! ミーナスが王家に呪いをかけたのだ!」
神経衰弱状態の第二王子に呼ばれ、王家御用達の医者が呼ばれる。
「殿下、お薬を用意しました」
それは単なる睡眠薬だった。
だが、服用した第二王子は、直後に吐血した。
「ど、毒……」
家臣がすぐに解毒剤を渡し、第二王子は一命を取りとめたが、王族に毒を盛った疑いで、医者は拘束され、王族への危害を加えた者への刑罰、即ち死刑となる。
その医者は、元は国王直属だった。ミーナス排除のために、ひと役買った人物である。
神殿と王宮には淀んだ空気が漂い、冷たい雨が降り続く。
王都は活気を失い、王家直属の領地では、ほとんどの作物が腐っていった。
「もう一度、もう一度だけ、ミーナスを、真の聖女を呼べ!」
病床で咳き込む国王が、宰相を呼びつけて命令したのは、ミーナスが結婚して半年後のことだった。
同時期に、神殿の神官長は、ある疑惑と仮説を基に、神殿の過去の歴史文書をひも解いていた。
もしも……。
もしも彼の仮説が正しいのであれば、とんでもないことをしてしまっている。
この国は、ロガリア王国は滅んでしまう!
イリオスは七日ほど、休暇を取っていた。
「本当なら、結婚休暇は一ヶ月くらい取れるけどね」
イリオスは、ベッドの中でミーナスを抱きしめながら言う。
元々色白のミーナスだが、ここ数日で肌の透明感がいや増した。
腰のラインの艶めかしさは、イリオスはつい釘付けになる。
初夜の翌日から、イリオスはミーナスに向ける眼差しが優しくなった。
ベッドの中でも、ミーナスの体を気遣っているのが分かる。
彼のぎこちなさに、くすぐったい思いをするミーナスだった。
ミーナスは朝夕の食事を、イリオスと共に摂るようになる。
無口な男性かと思っていたが、イリオスは少しずつ話をしてくれるようになる。
人見知りなのであろう。
聖女として職務を遂行していた時は、とにかく時間に追われていた。
移動中や立ったままで、堅いパンを無理やり飲み込んだ。
邸の使用人たちは、皆礼儀正しく、彼女をイリオスの妻として尊重してくれる。
温かい食事と、食後のお茶を用意して貰える幸せを、ミーナスは噛みしめていた。
「何か、したいことはあるか?」
「あ、その、御守りを……作ってよろしいでしょうか」
「構わないが、御守りって……」
「だ、旦那様の、ご無事を祈って……」
騎士たちは、ゲン担ぎで剣の鍔や鞘に小さな御守りを付けていることが多い。
神殿でも売っていたことをイリオスは思い出す。
「ええ、神殿での御守り作りは、聖女の仕事の一つでした」
聖女らは、加護の宝玉の色と御印を描いたり、刺繍したりした物を売っていた。
売り上げの一部は小遣いになるので、自分の名を入れたりする者もいた。
「そうか。では、一つ、お願いする」
休暇とはいえ、イリオスは剣の手入れや剣技の訓練を欠かさず行い、自室で机に向かって何かの仕事をしている。
ミーナスは使用人に教わりながら、簡単な家事を手伝ったり、イリオスのための御守り作りをしたりする。
ミーナスには、こんなおだやかな時間が新鮮であり、嬉しい。
神殿にいた時よりも、祈りが深くなった。
聖女の肩書を外したが、女神キニージュの息吹はより強く感じられる。
この生活を守りたいと思う。
居場所を与えてくれた、夫イリオスの心身を、守りたいのだ。
醜聞にまみれたミーナスを受け入れてくれた、邸の皆も大切だ。
おそらく、あの人たちは、もう一度ミーナスに牙を向ける。
そろそろ神殿には、綻びが出る頃だから。
そうなったら、イリオスにも必ず飛び火する。
自分だけなら良い。
彼が傷つくのは嫌だ。
ミーナスは、持参してきた裁縫道具と、祈りを乗せやすい天然の石を出し、御守りを作成した。選んだ石は七色。 本来、女神が与えるすべての宝玉の色である。
「そろそろ、休まないか。夜も更けてきた」
自室で一心不乱に御守りを作っていると、イリオスがやって来た。
頬を紅く染め、ミーナスは頷く。
結び合う指先は、朝まで離さなくなった。
ミーナスが夫のための御守りを仕上げる頃、神殿と王宮に、何かが蠢き始めた。
◇王都◇
ミーナスが結婚式を挙げる、少し前のことだ。
聖女三人が口論をしていた。
「祈祷は順番だって決めたじゃない! ニコル」
「だって、あなたの加護の方が、祈祷向きだもの、ルリアナ」
「もう、止めてよ二人とも! そうじゃなくても仕事が増えて大変なのよ」
「「うるさい! モアン」」
ミーナスがいた頃は、祈祷は彼女の担当だった。
誰よりも深く強く祈ることが出来るミーナスは、文句も言わず従っていた。
ニコル、ルリアナ、モアンの三人は、基本的には神殿に祈祷を申し込む人に、笑顔とお茶出しの対応しかしていない。
三人が騒いでいると、背後から神官が咳払いをする。
「祈祷は、三人でやりなさい」
あからさまに不満を表出する三人の聖女。
「お前たち三人合わせても、祈願力はミーナス一人の、一割にもならん」
最近、王都の神殿でご祈祷を頼んでも、全く効果がないと囁かれている。
そして同時に、小声で広がる噂がある。
「聖女を降りたミーナス様は、本当は強引に辞めさせられたのだ」
「あの方を妬んだ、他の聖女の仕業だ」
「女神様は厳しいぞ。キニージュ様は、不正を許さぬ」
神殿への噂は、当然王宮にも伝わっていた。
何よりも噂の信憑性を増したのは、王族の度重なる不幸である。
国王が再び寝込んでしまったし、立太子の儀の際シャンデリアが落ちて、複数のケガ人が出た。
それらを目の当たりにした第二王子は、ガクガク震えながら家臣に言う。
「の、呪いだ! ミーナスが王家に呪いをかけたのだ!」
神経衰弱状態の第二王子に呼ばれ、王家御用達の医者が呼ばれる。
「殿下、お薬を用意しました」
それは単なる睡眠薬だった。
だが、服用した第二王子は、直後に吐血した。
「ど、毒……」
家臣がすぐに解毒剤を渡し、第二王子は一命を取りとめたが、王族に毒を盛った疑いで、医者は拘束され、王族への危害を加えた者への刑罰、即ち死刑となる。
その医者は、元は国王直属だった。ミーナス排除のために、ひと役買った人物である。
神殿と王宮には淀んだ空気が漂い、冷たい雨が降り続く。
王都は活気を失い、王家直属の領地では、ほとんどの作物が腐っていった。
「もう一度、もう一度だけ、ミーナスを、真の聖女を呼べ!」
病床で咳き込む国王が、宰相を呼びつけて命令したのは、ミーナスが結婚して半年後のことだった。
同時期に、神殿の神官長は、ある疑惑と仮説を基に、神殿の過去の歴史文書をひも解いていた。
もしも……。
もしも彼の仮説が正しいのであれば、とんでもないことをしてしまっている。
この国は、ロガリア王国は滅んでしまう!
2
お気に入りに追加
203
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。

悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

出来損ないと言われて、国を追い出されました。魔物避けの効果も失われるので、魔物が押し寄せてきますが、頑張って倒してくださいね
猿喰 森繁
恋愛
「婚約破棄だ!」
広間に高らかに響く声。
私の婚約者であり、この国の王子である。
「そうですか」
「貴様は、魔法の一つもろくに使えないと聞く。そんな出来損ないは、俺にふさわしくない」
「… … …」
「よって、婚約は破棄だ!」
私は、周りを見渡す。
私を見下し、気持ち悪そうに見ているもの、冷ややかな笑いを浮かべているもの、私を守ってくれそうな人は、いないようだ。
「王様も同じ意見ということで、よろしいでしょうか?」
私のその言葉に王は言葉を返すでもなく、ただ一つ頷いた。それを確認して、私はため息をついた。たしかに私は魔法を使えない。魔力というものを持っていないからだ。
なにやら勘違いしているようだが、聖女は魔法なんて使えませんよ。

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか
あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。
「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」
突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。
すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。
オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……?
最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意!
「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」
さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は?
◆小説家になろう様でも掲載中◆
→短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます
【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」
まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。
【本日付けで神を辞めることにした】
フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。
国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。
人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
アルファポリスに先行投稿しています。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる